「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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束縛

 私にとって家族は大切なものだ。

 だけど、人はたった一つだけで生きていけるほど単純なものではない。

 色々なものが絡み合って、複雑に縛り付ける。

 私たち家族にとってはこれ以上ない邪悪だとしても、私たち以外にとっては聖人なのかもしれない。

 その邪悪を取り除いても、私たちは自由を阻む網から逃れることはできない。

 その網を切ることは、簡単だ。

 絡み付くそれを引きちぎり台無しにしてしまえば、私たちは簡単に自由になれる。

 全ての面倒事を力で終わらせて、そのまま焼き払えばいい。

 けれど、私はそれを選びたくない。

 それは自由になれるだけで、幸福になる道ではないから。

 

 その日は、穏やかな朝から始まった。

 父と妹たちに少し凝った料理を作って、一緒に食べて笑い合った、

 私にべったりなアナベルを抱きしめて、抱きしめ返された。

 アネモネと一緒に花冠を作って、母のお墓に供えた。

 少し生まれた時間で遠くの困っている人を助けた。

 とても、幸せな日だった。

 だけど複雑に絡み合った網は私たちの罪を許さない。

 私たちの屋敷に二つ馬車が来て、一つの馬車の中から一人の人間が降りてきた。

 その人間は、私たちがガブリエラを殺したことを知っているようだった。

 

「お前たちはガブリエラ・ピルグリム・エデンを殺害した張本人である。ガブリエラが死亡したことが原因でユニオン共和国と人間国家の関係が不安定であるため、お前たちには六国共名にて処罰される義務が発生した。出頭せよ」

 

 その威圧的な言葉は瞬く間に響き渡り、私たちは訪問者の前に姿を見せるしかなくなった。

 私たちは自分たちが軽挙に動いたことにより網の中へ囚われたことを、ようやく自覚したのだ。

 私は、トドメをさしたのは自分だと元凶として前に出た。

 アネモネは、機を待とうとした私たちを焚き付けた自分こそ原因だと前に出た。

 父は、子供を止められなかった自分の責任だと前に出た。

 当事者ではないアナベルはただオロオロと震えていた。

 そんな中で、リリィだけが冷たい目で異を唱えた。

 

「私たちがその、ガブリエラとやらを殺したと貴方はおっしゃるが、どこにその証拠があるのでしょう」

「罪人に教えることなどない。ただ、お前たちであることは確かだ」

 

 私たちはリリィ以外は誰も事を荒立てる気がなかったので、慌ててリリィを諌めようとしたが、リリィは決して口を止めなかった。

 

「ふむ? ならなぜ貴方一人で馬車を降りてきたのでしょうかね。グランドヒル王国国王、グラン様。殺されに来たような軽装で護衛の方も無しに罪人の前に姿を現すなど、まるで自分が死んだ事実が欲しいと見られてもおかしくないのでは」

「お前たちは我が国の領土を不当に占領する者である。我が国は、決してお前たちに屈しない。いくらの血を流そうと、我々は奪われた地を取り戻す覚悟である」

「人はみな水泉教の信者。なら、私たちが、私たちの土地が一体どれほど大切かはご存知でしょう? たかが国一つのために、広がり続ける大穴を放置し世界を飲み込ませるのですか」

 

 二人の弁舌に口を挟むことはできない。結局のところ私たちに政治が分かる者はリリィしかいなくて、そのリリィが矢面に立つなら余計な弱みにならぬよう黙るしかないのだ。

 軽薄に笑みを浮かべながら未だ冷たく相手を見つめるその顔が、私にはリリィなりの怒り顔に見えた。

 

「今や人の時代、御伽噺は終わったのだ。お前たちの血も、既に人の血に変わって久しいではないか」

「長く続いたものを壊すには新しきを作ると同じ規模の労力が必要になる。時代が変わっただけでは、私たちへの信仰は薄れなどしませんよ。今を生き延びても、貴方の国は滅ぶことになるでしょうね」

「だが、このまま立ち尽くすよりはずっと良い結末だ」

「良い結末……本当に?」

 

 私たちにはこの問答が何を意味するかも分かっていない。これで何かが変わるのだとしても、それが良いことなのか悪いことなのか見分けがつかない。

 ただ、リリィの言葉が通用する事を祈るだけだった。

 

「私たちは貴方たちにもっと利益ある未来を提示することができます。貴方たちが何より欲しくてたまらない、繁栄の未来を」

「……我が国はお前たちに屈しないと言った」

「何も私たちの味方をしろと言っている訳ではないのですよ。ただ一つ、追加で断頭台に送れば、それだけで」

「なんだと? お前、一体何を考えている?」

 

 リリィはニタニタと笑いながら、国王らしい男に近付いていく。

 私たち共通で持つ琥珀色の目を、さらに冷ややかにして。

 その矛盾した表情は、リリィが今何を考えているかを不明瞭にしていく。

 

「グラン様。私はずっと疑問だったのですよ。大陸の7割を支配した覇権国家。行く先々を侵略して奴隷を増やし続けたその国。それはどんな手品でそんな強大になったのだろう、と。」

「……」

「それは人間など遠く及ばない種族すらも砕き、首に鉄の輪を嵌めるほどに至った。おかしくはないですか。そんな強大な国が、たった一人に負ける。いや、違う。たった一人で、その国出身の人間が一人残らず殺されること。奴隷を解放するためではない別の目的が、浮かびませんか」

「何が言いたい」

 

「ガブリエラ・ピルグリム・エデンは、別に奴隷を解放しようなど考えていない。奴は奴隷たちの鎖を取り換えただけ。全ては奴の思惑通りなのですよ」

 

 リリィの顔は、いよいよ不気味なほど歪んだ。

 満面の笑みを浮かべる口とは裏腹に目は冷ややかを通り越して殺意すら浮かぶ鋭さを携える。

 それはいっそ、相手に警戒心を持たせるための表情と言われた方が納得できるほど。

 だけど、国王はそれでも話に付き合わなければならない。

 自国の繁栄。極上の餌を前に、逃げることが許されない。

 

「思えば、全ては奴の得になるように作られているのです。強大な侵略国家! それに虐げられる奴隷たち! 悲劇を前に膝をつき恭順しなければ生きられない人々! 誰もが目を伏せ日々を生きる中に悪を撃ち倒す英雄が現れた! 簡単に、信奉者が現れるでしょうねぇ? 英雄のためなら死ねる人々が、たっくさん生まれたでしょうねぇ。それで、その人たち、助けられた後どうしたんでしたっけ」

「…………」

「人、いっぱい殺しましたね。やけに手慣れた様子だったらしいと本に残っていましたよ。生き残った人も首に鉄の輪を嵌められて、奴隷になりましたね。そして、英雄はそれを咎めることもなく、世界各地に旅立ちました。そして人を殺して回った。奴はただの殺したがりだった。そのために人を恨む大量の誰かが必要だった」

 

 国王は何も口を挟まなかった。

 無表情で、リリィを見ているだけ。

 だけどその無表情こそが雄弁に語っている。

 リリィが語ることは、何も間違っていないと。

 

「私、奴隷国家が誰に建てられたか分かる気がするんですよ。ガブリエラです。ガブリエラ・ピルグリム・エデンこそが奴隷たちを虐げたご主人様だったのです。だって、そうでしょう? 二十年前の時点でも異種族相手に勝ち続けられる存在なんて奴しかいない。どれだけ人間が強くなって有用な道具を使っても、妖精やドラゴンには勝てませんよね。どれだけ集まっても一息で死に絶えるんです。なら、彼らの首に鉄の輪を嵌めたのは人間から外れた化け物しかありえない」

「……それは」

「貴方も疑問に思ったでしょう? じゃあそんな化け物はどこに潜んでいたのか。どんな記録にも奴隷国家アビスの頂点が誰なのか記されていない。誰も顔を知らない。ずっと誰かだったか特定されないまま滅ぼされた。誰が、アビスの主人だったのか。それこそ簡単です。その化け物がいる国を滅ぼした化け物が、いるではないですか。誰も正体を知らない化け物を見つけ出した英雄が。死体すら残さず化け物を殺した、英雄が。他の何にも負けず勝ち続け世界の7割を支配し残り3割を同盟国にして実質的に世界征服を成し遂げた化け物を、傷一つなく消し去った英雄が」

 

 リリィの語りには熱が入り手振りが大きくなっていた。

 既に演説のようになったそれは、彼女の表情さえ完璧なら思考を飲み込まれ賛同してしまうほどの完璧なもので。

 それを間近で聞いている国王は、冷や汗を垂らしながらリリィの歪な顔を見ていた。

 

「ガブリエラ・ピルグリム・エデン。奴が、奴こそが全ての悪だったのです。奴は自作自演で自身の信奉者を生み出した大罪人だったのです! 奴は世界を滅ぼすために動き回り、最後には私たちの首に手をかけようとしたのです! この事実を伝えるために、私は断頭台に登りましょう。しかし、その断頭台には偽りの英雄の名誉も連れさせていただきます」

「……それを、誰が信じる。罪人の虚言と切って捨てられるだけだ」

 

 その言葉を聞いたリリィが途端に笑う。ケラケラと、声を上げて。

 それを待っていた、と言わんばかりに。

 感情を欠落させた、無機質な声で語った。

 

「誰が? 誰が信じるか? それこそわかりきった言葉です。奴隷たちですよ。他ならぬ奴隷たちが、この言葉に同意するのです。絶対に。間違いなく」

「どこにそんな根拠がある。奴隷たちは、英雄の信奉者なんだろう」

「知らないんですか? ああ。知らないですよね。貴方は奴隷になったことがないから。鎖を引かれる感触なんて知っているはずがない。引かれる強さだけで誰が鎖を引っ張っているか気付いてしまう屈辱を知っているはずがない」

 

 そう語るリリィからは表情が消えていた。

 その虚無とリリィの語りがあまりに上手く噛み合うものだから、私はリリィが奴隷になんてなったことがないのに本当にそんな過去があるような気がしてならなかった。

 国王も私と同じようで、リリィから滲み出す怒りに飲み込まれていた。

 

「鎖を引っ張られると酷く傷んで、引っ張られていない時にも痛みがずっと続く。そうして何度も何度も鎖を引っ張られると次第に誰がどんな感情で引っ張ってるのか分かるようになる。上機嫌なのか不機嫌なのか。それとも仕事なのか。上機嫌なら媚びておこぼれがもらえるように。不機嫌なら大人しくして八つ当たりされないように。仕事なら粛々と持ち場につく。引っ張られるだけで、今何をしなければならないのか理解して、自分の意思なんて何もないのに自分の意思のように、動かなければならない。それがずっと続いて初めっから家畜として生まれたような気分になって、そんな自分と自分をそうしたご主人様を殺したくなってくる。でも生きるためには感情を底に押しやって愛玩生物さながら媚び続ける屈辱の日々を自分から選ぶしかない。鎖一つで、私はその死にたくなる日々を思い出す。もし、もしも、ご主人様と同じように鎖を引っ張る誰かがいたなら、自由になった私はそいつを、出来るだけ惨たらしく殺す。私には分かる。誰が、どんな感情を持って、鎖を引っ張ったのか。だから、私には、分かる。奴隷たちが、ご主人様を間違えることがないことが。鉄の輪が首から外れてもまだ鎖が繋がっている。その鎖が引かれて、私はずっと痛いまま。彼らもそうだ。ずっと鎖は繋がったまま。だから分かる。その鎖は誰が握っていて、どんな考えでその鎖を引いているのか。その感触が、かつて味わったものと寸分違わず同じだってことが。だから、奴隷たちは同意する。英雄に首の輪を外されるその瞬間、鎖を手繰り寄せられた時の感触が、ご主人様に鎖を引っ張られる時と同じだと。どんな信仰でも覆せない確かな感触が、痛みと共に真実を教えるから」

 

 リリィの濁った目と抑揚の無い声が、その言葉を問答無用で真実だと脳内に叩きつける。

 リリィの首には当然首輪の跡なんて存在しない。

 なのに、私はリリィの首に跡があると幻視した。

 いまだに繋がる鉄の鎖。幸福を否定するそれが、複雑に絡み合ってリリィを束縛し動けないようにしている。

 唯一動く口を必死に動かしてその鎖から逃れようとするが、どこからか伸びる鎖はそれすら許さないと引き絞られリリィの肉体に食い込んでゆく。

 それでもリリィは決して口を動かす事をやめない。唯一の自由を自分から手放してしまわないように、必死にもがき続ける。

 私は、リリィがそう見えた。

 

「……全ては、六国共名で決まる。お前がどのような考えを持とうと、私には関係のない事だ」

 

 国王はリリィに冷たく言葉を返す。

 それは情などないように場を満たした。

 だけど、そう見えるだけで言葉の中には僅かな期待が滲んでいる。

 

「お前たちが乗る用の馬車も用意してある。……本来は一人だけだが、子供一人だとまともに話せるか分からないから二人で来てもいいだろう。ただ肝に命じろ。我が国に不利益をもたらすなら黙ってはいない」

 

 そう言い残すと、国王は来た馬車に乗ってそのまま去って行く。

 私たちにはこの言い合いがどんな影響を生むのか、何も分からない。

 ただ、リリィの表情が和らいだのを見る限りリリィの描いたように進んでいるらしいことは分かった。

 

「プラムお姉様、私と共に行きましょう」

 

 私は、何も理解しないままその手を取った。

 残されたもう一つの馬車に乗り込んで、そのまま馬車は走り出す。

 リリィは今までの表情が嘘のように、柔らかな笑顔に戻っていた。

 

「リリィ……その」

「大丈夫です。私に任せてください。

「そうじゃなくて……」

「鎖も、私に任せてください」

「……本当に、大丈夫?」

「大丈夫です。まだ、この鎖にはやってもらうことがあるんですから」

 

 馬車の中でリリィは穏やかに笑う。

 軋みながらリリィに食い込む鎖など存在しないように、私を安心させるための笑顔を見せる。

 だけど私には、その笑顔が精巧に作られた笑顔なんだと察せてしまう。

 この子はいまだに苦しんでいる。その苦しみを悟られまいと笑顔で覆い隠してるのだ。

 私はその鎖の持ち主が自分であるような気がして、勝手に悲しくなってしまう。

 私はリリィを苦しめているだけなのではないかと、不安になる。

 それをほぐすためにリリィはまた笑う。

 そして私の頭を撫でるのだ。

 

……私には、魔法しかない。

 リリィに巻き付く鎖を無理やり壊して終わらせることはできても、手順を決めて絡み合ったそれを解き外してあげることはできない。

 だから私はいざという時にしか役立てない。

 何もかもを強引に壊して平たくする。そんな暴力的な解決しかできない。

 もし家族が犠牲にならなければならない時が来たなら、真っ先に私が前に立とう。

 そして家族に犠牲を強いる全てを壊し尽くし、一人で罪を背負うのだ。

 これから先、私は倫理の壁を壊すかもしれない。

 けれど、その時が来たなら私は迷いなく壊す。

 その果てに、私が幸福を感じられなくなったとしても。

 

────幼い私がそんな私を引き止めていることに、見て見ぬふりをした。




 交渉とか舌戦とかそういうの作者分からないです……。雰囲気で! 流れで! それっぽくなればいい!

 リリィはいろんな事を知ってて賢いけど、作中で出てきてない情報をポンポン出しちゃうので便利に使っちゃいますね。主人公が無知無知の無知なので無から情報が出てるような感じになっちゃいます。
 本当は一般常識を知らない子たちですからね……。別に知らなくても力でねじ伏せられる姉二人は、蛮族に染まった方が幸せに生きられます。
 仮にプラムが吹っ切れたらお話はすぐ終わります。あれもこれも手を伸ばすことなく家族のためだけに力を使うなら、勝てる可能性があるのは先祖様だけなので……。元々誰も勝てない最強にする気だった子ですから。
 なので作中では戦闘になったらほぼプラムの勝ちです。精神はボロボロになって戻らなくなりますけど。味方側の最強が精神的弱者だと作者は気持ちよくなれます。逆に敵側の最強は頭のおかしい精神的強者で主人公を追い詰めてくれる人が好きです。
 
 六国共名では戦闘を起こさないための工夫が必要になりますね。ほぼ確実に戦争が起こる状況で、どこまで流れを変えることができるんでしょうか。先祖様戦に参加しなかったリリィを活躍させられたらと思ってます!
 
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