悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

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45話

「あなたは、エイリス軍の装備を見ましたか?」

 

と、ヴェルディさんはまず聞いてきました。

 

「驚くほど前時代的だったでしょう?」

「はい。仰る通りです」

 

 実のところ、私がエイリスの部隊を直接、目にするのは今回が初めてでした。近代戦に慣れていないという話は聞いていたのですが、予想以上でした。

 

 エイリスの部隊には、まるで物語の世界から抜け出てきたような、剣や弓矢で武装した兵士が混じっていました。

 全てがそんな有様だったわけではありませんが、それでも結構な数の兵士がそうだったと思います。

 

「装備だけではない。彼らの戦い方もまた古い時代のものだった。なまじフラメール軍が近代戦に適応していたために連携がとれず、互いに足を引っ張りあっているような状態だったそうですね」

 

 その通りです。

 そして我が軍の参謀殿は、敵の弱いところを見抜くのがとてもお得意です。

 弱点を突くのは卑怯だとか、そういう考え方もしません。

 むしろ、徹底して弱い所を突きます。その方が効率的に勝てるからという、とてもシンプルな理由で。

 

 ()れる時はとことん殺る男でもあります。

 敵が背中を向けて逃げ出したら、将によってはそこで戦いをやめるでしょう。

 ベルン・ヴァロウは違います。追いかけて殲滅(せんめつ)します。あの男にとって、戦意を失った敵は人間ではなく、ただの銃弾の(まと)だからです。

 

 そんな悪魔のような敵将の前に、旧時代の装備でのこのこと出てきてしまったエイリス軍は、誠にお気の毒という他ないですが。

 そもそも先に戦争を仕掛けてきたのは向こうの方ですから、同情の余地はないですね。

 

「元々エイリスがこの戦いに加わったのは、まあ、色々と思惑はあったのでしょうが――サバトに追いつめられて瀕死のオースティン相手なら、楽に勝てるはずだという目論見があったのでしょう」

 

 それが思わぬ苦戦の果てに、予想外の大敗を喫してしまったことで、国内の反戦派が勢いづいているのだそうです。

 反戦派とは、すなわち反政府派でもあります。彼らはフラメールの反戦派とも同調して、エイリスの現政権に圧力をかけているのだとか。

 

「オースティンが国境線まで退いたことも理由のひとつになったのでしょうね。まだ非公式なものですが、停戦交渉の申し入れがありました」

「それは、あの、喜ばしいことなのでは……?」

 

 私はそう思います。どんな理由であれ戦争が終わるなら、これほど嬉しいことはありません。

 

 ヴェルディさんの意見は違うようでした。浮かない顔で黙り込んでしまったかと思うと、しばしの沈黙の後に口をひらきました。

 

「あなたにひとつ、お願いしたいことがあります」

「……お願い?」

「この敵の申し入れについて、どう思うか。ベルン少佐の所に行って、意見を聞いてきてほしいのですよ」

「自分が、ベルン少佐の所に……」

「そうです。他の部下を遣いに出してもいいのですが、そうすると彼が本心を語ってくれない恐れがあるので」

 

 ヴェルディさんとベルンは、今や軍の中心的な存在です。もしも2人の意見が対立する事態にでもなったら、その影響は軍全体に波及してしまいます。

 だから今回の件も、直接会って話し合う前に、ベルンの意向を知っておきたいのだそうです。

 

 慎重なヴェルディさんらしいお考えだと思います。そういうことでしたら、自分に異論はありません。むしろ喜んで働かせていただきます。

 

「承知致しました。直ちにベルン少佐のもとに行って参ります」

「お願いします、トウリちゃん」

 

 一礼して出て行こうとすると、なぜか途中で呼び止められてしまいました。

 

「……すみません。やはり、行くのは少し待ってもらえますか」

「?」

「この非常時に話題にするようなことではないですし、そもそもデマだと信じたいのですが……」

「???」

 

 ヴェルディさんは下を向いていました。両手を組み合わせ、その中に自分の顔を(うず)めるようにして、深い苦悩を感じさせる姿勢をとっておられました。

 

「……ヴェルディさん?」

 

 何やらただならない様子に不安になって声をかけると、

 

「噂を、聞いたのですよ」

 

 ヴェルディさんはさらに重たい沈黙を挟んでから、ようやく言葉を発しました。

 

「『大盾』との戦いの前に、あなたがベルン少佐に口づけした、と」

 

 

 

*****

 

「違います、それは違います!」

 

 私は必死になって抗弁しました。

 

「あれは腹いせのようなもので! 特別な感情などはなく! 言うなれば兄妹間の軽いスキンシップと申しますか――」

「つまり、事実なんですね」

 

 ヴェルディさんは再び頭を抱えてしまいました。

 しばらくその体勢のままでいましたが、やはり黙っているべきではない、と決意したように顔を上げ、

 

「トウリちゃん、ダメですよ。彼とあなたは、二親(ふたおや)を同じくする兄妹なんでしょう」

 

 その言葉に、私は違和感を覚えました。

 

「以前は『騙されている』との(おお)せでしたが……?」

「ええ、そうですね。そちらの方がどれほど良かったことか」

「?」

 

 どういう意味でしょうか。

 ヴェルディさんは私とベルンの血縁を疑っていたはずです。それが真実ではないという証拠を見つけてみせるとも仰っていました。

 

「もしや、何かわかったのですか?」

 

 逆に私たちの兄妹関係を示す何かを見つけてしまったのかと問えば、ヴェルディさんは首を横に振りました。

 

「いえ、そちらは残念ながら。人をやって調べさせてはいるのですが、あなたたちの出身地であるノエル近郊は――」

 

 ……ああ、そうですね。

 私が育ったノエルも、その周辺の村々も、サバトに蹂躙(じゅうりん)されてしまいました。

 戸籍等の書類を探すのも、それ以前に生き残った住人を見つけるのも簡単ではないでしょう。

 

「……つらいことを思い出させてしまいましたね。すみません」

「いえ」

 

 暗い空気を変えようとしたのでしょう。ヴェルディさんは軽く咳払いをしてから、やや早口になって話を続けました。

 

「確かに、今でも私は疑っていますよ。あなたたち2人が兄妹であるなどとは信じられません。……が」

「が?」

「ベルン少佐は、私が知る限り。最も有能で、狡猾で、非情な人だ」

 

 そのベルンが、本気で私を騙して利用しようと考えているのなら、

 

「もう少しうまくやるのではないかと、そう思えてきたのです。少なくとも、今の状況が彼の計算通りであるとは思えない」

 

 ヴェルディさんは、そこで記憶を辿るように宙を見上げて、

 

「ここしばらく、あなたたちの様子を見てきましたが――彼のあなたへの態度はどうもチグハグというか、矛盾を感じるのです。以前は露骨に手元に置きたがっていましたが、最近ではそれもよくわからない」

 

 仰る通りだと思います。

 このところベルンは、私に引き抜きの話をしなくなりました。

 それについては理由に心当たりがあるので、こちらからは聞かないようにしておりますが。

 さすがヴェルディさん、よく見ていらっしゃいますね。

 

「あなたもですよ、トウリちゃん。ベルン少佐のことを実の兄と呼びつつ、一般的な兄妹関係とは違う、特別な感情をいだいているように見える」

 

 特別な感情、と私は繰り返しました。

 

「それはまさか、恋情のことを仰っているのですか……?」

 

 ヴェルディさんは否定しませんでした。逆に身を乗り出すようにして、

 

「本当に、ダメですよ。どれほど信憑性が低くても肉親の可能性がある以上、男女の仲になるなど言語道断です」

 

 私は「誤解です!」と抗弁しました。

 口づけと言っても頬にしただけですし、何より、あの時は敵のエースに戦いを挑む直前で、普通の精神状態ではなかったのです。

 

『…………』

 

 沈黙が、テントの中に落ちました。

 私とヴェルディさんは、互いににらみ合うように視線を交わし――。

 

「わかりました」

 

 やがてヴェルディさんは、静かに目を閉じ、宣言しました。

 

「これから私の全人脈を以て、君にふさわしい相手を探すことにします。必ず、見つけてみせます」

「……ヴェルディさん」

「世界はあなたが思っているより広いんですよ、トウリちゃん。あなたの兄上は確かに、ある意味では、非常に傑出した部分をお持ちですが――」

 

 それを魅力であるなどと勘違いしてはいけない、とヴェルディさんは強く主張しました。

 

「若いうちは、善人よりも悪人の方がかっこよく見える時があるのかもしれませんけどね? 彼の個性は、一般的には忌避されるべき性質のものであって――」

「ヴェルディさん、どうか落ち着いてください」

 

 自分は本当にそういう感情は持っていません。

 

「ベルン少佐のことは、あくまで肉親として――」

 

 想っているだけです、といくら繰り返しても信じてもらえそうにありませんね。どうしたものでしょうか。

 

「……兄が言うには、私は小さな子供が持つような執着をあの人に向けているだけ、なのだそうです」

 

 恋情ではなく、おもちゃやぬいぐるみを独占したがる子供のようなものだと言われた件を話題にすると、ヴェルディさんは「なるほど」とうなずきました。

 

「あなたは家族というものに強い愛着を持っていますからね。そういう可能性は確かにあるかもしれない」

 

 ……そんな簡単に納得しないでください。あくまでベルンがそう言ったというだけで、それが事実だとは申しておりませんのに。

 

「ただ、あなたはその説に不満である、と」

「不満と申しますか……」

 

 そんな風に言い切られてしまうのは、非情に不本意だと感じています。

 私はもう子供ではありません。現実を見ろとベルンは言いましたが、あの人の方こそ、私を幼い妹扱いしたいのではないでしょうか。

 

「……存外、あなたたちは似た者同士ですね」

 

 ふっと肩の力が抜けたように、ヴェルディさんは笑いました。

 

「どこがどう、似ていると仰るのでしょうか」

 

 あの性格破綻者と、中身が似ているなんて言われたらショックです。とはいえまさか、見た目の話ではないのでしょうし。

 

「見た目、ですか。まあ、『ありえない』という思い込みを取り去って、限界までひいき目で見れば――」

 

 似ていると言えないこともない、かもしれないとの答えに、今度こそ本気で私はショックを受けました。

 

 嘘でしょう。私、あんなに目付きが悪いですか。うさんくさい笑い方をしていたでしょうか。

 呆然と立ち尽くしていると、ヴェルディさんはそんな私の顔をじっと見て、

 

「目は違いますね。輪郭も、やはり女性であるあなたは柔らかさがきわだっていますし……。かといって鼻筋等に共通点があるかといえば、それも違う」

 

 それ、要は似てないって話ですよね。私とあの人を見比べて、血縁に気づく人なんてほぼ居ないですよね?

 

()いていえば、彼が笑いもせず、怒りもせず、普通の顔をしている時にですね。同じく真面目な顔をしている時のあなたと、面影がかぶる程度の相似はあると思います」

 

 面影がかぶるって、それこそ先入観による思い込みでは……。

 

「兄が言うには、私は母親似らしいです」

「では、彼は父親似ですか?」

「それは……、確かめたことがありません」

 

 髪の色はお父さん譲りだと前に言ってましたけど。

 大人になった兄の姿と、父の姿を重ねて思い出したことはこれまで1度もありません。

 私の記憶の中に居る、「たまに大きな声を出して暴れる怖い人」と、今の兄は似ていない気がします。

 私は父の顔を覚えていませんので、それも思い込みなのかもしれませんが。

 

 あの人は何か、遺伝子のバグとかで生まれてきたんじゃないでしょうかね。

 だって、おかしいです。父は名もなき農夫でしたし、母も貧しい農家の生まれです。

 その2人から、何をどうしたら「オースティンの悪魔」なんて呼ばれるほどの頭脳を持った怪物が生まれてくるのでしょうか。やっぱり、何かの間違いとしか思えません。

 

 そんなことを考えていたら、

「あ、今の表情はかなり似ていましたよ、トウリちゃん」

とヴェルディさんに言われてしまいました。

 

「どんな表情ですか?」

と問えば、「何か面白くないことがあった時に、何か難しいことを考えている時の顔」だそうです。

 ……()せません。

 

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