悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

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6章 地獄への道
48話


 オースティンとフラメール・エイリスの停戦交渉は、互いの条件が折り合わずに難航しました。

 

 早朝から深夜まで議論を重ね、条件をすりあわせながら妥協点を探っていく。

 そんな地道な作業を2ヵ月近くも繰り返した後で、結局は決裂してしまうことになるのですが……。

 

 その原因については、連合側の条件が厳しすぎたからだとも、かつて自分の父親をフラメールに殺された過去を持つフォッグマンJr.が、謝罪と賠償を(かたく)なに求めたからだとも言われています。

 

 真相はわかりません。自分は護衛として同行しましたが、それはシルフと会うための口実で、対面が終わった後はすぐにオースティンに戻らせてもらいました。ですから、話し合いの行方をそばで見守っていたわけではないのです。

 

 ただ、そもそもの話として。

 オースティンにせよ、フラメールとエイリスにせよ、本気で停戦するつもりがどれほどあったのかは疑問です。

 

 この停戦交渉は連合からの打診で始まりましたが、それは国内の反戦派に押されてやむなく、という面がありました。

 一方のオースティンも、ヴェルディさんやベルンをはじめとして、軍部の中心に居る人たちは現時点での停戦を望んでいなかったのです。

 

 交渉にあたった外交官の中には、心の底から戦争の終結を望み、使命を(まっと)うしようとした人も居たと信じたいところですが……。

 

 何にせよ、両国の話し合いは実を結ぶことなく。

 悲惨な戦争はなおも続いてしまうのですが、しかしながら交渉が難航したおかげで、ベルンの言う「時間稼ぎ」の意味はありました。

 

 およそ2ヶ月後。

 厳しい冬の寒さが緩み、少しずつ春の気配が近づき始めた頃、ついにサバトからの援軍が到着したのです。

 

 その数2万あまり。例の流行病(はやりやまい)の影響で減ってしまったとはいえ、それでもオースティンにとっては待望の援軍です。

 

 率いるのは、トルーキー将軍という壮年の男性でした。

 彼はサバトの内戦の際、ヨゼグラードの防衛部隊を指揮していた人です。

 あのシルフを手こずらせた有能な将が、味方として共に戦ってくれる。それは非常に心強いことですが、一方では懸念もありました。

 

 オースティンの兵士たちにとって、サバトは数年前まで戦っていた相手です。憎い仇であり、恐るべき敵でもあります。

 勝つためにはサバトの力が必要だと頭では理解できても、気持ちの方はそう簡単にいきません。

 

 無論、それはサバトの兵士たちにとっても同じことでしょう。数年前まで殺し合いをしていた相手を信頼し、背中を預けて戦うなんて無理な話です。

 

 そうした両軍の確執をやわらげるため、サバト軍には親善大使として、労働者議会のレミ・ウリャコフが同行していました。

 

 援軍が到着した日。

 

 オースティンの陣地では大規模な式典が執り行われました。

 軍楽隊のラッパが高らかに響く中、ヴェルディさんとトルーキー将軍、そしてレミさんが握手を交わし、両国の友好と親善を強くアピールしたのです。

 

 レミさんのカリスマ性は神がかっています。見る者を惹きつけ、ほんの少し声を聞いただけでも心をつかまれてしまいます。

 そんな彼女が壇上から演説を行い、協力して敵に立ち向かおうと訴えたことで、兵士たちの不平不満もだいぶ沈静化しました。

 

 さらに数日後にはポールランドから、その翌日にはダリア公国からも援軍が到着し、オースティン側の総戦力は10万弱にまで増えました。

 

 対する連合側はフラメール軍25万、エイリスからの援軍5万に旧サバトの残党を加えて、全部で30万強という戦力です。

 優に3倍以上の兵力差がある中で、実質的な最終決戦の幕が切って落とされようとしていたのです。

 

 ちなみにエイリスですが、かさむ戦費に増える犠牲、さらにはエンゲイ撤退戦の大敗もあって、この戦いに参加するかどうかは国内でも意見が割れたそうです。

 

 それでも参戦を決めたのは結局のところ、今、戦いを下りても得るものがないからです。

 これだけの犠牲を払って戦ってきたのに収穫ゼロでは、明らかな失政です。それは現政権にとって致命的な打撃となることでしょう。

 

 ならば、このまま戦い続ければ犠牲に見合った成果が得られるかといったら、それも難しいのが現実でした。

 同盟国フラメールに誘われて、軽い気持ちで足を踏み入れてしまった戦争はエイリスにとって、もはや進むも地獄、戻るも地獄の泥沼となっていたのです。

 

 そのフラメールにしても、この時点で戦死者の数は軽く5万を超えていました。

 それも兵士に限った数です。民間の犠牲者を含めれば、その数ははるかに膨れ上がります。

 

 この戦争を続けることで、何らかの見返りを得られる可能性が果たしてあったのか。あるいはただ戦争の狂気に取り憑かれ、他の選択肢が見えなくなっていただけなのか。

 

 いずれにせよ、彼らは選んでしまいました。

 オースティンとの決戦を。のちに「国境線の惨劇」と呼ばれる地獄への道を。

 

 

 

*****

 

 サバトからの援軍が到着し、大規模な式典が行われた、その夜。

 私は親善大使のレミさんに呼ばれて、少しだけお話をすることになりました。

 

「お久しぶりですね、トウリ。会えて嬉しいです」

 

 数年ぶりに会うレミさんは、ますます美しくなっていました。

 真っ白な髪に白い肌。長旅の疲れか、あまり顔色が良くありませんでしたが、それが彼女の(はかな)げな魅力をさらに増していました。

 

「遠路はるばる、ようこそお越し下さいました。私もお目にかかれて嬉しく思います」

 

 近づいて握手を交わそうとすると、さらに距離をつめられてぎゅっと抱擁されました。

 

「もうすぐです、トウリ。あと少しで私たちの夢がかなう」

 

 彼女の言う「夢」とは、すなわち戦争がない平和な世界を実現することです。

「私たちの」と表現しているのは、初めて会った時に私が話したこと――前世で身につけた知識や思想が、レミさんに強い影響を与えているからです。

 

 と言っても、彼女は目指す理想のためなら残酷な手段も(いと)わない、過激なテロリストの顔も持っています。

 何しろ、あのベルンに「自分以上の極悪人」と言わせた人ですからね。

 

 彼女に会うと、私は本能的な恐怖を感じます。今も、華奢(きゃしゃ)な両腕に抱きしめられながら、言いしれぬ悪寒に鳥肌が立ちそうでした。

 それを態度に出さないように気をつけて――私はゆっくりと体を放し、彼女と視線を合わせました。

 

「ええ、あと少しですね。そのためには必ず、この戦争を終わらせなくてはなりません」

 

 レミさんは力強くうなずいて見せると、私の手を取ってテントの奥に連れていきました。

 そこには2人がけのテーブルと椅子、さらにティーセットまで用意されていました。

 

「少しだけ、おしゃべりに付き合ってください。今日はあなたと会うのをとても楽しみにしていたのです」

 

 サバトの実質的なトップからのお誘いです。断ることなどできません。

 

「自分でよろしければ、喜んで――」

 

 レミさんは嬉しそうに笑って、手ずからお茶を淹れてくださいました。

 

「……これは、蒲公英茶ですか?」

「ええ。ベルンに勧められて何度か飲むうちに、私もこれが好きになってしまって」

「……そうだったのですか」

「会うことができなくて残念です。久しぶりにゆっくり話せると思っていたのに」

 

 残念そうにうつむくレミさんを見て、私はそわそわと落ち着かない気持ちになりました。

 

 あの人は今、自分のテントで寝込んでいます。

 殺しても死ななそうな男ですが、病気とかには全く縁がなさそうに見えますが、例の流行病に(かか)ってしまったのです。

 

 それはベルンに限った話ではなく、この時点のオースティン軍では、およそ10人に1人が体調不良という有様でした。

 

 そんな状態ですから、レミさんにはできるだけ速やかに前線を離れてもらう必要がありました。

 彼女まで(やまい)に倒れてしまったら大変なことになります。ベルンが回復するまで待ってもらう、というわけにもいかないのです。

 

「ベルン少佐も残念がっていると思います。次の機会には必ず、と申しておりましたので……」

 

 今回はあきらめてほしいと伝えると、レミさんはなぜかにっこりしました。

 

「どうして目をそらすのですか?」

「え」

「急に挙動不審になりましたね。まるで何かやましいことでもあるようですよ?」

「そのようなことは……、けっして……」

 

 冷や汗をかきながらごまかそうとすると、レミさんは軽く首をかしげて、世間話のように言いました。

 

「あの病気は本当に厄介ですね。人から人へと広がってしまう。私はあまり体が強くありませんので、流行が始まってからは、側近たちがひどく気をつけるようになって。おかげで、人と会う機会が極端に減ってしまいました」

 

 それは、ベルンもですね。

 オースティンの陣地でも流行が広まってからは、クルーリィさんが鬼のように神経質になって、ベルンの近くに一般の兵士を寄せ付けないようにしていました。

 

 当然といえば当然の話なのです。万が一あの男が倒れたら――現に倒れてますけど――今後の軍事作戦に支障をきたしてしまうかもしれませんので。

 

 そこまで気をつけていたにも関わらず、なぜ罹患してしまったのか。

 

 原因はわかりません。そもそも防ごうとして完全に防げるようなら、誰も苦労していませんし。

 

 ただ、ひとつの可能性として。

 

「実は自分も、あの病気に罹ってしまいまして……」

 

 罪悪感に耐えきれなくなった私は、レミさんと視線を合わせぬまま、隠していたことを白状しました。

 

「既に回復しましたが……。一時はあまりの高熱で意識が混濁し、意味不明のうわごとを口走ってしまうほどで……」

「まあ。とても大変だったのですね」

 

 レミさんは心からの同情を示してくれた後で、「それで? あなたの病気とベルンが寝込んでいることに、何か関係があるのですか?」と聞いてきました。

 

「ですから、その、高熱のせいで意識が混濁して」

 

 自分では覚えていないのですが、ひどく取り乱していたらしいのです。往診に来てくださったケイルさんの話によれば、

 

「もう死んじゃう、お兄ちゃん行かないで、って俺の手を握ってさ。いや、すっごく可愛かったよ? 思わず抱きしめそうになったくらい。さすがに自制したけど、やっぱり可哀想になってさ。衛生部に戻ってから部長に相談して――」

 

 話を聞いたレィターリュさんも私に同情し、「ちょっとだけ、トウリちゃんのこと見舞ってあげてくれない?」と、ベルンに話を持っていったのだそうです。

 

「ずっと1人で寝込んでるんだもの。気が弱くなる時だってあると思うのよ」

 

 この病気は伝染しますので、罹患者はできるだけ隔離する必要があります。

 私の場合、元から専用のテントがあるので、中にこもってひたすら回復を待っていたのです。

 

 クルーリィさんは強く反対したそうですが、たまたまベルンと打ち合わせ中だったヴェルディさんがやはり私に同情してくれて、「少しだけなら大丈夫なのでは?」と取りなした結果、ベルンは嫌々ながら私のお見舞いにやってきました。

 

 と言っても、テントの中に居たのは5分くらいだそうですから、それでうつった可能性は低いと思います。

 ……ただテントの中に居ただけなら、ですけど。

 

「何があったのですか?」

とレミさんが聞いてきました。

 あいかわらずほほえんでいるのに、何だかちょっと怖い顔をして。

 

「……覚えていないのです」

 

 くどいようですが、高熱のせいで意識が混濁していたので。

 しかも、いつもは無駄に口達者な兄が、この件に関してはなぜか明言を避けるのです。

 ただ「おまえのせいだ」とか「治ったら覚えてろよ」と言うばかりで。

 

 はっきり言ってくれないから、ちゃんと謝ることもできていません。

 クルーリィさんにはものすごく冷たい目で見られましたが……。そのクルーリィさんも、今は高熱で寝込んでいます。

 

「そうですか、よくわかりました」

 

 私のあまり説明になっていない説明に、なぜかレミさんは納得したようでした。

 

「やはりベルンは、あなたにだけは特別優しいのですね」

 

 え、と思ってレミさんの顔を見ると、彼女はスカートのポケットから白いレースのハンカチを取り出し、私の前に広げて見せました。

 綺麗な刺繍が施されたハンカチで、私は「はて」と首をかしげました。何だか、よく似たものをどこかで見た気がしたのです。

 

「以前サバトに滞在していた時に、ベルンが買ってくれたものです。買い物に付き合ってくれたお礼だと言って」

 

 ……ああ、思い出しました。

 私も以前、兄からもらったことがあります。

 ハンカチだけでなく、お菓子とか犬のぬいぐるみとか。ベルンがレンヴェルさんの怒りを買って前線から遠ざけられ、しばらく雲隠れしていた時のことですね。

 

「その節は、大変ご迷惑をおかけ致しました」

 

 労働者議会の重鎮であるレミさんを私的な買い物に付き合わせるだなんて、ずうずうしいにも程がありますよね。

 

 私が頭を下げると、レミさんは「本当ですよ」と可愛らしく唇を尖らせて見せました。

 

「一緒に出かけられて嬉しかったのに、他の女性への贈り物を選ばせるだなんて、あんまりだと思いませんか?」

 

 まったくその通りです、と同意しようとして、私はふと違和感を覚えました。

 

「一緒に出かけられて嬉しかった……?」

「ええ、とても」

 

 レミさんは笑顔で肯定しましたが、ちょっと意味がよくわかりません。

 

「ねえ、トウリ。あの人はとっても悪い人ですよね?」

 

 私の理解が追いつくのを待つことなく、レミさんはさらに質問を振ってきました。

 それはその通りだと思ったので、「はい、仰る通りです」と答えると、レミさんは真顔で忠告してきました。

 

「では、くれぐれも気をつけて。私のように、騙されてはいけませんよ?」

「それは、どういう……?」

 

 問い返しても、レミさんは答えてくれませんでした。

 意味のわからないセリフは、意味がわからないまま流されて。

 

「さあ、お茶のお替わりをどうぞ。サバトから持ってきたお菓子もありますよ」

 

 また笑顔に戻ったレミさんは、その後は終始、楽しげに私をもてなしてくれたのでした。

 

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