その夜、私はオースティンの陣地で、衛生部長のレィターリュさんにお説教されていました。
「本当に、無茶しすぎ!」
私の右肩と腕、それに背中には、そこそこ深い
あの後、我々は予定通りに「大盾」を囲い込み、四方八方から銃弾を浴びせたのですが、敵もさるもの、予想外に粘られました。
動きはノロマでも、これまでオースティンを苦しめてきた実績は
無数の銃弾を浴びながら、なおも暴れ続ける「大盾」を倒すため、私は至近距離まで近づき、【
結果、「大盾」は上半身を炎に包まれ、悲鳴のような咆吼を上げながら、それでも暴れ続けました。
もはや敵も味方もなく、周囲の人間を片っ端から薙ぎ倒し始めた「大盾」を見て、敵の部隊は総崩れになり、一部は逃げ出しました。
私が火傷を負ったのは、2発目の手榴弾を投げた時です。
少しでも効果を上げようと距離をつめすぎたため、自分が投げた手榴弾の爆風に巻き込まれてしまったのです。
炎に焼かれ、衝撃に吹き飛ばされて、私は意識を失いかけました。
そばで見ていたガヴェル曹長が、地面に落ちた私を抱えて逃げてくださらなかったら、そのまま「大盾」に踏みつぶされていたかもしれません。
「今だ! 撃て、撃てーっ!」
その直後、雨あられと降りそそぐ銃弾に顔や頭を打ち抜かれ、ついに「大盾」は倒れました。
敵のエースを討ち取ったのです。普通は誉めてもらえるところなのですが、レィターリュさんはお怒りになっていました。
「背中の傷は多分、痕が残るわよ。こんなに綺麗な白い肌なのに、女の子なのに……」
自分は兵士ですので、お肌がどうとか言っていられないのですが……。
「おまえ、少しは反省しろよ?」
困惑する私を、共に治療を受けていたガヴェル曹長も冷ややかに見ていました。
「レィターリュ部長の言う通り、無茶しすぎだろ。今回は手柄を譲れって言ったのに、気づいたら『大盾』の前に飛び出してきて、1人で突っ込んで」
「それは、あの。味方が苦戦していたようでしたので……」
ガヴェル曹長のまなざしがさらに冷えました。
「おまえが奴の盾の中に飛び込んでいって、その直後に爆発が起きたのを見た時、俺がどんな気持ちだったかわかる?」
「……それは……」
「一瞬、自爆攻撃でも仕掛けたのかと思ったんだぞ。……まあ、おまえのことだからそれはない、何か勝算があってやったんだろうってすぐに思い直したけど」
とっさに援護しようと駆け寄ったところ、盾の中から半分気絶した私が転がり出してきたため、抱えて逃げてくださったのだそうです。
ガヴェル曹長が負傷したのはその時です。手榴弾の爆発に巻き込まれた私の体はまだかなり熱く、抱き上げた両手に軽度の熱傷を負ってしまったのです。
「その節は、大変お世話になりました……」
勝算があったのは事実ですが、ガヴェル曹長がフォローしてくださらなければ危ないところでした。
つまりは読みが甘かったということですね。言い訳のしようもありません。
私がうなだれていると、ガヴェル曹長はまだ怒った顔をしつつも話題を変えてくれました。
「ところで、例のご褒美の件だけど」
ご褒美? と首をひねったのは、横で話を聞いていたレィターリュさんでした。
「そういえば、誰が1番手柄か決めなければならないのでしたね」
今日の戦いで見事「大盾」を討ち取った者には、中隊長である私が褒美を与える。そういう約束でした。
「ガヴェル曹長の目には、誰が『大盾』を倒したように見えましたか?」
「や、それは。……正直、わからん。最後は四方八方から銃弾が飛んでたし」
「では、最も活躍した兵士を決めるとしたら」
「それは、おまえだろ。無茶がすぎたとはいえ、あの手榴弾が効果的だったのは事実だし」
ですが、結局はガヴェル曹長に助けていただいたのです。
あのような不甲斐ない姿をさらしておいて「1番手柄」では、部下たちも納得しないのではないでしょうか。
「大丈夫だよ。あいつらは誰が褒美をもらうかとかより、おまえのケガの具合を気にして、心配してたから」
未熟で
「なんで、そんなやる気なんだよ」
とあきれつつ、ガヴェル曹長は腰掛けていた寝台から立ち上がりました。
「いいから、おまえは寝てろ。あいつらには俺がうまく言っておくよ」
「そうよ、トウリちゃん」
反論の言葉は、横で聞いていたレィターリュさんに遮られてしまいました。
「今はゆっくり休まないとダメ。あなたは重傷者なのよ? 本当だったら戦線離脱もののケガなんだから」
戦闘継続が困難になった兵士は、負傷兵として一足先に後方の陣地に送られます。
けれども、私には任務があります。この撤退戦が完了するまで、ベルン・ヴァロウの命を守るという任務が。
……そのベルンは、今のところ衛生部に顔を出していませんけど。
私が負傷したという知らせは受けているはずし、そうでなくても敵のエースを討ち取ったのです。お褒めの言葉のひとつくらい、あってもいい気がしますが……、まあ、忙しいのでしょうね。ワガママは言えません。
なんとなく下を向いていたら、「そんなに気になるの?」とレィターリュさんが顔をのぞき込んできました。
「だったら、そうね。そのご褒美は私が引き受けてあげる」
「え」
「頑張って戦った部下たちを、トウリちゃんの代わりに癒してあげればいいんでしょ? 任せて。そういうのは得意だから」
「え、あの。レイリィさん?」
止める間もなく、レィターリュさんは妙にうきうきした様子で去っていき――。
直後、複数の悲鳴が辺りに響きました。
私と同じように「大盾」との戦いで負傷し、治療を受けていた部下たちが、助けを求めて叫んでいます。
……これはまずいですね。対・大盾部隊に選ばれたのは、基本、小回りのきく若い兵士です。
つまりはレィターリュさん好みの新兵も多いということで……。放っておいたら、大惨事になってしまいます。
「ガヴェル曹長……」
「いや、無理だって。俺には止められない」
「では仕方ありませんね、私が――」
「いやいや! おまえは休んでろって」
立ち上がろうとする私を寝台に押し戻し、ガヴェル曹長は果敢にも部下たちを救いに行きました。
「おまえらは逃げろ! しんがりは俺が――!」
「部長、やめてください! ケガ人相手はまずいですって!」
ガヴェル曹長と病床主任のケイルさんが必死で「死神」に立ち向かう声が響く中、私は戦いの疲れが出たのでしょうか。ゆっくりと意識が遠ざかり、やがて眠りに落ちました。
早く回復して、任務に復帰しなければと、そう思いながら――。
*****
しかし、翌日。
目覚めた私が聞いたのは、連合軍が追撃をやめて兵を
元々苦戦していたところに、「大盾」を失ったことが決定打になったのでしょうか。
エンゲイ撤退戦はこれにて終幕。
国境線まで退いたオースティン軍は、元々そこにあった塹壕を強化して、連合軍を待ち受けることになりました。
私は火傷の具合が思わしくなかったのと、「敵も退いてくれたし、今は無理をする時じゃないだろ」というガヴェル曹長のご意見もあって、味方の負傷兵と共に一足早くオースティンに戻りました。
そこで数日の療養期間を経て、任務に復帰。
遅れて戻ってきた味方部隊と合流して程なく、ヴェルディさんに呼び出されました。
個人的な用件ではありません。「大盾」を討ち取った功績を、司令官
私と対・大盾部隊には、既に結構な額の報奨金が約束されているのですが。
偉い人が、目に見える形で「よくやった」と部下を誉めるのも仕事のうちです。そうして味方の士気を上げ、戦意を高揚するのです。
そんなわけで、私はヴェルディさんのテントに出向き、他のお偉方も居る前で大げさに誉められました。
「お手柄でしたね、トウリ・ロウ少尉」
「お褒めにあずかり、恐縮です」
「あの『大盾』を仕留めるとは、比類なき戦果です。1人の軍人として、あなたを尊敬しますよ」
「私1人の戦果ではありません。部下たちの働きがあってこそです」
「ご謙遜を。あなたが敵のエースを討ち取ったのは、サバトの
「そのようなことは……」
「ガーバック隊長も鼻が高いでしょう。これぞ自分の指導の
「いえ、あの……」
ヴェルディさん、ちょっと誉めすぎではないでしょうか。口元は笑っているのに、目は怒っているように見えるのも変ですし……。
私が返事に困っていると、彼は周囲を囲む軍人たちにちらりと目配せしました。
すると彼らは、ヴェルディさんに目礼してから、ぞろぞろと出て行ってしまいました。
「トウリちゃん、こっちへ」
そうして2人きりになってすぐ、ちょいちょいとヴェルディさんが私を手招きしました。その口元からは先程までの笑みが消えていて、
「また無茶をしたそうですね? ガヴェル曹長から聞きましたよ」
怖い顔と声で、お説教されてしまいました。
「申し訳ありません。自分の未熟さで、ご心配をおかけしました」
「謝るポイントはそこですか。無茶をしたこと、それ自体を反省する気はないのですね」
「……ごめんなさい、ヴェルディさん」
謝罪の言葉を繰り返すと、ヴェルディさんは小さく首を振りました。
「いえ、お手柄はお手柄ですから。今のが上官として不適切な発言であることは理解していますよ。……けれども私は、言わずにはおれないのです。今のあなたを
北部決戦で亡くなってしまったアリアさんは衛生兵の私しか知りませんので、きっと驚かれるでしょうね。
そのアリアさんとの約束もあって、ヴェルディさんはずっと私のことを気にかけてくださっているのです。
レィターリュ部長やガヴェル曹長もそうですが、自分の身を案じ、本気で叱ってくれる人の存在はとてもありがたいものです。
少なくとも、嬉々として前線に放り出す実兄よりはよほどマシです。
本音はお礼を言いたいくらいでしたが、叱られているのに「ありがとうございます」と言うのも変ですし。神妙な顔で口をつぐんでいると、
「……失礼。愚痴のようなことを言ってしまいましたね」
ヴェルディさんはふっと短く息をついてから、口調をあらためました。
「おかげさまで、撤退戦は我々の勝利です。エイリスからの援軍はほぼ壊滅状態、フラメールの主力部隊にも少なくない打撃を与えた。戦いの前にベルン少佐が言っていた通りの戦果だ。まさに有言実行、大したものですよ」
言葉の割に、ヴェルディさんの表情が冴えません。
ベルンの戦果を称えつつ、それこそ愚痴でも言っているような苦い口調になっています。
「……率直に言って、勝ちすぎましたね」
どういう意味でしょうか。
味方の被害は少なく、敵に損害を与えたのです。それは本来、喜ばしいことであるはずですが……。