「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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永遠

 アネモネの可能性が満ちる中、誰よりも早く動いたのは『先祖様』だった。

 

 空いた距離を猛スピードで詰めアネモネへナイフを振るう。それは地面を蹴り勢いを生むという工程を飛ばしたように急速で、アネモネに注意が向いている私では反応もできない。

 それを、復活した父が弾く。

 先程まで遊ばれていた父が、『先祖様』の本気を返してみせた。

 

「二度も失ってたまるか! 今度こそ、貴様を殺す!」

「青二歳程度が、儂の邪魔をするな!」

 

 アネモネの可能性で満たされる前とは全く違う、拮抗した切り合いが目も止まらぬ速度で繰り広げられる。

 輝くアネモネの『水』は、ただ存在しているだけで父の力を増幅させていた。

 金属音がけたたましく響き渡る中、アネモネが私へと話しかける。

 

「カッコよく啖呵切った手前悪いんだけど、これかなりキツいから……後、お願い」

 

 アネモネはそう言うと歯を食いしばりながら地面にへたり込んだ。

 溢れ出る『水』に、乗っ取られそうになっているのだろう。

 私は小さく頷き、魔法の準備をする。

 そこへ、満たされたアネモネの可能性が私の未来を映し出す。

 

『魔法が使いたい……て言われても。私の魔法は他の魔法と違うから私じゃなくて学校とかに通った方が良いんじゃ……分かった、分かったから』

 

 それは、アネモネにねだられて魔法のことについて教えてる可能性だった。

 いや、アネモネ視点なのだから、私に魔法のことについて聞いてる可能性、という方が正確か。

 

『私の魔法は他の魔法とは違って、法則を新しく作り変えた結果発生してるものなの。だから、魔法とは名ばかりな『自分が思い描いた事象を成立させる力』でしかない』

 

 その事実は、今の私が知らないことだった。

 私はずっと、何でもできる魔法こそが自分の力だと思っていた。

 しかし、アネモネの可能性を通じて私は、自分の力が何かを教えられた。

 

『すごいって思うかもしれないけど、できないって思ったことはできなくなっちゃうんだ。あとは、知らないうちに認識が弄られてたらまともに魔法が使えなくなるし……だから、私じゃなくて別の人に、教えてもらってね?』

 

 その言葉を聞いて、私は『先祖様』へ魔法を使う際に起きた不調の原因に察しがついた。

 私は、確実に認識を弄られている!

 心当たりは一つしかない。後見人についての手紙。おそらくそこに認識操作の魔法が仕掛けられていたのだ。

 知らず知らずのうちに、私は罠にかかっていたのだ。未来を見る力を利用して、私にそれが通るタイミングを知り、その未来へ至る過程を完全再現して送ったのだろう。

 おそらく、『先祖様』に対して本気の魔法を使えなくするような、そんな認識操作が。

 なら私がすることは一つ。

 その認識操作の魔法を、解除する。

 

 自分の中へ潜り込む。

 魔法は『先祖様』以外に対しては問題なく作動する。

 だから魔法は、おかしな認識を私へ知らせた。

 無意識の奥深くに埋め込まれた、その価値観。

 

 血の繋がった存在を害せない。

 

 私は、妹たちや父、そして母が頭によぎった。

 けれど、それでも私はその植え付けられた価値観を取り除いた。

 

 だって、私が家族を愛しているのは、こんな偽物が理由ではないはずだから。

 

 そしてやっと、私はそれを見据える。

 『先祖様』などではない、ただの人間を。

 ガブリエラ・ピルグリム・エデンを。

 あれは子孫のために大穴を小さくしてきた偉大なる者たちではない。

 私が敬意を払ってきた存在などでは、決してない。

 あれはただの敵。

 ただの、家族の敵だ。

 同じ血が通っているだけでは家族なんかじゃない。

 だから迷いなく、私は魔法を使う。

 

 範囲はガブリエラ・ピルグリム・エデンただ一人。

 効果は絶大。

 時間は永遠。

 属性は虚無。

 形状は非設定。

 役割は殺傷。

 所以なき死を、叩き込んだ。

 

 ガブリエラはそのままかき消えた。

 しかし、それだけでは終わらない。

 一瞬でかき消えては、次の一瞬でまた復活する。

 

「はははは! その程度で、終わるものか! 儂にも、終われない理由がある! 何も儂を妨げることはできない!」

 

 ガブリエラは死んでも動き続ける。死に続け、そして生き返り続ける。

 その執念が、抵抗できないはずの死を踏み越えさせていた。

 赤い目から血の涙が流れ出し、父の剣で細切れにされようとガブリエラは前へ、アネモネへと突き進んでくる。

 

「儂は、背負った亡骸を女神様の楽園まで届けるまで、止まらぬ! 同胞よ! 盟友よ! 儂は汝らを楽園まで導く永遠である! 故に、儂は楽園に辿り着くのだ────!」

 

 私は、その歩みを止められなかった。

 違う。止められないと、そう思ってしまった。

 何をしても、止まらないのだと、理解してしまったから。

 きっと手足を消してもガブリエラは進むだろう。肉体を消したところで魂が形を成して進むだろう。思考を奪ったところで本能が目的へと突き進むだろう。

 全ての障害は、彼女を止めるものになりはしない。

 いや、その実、一つだけあるにはあるのだ。

 未誕生による存在抹消。

 過去改変を引き起こせば、ガブリエラは抵抗できずに消える。

 しかしそれをすれば、母も誕生しないだろう。

 母の先祖では、あるのだから。

 だから、私はそれを選べない。

 ただ、見ていることしかできない。

 

 父は何度もガブリエラの前に立ちはだかるが、死にながら進む彼女に押されて少しずつ押し込まれている。

 そして結局、アネモネへと手をかけられた。

 

「お前は誤算だった……アンジェリーナめ。これを狙っていたか。だが! 儂の永遠はたかが小娘が凌駕できるものではない! 己の可能性に流されかける惰弱さで、儂を止めようなど無理だったのだ!」

 

 ガブリエラがアネモネの首を掴んで持ち上げる。アネモネは苦しげに暴れるが、ガブリエラは微動だにしない。

 父もアネモネからガブリエラを引き剥がそうとするが、それでもガブリエラは何も変わらなかった。

 私は、私は、見ているしかできない。

 

……本当に?

 

 ガブリエラは私を殺そうとしなかった。つまり、私にさせることがあるから生かそうとしたのではないか。

 それはきっと、ガブリエラの目的を達成するために必要なこと。

 私がそれに協力するなら、ガブリエラに交渉の余地が出てくるのではないか?

 ガブリエラの目的さえ達成してしまえば、二人を狙う理由なんてなくなるのでは?

 

「待って」

 

 だから私は、迷いなく言葉を出した。

 

「私が、あなたを楽園まで連れて行ってあげる。だから、二人は見逃して」

 

 その博打は────

 

「────最善ではないが、次善ではある。良いだろう。儂には、お前が必要だ」

 

────通った。

 私はやっと、家族を失うかもしれない危機を脱することができた。

 

「お前は女神様を呼び込む贄となる必要がある。最も神に愛された神の血を引く者が、己を顧みず身を捧げる時にこそ女神様はお戻りになられる。大穴が塞がった今なら、また女神様がいなくなることはないだろう」

 

 やっと私は、正解を選び取ることができたのだ。

 ガブリエラはアネモネから手を離して私に近付いてくる。

 これで良い。きっと、これで良いのだ。

 ようやく、家族を守れたのだから。

 

「お父さん、ごめんね。私は、家族が大事だから。アネモネ、ごめんね。私、役立たずだった」

 

「今まで、ありがとう!」

 

 二人に言い残して、私はガブリエラに歩み寄る。

 多分、これから私は贄というものになるのだろう。

 きっと死んでしまう。

 それは怖い。

 やりたいことがたくさんある。

 知りたいことだってたくさんある。

 まだ何もできていない。

 まだ何も知らない。

 けれど、家族のためにそれを手放すなら、仕方ないなって、思ってしまう。

 こんな私を愛してくれた人のために死ねるなら、誇らしいと思てしまう。

 だから、これで良いんだ。

 そして舞台は終わる。

 いくつかの痛みを残して、それでも残るものが私の家族を癒す。

 全てが失われるよりもずっと良い結末だ。

 たった一つの代償で、家族は守られる。

 目的を果たしたガブリエラは、もう私の家族など目に入らないだろう。

 楽園というのも、きっと悪くない。

 女神様っていうくらいなんだから、良い人だろうし。

 多分家族も、一緒に救ってくれるだろうし。

 ついでに、いろんな人が救われる。

 家族の代わりに他全ての人間を見放した、私のような悪を一人犠牲にする対価としては破格もいいところだろう。

 だから。

 きっとこれは、良い結末なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何も、良くない────!

 

 

 

 

 

 

 

 この場を満たす『水』の主は、その安易な結末を否定した。

 荒れ狂う可能性が彼女の自我を削ろうとも、絶対に譲れないものを前に彼女は己を取り戻した。

 どんな無茶をしようとも、どれほどの困難をぶつけられようとも、決して譲らないものがあるのは同じだった。

 ただの弱くて可愛らしい姿の少女は、そのままの姿でこの場を支配していたことを全員に再認識させる。

 優しく満ちていた『水』はガブリエラを押し流し粉砕した。

 そして私を圧倒的な勢いで絡め取り、アネモネへの元へと引き寄せる。

 凪いだ『水』は渦巻き主の益にならんと荒れ狂う。

 途方もない力が、ただ一つの意志によって統率されていた。

 

「アネモネ!? 力を使って大丈夫!?」

「へ、いき。こんなの、波打ってるうちにも、入らない、よ!」

 

 顔を真っ青にし汗を垂れ流す姿で、アネモネはそう虚勢を張った。

 腕は震えているし、いまだに体を起こせず地面にへたり込んだままだ。

 それでも琥珀色の目は力強さに満ちていて、決して折れることはないと言葉なく訴えている。

 ガブリエラを一切抵抗させず殺し続ける『水』の津波が、その重みを伝えていた。

 

「お姉ちゃん、を、犠牲にして、この先を生きても、それ、は絶対、良い人生になんか、ならない、から。だから、わたしは、諦めない!」

 

 その真っ直ぐな言葉が、私の心をたたく。

 諦めて犠牲になろうとしていた私に、もう一度考え直せと要求する。

 それに応えるため、もう一度私にはできることが無いのか考える。

 

 ガブリエラの永遠は、あらゆる障害を越える。

 その早すぎる再生は受けた傷が、認識できるよりも速く再生してしまうほど速い。

 その再生を阻害する魔法すら、即座に治療されてしまう。

 その例外は存在しないのか?

 どこかにあるはずだ。

 存在抹消のように、例外があるはずだ。

 あの永遠を否定する何かが────

 

 父から聞いた、『先祖様』から母へ授けた寿命を引き換えにした加護についての違和。

 

────そういえば、お母さんは、生まれたばかりのアナベルに傷をつけられて、傷跡が残っていた。

 でも、それはおかしいはずだ。

 作戦会議でお父さんからお母さんの話を聞いていた。

 お母さんは、先祖様に、ガブリエラに寿命を捧げる代わりに期間限定の不老不死となっていたと。

 その加護ともいうべきそれは、どのように授けられたのか?

 『水』によるもの? それはあり得ない。ガブリエラ自身の発言がそれを示唆している。

 

 『水』を使えば簡単に剣戟に勝つことができる。

 だが、それでは同じ状況でまた『水』を使うことになる。

 

 これが意味することは、一度目の剣戟で使った『水』の力は二度目の剣戟には残っていない、ということ。

 つまり、『水』は法則を無視する力があるが、その力は極めて限定的な効果時間でしか発揮しないのだ。

 一度『水』を使っただけで永劫に剣戟に勝つことができるようになるような、そんな万能なものではない。

 不老不死にしてもたった一瞬。一秒未満。それを子供を産める年齢まで続けるのに、一体どれほどの『水』が必要になるか。どれだけ可能性に満ち溢れていようと、枯渇するのは目に見えている。

 

 そして、『水』の力なく他者の不老不死を成立させるなら、それはガブリエラが他者に永遠の力を分け与えたと考えるしかない。

 あれは時間に縛られない、文字通り永遠に発動し続ける力だ。消えてなくなることは心配しなくていい。

 しかしガブリエラの永遠を一部借り受けていたと考えたら、それはおかしいのだ。

 だって、お母さんはアナベルから付けられた傷が残っていたんだから。

 もし、もしも。

 アナベルの力が永遠を否定できるのなら。

 そこには必ず理由がある。

 

 私はアナベルが母につけた傷を治したことがある。

 その傷には、特徴的な、とある力が存在していた。

 禊。

 罪を洗い流し浄化する力。

 人は、生き物は罪なく生きることのできない存在だ。

 生きているだけで他者を傷つけ、何かを奪う生き物。

 全生物が享受するには足りない幸福の総量が、弱肉強食という罪を強いる。

 だからこそ、それは何人たりとも拒絶することのできない概念。

 理屈の存在しない魔法でしか防げない、絶対的な権限。

 アナベルが持つ怪力の原因だった。

 

 もしかしたら、永遠とは罪そのものかもしれない。

 あらゆる罪が永遠を通して忘れられ、再び罪を犯す愚を作る。

 だから永遠は罪を吸い取り増え続ける。

 他者を傷つけるという罪は、ただ永遠を強固なものにするだけ。

 人に殺人を犯させる罪。殺されるということで己に発生するその罪は、あらゆる攻撃行為を再生への燃料へと変換される。

 そうやって、ガブリエラの永遠は存在しているのかもしれない。

 決して罪を犯すことから、逃げられないように。

 だから、私は、魔法を使った。

 アネモネの『水』に殺され続けながらも、ずっと再生し続けるガブリエラに向かって。

 敵意や殺意ではなく、憐れみを持って。

 その罪が、雪がれることを祈りながら。

 断罪を、執り行った。

 

 そこには、一つの遺体があった。

 外傷なく、ただ眠るように死に絶えた少女の体が、横たわっていた。

 罪深い少女は、ようやく己が償うべき罪と向き合った。

 全ての罪を吸い取り、永遠に罪を償い続ける巡礼者。

 けれど、それは他者の罪だった。

 既に彼女に、本人の罪は残っていなかった。

 それが故に永遠の刑期は終わり。

 ようやく、天の楽園へ、同胞を導くことができたのだった。




 『先祖様』戦、改めてガブリエラ・ピルグリム・エデン戦終了です。
 ギミックは『水』、永遠。『水』への対処ができなければ禊の力をぶつけても『水』で無効化し、永遠への対処ができなければ『水』をかき消しても絶対に止まりません。
 永遠に関しては、女神様の楽園が実際にあった時代に生まれた人間なら誰でも持ってます。その時代はみんな楽園で生まれてきて女神様に愛されてたので、神の加護としてもらってる形です。
 この永遠は他者へ譲渡できます。女神様が大穴への対処に力を使い果たして消えた後、ガブリエラを除き楽園の人間はみんな他者へ永遠を押し付け死にました。
 元々この世界での永遠は『罪なき者は瑕疵なく生き続ける力』ですが、楽園が消えたことにより生きているだけで罪が生まれ続ける世界に変わり、その上永遠を誰かに押し付けなかったガブリエラにその力が集まりすぎて力が変質。結果的に『あらゆる罪を吸い込みそれを浄化するまでこの力を持つ存在を万全の状態で保ち続ける力』になりました。
 ガブリエラが吸い込んだ罪は、楽園の人間たちの「自害を選ぶほど過酷な世界で、最後には誰か一人に永遠の力が集まることを知りながら他者にその力を押し付け、世界を孤独に生き続けることを強いた罪」が最も大きいです。
 ガブリエラは、そんな中で誰よりも諦めなかった少女です。
 そして、誰よりも諦めきっていた少女でもあります。
 彼女は再び女神が地上に舞い降り再び楽園を築くと信じていました。
 一方で、人間が手を取り合い世界を良くするという未来を誰よりも諦めていました。
 ガブリエラの目的は全ての人間から罪を取り除いた上で、女神様が再び地上へ舞い降りもう一度楽園を築くことを見届けることです。
 それを達成した後、彼女は唯一罪ある者として女神様に裁かれようとするでしょう。そうしてやっと、彼女は同胞たちの罪を雪げるのです。

 罪を吸い取る機能は寿命を吸い取ることと似ています。罪を犯す時間が無くなれば誰も罪を犯せませんし、邪な思考も罪なら人生を懸けるほどの情熱も利己心が混じれば吸い取られます。ガブリエラは今を生きる人間からしてみれば、生きてるだけで他者から生きる時間も生きる目的も吸い上げる化け物だったわけです。
 その穢れ切った旅路も、今回で終わりです。
 登場しなかったレイマンは、彼女の死と同時に消滅しました。
 ガブリエラを慰めるためだけの人形は、もう必要ありません。
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