ダンジョンで王冠を継ぐのは間違っているだろうか 作:白黒ととか
灰と熱気が渦巻く、市街地だったはずの場所には、もはや誰の足跡も残らない。
遠くで崩れ落ちる音が微かに響き、途切れ途切れの記憶のように耳の奥に残る。
その音までもが、まるでこの廃墟となった都市がまだ生きているかのような錯覚を一瞬だけ与えてくれるが、その実、死と静寂しかここには存在しない。
振り返れば、黒く焦げ付いた建物の残骸が、くすぶる大地の上に影だけを落としていた。
かつて人々が暮らしていた気配はとうに消え去り、残るのは無数の瓦礫と、その間を縫うように漂う煙だけだった。
風が吹けば、灰の粒がかすかに光を反射し、天へと昇る煙が、全てを覆い隠していく。
遠い空には夕日が沈みかけ、薄紅に染まった光が世界の終わりを告げていた。
私は歩みを止めない。
誰もいなくなった道を、焼け落ちた瓦礫を、ただ前へ――。崩れかけた路地を踏みしめるたび、靴の裏にまとわりつく灰の感触だけが現実を思い出させる。
その重みは、喪失の記憶よりもなお重かった。
どれだけ進んでも、焼失の記憶は私を追い続けるだろう。
音も色も、全てを奪い去った炎の残像が、まぶたの裏に焼き付いて離れることはない。
心の内には、あの日燃え盛った叫びと泣き声、そして炎が全てを呑み込んだ瞬間の沈黙がこびりついている。
「結局、だれ一人生き残らなかった…」
虚ろな呟きは、燃え残る瓦礫の狭間に吸い込まれていく。
消えゆく反響すら響かず、どこにも届くことなく空虚に消える。
自身が歩んだ道の後には無限に思えるほどの屍があり、前を逝く者たちはすでに死に絶えた。
ただ、彼らの亡骸すらも炎で灰となり、今や跡形も残らない。
「私だけが残ってしまった...」
手のひらの炎は薄く、儚い命の残滓のように揺れていた。
指の間を漏れるその光は、かつて全てを焼き尽くした力の名残か、それとも救えなかった者たちへの供養なのか。
最後に残った火すら消えつつある中で私は私に剣を突き刺した。
冷たい鉄が皮膚を貫く感触さえも、すぐに炎によって融解し零れ落ち、散らした鮮血すらも地に落ちる前に燃え尽きる。
貫かれたはずの心臓に炎が灯り熱を感じさせるよりも早く消えてしまう。
炎が消えた後には傷一つない白い肌だけが残る。
その肌は生と死の間に在ることの証であり、それは祝福でも呪いでもなく、ただこの身の証明に過ぎない。
「なぜ、私だけが――」という問いは、何度自問しても答えに辿り着くことはなかった。
「...」
私のこの力さえなければ、戦友たちと同様に逝けただろうか。
憎しみも哀しみも抱えずに、静かに終わりを迎えることができたのだろうか。
けれど、結局それも叶わない夢想に過ぎないことを、私は誰よりも知っていた。
足元で何かがカラリと音を立てる。
その乾いた響きさえ、周囲の静けさを切り裂くほどに大きく感じられる。
目に映る焼け焦げた金属片――それが仲間だった者の遺留品だと気付くこともない。
灰で覆われ、名前も記憶も薄れていく。
遠く、崩れかけた高層のビルの影が夕陽を遮る。
その影が伸びるたび、私は取り残された存在であることを痛感する。
そして、次へ進むたび、癒えぬ胸の奥底で新たな炎が燻る。
憎しみとも愛しさともつかない、混沌とした情動。
もはや何を求めて進んでいるのかさえ、分からなくなっていく。
「■■■■…聞こえるか? 私はここにいる。お前の理念も、熱も、ぜんぶ…私が抱えていく」
自分自身ですら忘れかけた約束。しかしその言葉だけは、くすぶる心の奥底に残り続けていた。
やがて私の手のひらの小さな火は、炎となって我が身すら糧に市街地を焼き尽くす大火となる。
全てを消し去り、何も残さない猛火。
その中で私は、確かに燃えていた。
「これは火葬、生き残った私の自己満足。敵も味方も関係なく土へと帰れ同胞たちよ」
燃え尽きた街を背に、私は歩き出す。
船の抵抗が、杖の理念が消えぬまで。
後ろを振り向くこともなく、ただ蜃気楼のように揺れる彼方へと足を向ける。
灰を背負ったまま、私は燃え尽きた命たちの祈りを胸に刻み、終わりなき地平へと歩みを進める。ぽつり、ぽつりと降り始めた雨が、熱の残る大地に落ちてはすぐに蒸発し、煙とともに消えていく。
その雨粒さえも、今はただ無力に思えた。
――やがて、その歩みは一つの新たな『ダンジョン』へと至る。
扉の前で立ち止まった刹那、私はかすかに歩みの意味を問いかける。
だが、その先に待つ運命を、今の私はまだ知る由もない。
そして運命の歯車は、異なる世界を繋ぎ始めるのだった。