「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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本編
はじまり


「男だったらどれほど良かった事か」

常に囁かれたその言葉を、どれほど聞いただろうか。

「男だったらどれほど良かった事か」

常に聞こえてくる声に、どれほど賛同しただろうか。

「男だったら、どれほど」

 

 本当に、どれほど幸福な未来とやらが待っていたのだろうか。

 

 違う世界から違う世界へ、魂だけが移って生まれ変わった。

 そうして、俺は生まれた。

 神様に会ったわけでもないし前世を詳しく覚えてるわけでもない。ただ、舞台装置のように誕生した。

 現代よりずっと前な、俺の感覚で言えば時代錯誤もいい時代の、良家の子。1000年続くらしい良血の子。天に祝福された才人。

 

「男でさえあれば、どれほど素晴らしかったか」

 

それほどまでに祝福されながら、俺は、女であるというだけで悲しまれた。

 

 別に、生まれた直後からそうであったわけじゃない。

 才媛、天才。そういう子が生まれる血筋、自称するには分不相応ながらも他称であれば過小評価。

 魔法の才、大陸を超え響くとは私の名声を指して語られる。

 この世は男児しか家を継げぬ。だとしても決して侮られる事なき者。悲しまれる筈もなかった。

 次に生まれる子も、女だった。

 天性の肉体を持ちその怪力、あらゆる豪傑を赤子の手をひねるがごとき。

…‥次に生まれた子も、また女だった。

 深謀遠慮、冴えは子供にあらず、人心を見通せる。

……最後の子も、女。

 家の未来をかき消した、災いの子。

 

 後継は生まれない。才覚は下の子になるにつれ衰えていく。千年続いた土地も、きっと娘が他家と縁を結ぶ毎に切り分けられていく。

 長女である俺を指し、家臣は言う。

「男でさえ、あったなら」

 そうして、私が生まれた家は、他家に貪られるのを待つだけになった。

 男児を産まぬまま母は亡くなり、後継を作ろうと必死な父は狂気を喧伝され新しい妻も迎えられない。泥舟に残る智者は無し。

 残るのは、伝統に縋るしかない無学な者だけ。

 父が狂気に陥ってさえいなければ、忠臣も残っていたはずなのに。忠臣さえ残っていれば、教育も受けられたのに。教育さえ受けていれば、もしかしたら四姉妹でどうにかマシな終わりを目指せたかもしれないのに。

 

 結局のところ、わたし四姉妹は他家のトロフィーになるしかないのだ。

 

 俺は政治がわからない。

 次女は理屈がわからない。

 三女は程度がわからない。

 四女は人間がわからない。

 

 動けば、それぞれの欠点で国を滅ぼすことになる。

 国なき場所の家に何の意味があるだろうか。理論なき言に誰が従おうか。妥協なき要求を誰が認められようか。理解なき寄り添いで誰が癒されようか。

 流れに流されては腐り落ち、流れを変えては氾濫する。

 それぞれが学ぶべきことを学べないままでは、家の使命も果たせない。

 

 俺は、無気力を選んだ。

 癇癪に任せて魔法をぶつけるには、才覚が大きすぎた。

 大陸を焼ける魔法。陸を沈めて海に還す魔法。災害を操る魔法。土地を腐らせる魔法。

 この状況を打開する魔法一つ分からないのに、全てを更地にする魔法だけは大量にある。

 力任せに才能を誇示するには犠牲になるものが多すぎるのだ。

 そして、私には魔法以外の才など無い。

 人の欲望は分かれどその付き合い方が分からない。交渉ごとなど論外。政治もまた同じく。内政に関しても先祖様が努めたものを繰り返すだけだ。

 頭の悪さ、というなら前世から引き継ぎのようで、まさしく死んでもバカは治らない。

 害を為さぬよう、心を冷やして固める。そうして感情に任せて力を振るうことなく、ただ女として在る。

 

「男だったら、どれほど良かった事か」

 

 きっと、何かが変わるんだろう。

 けれど、個人としてはどうでもいい。

 どうせ、どうせ、やる事は同じだ。

 同じ視座を持つ者は一人もいない。

 全能に等しい魔法は、一切の取りこぼしに責任を発生させる。

 疲れたんだ。この世の全ての悪が俺のせいに感じる。

 できるから、人を助ける。

 助けられるから、助ける。

 助けられない、なんて存在しない。

 なら、それはもう、助けなければならないという義務と同じだった。

 たかだか家一つどうにもできないのに、山ほど、助けるべき誰かがいる。

 間に合わなかっただけ、助けなかった罪が膨れ上がる。

 休む間に生まれる悲劇は、見逃したのでも見落としたでもなく、見殺しにしたと同義。

 豊かな土地を作っても。代わりに働く人形を作っても。

 誰も、満足しない。

 終わらない。

 この生き地獄が、終わらない。

 病という病を消し去っても。迫る災害を消し去っても。

 終わらない。

 この生き地獄が、終わらない。

 家に帰っても、救うべき人たちが、いる。

 動かなければ。

 何でも、できるはずなんだから。

 何でも、できなければ、ならないのだから。

 弱みを見せてはいけない。

 それはきっと、足を止めるきっかけになるのだから。

 足を止めるだけ被害が生まれる。

 被害が生まれるだけ罪がのしかかる。

 それは、いけない事だから。

 罪を犯すことは、いけない事だから。

 

 この苦悩が、ただ男に生まれただけで救われる事など、絶対にない。

 全人類の救済。それが終わるまで、この才の罪から逃げねばならない。

 やってられない、だが、やらねばならない。

 だから、やる。

 どうせ、精神的な負荷以外に壁はないんだから。

 他の誰にもできない事だから。

 だから、やらねばならない。

 今まで、やってきたように。

 

 地上にできた楽園。人類が目指した到達点その妄執。それがガーデン家の、俺の領地だった。

 

 平和でありますように。飢えることがありませんように。住む場所に困りませんように。

 賢くあれますように奪われることがありませんように正しくあれますように愛し合えますように裏切られませんように楽ができますように遠くを見渡せますように間違えませんように欲が満たせますように良き人と巡り会えますように生きられますように満ち足りますように強くあれますように楽しくあれますように美しくあれますように

 

 山ほどの願い海底ほどの欲望全てこの場で叶えられる。

 それでもまだこの楽園は完全ではない。

 あちらを立てればこちらが立たず。

 酒池肉林の願望と貞淑の願望は並び立たない。どちらかを優先すればもう一人は貶められる。害する願望は他者の無利益を被りたくないという願いと対立する。

 それを魔法という、法則を破壊するそれで成立させる。

 一人の人間に一つの世界。ある一人が持つ世界はその一人が王。何をしても他の世界へ影響を及ぼす事はない。

 夢を見続ける魔法。

 そうして、「私」は、限られた範囲で人類を救済した。

 これを、世界の全てに。

 世界の全てを、救済する。

 

 疲れた。ここまでよくやったじゃないか。

 そんな弱音を、心を冷やして、封殺する。

 何もかも、上手くいかなければ。

 何もかもを、上手くできるはずだ。

 そういう、魔法が使えるのだから。

 全部、任せて。

 きっと、全てを終わらせるから。




 
 
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