ダンジョンで王冠を継ぐのは間違っているだろうか 作:白黒ととか
ダンジョンは、階層ごとに「世界」が変わる。
18階層の楽園を後にし――未踏の深層、新たな地獄に足を踏み入れるその間、
私、アッシュは「ロキ・ファミリア」の一員として、生き抜くため・仲間を守るため剣を振るい続けていた。
進軍のたびに奇怪な魔物を相手にし、大群の襲撃を迎え撃ち、生き残るための冷静さと狂気が隊内にも浸透していく。
けれども私の心は、今までで一番「静か」だった。
それは仲間の存在、あるいは――この迷宮という命の炎そのもののおかげかもしれない。
リヴェリアやレフィーヤといった高位魔法職の護衛を私が務めている間、彼女たちは私の実力を疑わず信頼しきっていた。
時折、背中に託された命の重みが、「まだ死ねない」意志を強くさせた。
危機のたびに二本の黒剣を抜き、「焔胤(フェネクス)」で刃と体を蒼炎に包んだ。
焔律(ドミニオン)と組み合わせれば、遠距離兵器・対集団戦では無類の威力を誇る。
レフィーヤが「すごい……!」と小さく呟くのを、私は静かな微笑でだけ返す。
アイズは少し距離を取りつつも、戦場を読み助言をくれる。
「次、右から」「二体、影」と言葉が短くても、私にはそれで十分伝わった。
本隊は着実に、深層の地獄へ踏み込んでいく。切羽詰まった場面でも私は一度も動じず、
敵の数がいくら膨れ上がろうと、蒼炎と刃の一閃で全て切り裂いた。
そして――ついに、49階層へと到達する。
49階層”通称『大荒野(モイトラ)』”見渡す限り、草木の一本もない、褐色の大地。
横で、リヴェリアが静かに呟いた。
「異常な静けさだ……嫌な感じがする」
アイズが剣に手を掛けながら「強いものが潜んでる」と口を挟む。
フィンは全体の警戒を高めて指示を出していた。その目が時折こちら、私に向けられる。
不安――というよりは、何かを感じ取り、期待に似た気配だ。
「アッシュ。前線から漏れた敵を頼む、それから後衛の護衛を引き受けてくれ」
「わかった、任せて」
「頼もしいね」
微笑み合ううち、どこか遠くから耳障りな異音が響いた。
「来るぞ――!」
前方斥候隊が叫ぶ。
一斉に冒険者たちが武器を手に取り、周囲に緊張が走る。
爆音にも似た振動、地面を擦る無数の脚、生臭い風。
隊列前方、岩陰から現れた山羊のようにねじれ曲がった二本の大角――
首から上には膨れ上がった馬面とでもいうべき醜悪な顔面。
盛んに吹き出る鼻息と呼応するように、真っ赤な眼球がぎょろぎょろと蠢き獲物の姿を睥睨するモンスター、フォモールが、途切れることなく現れた。
十……二十……それどころではない。
「100体を超えるぞッ!!」
誰かの叫びが混ざっていた。
戦場が成立するどころか、隊列が崩壊しかねない数。
フィンが即断で指揮を下す。
「各班、前衛で迎撃! 後衛は慌てず魔法を詠唱を開始しろ!」
ガレスが重槌を振るい、ベートが銀狼の矢のごとく突撃する。
ティオナとティオネの姉妹も獲物を手に暴れ始めた。
私は後衛の一群を護るように配置され、二本の黒剣を引き抜いていた。
レフィーヤが小さな声で私に話しかける。
「アッシュさんは……怖く、ないんですか?」
私は少し振り返り、微笑んで応じる。
「怖くはないかな、こういうのは慣れてるから。ここは私が守るからレフィーヤは安心して魔法の詠唱をして」
少女は少し驚き、誇らしげに頷いた。
「……はい、頼りにしてます!」
直後、フォモールの先頭が突撃してきた。
私は【焔胤(フェネクス)】を解放し、右の剣に蒼炎を纏わせ、【焔律(ドミニオン)】で炎の槍を生み出す。
一閃――
数体のフォモールをまとめて吹き飛ばすと、魔物たちはその進路を一瞬で焼かれて崩れ始めた。
「次も来るぞ!」
後ろからリヴェリアの緊張声が飛ぶ。
数の暴力。それでも私は、仲間たちは、一歩も退かなかった。
刃と炎が交互に振るわれ、フォモールの隙間をすり抜けては、不自然なほど正確な一撃で絶命していく。
だが――
地響きが、さらに大きくなった。
「……待て」
フィンが何かに気づき、親指を強く握りしめていた。
その親指が、ぴくり、と疼きに震えている。
「この感じは……バカな、まさか……!」
誰もがその正体を理解するより早く、前線の向こう――地平線を割って「巨影」が現れた。
バロール――
この階層には本来現れないはずの、《迷宮の孤王(モンスターレックス)》が突如として現れたのだ。
炎を纏い、全身から濃密な殺気と魔力を垂れ流す巨大な単眼の巨人。
知性すら感じさせる不吉な圧力が、場の空気を一変させた。
「バ、バロール……っ」
「インターバルはどうなってるんだよ!?」
総員が悲鳴混じりに身構える。
フィンの親指は激しく疼き、思わず奥歯を噛みしめた。
「クソッ――このタイミングで、親指の疼きが止まらない……!」
フォモールの波も薄れず、前線はもはや総崩れしかけていた。
「ツバキ、ここを任せることは可能か?」
「おい、お主どうするつもりだ?」
「あのデカブツを倒しに行く」
「手前はできる、お前はできるんだろうな」
ツバキが頷いたのを確認すると私は前線へ駆け出す。
邪魔なフォモールを切り倒して前線へ合流した私は静かに黒剣を納め、フィンの隣に歩み寄る。
「あのデカブツは私が引き受けよう」
睨みつける巨体――あれほどの魔力に満ちた存在。だが、今の私なら、恐れる理由はない。
フィンが静かに声を荒げた。
「無茶だ……死ぬ気かい?!」
私は微笑み、ほんの冗談のように返す。
「大丈夫…あれは“スルト”程じゃない」
この名前に、誰もが反応する間もなく、私は背中で炎を弾けさせる。
肩甲骨から鋭角な蒼い炎の翼を――
【焔胤】と【焔律】の極致。
その身を蒼炎が包み翼となり、私は一陣の風と共に戦場から離陸した。
「待てっ!!」
フィンの叫びも、地鳴りにかき消された。
仲間たちの驚愕と困惑を背に、私はバロールの巨体へと突進していった。
大荒野(モイトラ)の地表を、青白い炎と魔力の奔流が突き抜けていく。
バロール――階層の主のあり得ない乱入に、地鳴りと絶望がほとばしった。
私、アッシュは背中に蒼い炎の翼を広げ、ロキ・ファミリア本隊が組んだ乱戦の最前線を抜けた。
火の粉が舞い、フォモールの密集陣をかすめ、
私は一直線に単眼の巨人へと翔けた。
「――行くぞ」
手には二本の黒剣。
焔胤(フェネクス)の蒼炎が静かに刃を包み、焔律(ドミニオン)が私の思念に応じて槍状の炎や防壁へと自在に姿を変える。
バロールの巨躯が、こちらを捕捉した。
単眼から黒い閃光――魔力の奔流!
私は翼をたたみ、急降下で地面へ落ちる。
刹那、バロールの光線が大地を削り、砂と岩が爆発した。
「はぁっ!?」
光線が通り過ぎた後をみて戦慄する。
「…スルト程じゃないとは言ったが、これじゃまるでイフリータだな」
すかさず地を蹴り、右手の剣へ蒼炎を濃縮。
振り抜くと、青焔が衝撃波となってバロールの脚を洗う。
巨人の肉体を焼き裂く感触。
だが本能で、これだけでは決着しないと悟る。
バロールは叫ぶように腕を振り回す。
落雷のごとき一撃が空間を歪ませ、衝撃の奔流が全方角へ拡がった。
だが私はほんの一瞬早く、背中の蒼翼で旋回し――
逆手の黒剣から【焔律】で巨大な槍状の炎を打ち出す。
炎の槍が空中を突き抜け、バロールの肩に突き刺さる。
しかし巨人は動じず、むしろ怒りで体躯全体を赤く明滅させながら反撃してきた。
その間、フィンは親指を握ったまま戦況を見ていた。
「……なんて無茶を……」
本来なら指揮官として制止すべき“愚行”。
だが、あの力。あの胆力。
フィンは、自分の感じていた“恐怖”にほんの僅かだが期待を重ねた。
他の前衛――ベート、ティオナ、ティオネ、ガレス――皆がそれぞれフォモールの群れへ奔走している。
リヴェリアは後衛部隊の中央で魔力の集中を増していた。
レフィーヤは中距離で、汗を額に浮かべながらも後衛を守っている。
「……アッシュさん……」
レフィーヤの瞳が、恐怖と信頼とを入り混ぜた光でこちらを見つめていた。
バロールの巨体が、炎の海から再び立ち上がる。
私は呼吸を整え、短くつぶやく。
「――ここまでか…」
黒剣を両手で揃え、【焔胤】を最大出力で解放する。
刃が青白く灼ける焔に飲まれ、私の身体にも熱が満ちる。
バロールが両手で大地を叩いた。
地響き、空間の震え。魔力の奔流が全てを飲み込もうと拡がる。
私は翼をひろげたまま一気に上昇、
上空から炎の槍を束ねて降らす。
「――焔律!」
無数の青き槍が雷雨のようにバロールの全身に降り注いだ。
バロールが咆哮、腕を振るって槍の大半を打ち払いながらも、
痛打を受けた肩や腹から灼熱の煙を上げてのけぞる。
その巨体の隙間――
私は今しかないと見た。
一気に急降下、バロールの胸板に突撃。
二本の黒剣を、斬撃と同時に最大出力の青焔で貫く!
轟音、爆裂。
バロールの巨体が仰け反り、空間がひび割れるほどの咆哮が響いた。
しかしそれでも――
屈しない。
屈しないのだ、この怪物は。
「やっぱり、厄介だな」
私は地面に着地しつつ、背中の炎を再び翼へ。
そのとき、戦線後方――
フォモールの波に追われ、前衛も後衛も次第に押し負け始めていた。
隊列が崩れかける、その瞬間――
ドオオ、と地鳴りがして、バロールの巨体が遠くへ吹き飛ぶ。
背中の蒼炎の翼で飛翔したアッシュが、バロールを一撃叩き付け、その隙間を抜けて一気に味方後方まで戻ってくる。
リヴェリアのもとに着地すると、アッシュは短く一言だけつぶやく。
「――できる?」
リヴェリアは驚きと、そしてすぐに“決意”の表情へ切り替えた。
騒然とする仲間たちの間で、
彼女は静かに、長く息を吐くと杖を高く掲げ、詠唱を始める。
【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風(うず)を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬】
リヴェリアの口上が空に響き渡る。
大気が、魔力が、空間そのものが凍りつくような静寂に包まれる。
【間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。】
蒼き魔法陣が深紅の光を灯しより一層の魔力の奔流がリヴェリアより溢れ出る。
【開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり。】
一斉に隊員たちが息を呑む。
バロールも、単眼をリヴェリアへと回転させながら気配に何かに気付いたような仕草を見せる。
【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。焼きつくせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】
私は真っ直ぐ魔法の“渦中”――バロールのすぐ隣へ飛び込んで立つ。
肩口越しにリヴェリアへ最後の合図を送る。
彼女は迷わない。
「――レア・ラーヴァテイン!!」
咆哮を上げるバロール。その頭上に、天から大群の蒼――蒼焔の槍が降り注ぐ。
同時に爆発的な魔力が大地から解き放たれる。
バロールと、私を丸ごと包み込むように深紅の大火――
凄まじい熱量、逃げ場のない業火、燃え尽きる全て。
火柱が荒野を貫き、空間を焦がす。
ロキ・ファミリア隊員たちが声にならない悲鳴を上げる。
「アッシュさん!?まさか、あのまま……」
「リヴェリア! なぜあそこに……アッシュもろともっ……」
だが私は静かにその蒼炎ごと、リヴェリアの焔に飲み込まれていった。
魔法に呑まれ、バロールと対峙する最後の刹那。
私は剣を握ったまま、勝ちを確信した。
「――いい火力だ」
【
任意で発動(アクティブトリガー)
火を操る
このスキルが、今この瞬間、真骨頂を見せる。
リヴェリアが爆発的に放った深紅の焔――
私はそれを両手に受け止めた。
意識を拡げる。
深紅の焔が、私を中心として渦をなす。
その焔は次の瞬間、突然“形”を持ち始める。
火は手足になり、腰と背を持ち、やがて荒野そのものを覆うような巨大な人影へ――
大地より現れし「炎の巨人」と化した。
バロールが、単眼をぎらりと光らせて新たな脅威の巨大さに怯える。
炎の巨人の右腕、私は自らの肉体と意識を同化させて“剣”を生み出す。
【焔胤《フェネクス》】によって生み出されるそれはただの剣ではない。
私の纏う蒼き焔――全身の魔力を注ぎ込み、炭塵より現れる“蒼炎”の巨剣。
「――力を借りるぞ、スルト」
意識の奥、かつての戦場で交錯した“炎の王”――スルト。そして、ロドスにて共に戦った戦友。
彼女の持っていた剣を記憶の奥から焔で形にする。
「ラグナロクッ!!」
叫びと同時、炎の巨人がバロールに向かい疾駆する。
剣を握る手に力を籠めると、全身にヒビが走り、その裂け目から蒼い炎が噴き出す。
巨人の右腕、逆手のまま握った蒼炎の巨剣が振り下ろされる――
バロールも己が階層主たる誇りで迎撃の拳を突き立てる。
けれど、深紅の巨人が放つ蒼き剣。
この一撃は、バロールの防御を易々と打ち破る。
巨剣が、バロールの胸を一直線に貫いた。
瞬間、内部から青白い焔が爆裂し、バロールの全身を内側から焼き焦がしていく。
バロールは巨体を仰け反らせ、絶叫、荒野を割るほどの咆哮を上げる。
だが炎は止まらない。数瞬とたたず、階層主はその巨躯すらも空しい焔の塵となって散り消えた。
戦場に、一瞬、静寂が生まれた。
フィンは驚愕し、リヴェリアは呆然とその光景を見つめ、ベートやティオナ、ティオネも息を呑む。
レフィーヤに至っては唇をわななかせ「……これが、“レベル1”――」と小声でつぶやいた。
だが、まだ戦いは終わっていない。
周囲ではフォモールの大群が隊列を押しつぶそうとしている。
炎の巨人の身体、その意志はまだ我がものだった。
荒野を踏みしめ、私は全身の力を凝縮し、蒼炎の巨剣を後ろ手に構える。
「全員――よけろ!!」
声が戦場に響き渡る。
仲間たちはその叫びに一斉に身を引いた。
次の瞬間、炎の巨人がその体ごと、青白く燃え上がる剣を地平を薙ぐほどの軌道で横一閃に振り抜いた――
眩い火の筋が、フォモールの群れを根こそぎ薙ぎ払う。
群れていた巨人は、全て蒼焔に飲み込まれ、塵となって消える。
全てが終わるまで、ほんの数秒だった。
火の巨人はゆるやかに姿を崩し、焔は空へと消えていった。
私はふらりと膝をつき、そして――炎の残り香と共に小さく息を吐いた。
蒼き炎の消えた後に残るのは全身ひび割れた肌は、その内から絶え間ない蒼炎の奔流はその肉体を燃えたぎらせ続けていた。
遠くから皆が駆け寄ってくる。
アイズが「無事……?」と問いかけ、リヴェリアは無言で私の肩に手を置いた。
フィンはどこか神妙な顔で「……鬼神か女神か、区別もつきかねるな」とつぶやく。
ティオナは涙目で飛びつき「ねぇ!それ大丈夫なの⁉」
レフィーヤは震える声で「本当に、無事でよかったです……!」
私はみなに囲まれながら、
汗も血も、何も感じなかった。ただ、胸の奥に残る“確かな炎”だけ。
蒼き炎が完全に消える頃には全身に走っていたヒビは跡形もなく消えていた。
「……私は、大丈夫」
小さな声で、けれど世界に刻むように、
私は確かにそう応えたのだった。
こうして、49階層“大荒野”での死闘は終わった。
灼熱の戦場と新たな伝説がまた一つ、迷宮の奥深く刻み込まれた。
プロファイル
健康診断
造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。循環器系源石顆粒検査においても、同じく鉱石病の兆候は認められない。以上の結果から、現時点では鉱石病未感染と判定。
【源石融合率】0%
鉱石病の兆候は見られない。
【血液中源石密度】0.00u/L
彼女は鉱石病が蔓延している地域に出入りし、頻繁に源石と接触するにも関わらず、関連項目の数値のどれも確認できないことから、恐らく特殊な方法で感染から身を守っていると推測される。
■■■■■■さん……ですか。
初期の診察時、私は自分の目を疑いました。彼女の皮膚は、まるで紙のように脆いのです。
しかし、傷をつけると同時に、蒼い炎が傷口を包み込み、文字通り、"燃え尽きる"ように再生していくのです。体内から異物が排出される様子は、まるで不死鳥のようでした。あれは、本当に人間なのでしょうか……?
――医療オペレーター 所属不明
現状のアークナイツ要素がプロファイルくらいになってますが
次の章からは出てくる予定です…
20250627_誤字報告ありがとうございました。