「景色がきれいだよ」 作:人に戻った少女
繰り返し、繰り返し。
ずっと、生まれることすら許されない。
ずっと、私は死に続けていた。
葬式すらなく、弔いも当然ない。
いつだって世界を羨むしかない。
この狂おしい嫉妬を誰が否定できようか。
生まれてくる姉たちが、世界で一番憎かった。
私を産まない母が、世界で一番嫌いだった。
私を望まない父が、世界で一番醜かった。
私を知らない世界が、世界で一番薄っぺらかった。
私は生まれたいだけ。
それ一つ許されなかった。
ずっと眺めるだけ。
大穴に投げ込まれる姉を見ても。
人を殺し続ける怪物になった姉を見ても。
山ほどの地獄を作っては嗤う姉を見ても。
心なんて痛まない。
だって、みんな生まれてこれたでしょ?
幸せな時期が、あったでしょ?
だから、このくらいの不幸なんて耐えてよ。
生まれることさえできなかった私の恨みを慰めるため、無様に堕ちてきて。
そうしてやっと、わたしは、わたしが生まれることを拒絶したあなたたちを許せるから。
今度も同じ。
同じように生まれることを否定されて。
同じような結末を見届けて。
少しだけ溜飲を下げる。
ずっと続いていたこと。
それは世界に雨が降るのと同じ。
それは世界に太陽があるのと同じ。
摂理。法則。因果。
そういった、当然で、不条理なもの。
その、はずだった。
わたしは、初めてわたしの名前を知った。
それはつまるところ、初めて生まれたということだった。
長い、長い繰り返しの中で初めての経験だった。
手がある。足がある。お腹がある。頭がある。
初めて、体を持って生まれてきた。
目がある。耳がある。鼻がある。舌がある。肌がある。
初めて、五感で世界に触れた。
初めて。初めて。
生まれるなんて、絶対にないと思ってた。
生まれることが、こんな素敵なことだったなんて!
やっぱり、わたしは間違ってなかった。
こんな素敵なことから除け者にされてたなんて、許せない。
ずっと焦がれていたそれを取り上げられたなんて、許せるはずがない。
なんの幸運かは分からないが、いつか成長したらこの恨むを精一杯ぶつけてやる。
そんな、ことを、考えていた。
バカなアネモネ。誰のおかげで生まれてこられたかも知らないで。
復讐は取り上げられた。
正しくは、わたしが生まれるということが既に復讐を果たすことと同義だった。
わたしと入れ替わるように母は亡くなった。
母が亡くなって、それで父が狂って、父の言葉で一番上の姉がおかしくなって、次女の姉が部屋に引き篭もるようになった。
三女の姉は私の世話で忙殺されている。
生まれるだけで私は一つの家族を破滅させた。
わたしは、なぜ生まれてこれなかったかを思い知らされた。
わたしが生まれるだけで、こんなにみんなが不幸になる。
わたしがいない世界は美しく見えたのに、わたしがいる世界は汚らしく見えた。
そもそも、わたしはそこまで復讐をしたかったんだろうか?
確かにわたしは生まれることを拒絶された。生まれることもできなかった。
けれど、そもそもわたしに生き抜く覚悟なんてあったんだろうか。
泥に塗れ血を流してでも生きる覚悟が、本当にあったんだろうか。
あらゆる苦痛を耐えて必死に生きる覚悟が、あったのか。
わたしはただ安全圏でヤジを飛ばしているだけの、世界で一番恥ずかしい人だったんじゃないか。
だって、耐えられない。
自分から行動を起こして人を破滅させるなら、わたしは満足した。自分が嫌う相手をどうにか蹴落とした結果として人が不幸になるのは当たり前だ。むしろそれはわたしの復讐として心を晴らすものだろう。
けれど、ただ生まれるだけで人が不幸になるなんて。
そんなの、あんまりだ。
ただいるだけで人を不幸にさせてしまうなら、そんな奴嫌われて当然だ。
そんな奴、わたしだって生まれないようにする。
生まれないことが、正解だ。
つまり、わたしは、生まれないことこそ正しい行いだった。
こんな事実を知るくらいなら、いっそ生まれずにそのまま消えてしまいたかった。
……それでも。
やっぱり、生まれてきたことは嬉しかった。
どれだけ、わたしが浅ましくて恥ずかしい、生まれるべきじゃない生き物だとしても、それは否定したくなかった。
だって、ずっと羨んだ生なのだ。
やっと生まれてこれた。
やりたいことが山ほどある。
やってほしいことだって、数えきれないほどある。
汚らしい世界だって、わたしを生まれることを許した世界だと思うと愛せる気がした。
止まらない。決してここで終わらせなんかしない。
浅ましくあれ。恥知らずであれ。
そうして動くべきだ。自分がそういう存在であることは誰にも変えられない。
生まれ方が悪かっただけ。これからの生き方まで悪くある必要はない。
自分のせいで不幸になった人たちに手を伸ばせ。
自分を肯定するために、相手の手を引け。
そうして、胸を張るのだ。
わたしが生まれてきてよかったでしょ、って。
止まってる暇はない。
どれだけ時間がかかったって、みんなに、そして誰よりも自分自身に、それを認めさせてやるのだ。
わたしが生まれなかったどの世界よりも幸せにしてあげる。
お父さんも、待ってて。
あなたの狂気を晴らす鍵を持つ一番上の姉を、連れてくる。
本当はわたし、誰よりもお姉ちゃんなのよ。
みんなの秘密なんて、とっくの昔に知ってるんだから。
へへ。お父さんが誰に一番怒ってるか、わたし知ってるんだよ?
永遠は、プラムお姉ちゃんが断ち切ってくれるからね。
アネモネのはっきりとした設定は一つしか決まっていませんでした。
姉たちの心の支えになる存在。
どうしてそういう存在になるか、そういう存在になることが苦しくはないのか、そういう部分は書きながら出来上がったものになります。
元々は死者と交信する力があることにしようとしていたんですが、それだとアネモネがただの伝達役で終わってアネモネ自身が姉たちの支えになるかが怪しいので、いっそのことで別の世界線を引っ張ってきました。
別の世界線でアネモネが生まれない理由は祖母にあります。正確には母方の祖母なんですが……詳しい話は母の過去編で語ることになると思います。ここでは、特別な力を持つのは何もガーデン家だけではない、とだけ。
生まれる前のアネモネは基本的に誰かを羨んでばかりです。しかし、場合によっては同情もします。生まれることのできなかった人間や、望まれずに生まれて一度も認められることなく死んだ人間に対しては、その世界線でのみ憐れみます。プラムが男だった場合、自分だけでなくリリィも生まれないので、存在しないリリィを勝手に憐れんでいました。
生まれた後のアネモネはもう感情ぐちゃぐちゃな中、次あるか分からない自分が生まれる世界を満足いく生き方で生きることに踏み出します。
ここで色々理由づけしようとしても、そこまで都合の良い理由が浮かびませんでした。光もクソもない遠くから眺めてた、光溢れる世界に入った結果そこまで期待した世界でもなかったことを振り切れる理由なんてないのでは……?
ただ彼女は世界の光にしたいので振り切っていただきました。彼女は自分が誇れる自分になるため走り回るでしょう。世界が汚いなら少しずつ美しいものを世界に作り、世界に光がないなら眩く輝く光を作る。そうして小さいながらも、いつか憧れた世界を作り上げるようになります。
姉妹の中で一番心が強いのはアネモネです。今が悪くても未来まで悪くする必要はない理論でずっと足掻き続けます。例外は、自分が今まで生まれられなかったことに納得してしまった瞬間くらいです。ずっと生まれたがってた子が生まれたくなかったという重みは、作者には表現しきれませんでした。
正直筆がノって文を書いている途中で「これ本当にここから立ち直れるか?」と思ってました。なんかすごい強引に立ち直らせてた……
やりたいこといっぱいアネモネちゃんは本編終了後やりたいこといっぱいやります。家族みんなと一緒に食事することが一番やってみたいことだって。
ちなみにリリィを飛ばしてアネモネの心情を先に書いたのは、リリィの心情が愛憎入り混じりすぎてまともに描写できる気がしないからです。ガーデン家で一番まともな人であり、ガーデン家で一番の危険人物でもあります。
リリィの心情もいつかは書きます。メインキャラなので早めに出せたらなぁ、と思ってます。