ダンジョンで王冠を継ぐのは間違っているだろうか 作:白黒ととか
体に鈍い痛みが走る。
目の前は暗く、音も、光も、何も感じられなかった。ただ、地面の冷たさと、自分の身体がどこか歪に横たわっていることだけが、かすかに意識の端へ引っかかっていた。
顔を上げた先、黒く焦げ付いたビル群の向こうに、突如として青白い稲妻が空を引き裂いたのは、ほんの数秒前のことだ。
「あれは...天災!?」
市街地を焼き払った後の私は、機械のようにただ歩き続けていた。
その先に何があるのかなど、もう思い浮かべる余裕もなかった。
ただ、心の命ずるまま前へ進む。それが、生き残った者の最後の義務だと信じていた。
灰色の世界――テラの大地は、たとえ勝者にも安寧を与えない。
轟音と共に天を覆い尽くす厚い雲、全身を貫くような轟き。
既視感に近い諦めが胸を支配する。オリジニウムの結晶が地面に突き刺さり、重い空気をたたきつける……次の瞬間、目も耳も呑み込まれるように虚無へ閉ざされていった。
**
意識が深く沈んでいく。言葉も思考も感覚も、ぼやけていく。ただ欺瞞のような熱だけが、心臓の奥で静かにくすぶっていた。
(
死は恐ろしくない。既に仲間や同胞、多くのものをこの手で弔った。
むしろ、遂に自分も彼岸へ辿り着けるなら、それでいいのかもしれない、と。
けれども
(それでも、進まねばならないのだろう?)
たとえ誰も自分を見なくなったとしても。
何かを抱えたまま終わることだけは、許されない気がした。
**
「――……」
誰かの声が、遠くから呼ぶ。
けれど、それは現実のものではなく、夢と記憶のあいだを漂う幻聴だった。
頬に何か冷たいものが落ちる。
身体を起こそうとして、手が土の上を這った。
土、だろうか。砂利やオリジニウムの感触ではない、柔らかい……そしてやけに湿った、大地のぬくもり。
「……どこだ、ここは。」
ようやく瞼を開けると、そこには見慣れぬ空間が広がっていた。
空はない。青くも黒くもない、岩と草木が覆い茂る巨大な洞窟。
その上部には妖しく光る苔と、天井から降りそそぐ仄暗い光、遠くから水の流れる音まで聞こえる。
まったく未知なる場所。
その空気にはオリジニウム特有のざらつきや毒気も感じられず、ただ深い静けさが満ちていた。
「……戦場?」
ぼんやりと立ち上がる。
どこかで見た資料の絵や物語と重なる光景――地上ではない、地下の世界。
ふと身体の異変に気づく。
全身に纏っていた防具は所々破損し、かつての戦闘による傷痕色濃く残しているにも関わらずその下の肌には傷一つない。
それどころか、体の痛みすらも徐々に消えかかっている。
(あの天災を真近に受けて傷がない? どれだけの時間私は寝ていたんだ?)
(それに天災は、どうなった? いや、それよりここは――)
周囲には人の気配がまるでない。ただ静かに、小動物のような影が岩陰を駆け抜け、遠くで何かの唸る音が響く。
**
自分は確かにあの市街地で天災の直撃を受けた。
だが、今はどこか別の場所にいる。
ありえない。
だが、どこにもテラの大地に特有の機械やオリジニウムの気配はない。
「もしかして……」
言葉にならない疑念が、胸をよぎる。
ふと、手のひらを見つめる。
指先で小さな火を生み出そうと意識を集中する。
その火は変わらぬ熱を与えるが、不思議と周囲の空気は安らいだまま、どこか優しい。
「ここは……本当に、別の世界なのか?」
自問するしかない。
**
やがて、遠くで何かのざわめきが聞こえる。
獣とも、人ともつかぬ唸り声。その姿を視界の端に捉えた瞬間、背筋に微かな緊張が走る。
(生きねばならない……!)
過酷な戦場の本能が、即座に警戒を叫ぶ。
どこだろうと、生き残るためには戦うしかない。それがどんな場所であれ。
ゆっくりと剣に手をかけ、炎を指先に宿す。
「……進もうか」
灰色の世界を越えてきた身には、この洞窟の闇すら恐ろしいものではない。
心の奥底でまた、かすかな灯火が灯る。
どれくらいさまよったのか分からない。
絶え間なく枝分かれする地下通路を行き、苔むした壁と岩棚をぼんやりと眺めながら歩いた。
途中で小動物や、うごめく怪物の気配から身を隠し戦闘を避けた。
それでも時折見つかり襲い来る怪物と戦った。。
それでも私は戸惑うことはなかった。
戦争の中を歩いてきた感覚はこうした未知の地でも、わずかな音や気配に敏感に反応してくれる。
この世界の理は、たしかに私に適応を与えている。
ただ、生き延びることだけが、自分に課せられた義務のように思えていた。
やがて、通路の先から――何かが激しくぶつかり合う音、それに重なる人の叫びと獣の咆哮が、洞窟にこだました。
私は足を止めた。
何か起きている。
それも、ただの争いではない。
もっと生死の色濃い、血の匂いを孕んだ闘争……。
その音へ、私は導かれるように歩み寄った。
ごつごつした壁の向こう、崩れかけた空間の隙間に身を隠す。
身を屈め、じっと眼下を覗いた。
そこは大きな空洞で、岩の床に赤黒い血痕が滲み、折れた剣や砕けた装備が転がっている。
そして――
白い髪の少年が、一頭の巨大な牛頭の怪物と向き合っていた。
巨大な牛頭の怪物は白い髪の少年より遥かに強い存在だろう。
それに立ち向かうのは、まだ幼さの残る白髪の少年
彼は既にぼろぼろだった。
顔も腕も血に染まり、息も絶え絶え。
しかし、両の脚で立ち、最後の武器を握って離さない。
絶叫し、駆け、しかし何度も弾き飛ばされても、なお立ち上がる。
(無謀だ――)
私の中の何かが警告する。
だが同時に、この場に満ちる空気が“異質”なものに感じた。
岩陰から様子を窺いながら、私は静かに状況を見届けることにする。
私と同様にこの戦闘を見ている集団に気づいた。
なぜ手を貸さないのか――不思議と理解できていた。
これはあの少年の戦いだ。
彼自身が越えるべき壁なのだと、理屈ではなく直感で分かっていた。
私がここで手を出すべきではない。
「……」
白髪の少年は、何度も倒れ、それでも立ち上がる。
恐怖に震えながらも、再び怪物の影に向き直る。
血まみれの手で剣を握り、怪物の咆哮にかすれ声で抗う。
怪物もまた、本能のままに牙を剥き、容赦なく殴りかかる。
その戦いは、絶望と希望のせめぎ合いだった。
この広い空洞で、人もモンスターもなく、ただただ一人の少年が戦っている。
彼の瞳に宿る「生きたい」という意思の炎が、私の胸の奥に微かな共鳴を響かせてくる。
やがて、少年の一撃が牛頭の怪物の腹を貫き、少年の絶叫とともに怪物は内側から炎を吹き出しその上半身を吹き飛ばした。
静寂――
やがて遠巻きにして見守っていた集団たちが、驚愕と戸惑いをもって安堵の声を上げながら少年へ駆け寄る。
私は深く息を吐いた。そして静かに、その場から身を引く。
もう一度だけ、その白い髪と真紅の瞳を目に焼き付けてから、私は裏道へと溶けるように姿を消そうとした。
その瞬間、背後から鋭い声が響く。
「――待て」
足を止める。警戒して振り返ると、そこには小柄な青年――しかし只者でない気配を漂わせた冒険者が静かに立っていた。
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