アクセルワールド~黒翼の魔術師~   作:黒眼鏡2号

2 / 2
Desire:欲望

「―――つまり、光の波長が大きいほど回折は―――」

 

 黒板にチョークで書き足されていく公式。それをメモしていく。ところどころ説明を入れながら、公式の証明が終了。

 

「はい、じゃあ次は問14…。おっとこんな時間か」

 

 教壇に立つ初老の教師がつぶやくとともに、生徒の何人かが教室前方の壁に立てかけてある時計を見る。授業終了まであと3分。幾人の生徒がカチャカチャ音をたて、ペンケースに筆記用具をしまっていく。それを合図にするように、教師も教科書を閉じた。

 

「はい、じゃあ次からは実際に問題ときながらやってみましょう。号令」

 

「起立。きょうつけー礼」

 

 やる気のなさそうな号令のあとに、教室はちょっとした喧騒に包まれる。今日で一周間が終わる。明日は休みだ。何百と繰り返されていることだが、やはり嫌なものではない。

 

「ゆうとー。明日暇?」

 

 自分に話しかけてきた男子生徒。名前を「羽田本(はたもと) 健人(けんと)」という。高校で知り合った仲間だ。

 

「ああ…いや、ちょっと用事が…」 

 

「そっかー。俺土日マジで暇なんだよなー」

 

「…勉強しろよ」

 

「やめろやめてくれ。お前知らねーだろ? 友達の言葉とか案外響くんだぞ?」

 

「知らねーよ。俺だって赤点やべーんだよ。土日くらい静かに勉強してろ」

 

「やっぱそいうモンかー。あ~だるい」

 

 そんな話をしながら、帰りの支度をして、二人で教室を出る。

 

「じゃあな、健人!」

「お疲れ~」

「ばいばい。健人君!」

 

 教室から出るまでに健人(・・)にかけられた言葉だ。俺と違って、健人はそこそこ顔が広い。と言っても、ほかのクラスに数人程度だが。それだけでも俺からしてみれば十分だ。そりゃああいつはいい奴だ。当然のこと。俺に挨拶してくるような奴はいない。自分も挨拶なんてしないしな。そんなもんさ。でも…。

 

「じゃあな。お前ら! 土日は勉強しろよ! ゆうと様の言いつけだ!」

 

「そんじゃ」

 

 ついでに挨拶しとく。嫌われたくはないから。絶対に、人に強くは当たらないようにする。それがいい。一番な。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 バス停にて、健人と別れる。その後はずっと音楽プレイヤーのイヤホンで耳を塞ぐ。この夕方の時間帯に帰宅する人は少ない。いつも俺を入れて2,3人位だ。右手方向から来たバスに乗ると、乗客は自分一人だった。これはラッキー。気兼ねなく、大音量で音楽を聞くことができる。早速、音量を最大近くまで上げ、浸るように目を閉じた…

 

 

 

 

 

 

 神嶋(かみしま) 優人(ゆうと)。それが俺の名前。

 17歳

 高校2年

 趣味:漫画、ゲーム、アニメ、テレビ、ギター、音楽鑑賞、読書、ときどき散歩。

 

 だいたい、こんな感じ。この年頃の男子高校生なんてこれに似たりよったりだろ。

 あとは…妄想。

 

 子供の頃から、好きなアニメや漫画、ゲームができると、そこに自分を登場させたがるのが僕の癖。それぞれで描く自分の姿は、時にありのままの自分。時にかっこいい自分と様々だ。この年になってもその悪癖(くせ)はまだ治らない。

 

 『―でさ…がやばいって』

 『え~うそ~―って―』

 『それが――』

 

 心地よい、アコースティックギターの音色の奥から聞こえた声におどろいて顔を上げる。二人組の女子がバスに乗り込んできたところだった。その顔の幼さから推測するに、まだ中学生だろう。少し音量を下げながら現在地を確認すると、まだ自宅までの道のりは遠い。それでも、うっかりアナウンスを聞き逃してしまわぬように、聴く曲もゆったりとしたバラードに変えた。

 

 『―――発車いたします――』

 

 ドアがしまった。そしてまた浸るように俺は目をつぶった。

 

 なんで俺は既存の作品に自分を登場させるか。それは「あやかりたい」からだ。

 

 『何に?』

 

 『そのキャラクターたちに』

 

 自分の好きなキャラクターたちは、欠点があって、弱くて、泣くときもあって、すぐ怒って、頑張ろうと思えば空回って…

 

 

 でも

 「あきらめず」

 「文句を言わず」

 「努力をして」

 「目的を果たす」

  

 そんな人間に憧れたのだ。自分もそんな人間になりたいとずっと思っていた。

 

 『諦めたくなんてなかった』

 『文句を言いたいわけじゃなかった』

 『努力だったしたかった』

 『やりたいことだってあった』

 

 でも無理なんだ。そう感じた。俺はもう悟ったのだ。

 

 

 

 『俺に出来ることなんて一つもない』

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 『―前ー。次は黒木(くろき)マンション前ー。お降りの際はボタンを押してください。』

 

 ハッと目を覚ました。黒木マンションの一室が自宅だ。慌ててボタンを押す。余裕はまだあるのだが、変に焦ってしまった。……感傷に浸っていたせいだろうか。数分後にバスは、黒木マンション前に止まった。バスを降りて、マンションに入り、エレベーターのボタンを押す。数秒後、エレベーターの中でもまた同じことを考えていたようで、二階分上に上がってしまった。行きたいのは5階だ。これは本格的にやばい。今日は早めに寝よう。

 

「ただいまー」

 

 誰もいない部屋に向かって言う。母親も父親も帰ってきてないようだ。ベッドに寝っ転がる。そしてまた続き。

 

 俺はどうしてこんな人間になってしまったのか。それはもう『諦めてしまったから』だ。

 

 何に?

 

 自分のいる世界に。

 

 たとえどんなに頑張ろうと自分の望む世界になんてなりっこない。……いや、頑張らなかったから来ないのだ。

 

 俺は小学生の頃はそこそこ順風満帆だった。勉強も出来たし、そこそこ運動神経もあった。だから努力を怠った。何もしなくてもいいと感じるようになってきた。『努力は才能』なんて言って、ずっと嫌なことから逃げてきた。そしてそれ(・・)が分かっているにもかかわらず治そうとしない。そんな自分に嫌気がさした。

 

「はぁ…」

 

 ため息を付いて目を閉じる。

 

 俺はどうなりたいのだろう。

 

 何がしたいのだろう。

 

 俺は…

 

「強くなりたい」

 

 思わず口に出していた。

 

 無敵じゃなくてもいい。ただ一つ。大切なものを守れる。大切なものがある。大切なものが大切なものだとわかる。

 

 不確定じゃない。たしかにそこに存在する(・・・・)強さが欲しい。

 

「強くなりたい」

 

 もう一度口にしたが、虚しくなり考えるのをやめた。まだ早いがもう眠ろう。もう限界だ。

 

 また明日頑張ればいいさ…。

 

 また明日…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   『ソレガオ前ノ望ミカ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、加速世界にて


    少年は目撃する。


        己の弱さを

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。