悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

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4話

 およそ数時間後。

 私はアルギィと2人、後ろ手に縛り上げられて床に転がされていました。

 

 場所は、森の中の小さな小屋です。

 おそらく猟師小屋か何かでしょう。鎧戸の壊れた窓から入ってくるわずかな月明かりが、乱雑に散らかった小屋の中を照らし出しています。

 

 なぜ、このようなことになっているのかと言いますと。

 あの後、ケガ人が居るはずの場所に向かうも、そこに人の姿はなく。

 これはどういうことかと尋ねようとした刹那(せつな)、あの新兵に背後から不意打ちされました。

 後頭部をガツンとやられ、意識が朦朧(もうろう)としている間に手首を縛り上げられ。

 

「ぷくぷくっ!?」

 

 意外にすばやい動きで逃げ出したアルギィも、ここでこうしているということは結局捕まったのでしょうね。

 頭を殴られたせいで、どうにも意識が混濁していますが……、多分、そういう成り行きだったと思います。

 

「……アルギィ」

「ぷくぷく?(起きたの?)」

「寝ていてすみません。状況を説明できますか?」

「ぷくぷく……」

「理解できる言語で、正確に」

「ぷぅ……」

 

 不満そうにしながら、アルギィが語ったところによれば。

 あの新兵には仲間が居たらしく、彼女を拘束してここに運んだのはその人物だそうです。

 

「その仲間というのは、どのような人物でしたか?」

「……知らない。会ったことない兵士。まだ若い」

「尉官は?」

「そこまで見てない。なんか、育ちの良さそうな人」

「その兵士はなぜそんなことを……」

「全然わかんない。『おとなしくしてろ』って、銃で脅された」

「ふぅむ……」

 

 まさか、敵の間者でしょうか。

 だとしても、自分やアルギィを狙って、何の意味があるのかわかりませんけど。

 

「あの新兵のことは何か知っていますか?」

 

 私の問いに、アルギィは首を横に振りました。

 

「知らない。しゃべったこともない」

「おや? ではサボるのに良い場所を教えたという話は……」

「教えるわけない。そんな場所があったら絶対秘密にするし」

「……なるほど」

 

 言われてみればその通りですね。非常に説得力のある理由が聞けました。

 

「さっきもそう言ったのに、信じてくれないから」

 

 いや、さっきはあなた「ぷくぷく」しか言ってなかったでしょう。あの場で弁解してくれれば、あの新兵の嘘も見抜けたでしょうに。

 

「私のせい? 中隊長、オースティンの銃姫とか呼ばれてるくせに、なんであっさり捕まっちゃうの」

「…………」

 

 身に覚えのない二つ名はともかくとして、アルギィの言葉はもっともでした。

 仮にも中隊長の身で、新兵1人に拘束され、しかも部下であるアルギィまで危険にさらしているのです。

 言い訳のしようもない失態です。このことが上に知れたら、問答無用で降格でしょうね。

 

 私はどうも、戦場以外の場所では、わりと迂闊(うかつ)なところがあるようで。

 サバト経済特区から軍に戻ろうとした時にも、善良な運送業者のフリをした人買いにあっさり捕まってしまいました。

 

 逆に、戦場のような死と隣り合わせの場所では、異常なほど勘が冴え渡ります。

 何と申しましょうか。自分の命が危ない、という状況が感覚的に察知できるのです。

 しかし、先程あの新兵に攻撃された時、私は命の危険を感じませんでした。

 それは彼に殺意がなかったからだと思うのですが……。

 

 いったい、何の目的でこんなことをしたのか。

 私が考え込んでいると、小屋の外から、足音が近づいてきました。

 

 程なく、小屋の扉が押し開けられて。

 現れたのは、2人。

 1人はあの新兵でした。青ざめている上にひどく緊張した顔をして、その体は小さく震えているようにも見えます。そして残る1人は、

 

「アダー少尉?」

 

 今日の昼間、ヴェルディさんの後輩を名乗って訪ねてきた、あの男でした。

 

「なぜ、あなたが……」

「黙れ!」

 

 唐突に、彼は激高しました。

 

「トウリ・ロウ少尉! 貴様が中央軍の情報を南軍に流していることはわかっている!」

「……はあ?」

 

 いったい何の話でしょうか。全然さっぱり、心当たりがありません。

 

「そうなの?」

 

 アルギィが首をかしげました。

 

「中隊長、南軍のスパイだったの?」

「そのような事実は全くありません」

「とぼけるな!」

 

 アダー少尉が私に詰め寄ってきました。

 

「貴様がベルン・ヴァロウの間者で、良からぬ企みを持ってヴェルディ様に近づいたことは調べがついている!」

 

 ……激しく言いがかりです。どこをどう調べたらそんな話が出てくるのか、皆目わかりません。

 

「あの。あなたは誤解されています」

 

 ひとまず落ち着いて話をしようと思ったのですが、

 

「動くな!」

 

 アダー少尉はそう叫んで、私たちに拳銃を向けてきました。……動くなも何も、こっちは拘束されてるんですけどね?

 

 ギラリと光る銃身に、「ひいっ……」と身をすくませたのはアルギィだけでした。

 私は、彼女のように脅える気にはなれませんでした。アダー少尉は、まともに話が通じない感じではありましたが、殺気のたぐいはいっさい感じなかったからです。

 

「……私たちを捕らえてどうする気なのですか」

 

 私はあくまで冷静に会話を試みました。

 

「その、根拠不明な疑いについて、尋問なり拷問なりして白状させるおつもりなのですか?」

 

 拷問という言葉に、またアルギィが「ひいっ」と悲鳴を上げました。

 アダー少尉もわずかに語気を落とし、

 

「女2人に手荒な真似をするのは気が進まんが――」

 

 不意打ちして、縛って、監禁しておいて、寝言を言ってやがります。

 実行したのは新兵ですが、位階から見ても、この場の状況を見ても、主犯は彼でしょう。

 ……新兵の方は、ずっと青い顔をして震えているだけですし。

 

「貴様があくまでシラをきるつもりならば、……手段は選ばない」

 

 銃口がぴたりと私の顔に向きました。あいかわらず、殺気は全く感じませんでしたけどね。

 

「いえ、シラをきるつもりはありません」

「は?」

「私は、自分が痛い思いをするのは嫌ですし。何もかも白状しましょう。あなたの望み通りに」

「は? は?」

 

 私の答えに、アダー少尉は明らかに戸惑っていました。

 その反応を見る限り、私が「誤解だ」と言い張ると思っていたようです。……まあ、実際に誤解ですからね。

 

 ただ、彼はこちらの話を聞く気はなさそうですし。

 ありもしない罪を認めることでこの場を切り抜けられるなら、それによって部下の安全を守れるなら、私はいくらでも認めます。それこそ「ベルン・ヴァロウの間者」だって演じて見せましょう。

 

「私がこうして捕まったことを、ベルン少佐はご存知なのですか?」

 

 おまえの手駒は捕まえたぞ、悪だくみもここまでだ、的なことをあの男に伝えたのでしょうか。

 さすがにそこまで馬鹿ではないかと思いきや、アダー少尉の答えは「知らせた」でした。あの新兵の顔をちらりと見て、

 

「ルーカスに命じて、南軍司令部に(ふみ)を届けさせた。おそらくもう届いているはず……」

 

 マジですか。そんな事実無根の、世迷い言みたいな文を受け取ったとして、あの男がどういう行動に出るかと考えると――。

 

「まさか、この場所は知らせてないですよね?」

「知らせた」

「…………。それは、兵を使って制圧されるだけなのでは……」

 

 なんか頭のおかしい奴が居るみたいだから、捕まえてこい。そういう結論になりますよね、普通。

 

「いや、ありえん。奴は1人で来る」

 

 自信満々言い切っていますが、その根拠は。

 

「ふん、まだとぼけるか」

 

 とぼけているのではなく、思い当たるフシがないのです。

 

「貴様がベルン・ヴァロウの女だからに決まっているだろう」

「…………」

「女を預かっていると聞けば、奴も手出しはできまい。邪魔の入らない場所で、じっくり問いつめて――」

「…………」

「中隊長、どしたの?」

 

 ハッ。一瞬、意識が飛んでいました。

 

「いえ、何でもありません」

 

 何やら凄まじくおぞましい単語が聞こえた気がするのですが、空耳ですよね。そうに決まっています。

 私が必死で現実逃避しているのに、アルギィは全く空気を読んでくれませんでした。

 

「ふーん、中隊長って参謀長官と付き合ってたんだ。知らなかったー」

「そのような事実はいっさいありません!!」

「わ、びっくりした」

「いいですか、アルギィ、それは誤解です! あの男と付き合ったりするくらいなら、私はそこで巣を張っているクモさんとでも喜んでお付き合いします! 共に糸を紡ぎ、虫を狩り、健全な交際を成し遂げて見せましょう!」

「……クモ以下なの? それって逆にどんな人?」

 

 と、私とアルギィが女子トーク(?)に花を咲かせていますと。

 ふいに小屋の外に、複数の気配が生まれました。

 

「その小屋の中に隠れている者!」

 

 鋭い声が呼びかけてきます。同時に、わざと聞かせているような足音や武器を鳴らす音も響きました。

 

「おまえたちは完全に包囲されている! 武器を捨てて投降しろ!」

 

 ほら、やっぱりこうなったじゃないですか。

 

「な、なぜ……」

 

 アダー少尉は信じられないという顔をしていますが、仮にも参謀少佐相手に脅迫まがいの文を送りつけたのですから、当然の帰結です。

 

「人質の命が惜しくないと言うのか……!?」

 

 でしょうね。そもそも「女」じゃないですし。

 なぜか興味・関心を持たれているのは事実ですが、だからといって身の危険を(おか)してまで助けに来るわけがありません。

 確実に、あの男は現場にすら来ていないと思います。そんな必要はいっさいないですから。

 

「繰り返す! 武器を捨てて投降しろ!」

 

 今聞こえるのは知らない声ですが、おそらく南軍の兵士でしょう。

 問答無用で銃撃されても文句を言えない状況で、投降を呼びかけてくれているのは、相手が友軍の兵士だと知っているからなのか。あるいは、私たちが人質になっていることを知っているからなのか。

 

 どちらにせよ、時間の問題ですね。いずれ兵士たちは強行突破を仕掛けてくるはずです。

 この馬鹿、いえアダー少尉がまともに抵抗できるとは思えませんし、あっさり制圧されるのは目に見えています。

 

 それに巻き込まれるわけには参りません。

 アルギィはもちろん、そこで震えている新兵も我がトウリ遊撃中隊の一員。中隊長である自分には、部下の命を守る責任があるのです。

 

「あの、アダー少尉。自分が彼らと話をしますので――」

 

 先に小屋の外に出してほしいと頼もうとしたのですが、それより早く。

 彼は私の体をひょいと持ち上げ、その足で外に出ました。手にした拳銃を私のこめかみに突きつけ、

 

「動くな! この女がどうなってもいいのか!」

 

 完全に悪役のセリフです。もう笑うしかありません。

 

 複数の銃口が、いっせいにこちらを向きました。

 数は10人……。いえ、もう少し居るでしょうか?

 先頭で銃を構えているコワモテの男性が、多分この場の指揮官なのでしょうね。

 

「無駄な抵抗はやめろ! ただちに投降すれば貴官の命は保証する!」

 

 わりと冷静に説得を試みてくださったのですが、頭のイカレた馬鹿には通じませんでした。

 

「撃ちたければ撃つがいい! その時はこの女も道連れだ!」

 

 大声でわめきながら、ぐりぐりと私のこめかみに銃口を突きつけてきます。痛いのでやめてほしいです。

 私が若干涙目になっているのを見て、指揮官とおぼしき兵士のコワモテが揺らぎました。

 

「……何か要求があるなら聞こう。だから、その少女を解放しろ。貴官も軍属ならば、力弱き者を傷つけるな」

 

 何という心優しいセリフでしょう。上官になってほしいくらいです。……が、腕につけた階級章を見るに、彼は軍曹でした。

 こういう人より、自分のような若輩者の階級が上って、やっぱりおかしい気がします。

 簡単に捕まってしまった失態もありますし、無事に戻れたらヴェルディさんに頼んで降格してもらいましょう。

 

「騙されんぞ! あのベルン・ヴァロウの手先など、どいつもこいつも信用ならんに決まっている!」

 

 上官がアレだからって、南軍の人たちがみんな信用できないわけじゃないと思うんですけどね。

 

 ――それはともかくとして。

 

 アダー少尉は全く気づいていませんでしたが、この時、周囲の森で動く影がありました。

 おそらくは彼らも南軍の兵士。コワモテの兵士さんが会話でアダー少尉の気を引きつつ、隙を見て小屋の中に侵入するつもりのようです。

 

 背後から挟み撃ちにする作戦なのか、そこにも人質が居ることを理解してくれているのか。

 いずれにせよ、あと少し。もう少しだけ、時間を稼げば――。

 

「この女の命を救いたいなら、ベルン・ヴァロウをこの場に連れて来い!」

 

 何も気づいていない馬鹿は、絶好調でわめいています。

 

「脅しではないぞ! その証拠を見せてやろう!」

 

 銃口が私のこめかみから離れ、右耳へと移動しました。

 まずは片耳を吹き飛ばしてやろうということですか。なかなか良い趣味ですね。見た目は優男でも、中身は全然紳士じゃないようです。

 

「よせ、やめろ!」

 

 コワモテの兵士さんが叫びます。本気で動揺しているのか、はっきりと顔色が変わっています。

 もしかすると彼には、私くらいの年頃の娘さんとか、居るのかもしれませんね。

 

 ごめんなさい、嫌なものを見せてしまって。

 私が迂闊(うかつ)だったばかりに。少尉のくせに、お飾りでも中隊長のくせに、あっさり捕まったりして。

 一瞬後には訪れるだろう痛みと衝撃に備えて、私がぐっと奥歯を噛みしめた時。

 

「はい、そこまで」

 

 その場の空気に全く似つかわしくない、軽薄な声が割り込んできました。

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