「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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 一話では決着付けられませんでした。
 今回長いです。時間がある時にでもお読みください。


深海

「敵はアンジェリーナの祖母……てことになってるガブリエラ・ピルグリム・エデンと、祖父ってことになってるレイマンだ。アンジェリーナから聞いたところによると、昔からずっと生き続けてる『先祖様』らしい」

 

 私はその名前に聞き覚え──いや、見覚えがある。

 いくつも舞い込んできた後見人の提案には、確かガブリエラの名前があるものも存在した。

 私は全て断ったが、もし提案に乗っていたなら怨敵の手のひらに落ちることになっていたかもしれない。

 だいぶ、肝が冷える話だ。

 私の様子に気付いたのか、父は私の頭を一撫でだけした後、話を再開する。

 

「俺はこの二人を殺してやっと、俺たちが幸せになれると考えている。アンジェリーナの仇にも等しいし、何よりあれがアンジェリーナの子供に手を出さないわけがない」

「だから、殺すのを手伝ってほしいんですね?」

「ああ」

 

 ガブリエラにレイマン……母の『先祖様』にして私の怨敵。

 私はひっそりと、魔法でその二人の情報を抜き取る。

 私の魔法は既に世界全てを射程範囲に収めている。

 空の果てに飛び立とうが、地の果てまで逃げようが、海の底に潜ろうが、見ると決めた私からは流れられない。

 魔法によって得られる情報は、相手を完膚なきまでに叩き潰すことに使わせてもらおう。

 そう考えて。

 まともな情報が、返ってこなかった。

 

 レイマンは既に死んでいる。

 正確には、外見だけが整えられているだけで中身が生物ではなく人形だった。あれは、一人でに動いてるだけの無機物だ。

 さらに異常なのがガブリエラ。

 これは、情報を取得できなかった。

 あり得ない。魔法が失敗することは今まで一度も無かった。魔法が通用しないこともまた一度も無かった。

 それなのに、これ相手にだけ、魔法が通用しなかった。

 つまり、これは理外の方法で魔法を跳ね除けたということだ。

 魔法が通じない相手に私が出来ることはあまりに少ない。

 レイマン自体はどうにかできるはずだ。仮にも私の魔法は通じたのだから。

 ただガブリエラに関しては、相手がどんなカラクリで魔法を対処しているか分かるまで父に任せるしかないだろう。

 

「……お父さん。ちょっと、まずいかも」

「どうした」

「『先祖様』の情報を抜き取ろうとしたけど、ガブリエラって人に関しては魔法が無効化された」

「……一筋縄じゃいかないってわけか」

 

 私は父の潜在能力を引き出すことでサポートは出来るが、魔法を無効化出来るような相手にそれだけで勝てるとは思えない。

 これは、手詰まりか……?

 怨敵を前に足踏みだなんて。

 思わず手をきつく握る。

 怒りでは何も解決しないことは分かってる。

 だけど、あまりに焦ったくてイライラする。

 何か、良い手がないのだろうか……?

 

「その突破口は、わたしが作るよ」

 

 その声の正体は、アネモネだった。

 

「アネモネ……? どうやって──いや、そもそも戦えないお前を連れていくことはできない」

 

 父は、動揺したまま、アネモネを諌めるように言葉を重ねる。

 

「アネモネ、今は家の大切な話をしているんだ。悪いが、お前に任せられることはない。また、他の機会に手伝ってくれ」

 

 優しく、諭す父の言葉とは裏腹に、アネモネは真剣な面持ちで父に言葉を返す。

 

「わたしは、『先祖様』の秘密を知ってる。その対処も、できる。わたしが、戦いの前提を作れる。だから、連れていって」

 

 それは、私たちには甘い蜜だった。

 ただ一点。アネモネがなぜ『先祖様』の秘密を知っているのか、という疑問を除けば。

 その答えを知るまでは、首を縦に振るわけにはいかない。

 父と私の目を見て、少し申し訳なさそうに、アネモネは口を開いた。

 

「わたしね、自分が生まれられなかった世界をたくさん知ってるんだ。遠くからずっと世界を見るだけで、その過程で知ったの」

 

 それは、アネモネに宿った残酷な才能だった。

 

「自分の可能性を見ることができる力。ガーデン家の血が、わたしに授けた力。でも、私は万に一つも生まれる可能性なんてなかった。流産で死んで出てきたのが最後で、あとはずっと産もうとしてくれるお母さんはいなくて、遠くから見てるしかなかった」

「わたしは、見てるうちに色んな人の秘密を知った。色んな世界を見て、その中には共通してるものもあったんだ。だから、わたしにはこの世界の『先祖様』のこともわかる」

「どうやってプラムお姉ちゃんの魔法を無効化してるのも分かる。そして、わたしがやるべきことも。わたしは、何もかもを覚悟してここにいるの」

 

「奇跡を起こしてくれたお母さんへの恩返し、したいの」

 

 私たちは、頷くしかなかった。

 彼女はきっと、自分の可能性を信じている。

 彼女が生まれることを許したこの世界を、信じている。

 そして何より、母の奇跡を、信じている。

 思えば、私たち家族に必要だったものは、より良き可能性を信じることだったのかもしれない。

 世界はより良くなると、そう信じながら、足掻くことだったのかもしれない。

 アネモネに浮かぶ覚悟は決して悲痛なものではない。

 希望と期待に満ちた、暖かな覚悟があった。

 私たちが無くしてしまったもの。

 そう気付けば、私たちは彼女が不可欠だと理解する。

 彼女は私たちを諦めや絶望から遠ざけるだろう。

 彼女がいる限り、私も父も、決して倒れることはない。

 だから、私は認めた。

 

「……お前が怪我をしたらすぐに撤退するからな、アネモネ」

 

 父も、条件付きとはいえ許した。

 だから、まずは。

 

「作戦会議、しよっか」

 

 

 

 十分に話し合いはした。

 途中からアナベルやリリィも混ざってきて、様相は家族会議染みていたが、しっかりと勝つまでの流れは作れた。

 

「いーえ。博打が多すぎます。アネモネの負担問題やら魔法への対処が複数ある場合の問題やら別世界とこの世界の差異問題やら、山ほどあります。考え直し。策は一つに絞るのではなく複数用意してこそです」

「だーかーらー、考えても仕方ないものは仕方ないの! 『先祖様』は他よりも無法してるんだから、こっちも無理しなきゃいけない! 他が相手なら力押しでどうにでもなるのに……!」

「よく分からないんだけど、殴っても解決しないのか……?」

「アナベルお姉ちゃんは黙ってて!」

「ひぃう!」

 

……問題は、勝つまでの流れがあまりにもか細いことだ。

 まさかここまで博打を通さなければならないとは思わなかった。

 成功確率を考えれば実行する方がおかしいだろう。

 それでも、勝ち目がないよりは、ずいぶんマシだと思う。

 

「プラム、どう思う」

「……十分に、勝てると思います」

「なぜだ」

「この道を作った人が、お母さんだと思うからです。なら、絶対に勝てます」

「そうか。アンジェリーナは未来が見えた。必ず、良き道へ続いているはずだ」

 

 そう、私たちは母の加護がある。

 絶対の未来、そこに辿るまでの先導が。

 なら、あらゆる偶然は必然に変わる。

 可能性が僅かでも、それが最善の選択なら母は私たちに応えてくれるだろう。

 

「アネモネ、そろそろ行くよ。アナベルとリリィは、留守番ね」

「姉上ぇ、私本当に行かなくていいのか?」

「簡単に手玉に取られそうだから……」

「そんなぁ」

「ま、私は別に今回何が出来るわけでもないですから、大人しく待っておきます。くれぐれも、油断なさらぬように」

「応援ありがとう、リリィ。作戦会議ではすごい役立ってた。助かる」

 

 そうして私と父、アネモネはガブリエラがいる場所へ転移する。

 これから一瞬さえ気が抜けない戦いが────

 

────転移先の座標に飛来するナイフあり。

 

 魔法は既に発動している。転移は中断できずよりにもよってナイフが当たるのはアネモネになる。意地の悪いことに、転移したら既に頭に埋まって致命傷というタイミングだ。

 今起動している魔法と並列してナイフの位置を変える魔法を発動。

 一瞬よりも早く。無理やり割り込ませる。

 そうして、そのナイフはずれ込んだ。

 アネモネの、左肩に。

 完全には逸らしきれなかった。魔法が間に合わなかったわけではない。

 単純に、魔法を無効化する手段への対処がまだなのだ。

 だがこれで実感した。

 魔法は無効化されているわけではない。

 万全に発動できていないだけで、きちんと効力は発揮している。

……リリィの考えていたパターンの一つだ。

 

 相手は、明らかに未来を見ている。

 

「家族の団欒にしては、ずいぶん物騒な雰囲気じゃないか」

 

 無垢にして老獪。私と変わらない背丈の少女が、しかし重圧を放ちながら赤い目で私たちを見ていた。

 

「旦那殿、今日は、あの頃のように加減するわけにはいかない。今日こそ分水嶺。遊ぶ余裕がなくなることは分かっている」

 

 白いワンピースと後ろにくくった長い白髪を風に遊ばせながら、その少女……『先祖様』は私たちへ言い放つ。

 

「ただ儂の足跡に潰されるがいい」

 

 奔るのは電雷。打ち払うは剣。

 誰よりも早く父が盾になった。

 それを確認する余裕もなく、アネモネが自身の役割へ移る。

 

「可能性の海、旧く続く大穴の元よ、今一度、その力を表層へ汲み上げよう────」

 

 その言葉と共に、アネモネの胸に小さな穴が空き、粘ついた黒い液体が溢れ出る。

 

 『先祖様』はそれを見るなり顔を顰め距離を取る。

 

「知っていても気味が悪い! 女神様より賜りし泉をかように穢すなど!」

 

 それは人が持つ可能性の具現。本来なら輝かしく透き通るはずのもの。

 たった一度の例外を除き全ての世界で誕生できなかったアネモネでは、黒く染まるしかなかったもの。

 無限の可能性を持つ人間は、誰でもその可能性の水を汲み上げられる。

 そのやり方さえ分かれば、誰もが無限の力を手にすることができる。大穴など無くても、この世界は人間の意志一つで変えられる。

 しかし、その力がただ使える訳がない。

 

「う、ぐぅ……」

 

 可能性の具現は決して軽いものではない。

 今の自分を塗りつぶして濁流のように溢れる『水』は、今の可能性を押し流す。

 過度に使えばたちまち自我が消え、別人のように変貌してしまう。

 だから本来は、自分の中にある可能性の海から少量の『水』を汲み取ってそれを少しずつ使う。

 それでも十分に、莫大な力が得られるから。

 もし、可能性の海をひっくり返し空へ注ぐようなことをしたのなら。

 全ての可能性の自分が混ざり合い、廃人となるだろう。

 アネモネが今していることは、それだ。

 

「──泉の女神様よ、貴方様が授けた水を借り受けまする!」

 

 アネモネから氾濫する死の可能性に呑まれぬために、『先祖様』も『水』を己の内から汲み上げる。

 それは、透き通り輝いて、美しいものであった。

 人の持つ可能性、その素晴らしさがこれほどかと詰まったものが、アネモネから湧き続ける死を消し去っていく。

 

 『先祖様』が『水』を汲み上げ使用したことを確認して。

 私は、魔法を使った。

 

 範囲を輝く『水』へ。効果を絶大へ。時間を役割を果たすまでへ。

 属性は火に。形態は焔に。

 役割は、否定。

 

 その火は、輝く『水』の力を削ぎ、死の『水』が一方的に消し去ることを防ぐ。

 これで、私の魔法を無効化するものはなくなった。

 

『人の中には、可能性の海があるの。そこから汲み上げられる『水』は、大穴から流れる力みたいに法則を無視する力があるんだ。大穴と違うのは、『水』は自分の中から汲み上げないと何も力を発揮しないことと、使いすぎると違う可能性の自分に乗っ取られるかもしれないこと』

 

 アネモネは作戦会議で『先祖様』が魔法を無効化、もとい魔法に抵抗している仕組みがそれだと語った。

 

『ここで大事なのは、使いすぎると違う可能性に乗っ取られるかもしれないこと。大穴が塞がった以上、『水』には『水』で対処するしかない。そうすると、プラムお姉ちゃんの魔法は対処できなくなる。使いすぎると違う自分に乗っ取られるからね』

 

 問題は、『水』に対抗するための『水』だった。

 

『『水』の対処は私が一番だと思う。私は生まれてこれなかった可能性しかないから乗っ取られる可能性なし! いくら『水』を出しても大丈夫!……まあその分、質は落ちるけどそこはお姉ちゃんが助けて。大穴塞いだ手腕、期待してるよ』

 

 アネモネは立派に役目を果たしている。

 あとは、トドメをさすだけ。

 なのに────!

 

「はっ! この程度の才覚など見飽きている! 儂が女神様に頼り切りの怠け者と侮るな!」

 

────全く、魔法が通じない!

 父だって目に止まらぬ速さで剣を振るっているのに容易く受け止められている。

 いくら衰えがあるとしても、父の剣は素人目でも力と技巧が合わさった天下一品だと分かるのに。

 その父を片手に握ったナイフだけであしらい私と魔法戦を成立させるこの人間は一体なんなんだ!?

 炎や氷、雷を生み出しての弾幕戦なんて通じないと割り切って、概念的な部分にまで手を突っ込んでるのに!

 感電死、凍死、焼死、溺死、轢死、圧死、斬死、病死、絞死、出血死、餓死、中毒死、自然死。

 直接生命の状態を書き換えて殺そうとしても何の効力もない。

 腕が存在しないと体の状態を書き換えても、腕は変わらずにあり続ける。

 『ガブリエラ・ピルグリム・エデンはこの世に生存できない』なんて法則を世界に追加してみても、平然と生きている。

 法則を無視する『水』を使っているならまだ理解できるが、それは未だ燃え続ける否定の火とアネモネの黒い『水』を打ち消し続けるために使われている。

……というか、『先祖様』もアネモネと同じ勢いで『水』を出し続けているのに、一切意識を持っていかれる素振りがない。

 

「あぅ、ぐ、うぅぅああ────!」

 

 アネモネでさえ、苦しさに呻いているというのに。

 私たちは、『水』こそが『先祖様』の奥の手だと思っていた。

 だが、そうではなかったのではないか?

 

「不思議に思っているな? プラムよ」

 

 それは、肩で息をしていながら、余裕そうに口角が上がっている『先祖様』からだった。

 私にはうつ手が思い浮かばないから、少しでも情報が引き出せればと思いそのおしゃべりに付き合うことにした。

 

「そりゃ、不思議に思うに決まってる。何その出鱈目な力。いくら何でも、度が過ぎてる」

「ふ、お前は泉の力を知らん。どのみちお前は知っておかねばならんからな」

「もったいぶらず、教えてくれると助かるんだけど」

「泉の水は人の可能性。それを、ただの力で終わらせるのは、非効率とは思わんか?」

 

 父と剣を交えながら、まるでそれは児戯と言わんばかりに受け流しながら、『先祖様』は話し始めた。

 

「例えるなら、今こうして交わす剣戟。可能性の一つとして、これが出来る儂もおるだろう。それを泉から汲み上げ、力として放れば簡単に勝つことができる」

「だが、それは一度きりだ。次また同じことがあれば、今度は別の可能性を汲み上げ使うことになる。それでは泉は枯れるばかりだ」

 

「だからこそ、その水を飲み込み、己に染み渡らせるべきと悟る」

 

「違う可能性の儂が、師となる。そうして儂に剣の真髄を叩き込み、儂は未来永劫全ての剣戟を受け止めることができるようになる。こうすることでこそ、儂は儂の可能性を上手く使えるようになるのだ」

「儂は儂の可能性を汲み上げ飲み込んできた。その度に儂には師が増え、師を継ぎ、ついには師と同じ頂に立った。プラム、お前は未熟に過ぎる。極まったものを知らん。いずれ極まるがそれは今ではない」

 

 淡々と突きつけられるそれは、まるで心を折るための鈍器のようだった。

 『先祖様』は、ともすれば全ての可能性をその身に宿して戦っている。それはあらゆることが誰よりも上手いということに繋がる。

 私が全能だと信じる魔法も、『先祖様』は私より上手く扱うことができるだろう。

 無限の可能性から都合のいい可能性だけを汲み上げて、それを飲み込む。そんなことができるのなら、そんな存在に勝てる道理などない。

 

「それ、あの幼子の泉も枯れたぞ。この未来は見えていた。儂の泉の水をそのまま放ることになったのは業腹だが、惜しむべきでないのは確かだったからな」

 

 その言葉に釣られてアネモネを見ると、胸に空いた小さな穴からはもう何も出てこなくなっていた。

 ただ荒く息をしているだけの、弱々しい銀髪の子供でしかなかった。

 

「泉の水は生きるだけ溢れてくる。つまり子供の泉はすぐ枯れる。意外と思うか? しかし考えれば必然と分かる。どれだけできることが増えようと、子供は親から切り離せん。己が意思で歩む意志が無き者では、可能性など生まれようもない」

 

 そういうと『先祖様』は父を持っていたナイフで切り飛ばし、私へと近付いてきた。

 魔法の抵抗は、全て相殺されて無駄に終わる。

 近付かれるたびに、後退りしてしまう。

 もしかしたら、あるかもしれないとは分かっていた。

 けれど、ここまで通じないなんて。

 まだ、希望が見えるものだと思っていた。

 私たちと『先祖様』の差は、見えないほど大きかった。

 正真正銘の絶望が、そこにいた。

 

「きゃっ!?」

 

 後退りが下手になって、尻餅をつく。

 『先祖様』を見上げる形になって、初めて気付いた。

 笑っている。

 それが、ひどく恐ろしく見えて。

 

「や、やだ。来ないで。来ないでよ……」

 

 子供のように震えるしかできない。

 涙が滲んで視界が滲む。

 こんなはずじゃなかった。

 もっと、もっと、格好良く戦うはずだった。

 こんなゴミみたいに蹴散らされるなんて思わなかった。

 こんなに、敵が強いとは思わなかった。

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 意味なんてないって分かっても、その言葉が口から出てしまう。

 もしかしたら許してくれるかもしれない。

 そんな考えが、媚びるのを止めてくれない。

 こんな恥ずかしい姿を晒してまで、生に執着してしまう。

 

「安心しな。お前は必要だ。傷付けやしないよ」

 

 その言葉に心から安堵して。

 直後にその意味に気付いた。

 『先祖様』が見逃したのは私だけだ。

 つまり、父とアネモネは、殺される。

 

「待って! やっぱりいいです! わ、私はどうなってもいいので二人は助けてください! し、死にます! ご迷惑かけたお詫びに私が死にますから!」

 

「それは困る。お前には、生きてもらわなくちゃいけないんだから」

 

 その言葉に、私は今度こそ心が折れた。

 私のせいだ。

 私が、お父さんを焚き付けたから。

 この戦いは、そうして始まったから。

 また、最悪なことになっちゃったんだ。

 私が。

 私のせいで。

 また、家族が死んじゃう。

 

「お願いします。やめてください。お願いします……!」

 

 『先祖様』がそれを聞くはずもなく、真っ直ぐに父の元へ歩いていく。

 父は何とか起きあがろうとするが、傷が大きすぎて上手く立ち上がれない。血塗れで、手当てしないと今にも死んでしまいそうだった。

 

「やめて、やめろ! こっちを見ろ! 俺を、俺を見ろ!」

 

 破れかぶれで火球を放つが、こちらを一瞥もせずに同じ火球で打ち消された。

 何度も何度も、魔法を使って。何度も何度も打ち消される。

 何度もやってるうちに自分でも何をやってるのか分からなくなって、疲れてその場に倒れ込んだ。

 

「知っていたさ。アンジェリーナが儂を殺す筋書きを描いていたことぐらい。あの子の誤算は、儂も同じ目を持っていたことさね。同じ未来を生きられる同士なら、より長く生きている方が有利なのは自明だろう?」

 

 『先祖様』はそのまま父の目の前にたどり着いた。

 そして右手に握ったナイフを振りかぶって。

 

「まだ、わたしは終わってない……!」

 

 立ち上がったアネモネの声に、動きが停止した。

 

「……まさか。外れた? ここで? こんな大事な時に?」

 

 その声は今までと違い全く余裕のない、動揺がハッキリと表に出ているものだった。

 

「あなたは言ったね、『自分の意思で歩む意志無き者では、可能性が生まれようもない』って。なら、わたしには資格がある」

「一体何を────」

 

「わたしは目指した、より良き生き方を。誰に言われる訳でもなく、自分自身の意志で! なら、わたしにはまだ、可能性がある!」

 

 そう言い終わるや否や、アネモネは未だ空いている小さな穴に手を突っ込んだ。

 途端に、激しくぶつかる波の音がけたたましく響いてくる。

 当然、アネモネの小さな胸の穴から。

 

「ありえない、そんな筈がない! お前は、ただの水子だったはずだ! お前に可能性なんて、残っている筈がない!」

 

 『先祖様』の声もその轟音に飲み込まれて消える。

 私はただ、妹の輝きを見ているしかできなかった。

 

「終わらせない、絶対にこんな場所で終わらせない! あの決意は、誰にも穢せないんだから────!」

 

 そして手が、引き抜かれる。

 栓が消えた穴からは、何よりも澄んでいて、どんなものより輝かしい『水』が、滝のように溢れ出てくる。

 あっという間に辺り一面が『水』で満たされて、私たちはその中で呼吸をしていた。

 その『水』はとても心地良くて、この中では全ての恐怖がほぐれて消えていく。

 

「傷が、癒えてゆく……」

 

 父の傷はいつのまにか塞がって、何も問題ないようになっていた。

 私たちは、アネモネの可能性の世界に入り込んでいた。

 

「ここが、可能性の海の中。その、深層。あなたには辿り着けない、泉の底」

 

 『先祖様』はこの海の中で、頭を掻きむしっていた。

 明らかに正気ではない様子で、アネモネを睨みつける。

 

「ふざけるな! 泉の中にいて良いのは女神様だけだ! 紛い物の分際で猿真似をしようなど、不敬だ! 万死に値する!」

 

 金切り声を上げて叫ぶその姿は幽鬼のそれだった。

 ひたすらに憐れで、悲しい存在として、そこにいた。

 

「もう、人の世なんだよ。自分で、歩かなきゃいけないの。神様(おや)におんぶしてもらうのは、卒業して────!」




 Q.世界観の説明して?
 A.無理です……。

 『先祖様』戦です。この世界見渡しても頭おかしいことしてる化け物です。
 『水』は汲み上げただけでも意識を乗っ取られかねないのに、それを飲み込んで意識を保ってるのは『先祖様』くらいしかいません。他全ての可能性の自分より意思が強くなければどこかで乗っ取られます。少なくとも違う可能性の自分とは、師弟なんていう穏便な関係とかけ離れていることは確実です。
 『水』の力はそんなことをせずとも十分強力なので、普通そんな自殺行為しません。自分の可能性を消費するという代償だけでも法則を無視する力を得られるので、わざわざリスクを犯す必要なんてないんですね。自分にとって不都合な可能性を消費すれば、代償はむしろ成功を約束する祝福に変わりますし。
 そんな中で『水』を飲み込んだ『先祖様』の実力は他と比べ物になりません。『水』無しの戦闘では絶対に勝ち、『水』を使い合う戦闘でも自我を違う可能性の自分に乗っ取られないため物量で勝つことができます。
 まあ、『水』相手に『水』無しで抵抗できるプラムの魔法も大概おかしいんですけど……。『先祖様』が言う通り、魔法が極まれば『水』相手でも優勢に戦えるようになります。しかしまだプラムが未熟なので、『水』相手どころか『先祖様』の取り込んだ可能性にすら完敗します。
 10年準備してたらもっと楽に戦えてたと思います。無限の可能性なんて大層なこと言ってますけど、個人の可能性は有限なのが現実ですからね。『先祖様』の極致では、プラムや父の極致には遠くおよびません。『先祖様』が『水』を飲み込んだ理由も、たった一つで全てを解決する力が自分にないことを悟ってしまったから、というのが一つあります。

 総じて言えば、「早すぎたラスボス戦」ですね。アネモネがいないと戦いが成立すらしません。
 あ、ちなみにアナベルがいたら『水』無しの正面戦闘なら勝てます。その代わり魔法で洗脳された瞬間負けが確定します。彼女は人間の可能性とはかけ離れた理不尽な存在なので……。
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