悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

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42話

「むかしむかし、あるところに、賢いきつねさんと優しい犬さんが居ました」

 

 私がベルンに披露したのは、いつもの宴会芸でした。

 

「……おまえ、何やってんの?」

 

 いきなり人形を取り出して劇を始めた私を見て、最初、ベルンは怪訝(けげん)な顔をしていました。

 

 けれどもそれは、本当に最初のうちだけです。

 程なく目を見張り、やがて驚愕の表情に変わり、最後は無言で拍手を送っていました。

 

 特に、孤児院でもガーバック小隊でも、敵国サバトですら絶賛された1人輪唱腹話術には、いたく感心していたようでした。

 

 それも当然ですね。この技は私の十八番(おはこ)です。中隊の宴会で披露したこともありますし、楽器が得意なナウマンさんと共演して、『七色の歌声』(レインボー・ヴォイス)の異名を頂きました。

 

「マジ、すげえな。どこで身につけた?」

 

 珍しく素直にほめてきたので、私は鼻を高くしながら説明しました。

 この技はノエル孤児院のシスターから学んだもので、その後は独学で研鑽を積んだこと。

 孤児院を出る時には軍人になるか、さすらいの旅芸人になるかで悩んだことを。

 

「確かに、そっちの道でも食っていけたかもな」

「はい、自信はあります。ですので、以前、軍を辞めた後の私の生活について心配していらっしゃいましたが――」

 

 ベルンの世話になる気はないし、そんな必要もないと私は申しました。

 

「むしろ、あなたが路頭に迷うことがあったら、面倒を見て差し上げますよ」

「ハッ。おまえが俺を食わせてくれるのかよ」

 

 彼は馬鹿にしたように言いますが、貴重な回復魔法の使い手である私には、癒者として生きる道だってあるのです。

 

 というか、以前はそのつもりでした。

 この戦争が終わったら、サバト経済特区のセドルくんのもとに戻って、アニータさんの診療所で働こうと決めていました。

 

 今は少し、迷っています。理由は、生き別れの兄とうっかり再会などしてしまったからです。

 

「あなたは、この戦いが終わったらどうなさるおつもりなのですか?」

 

 私が尋ねると、ベルンは「今聞くか?」という顔をしました。

 

 連日の戦闘で疲労困憊、しかも味方が負けて逃げている時に聞くことではなかったかもしれませんね。

 

「そうだな。終戦までどうにか生きのびたとして、やることは山積みだろうが……」

 

 それでも一応、ベルンは答えてくれました。

 

 まずは国内の治安回復。人買い等の犯罪者が跋扈(ばっこ)している状況をどうにかすること。

 最低でも数年は軍を離れられないだろうが、国際情勢が安定し、「平和的外交」が主流になったら、彼のような「戦争の立役者」はむしろ一線を退いた方が国のためかもしれない、と。

 

「がっぽり報奨金をもらって、その後は好きにさせてもらうかな」

「その年で隠居なさるのですか?」

「じじくさい言い方をするんじゃねえよ」

 

 では何を? と聞いても、ベルンは返事をしませんでした。

 

 仕事のことなら話せても、個人的なことには答えてくれないのですね。

 ならば自分で考えることに致しましょう。彼がやりたいこと。敵を嵌めて殺すとか、そういうこと以外で何かあるとしたら――。

 

 私たちは貧しい農家に生まれました。

 貧しい人間には、将来の夢など見られません。ただ、今日を生きるために、飢えないように、黙々と働くしかないのです。

 実際、彼は幼い頃からよく働いていたように思います。

 

 両親を亡くして、生き別れになった後は――。

 

 私は孤児院の先生たちという庇護者のもとで育つことができましたが、彼の場合はどうだったのでしょう。

 たった7歳かそこらで社会の中に投げ出されて、安穏と暮らせたわけがありませんよね。

 

 きっと、生きること自体が戦いで、毎日必死に生きのびて。

 

 軍に志願してからだって楽ではなかったはずです。

 食べるのには困らない代わりに、常に命がけの戦いを強要されるのが軍隊というものですから。

「飢えないため」が「敵に殺されないため」になっただけで、過酷な状況は何も変わらなかったでしょう。

 

 そんな選択肢のない人生をずっと歩まされてきた人間が、もしも平和と自由を手にすることができたなら――。

 おそらく、やりたいことなんていくらでもあるでしょうね。それこそ、時間がいくらあっても足りないくらいに。

 

「そこに私が居てはいけませんか?」

「?」

「あなたは身の回りのこととか無頓着そうですし、生活のお世話くらいならして差し上げますよ」

「……まだそんなこと言ってんのか、おまえ」

 

 ベルンは心底あきれたという表情を浮かべました。

 

「懲りてなかったのかよ。……あそこまでされて」

 

 それは考えるまでもなく、ウィンでの一件について言っているのですよね。

 

「あいにく、あの程度で懲りるようでしたら、最初からあなたのような人とは関わりを持っていません」

「…………」

 ベルンがひどく嫌そうな顔をしたので、

「逆にどうして、そこまで拒まれるのですか」

と私は聞いてみました。

 

「あのな。おまえ、世間一般の兄妹がどういうもんか知ってる? ずっと一緒に居たいとか他の奴にとられたくないとかお兄ちゃん大好きとか、普通の妹は言わねえんだよ」

「あらためて口にするのはやめてください!」

 

 あと、最後のセリフは言ってませんよ。話を盛らないでください。

 

「…………」

 

 ベルンは返事をしませんでした。あいかわらず、嫌そうな顔でこっちを見ているだけです。

 

 これは、つまり。……私が嫌われているということなのでしょうか。

 そばに居たいなどと言われても迷惑でしかない。ほしいのは「戦場で使える駒」だけで、妹はいらない?

 

 でも、彼は。

 

「私が記憶を取り戻すまでは、ご自分の方から構ってきましたよね?」

 

 あの頃のベルンの態度を思い出す限り、

 

「あなたが妹に、家族というものに、全く興味を持っていないとは私には思えません」

 

 かすかに、ベルンの瞳が光りました。

 

 こういう内面に踏み込むようなことを言うと、だいたい「見透かしてんじゃねえよ」と怒るんですよね。

 そういう時の彼は、率直に言って、かなり怖いのですけど。

 それでも私がこの話題を持ち出したのは、持ち出しても大丈夫だと思ったのは、今の彼がとことん疲弊しているからでした。

 

 予想通り、ベルンはたいそう不機嫌そうな顔をしましたが、こちらに手を出してくることはありませんでした。今は怒るのさえ億劫だという顔で、また自分の膝を抱くようにしてうずくまってしまいます。

 その姿勢のまま、「やめとけよ」と彼は言いました。

 

「おまえのために言ってんだ。おまえがずっとそばに――手の届く場所に居たら、俺は多分、おまえを壊したくなる」

 

 壊す、と私は繰り返しました。

 彼はのろのろと顔を上げ、私の頭にぽんと手を乗せました。

 

「今でも、そう思う時はある。おまえの本性を引きずり出して、いじくり回して、めちゃくちゃにしたい。怒り狂った顔や、憎悪に満ちた顔が見たい。仇敵を見るような目を、俺にも向けてほしい」

 

 そっと頭をなでてくる手は優しくて、口にしている言葉とあまりに乖離(かいり)しています。

 

 けれども、似たようなことを言われるのは初めてではありません。

 ……前に襲われかけた時にも、この人は言っていました。

 異様にギラギラと目を光らせて。俺を憎んで、恨んで、絶望しろと。あれはとても演技には見えませんでした。

 

「こっちからおまえに構ったのは事実だし、妹への情? みたいなもんが皆無だ、とまでは言わねえけど」

 

 それでも、いや、だからこそ問題だろうとベルンは言いました。

 家族への情と悪意が普通に両立しうるような、そんな頭の壊れた人間と一緒に居て、正気で居られるのかと。

 

「おまえが俺に執着するのは、今は代わりになるもんが他にねえからだろ」

「どういう意味ですか」

「言葉通りだよ。たとえば、おまえの旦那が北部決戦で死んでなかったら、多分こうはなってないんじゃないか?」

「!」

 

 それは、まあ。兄との関係性は、今とは多少違ったものになっていたかもしれませんけど。

 

「大丈夫だよ。おまえはいい女だ。相手なんていくらでも見つかる。何ならヴェルディ辺りに言って、条件がいいのを見繕(みつくろ)ってもらえよ」

 

 あいにく、私はロドリーくん以外の人と添い遂げるつもりはありません。

 

「そういう言い方は失礼ですよ、兄さん」

 

 私は、あなたのそばに居たいと言っているのに、まるで相手など誰でもいいかのように。

 

「違うのか?」

 

 ベルンはせせら笑っています。

 

「わりと誰でもいいんじゃないか? おまえに甘くて、おまえを1人にしないって言ってくれる奴なら」

 

 違います、と言いかけて、私は口ごもりました。

 

 多分、この人の目には見えているのだと思います。

 私の本質的な部分。孤独に極端に弱くて、病的と言っていいほど家族に焦がれていること。

 

「……そう、ですね。あなたの仰る通り。かつての私には、もしかするとそういう傾向があったのかもしれません」

 

 ですが、今はもう違います。

 ロドリーくんと出会い、想いを通じ合わせることで、彼は私の「唯一の夫」になりました。

 彼の代わりはどこにも居ません。他の誰でも、もちろんこの人でも、代わりにはなれないのです。それと同じように。

 

「あなたの代わりになれる人だって居ませんよ。……というか、現実的に考えて、そんな人が居ると思いますか」

 

 同じくらい性格が歪んでいて、当人いわく頭がぶっ壊れていて、罪悪感も何もなく人を殺せる。

 こんなろくでなしの人でなしが他に居てたまりますか。居るなら会ってみたいものです。

 

「そういうあなたのことを特別だと感じてしまった時点で、私にはもはや選択肢などないのです」

「…………」

「あきらめませんからね。あなたがいくら拒もうと、地獄の底でもついていきます」

 

 怖えよ、とベルンはつぶやきました。実際には恐れというより、あきれと困惑が半々、くらいの顔をして。

 

「自業自得ですよ。そもそも、先に声をかけてきたのはあなたの方なんですから」

 

 私はうずくまる彼の横に強引に身を寄せました。

 ベルンは不本意そうでしたが、やはり疲労の色が濃いためか、私を突き放そうとはしませんでした。

 そのまま、互いに黙って、寄り添って。

 ただそれだけのことで胸の中に満ちてくる温かい想いは、おそらく幸福と呼んで差し支えないものだったと思います。

 

 それはとても得がたいものであるはずなのに、一方では愛しい人のそばに居るだけで、簡単に手に入ってしまうものでもあるのですね。

 この幸せを手放したくないと思うのは、そんなにおかしなことでしょうか。

 

 そういう感情が、この人にはないのか――あるいはやはり、私ではダメなのでしょうか。

 私では、この人を満たすことができないのだとしたら。

 たとえばレミさんとか、他の誰かがその役割を果たしている姿を想像すると、狂おしいほどの嫉妬が胸にわきます。

 

「なあ」

 

 ふいに、ベルンが話しかけてきました。

 

「また歌ってくれないか」

「歌ですか?」

「ああ。何か眠くなるようなやつ」

「……承知しました」

 

 ベルンはこの3日間ずっと不眠不休でしたからね。

 眠るためには、戦場で高ぶった神経をなだめるような、気持ちが落ち着くような曲がいいでしょう。

 

 私はシスターに習った子守歌を口ずさみました。

 できるだけ優しく、耳元にささやくような小さな声で。

 

「やっぱりうまいよなあ……。金とれるぞ、多分……」

 

 そんなことをつぶやきながら、程なくベルンは眠りに落ちたようでした。

 無防備に預けられた体。肩にかかる重さと、伝わってくる温もりを感じながら、私は思いました。

 

 ああ、今だけは。

 この人は私のものです。私だけのものです。

 

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