「景色がきれいだよ」 作:人に戻った少女
劣等感こそ私を満たすものだった。
神なんて、いるかも分からない存在の血が流れているこの血筋はどうやら人間から外れた力を授けるらしい。
私は、その血から見放されていた。
姉二人は理屈の通じない力を持っていた。
私にはそれがない。
全てを解決する魔法なんて私にはない。
全てを捩じ伏せる怪力なんて私にはない。
私には何もなかった。
まして愛されるなんて一度もなかった。
私を産んだ母は体が弱かった。
そして、どうやらそれは私が生まれてからの話らしい。
誰も口に出さないが、それでも雰囲気で分かる。
私は疎まれているのだ。
寂しさは感じない。
ただ、愛された二人の姉への嫉妬を募らせるだけだった。
あいつらは才能にも、両親にも愛された。望めば世界を獲れるような、選ばれた人間だ。
私には何もない。
才能なんてない。愛なんて知らない。
私に与えられたのは屈辱という痛みだけだった。
そこから抜け出すために、私は本へ没頭した。
結局、そこでも私は痛みを感じるだけだった。
家族。愛。情。
どれもこれもそんなものを素晴らしいものと囃し立てるもの。
それを受け取れなかった私へ、出来損ないと言うかのよう。
何かを知るたびに、それは強まっていくばかりだ。
血筋の高貴さとやらも。貴族の責務とやらも。組織の結束とやらも。
何から何まで、私を逆撫でする。
そんなものこの家のどこにあるんだ。
どこにもない。一つたりともない。
知はただ私の憐れさを際立たせるだけだった。
これでも私は恵まれているらしい。
どうやら貧民は命をゴミのように扱われ生きるのにも苦労しているとか。
そう、本に記されている。
なら、一つ聞きたい。
どうしてそんな存在が、本に残されているのだ?
同情されたからじゃないか。
この上なく憐れで痛ましいから、同情されてその様子が記録されてんじゃないか。
どうせその同情を元にして、そのどうしようもない存在が成り上がるような創作物が作られるのだろう。
私に、そんな同情が与えられるか?
後世の人にそんな輝かしい登場人物として書かれる機会があるか?
無い。
私は自分の不幸を誰にも理解されることなくただ強欲な女として語られるだろう。
憐れまれることなど無い。心のうちを見せようが、ただ嘲られるだけ。
現実でも、創作でも、私を励ますものは存在しない。
私を慰めるものは、現れない。
「リリィ。あなたに言いたいことがあるの」
そんな中、母が私を呼んだから、私は母の元に訪れた。
随分痩せかけた体で、お腹だけが膨らんでいる。
苦しそうではあるが、憎たらしいほど幸せそうな顔の母がベッドに横たわっていた。
本当に憎らしい。どうせならもっと早く呼んでくれていたら、私はここまでおかしくなることなんてなかったのに。
私を見て幸せそうにするなら、もっと早く呼んでくれたら良かったんだ。
私が、どれだけお前の首をへし折りたいか、知らないだろう。
いっそのこと、お前は私を産むべきじゃなかった。お前だけはこの家で欠けてはいけなかったはずだ。
今更、今更、今更────!
────私に、謝りたいなんて!
怒りで真っ赤になる頭に理性の青を混ぜて、必死に平静を装った。
言い訳だけは聞きたかったから。
それを聞く前に殺してしまうのは、被害者として納得できないから。
だから、言葉も発さず、続きを促した。
「貴方にとって、この家はすごく生きづらくなってしまった。だから、ごめんなさい」
無言。
「全部、私の我が儘。もっと、より良い今があると知っていたのにこれを選んだ私のせい。だから、ごめんなさい」
続きを促す。
「大穴は知ってるよね? 私は、それを塞ぎたかった。可能な限り早く。そのために、プラムを焚き付ける必要が────」
「嘘が下手くそ。あの化け物が上っ面で懐く生き物なわけがない」
「────うん。思ってなかったんだ。私の方が、絆されるなんて」
本当に面倒臭い。いちいち見栄を張らず全部吐いてくれたら楽なのに。
「私は……ううん。私の家は、不老不死を目指してる。そのために、大穴を狙ってる。だから、できるだけ子供を作る必要が────」
「いちいち誤魔化しを入れるな。死んでまで子供を産もうとしてる奴が不死を目指すのはおかしい。子供を作るのは別の理由だ」
「────ああ。そうだね。別に、大穴を得るのに子供なんて必要ないよ。たった一人だって」
苛立たしい。私は殺してしまいたい衝動を抑えているんだ。長引くほど憎らしさが増してしまう。
「……私は、幸せになりたかった。親の支配から抜け出して、少しでも幸せになりたかった。好きな人と一緒にいて、好きな人の子を産んで、心から幸せだった」
「嘘だ。お前は自分の幸福を考えてなんかいなかった。ただ、お前は自分以外の幸福をずっと祈っていた」
私は知っている。母がずっと他人のために生きていたことを。
ただ、それが誰かも知らない何かへのものだった。
私は、それが誰かを知りたい。
「は、は。やっぱりリリィは、すごいなぁ。多分、どうしてこうしたのかも、気付いてるよね?……ごめんね。」
首に手をかける。
「うん。私ね、アネモネのために生きてたんだ。今、お腹にいる子。おかしいでしょ? でも、未来が見えちゃったから」
手に、力を入れる。
「う……わた、し、は……あの子を、たす、ける、ため……」
誤魔化しには、付き合ってられない。
「じゃあ、私たちは何だったんだ! 勝手に生まれて、こんな家に生まれて、愛を奪われて! 私たちは途中で出てきた無駄なのか!? 父はどうなんだ! お前が好きでどうしようもない人を置いていくのか!? お前自身はどうなんだ! これで死ぬなんてバカなことがあってたまるか! なんで、どうして────!」
手に力を入れても、私は母を絞め殺せない。そもそも二歳児の体だ。どれだけ大きな口を叩いても、窒息すらさせられない。
けれど、首を絞めずにはいられなかった。私が抱える恨みを晴らすため、諸悪の根源を害さずにはいられなかった。
許さない。絶対に。
けれど、そんなものは容易く引き剥がされてしまう。
恥知らずにも涙を流す母を、せめて睨みつけて殺意を滾らせる。
「私が、子供を疎ましく思ったことなんて、ない……! 死ぬのは怖い! あの人と離れたくない! この先もずっとみんなと一緒にいたい!」
「ならなんでこんな未来を選んだ! 言え! もっとずっと、幸せになれる未来があったはずだ!」
「だって! こうしないと解決できない問題が多すぎるから!」
そこで初めて、私は母の苦悩を知った。
「大穴から別世界のプラムが乗り込んでくるの。あの子が5歳になる前までに大穴を塞がないと、この世界はめちゃくちゃになる。アネモネ以外、人類みんな洗脳されちゃう……」
「アナベルだって、何かの拍子に人を殺してしまって、人殺しに抵抗がなくなっちゃう……」
「リリィはプラムとアナベルへの劣等感で戦争を引き起こしちゃう……。それで、リリィを殺さないといけなくなって……」
「アネモネは、幸せに生まれてくると復讐に取り憑かれて、悪い人に利用されるだけ利用されて、そのまま捨てられちゃう……」
「あの人は子供たちのそんな姿を見て自殺するの……」
「だから、こうするしかないの。好きだけど、みんな好きだけどこうするしかないの……一緒にいたいのに、こうするしか……」
私には、分かってしまう。
母の語る言葉に嘘がない。
大穴は、塞ぐときに大穴の中から塞ぐ必要がある。
そして大穴には法則を捻じ曲げる力が満ちている。
プラムが大穴の中に入った瞬間、可能性の枝葉が形を成して大穴から出ようとするプラムが生まれるだろう。
きっと、それがもう別のどこかで成立してしまったのだ。
だから大穴はそれが成立する可能性ができる前に塞がなくてはならない。
そして、大穴を外から塞ぐ無法なんて、プラムでもなければ可能性さえ存在しない。
だから、母はプラムが必死に大穴を塞ぐ理由に、自らを使った。
アナベルの怪力はただの反射で人を殺せるレベルだ。
赤ん坊の頃ですらそうで、そんな存在を育てるならひらすら致命傷を避け続ける必要がある。
プラムは大穴を塞ぐように誘導したいから手伝いをお願いするのもそこそこにしなければならない。
つまり、アナベルの面倒を見られるのは未来を見て致命傷を避けられる母くらいしかいない。
その上で無傷の未来ではなく致命傷を避けるだけに止めたのは、アナベルが自分自身の力に怯え容易に力を振るわないようにするためだろう。
私への対処は……忌々しいことに、母の言葉だろう。
だって、仕方ないじゃないか。
他の誰にも、この気持ちを伝えてないって、分かってしまうんだから。
他の誰も、母の内心を知らない。
母が好きで好きで仕方ない父やプラムも、ここまで聞き出せなかったのだ。
そりゃあ、優越感くらい感じてしまう。
私は、母の汚らしい部分を唯一知っている。
たった一つだけの、私だけの宝物だ。
……これだけで許せてしまうんだから、私も大概甘い人間だ。
アネモネは、正直よく分からない。
なんで幸福に生まれたら復讐にはしるのだろう。
というか、ほぼ確実に母が犠牲になって生まれてくるのに、アネモネが幸福に生まれることはあるのだろうか?
ああいや、大穴を無視してプラムに体の治療を頼めば無事に産めるのか。
つまり、大穴を塞がなかったことで別世界のプラムが世界を洗脳して、何らかの理由で洗脳されなかったアネモネが他の人の洗脳を解除しようとするのだろうか?
そして、別世界のプラムにそれを利用されて、最後には大穴の中から大穴を塞ぐ役割を押し付けられる?
まあ、これに関しては生まれてもいない妹の問題点を知ることはできないから考えても仕方ないだろう。
なんにせよ、母の見た未来は荒唐無稽なものではないしそれへの対処に筋が通ってるのも分かってしまった。
きっと、母を除いた家族が全員幸せになるには、今の状況が必要だったのだろう。
だから、母は自分を押し殺してこの道を進んだのだろう。
「リリィ……わ、私、死にたくないよ……。でも、死ななきゃ……。死ななきゃいけないの……。みんなから、離れなきゃ……」
母の苦悩が分かったからこそ、私には、問わなければならないものがあった。
「お前……いえ、お母様はそれで幸せなんですか」
そうだ。母はずっと幸せを遠ざけてきた。
家族の幸せが母の幸せなのは、いくら私でも分かる。
どれだけ未来を見て知っていたとしても、触れて感じる幸せには勝てなかったはずだ。
それを、自分から手放すなんて。
内心では心が痛んだはずだ。
ならもう、いいじゃないか。
頑張った人は報われるべきだ。
このまま、一度も後ろめたさなく幸せになることができないまま人生を終わらせるなんて、そんなのあんまりじゃないか。
ようやく本心を話せたのに、寂しいじゃないか。
こんな善良な人が、ただ、朽ちるだけなんて。
だから、問わねばならないと思った。
母は、少し考えて、ゆっくり口を開いた。
「……うん。見ちゃったからね」
「なにを、ですか」
「みんなが集まって、幸せに笑ってる未来」
母は、心の底から幸せそうに、語る。
「みんな大人になってね、お茶会をしてるの。アナベルが机に肘をついて、リリィにはしたないって怒られてね、しょんぼりしたアナベルにプラムがお茶菓子を分けるの。それを見たアネモネが自分も欲しいって我が儘言ってね。すると、みんな一つずつアネモネにお茶菓子を渡すものだから、恥ずかしくなったアネモネがしおらしくなるの。それがおかしくって、みんな笑ってるのを、あの人が執務室の窓から優しく見守ってるの。そのとき、思っちゃった。こんな綺麗な未来のためなら、私、喜んで死ねちゃうなって」
それは本当に幸せそうで、一切の苦痛もないような有様で。
その細々とした体には似つかわしくないほどの希望が満ちていて。
どう足掻いても、その道を選ぶ決意が浮かんでいた。
「過程は思っていたよりもずっと過酷だったけど、こんな日々にたどり着いてくれるなら、そう思ってここまで来たの。ごめんね。大事な子供の時期を犠牲にさせちゃって」
卑怯だ。
ここまで聞いたら、許すしかなくなってしまう。
けれど、私にはこの卑怯さが心地良く感じる。
元々不出来な私なのだ。苦労なんて、この先何千と訪れるだろう。
その中で、こんな心地良い苦労が第一歩なんて、あまりに優しい。
私だけの宝物をもらった。
この苦難の意味を知った。
その先の救いを受け取った。
これ以上は望めない。これから先を掴み取るのは私の役目だ。
だから。
「許します。そして、この恩に感謝を」
幸せだ。私は今、世界の誰よりも幸せだ。
騙された。嵌められた。こんな幸せがあるなんて。
恨んでたのに、こんな手のひら返しすることになるなんて。
これから来る地獄も、乗り越えてみせる気分になってしまった。
ずるい。ぜーんぶ、持っていくんだから。
私の言葉でそんな、救われたような笑顔で笑うものだから。
ようやく、よくわからない誰かではない人に逢えた気がして。
「へへ、笑顔で逝く私を、許してね?」
許した後に聞くなんて、本当、ずるいんだから。
リリィの話はアネモネの世話含めての話にしようかと思っていたんですが、思ったより幸せそうに話が終わりそうなのでここで止めます。
リリィの設定として、世界に痛みを望む、自分以外に人間を発見できない子供が根幹にあります。
彼女としては家族も同じ人間ではありません。面倒な問題を吹き飛ばせる力を持つ姉も、子供を放って愛する人を想いながらそれでも役目は手放せない父も、死ぬ運命を象徴する子供を愛おしそうにする母も、等しく理解できない化け物でした。
一人孤独に生きる中で彼女は本に助けを求めましたが、多くの場合そこには他者と繋がりのある人間が描かれますし、仮に孤独な人間が描かれていたとしてもそこには自業自得の因果が存在していました。
その結果、生まれ方が悪いだけで孤独になった孤児と自分を重ねるようになりましたが、大が付く貴族として生まれた自分ではどうやっても彼らとは違うと悟り、世界から切り離される感覚を抱くことになります。
そうして、彼女は化け物としか思えない家族と、自分しか人間がいない孤独感と化け物として生まれることのできなかった自分への失望を秘めたまま生きることになります。
姉への劣等感は自身への失望の裏返しです。リリィ自身は自分の頭の良さを、誰だって時間さえ用意してサボらずに考えたら当然のもの、として考えてます。もっと頭が良いなりの描写ができたら良いんですが、作者では難しいです。
鬱屈した感情が蓄積していくと、自分以外に人間がいないと考えるようになり、権力を持った時点で戦争を積極的に引き起こし「化け物」を一匹でも多く殺そうとします。
彼女の母アンジェリーナは、それを食い止めるために自分の苦悩をリリィに話した形になります。誤魔化しを全てリリィが剥がすこと込みです。アンジェリーナも、自分から言うには辛すぎてリリィの手を借りる形で喋ってます。
高潔な面だけを見せてきた母から、苦悩しながらそれでもより良い未来を選ぶ人間になったわけです。
リリィにとって化け物として生まれたから躊躇なくそういう動きをしていたと思っていた母が、嫌で嫌でたまらないけど一番望むものがあるから仕方なく茨の道を進んだ人間だとようやく気付いたのです。
リリィに関しては妙に筆が進みます。他より設定が詰まってるわけではないはずなんですけど、重要部分に食い込んでるからか書くことに困りません。
とはいえ次は父の話です。実は何も設定がありません。名前すら決まってません。どうしたらいいんですかね。なんとなくの構想はあるんですけどぼんやりしすぎて何も決めてないと同義です。
まあ、アンジェリーナに誑かされたことは確実です。そしてアンジェリーナが持つ祖母との因縁に決着をつけるのも彼の役割です。
……設定決まってないんですけどね!