「景色がきれいだよ」 作:人に戻った少女
六国共名。それは人類滅亡を前に対策を語り合い少しでも人類を残そうと試みる場であった。
全てを欲しいままにする奴隷国家アビスが滅び、人類を滅ぼせる者たちが野に放たれたことがこの場が生まれた理由だ。
特に妖精は、身内争いもなくただ一匹の意思で数多の国を蹂躙する力を見せつけた。六国共名で定期的に語られる対処するべき滅びは、ほぼ全てこの妖精である。
……実際に、まともな論議がされているかは別なのだが。
大きな大理石の円卓を囲むように立派な椅子が六つ。部屋を構築するものも大理石なのは、人類側の虚栄心の賜物だろう。
無駄に厳かなこの場所は、その厳粛さからは程遠い用途で使われる。
ただ滅びを押し付け合う愚かな罵り合い。
もしも民が内情を知ってしまえば、あまりの馬鹿馬鹿しさに二度とこの場へ参加しないことを要求するかもしれない。
妖精にこの惨状を知られたなら……きっと、人類はさっさと滅ぼされるに違いない。
今目の前で巻き起こる論争も、結局のところその程度しか意味のない下らないものだ。
真っ赤な髪に筋骨隆々とした体で堂々とした男が、目の下に隈がある痩せた男を怒鳴りつけている。
帝国の皇帝ルルが、王国の国王グランを怒鳴りつけているわけだ。
「ガーデン家を生贄に生き残ろうなど、お前はついに狂ったか!? いまだ愚民どもが神とやらへの信仰を捨ててない中、神の子を生贄に延命したところでお前の国は内乱が起こるだけだろう!」
「滅びを前にして延命できるというのなら、それは望外の結果ではないか? それに、いかな神の子とて罪は償うべき。違う、と言えるか?」
「でっち上げの根拠でよくもぬけぬけと! 今度は俺の国に子が嫁いでくる番だ! 将来の伴侶の為にも、俺は認めんぞ!」
「ハッ。ガーデン家の内情を何も理解していない言葉だな、ルル。どうやら大粛清をした後のお前は頭が回らなくなったらしい。帝国でガーデン家の子を見たことがある者は一人もいないだろう? 誰も、お前の国に嫁ぐつもりなどないということだ」
「女しか生まれなかったからどう地位を維持するか悩んでいるだけだろう! だが帝国なら何も悩むことは無い。帝国には既に女の家長が存在する。喉から手が欲しいそれをガーデン家に送れるのだ。その恩があれば、帝国を選ばざるを得ない」
そこにあるのはただ醜悪な皮算用。どれだけお綺麗に着飾っていようとそのドス黒い腹の中は隠せない。
次の覇権を得ようとひたすらに力を求める修羅と、生き残るために袋小路に逃げ込む狡兎。
人類を救うためだったはずのこの場所は、既に政治の汚れに塗れて機能を止めた。
共通の敵がいるのに団結もできない様は、人間もまた動物の一種でしかないと突きつけられるようだった。
「森の方。随分と眉間にシワが寄っているようですが」
私へ向けて声をかけるのは蒼白な老人だった。
教国の教王プローフェ。水泉教にて女神の意を伝えるとされる者だ。
もっとも、その組織が今もまともかと言われると大いに疑問だが。
今も続くルルとグランの言い争いが耳に入ってもなお、柔らかな笑みを浮かべる様を見てこの老人をまともだと思う人間はそういないだろう。
こんな人間が頂点に立つようなら、その組織はきっとロクなものではない。
それに、私たちは女神は旧い冷血の神だと知っている。
私たちを助けたのは、新たな神なのだから。
「私はこの場が人を救うための場だと聞き、矮小ながら力添えできると考えて参上したのですが……どうにも、過ぎた考えと悟ってしまったので」
「気になさらぬ方が楽になるでしょう。森の方はこの場にいる誰よりも女神様に愛された方。今はまだ届かずとも、次第に遥か高くへ至ります」
「……お心遣い、感謝いたします」
……私たちに奇跡をもたらしたのは、お前たちが信じる女神ではない。
衝動に任せてそう言いたかったが、残念ながら今それを実行するわけにはいかない。新しい神は旧い冷血の神を信じる者たちの混乱を避けるため、人前に現れず粛々と救済を進めているのだ。
新しい神を信奉する私たちが、その邪魔をしていないのだ。歯痒いが、新しい神が見返りを求めずただ人類の救済を実行しているのだから余計な波風など起こしてはいけない。
私たちがするべきは、神が齎した救いを決して無駄にせず、維持することだ。それこそできれば神の救いは地に残り世界を正しく浄化するだろう。
他の誰もこの理屈に納得しないとしても、私たちは浄化された世を守らなくてはならない。
だからたとえ新しき神が、成したことを旧い冷血の神が奪われていたとしても、私たちは沈黙するだけである。
「結局、こうか。なら俺は帰るぞ。下らない言い合いに付き合うほど鍛冶屋は暇じゃない」
「あっしも帰らせていただきましょうかね。人類のためなんて謳った詐欺師を一目見ようと思い時間を作りましたが、これなら見る必要も無かったでしょう。日々良くなることを願っては裏切られるこの気持ち、理解していただければと」
そう言って立ち上がったのは、礼儀などかけらも無い作業服を着た厳つい大男と、胡散臭い表情で大男の後ろに着いていく鼻だけ大きい体の小さな男。
鍛治国家の長スミスと、商売国家の首長マーチャーは知古の仲であることは有名だ。
曰く、世界最高峰の技術を持ちながら誰にも見向きされないスミスをマーチャーが拾い上げたため、スミスがマーチャーに惚れ込んだ。
曰く、奴隷になりかけたマーチャーが自身の商店にスミスの武具があり借金を返すことができたため、マーチャーがスミスに惚れ込んだ。
曰く、彼らは同じ家に生まれそれぞれの弱みを補う為に生きてきた。
様々な話があり実情が分からないが、とにかく彼らは強い絆で結ばれているということは確かだ。
この場で、協力関係無しの一国だけなら六国共名中に退席するという愚など許されないだろう。
だが、他の人間国家とは違い鍛治国家と商売国家は明確な同盟関係だ。そして、主権国家全体に無視できない利益を生んでいることも無視できない。
占領できず、怪物たちに跡形もなく滅ぼされると困る二つの国。
その強みが六国共名という途中退席が許されない場ですら横暴を許す。
ただ、今回ばかりはそれを許されなかった。
たった一つの出口。あるいは入り口に、それは音もなく現れた。
宙に浮く小人。あるいは人の体を持つ羽虫。
緑色の髪に緑色のドレス。手足の先は硬い木の枝で作られていて、それが人間ではないことを主張している。
妖精。人類を滅ぼしうる災厄が、六国共名の場に現れたのだ。
緑色の目はこちらを見ることもせず、大きな円卓の上を飛び越えて入り口の反対側へと陣取る。
妖精が枝の手を振ると、木の枝が大理石を突き破って生えて王座の形となった。
そのまま妖精は木の玉座へ腰を下ろす。
「席に戻りなさい。今日は、重要な日でしょう?」
議長も存在しないこの場で、人間ではない者が場をしきる。
だがそれを咎められる者など誰もいない。彼女は人間への敵意を隠そうとしていない。もし気分を害すれば、数多の国を滅ぼした力が自分へ向かうことになるだろう。
スミスもマーチャーも小さな支配者の声に逆らえず、自分に与えられた席へ戻ることになった。
言い争いをしていたルルとグランも、妖精が現れた時点で口を結び言葉を発しない。
ただ一人、プローフェだけが妖精が現れる前と同じく柔らかな笑みを浮かべている。
「今日はアビスの忌々しい鎖を断ち切ってくれた英雄、エデン様を殺した憎き罪人を処罰する日。……そうでしょう? グランドヒル国王には感謝しなければ。『みんな』には恩人だと伝えておきましょう」
妖精の言葉はこの場において事実だ。たとえそれがどれだけ歪まされたものであっても、事実とするしかない。討論も無しに、ガーデン家はガブリエラ・ピルグリム・エデンを殺した一族にされてしまった。
しかしそれを看過できない者がいる。
「待っていただきたい! グランドヒル国王の言うことは全て偽りです! 奴は自国の制御ができぬ事から自国に疑いが向くことを恐れ、統率できなかった罪から逃れるため無実の者を脅し罪人だとでっち上げているだけなのです!」
皇帝ルル。本来ガーデン家の娘を迎え人間国家での発言権を大きく強められるはずの帝国は、自分の代で神の血が補充できないことを恐れていた。
元々帝国の皇帝は実力で這い上がった者がその座につく場所だ。それは他国からしてみれば野蛮であり、どれだけ強くとも人間の範疇でしかないなら白眼視されるものだった。いかに実力主義を徹底しても頂点に立つ者は正当性が必要になる。這い上がったルルには実力以外で皇帝たる正当性がない。その正当性を、ガーデン家に流れる神の血によって担保しようとしたのだ。
しかし妖精がガーデン家を滅ぼしてしまえば、その計画は淡く崩れてしまう。他国からの外圧によって、多くの血と引き換えにたどり着いた皇帝の座を降りることになる。
だから彼は死を前に口を開く。ここでガーデン家が失われれば、皇帝となったから許された彼の行いはただの不敬でしかなく、処刑されて人生の幕を下ろすことになるのだから。
その心持ちで、赤髪の彼は必死に口を回す。
「ねぇ、ヴァストプライン帝国の皇帝? 貴方の内心を知らないと思っているのかしら。貴方が黙っていてくれるなら、神の血の代わりに私が貴方を保障してあげる。これで誰も、貴方を虐げるものはいないわ。これで、満足できない?」
しかし、妖精は一歩先をいく。
妖精の言葉にルルは恭しく頭を下げ、苦々しく感謝の言葉を言うことしかできなかった。
その様子を見て妖精は一つため息をつく。
その後、妖精はスミスとマーチャーへと標的を変えた。
「オレマウンテン工房とステップクリフ商会の皆さんには私たちの国との貿易を許可しましょう。妖精の技術で精錬された鉱石や編み込まれた布は、貴方たちの好みによく合うと思います」
その言葉にスミスとマーチャーは隠すこともせず笑みを浮かべた。
お互いに目配せをして、役割分担をしているようだった。
妖精はその様子を見て、再びため息をつく。
その矛先は、プローフェへと向かう。
「クリスタルスプリング教国の教王には────もう、必要ないかしら? 満ち足りているのね。良いことだわ」
プローフェはただ微笑むだけだ。
そして妖精が流れの通りため息をつく。
妖精がこちらを見るのも、当然の流れだった。
「……『森』の方々には、何を贈ろうかしら。要望は何かある?」
妖精はそうとぼけてみせる。いや、とぼけているのではない。
本当は、私たちが望む者など知らないのだ。
私たちの土地は新しき神によって護られている。
妖精は自分たちの本領が出せるはずの場に、力が届かないことを恐れて私たちの土地に近づかない。
この妖精は、単に私をハメて『森』の中に入る口実を得たいだけだ。
『森』の中で、どんな秘密があるかを探りたいだけ。
その果てで、逃げ延びた私たちに再び鎖を繋げて虐げるつもりなのだ。
だから私は妖精の甘言になど乗らない。
「私たちは、あなたの力を借りず生きていきます。神が、私たちを助けてくださいますから」
妖精は、渋い顔をしながらもため息をつかなかった。
緑色の目に浮かぶのは苛立ちと、羨望。
何にも縛られない私への嫉妬がありありと浮かんでいた。
けれどこれは全て余談に過ぎない。今回の本題は、ガブリエラを殺した者に対する処断。
それに必要な人員が、ようやく登場する。
重々しい扉が開かれて、主役が現れた。
煌めく長い銀髪と琥珀色の瞳が特徴的な二人。
一人は村娘のような飾り気のない在り方ながら、誤魔化しのない荘厳さを体現している。
一人は工芸品のような人間味ない在り方ながら、隠しきれない激情を体現している。
この場にて真に格付けせんとするなら最も美しい二人が、罪人という穢らわしき存在として六国共名に参上した。
私はただ見届けよう。
全ては脇役たちの茶番に過ぎない。
彼女たちもまた、新しき神が救うだろう。
その奇跡をもう一度拝見できる時が、楽しみだ。
視点は『森』の人から。前話で出てきた、プラムの救済で狂信者化した人たちの代表ですね。
六国共名の場に参加できるくらいにはすごい集団になったってことです。まあ六国共名の格がまだ出せてないのでピンとこないですが。
超越者側の視点で話が進んでいくので人間基準の強弱を表現するのが難しいですね。いくら強そうな描写を出そうとしても、主人公やその敵となる存在の視点では一捻りできるものでしかないので張子の虎感が出てしまいます。
今回も一応、妖精が超越者側なので簡単に手のひらの上です。いくら劣化していてもこの世界の前提として存在しているので、影響力は十分です。妖精に勝てる人たちがおかしいってレベルなんですよ。人類みんな勝てる可能性あるのでこの世界の人類みんなおかしいんですけど。
泉の水が全人類使える可能性があって、それを使えば泉の水を使えない存在に一方的な勝利を得られるっていうのは恐ろしいですね。まあ大半の人は汲み上げたら人格乗っ取られますが。
泉の水無しでの勝利は超越者の仲間入りですね。少なくとも一生命の範疇を超えてます。
この物語ではあまり戦闘を起こさないようにしたいのでこういう実力の話は意味ないのですが、こういうのを考えるのは楽しいです。
妄想を垂れ流すだけでも、創作は楽しいものですね