「景色がきれいだよ」 作:人に戻った少女
その場所には虚無が満ちていました。
何もない、ただまっくらやみ。
何もない世界では、何も起きません。
だけど、何もないはずの世界に、不思議なものが生まれました。
それは、可能性。
無から現れたそれは、その場所を虚無から変化させました。
可能性は新たな可能性を生み、また次の新たな可能性へ繋がります。
秩序なく、法則なく生まれるそれらは、虚無でしかなかったその場所を、世界と呼ぶに相応しい形にしていきました。
始めは、小さな雫が生まれました。
それらは集まり、水溜りとなりました。
いくつか増えたそれらは一つとなり、泉となりました。
泉となった可能性は、さまざまな違う可能性とぶつかり合い、ようやく一つの生命を作り出しました。
泉となった可能性を統括する、女神様です。
女神様は、変わり映えしない景色に悲しくなり、泉の水を使いました。
すると、泉しかなかった世界には星々ができました。
綺麗に瞬く星はこの世界に光を生み、泉がその光を受け今までよりも大きな可能性を生み出すようになりました。
女神様は星々の輝きに見惚れ、自分が住まう星を作り出しました。
この星こそ、私たちが住まう大地です。
しかし、女神様は知らないことが多すぎました。
生み出された星は必ず輝くわけではないこと。
遠くで見た星は小さかったのに、近付くととても大きいこと。
大きな星は殺風景で、とても寂しいこと。
自分がこれから暮らす場所に不満があった女神様は泉を自分の星へ持ってきて、その水を星中に撒きました。
するとたちまち、大地には美しき木々や山々が生まれ、それらが星中に満ちました。
満ちた植物たちは泉のように可能性を持ち合わせ、星々の輝きを分かち合いながら美しく育ちます。
やがてそれは、女神様以外の生命を生み出します。
女神様はたいそう喜びました。
女神様はずっと、友達が欲しいと考えていました。
新しく生まれた生命は、ずっと待ち侘びた友達なのです。
私たちは、その新たな生命の名前を妖精と呼びました。
女神様と妖精は、すぐに仲良くなりました。
朝は共に起き、昼は共に遊び、夜は共に寝る。
何をするにも一緒にいて、ずっと喜びを分かち合います。
女神様は、もう寂しくありませんでした。
自分が作り出した星を巡り、美しい景色を見て笑い合う。そんな毎日を楽しんでいました。
そんなある日、女神様は妖精にこんなことを聞かれました。
『女神様は、どこから生まれてきたの?』
女神様は妖精を泉まで案内しました。
そして泉を指し、私はここから生まれてきた、と言いました。
妖精はその泉を見ては首を傾げ、不思議そうにしていました。
まだ、泉以外に水が存在しない時期ですから何がそこにあるのか分からなかったのです。
だけど、女神様にはそれが分かりません。
生まれた頃から泉と、水と共にあった女神様は、女神様以外にとって水がどれだけ危険か知りませんでした。
女神様は泉の中に入って、妖精を手招きします。
女神様が何事もなく泉の中にいるので、妖精は泉の中へ入ってしまいました。
しかし、泉の水とは可能性の塊です。
泉の水から生まれた女神様や星々、植物とは違って自然と生まれてきた妖精では、押し寄せる可能性の波に耐えられず泉と溶け合って消えてしまいました。
女神様は妖精が泉に溶けてしまったことを悲しみ、泣き続けました。
それは世界に散らばり、雨となって大地に降り注ぎました。
大地に落ちた雨はやがて一まとまりになり、海という大地を覆う水溜りになりました。
泉によく似ていますが、泉と違い可能性を少ししか持っていません。
海で生まれた生き物は手や足を持たず、言葉を話すこともできません。
女神様は、再びひとりぼっちになりました。
友達がいなかった頃の女神様はその孤独に耐えられましたが、一度友達を作った女神様には、到底耐えられるものではありませんでした。
女神様は、泉から新しい生命を生み出しました。
今の人間です。
女神様は人類が亡き友の妖精に似るように手を加えました。
妖精と同じような手足。妖精と同じようなお腹。妖精と同じような言葉。妖精と同じような頭。妖精と同じようなお顔。
それを見た女神様は人間を気に入り、一緒に暮らすようになりました。
人間がまた消えないように。そして人間が楽しく生きられるように。
そのために女神様は人間たちの楽園を作りました。
そして楽しく、幸せに暮らしていました。
しかしこの日々もまた、崩れ去ってしまいます。
ある日突然、世界に穴が空いてしまいました。
その穴からは、よく分からない何かが大量に流れ込んできます。
その何かは女神様がいる星を覆ってしまい、星々の光を遮ってしまいました。
すると、植物は枯れて、美しい景色はたちまち消えていきました。
これではいけないと女神様が穴を塞ごうとしますが、よく分からない何かのせいで女神様は穴に近付けません。
このよく分からない何かは危険だと知った女神様は、人間たちの中へ泉の水を移すことにしました。
泉から生まれた人間は水に流されることなく、体の中に水を持つようになりました。
そして最後に、女神様は穴を塞ぐため、自分の血で子供を作りました。
これを機に、女神様は泉の中へと戻り穴が塞がることを待っています。
子供たちは、今も穴のそばで頑張っています。
女神様がまた地上へ戻るために、頑張っています。
その様子を、女神様は泉の中から見守っています。
再び、友達に会えるように。
今も今も、待ち続けています。
手作りの絵本のようだ。特定個人への贈り物だろう。
幼児向けにしては語彙が難しいが、大人向けにしては幼稚すぎる……。
内容は泉水教の神話を大雑把にまとめたものだ。
ただ、かなり内容に誤りがある。
妖精は神様から生まれることができなかったただの奴隷種なのに、何がどうなったら神様の友人なんてなるんだ?
それに、人間が妖精に似せて作られたなんて記述、教会が知ったら書いたやつを探し出して聖罰するくらいの異端だぞ。
これを描いたやつ、相当な悪魔信仰者だったんだな。