「景色がきれいだよ」 作:人に戻った少女
姉上は昔からすごい人だった。
私以上に何でもできて、私よりも思慮深い、私より大人な姉上。
ずっと私の先にいて、私が進むべき道をずっと指し示してくれる。
それは母が亡くなってからも変わらない。
姉上はひたすら誰かのために動き続けていた。
自分のためではない誰かのために。
自傷するようなその救済は、何もせず塞ぎ込んだ私との差をくっきりと浮き彫りにした。
ひどく小さく脆い私とは大違いの姉上。
それは姉上が私たちから逃げなくなった後もそのままな関係だった。
私は、家族の危機に何もできなかった。
姉上の手を引いて、駄々をこねて姉上の歩みを止めただけ。
姉上の隣に立って共に歩むことなんてできなかった。
リリィもアネモネも、父上さえ姉上の隣で戦いに出たというのに、私だけが何もできない。
当然の話だ。
私は、どれだけ繕っても怪物だ。
私が力になれる状況なんて、相手を殺すしかないとき姉上の代わりに殺すくらいしかない。
でも姉上はそんな安易な選択なんてしないんだ。
姉上はいつだって平和的に物事を解決しようとする。
救う必要のない誰かも救おうと奔走するから、姉上の心はいつだってボロボロだ。
そのボロボロになった心が、より一層犠牲を嫌って誰かを救おうとする。
その身に宿る途方もない力の責任とでもいうかのように、姉上は自身の力をひたすら救うために使い続けた。
だから、傷付けるしかできない私は姉上にとって守るだけの存在だ。
決して、力になれない。
その事が、寂しい。
みんな力を合わせて生きているのに、私だけ助けられるしかない。
私たちは助け合って生きる家族なのに、まるで私だけがそこから弾き出されているような疎外感。
的外れで恥知らずな感情を抱いては、ずっとそれを吐き出すように泣いた。
私に出来ることは何もない。
ただ場を荒らすしかないこの怪力は、暖かい家族には似つかわしくない血塗れの卑しい怪物を象徴する。
そんな怪物、いる意味なんてないのだ。
いる意味がないなら去らなければいけない。
傷付ける怪物が近くにいては、きっとみんなが傷付いてしまうから。
☆
そんな浅ましい思考はどうやら簡単に気付かれたようで、すぐにアネモネが私の前に走ってきた。
白い髪を青いリボンで結んだアネモネは、二人の姉を一緒に待とう、と私を誘う。
差し出された手を掴もうとして手を伸ばすが、そうして差し出した私の手が赤黒く汚れているように見えて、アネモネの手を握るまでいかない。
妹の手を握ることすら躊躇ってしまう私の手を、アネモネは素早く握って玄関へと走り出した。
私はそのゆっくりとした走りでアネモネが転ばないよう、ゆっくりと小走りでアネモネに着いていく。
玄関に到着した時には、アネモネは肩で息をしていた。
小さくて非力なアネモネは、ただ走るだけで疲れてしまったみたいだ。
荒い息を整えるために壁に体を預けるアネモネは、見た目相応に可愛らしくて人間らしい姿だった。
何も疲れていない私は、ただ平坦な息遣いでアネモネの横に座り込む。
やがて息が整ったアネモネは、私と同じように地べたに座り込んで服を汚した。
元々怪力のせいでよく物を壊す私が床に座るのと、物を大切に使うアネモネが地べたに座るのは大きく違う。
私の服はどれだけ破けても替えが効くものだ。ハッキリ言うならただ安物で見窄らしい服である。私の服はこういった物が最も適切で、気を張らずとも良い分立派で綺麗な服の何倍も好ましく思う。
……姉上もそれを知っているはずなのに毎度立派な服を用意するのはどうかと思う。私は綺麗な服を汚すことが嫌で今の服装をしているのではなく、立派な服を身に付けた時特有の自身も立派でいなければならないような感覚が嫌なのに。
対してアネモネの服は、姉上が拵えた最上級の服だ。素材の良さに高い機能性、そして透き通るような色味。飾り気の無さはこの服に関しては欠点にはなり得ない。何かを飾らずともその繊細さが高貴を思わせるに十分であり、余計な装飾はむしろ豪華さを下品さにすり替えてしまう域に到達している。
アネモネが地べたに座るというのはつまり、そんなすごい服を汚すことと同じなのだ。
私はワタワタと慌てながら、アネモネを叱るべきかそれとも見逃すべきか考えた。
きっとアネモネは私を気遣うためにここまで連れてきて、私と同じ目線で話すため私と同じように地べたへ腰を下ろしたのだ。
だからその心遣いを賞賛すべきなのだが……私なんかに構うよりは服を大事にして欲しかったというどうしようもない感情が出てきてしまう。
そんなおかしな思考が頭に出てきたことも知らないで、アネモネは私に話しかけた。
「プラムお姉ちゃんとリリィお姉ちゃん、いつ帰ってくるんだろうね」
それは疑問というよりも、今出せる話題をそのまま放り投げたような気軽さだった。
そんな様子のアネモネに、深く考えるのもバカらしくなって私は適当に答えることにした。
「分からないけど、明日? 姉上がいるならそれくらいで話が終わるんじゃない?」
「でも馬車で向かってたよ? ならしばらく時間かかると思う」
「姉上はワープできるし、馬車とか必要ないと思うけどなぁ」
「ゆっくり来てほしいから馬車なんだよ」
「えー……。早く帰ってきてほしいのになぁ」
そういえば、こういう何でもない会話をするのはいつ振りだろう。
母が亡くなる前はこういうのもいっぱいしてきたはずなのに、いつの間にか縁のない行為になってしまった。
人と話し合うことこそ理解に必要なことだったはずなのに。
人が人を求めるのは、必ずしも助け合うためだけでは無いと理解していたはずなのに。
私は、気付かぬうちに私の存在理由を役に立つかどうかで判断してしまっていた。
本当はこうして、話し合うだけでも家族は結束出来るのに。
「アナベルお姉ちゃんは、プラムお姉ちゃんとリリィお姉ちゃんが帰ってきたら何がしたい?」
「……抱きしめたい」
「私も! 『おかえり』って言いながら飛びついて、ぎゅーって抱き付くの!」
「私は……飛びつくのはできないなぁ。ゆっくり歩いて、優しく、抱きしめるしか」
「それも良いと思う! へへ、一緒に抱きつこう!」
本当に、私は恵まれた。
ただの怪物な私に笑いかける家族がいる。
私の腕を恐れず愛してくれる家族がいる。
そして、私自身が愛する家族と共にいられる。
こんな幸福はどこを探しても見つからないだろう。
自然と、涙が流れてくる。
嬉し涙なことは私もアネモネも分かっていた。
優しげに微笑むアネモネの顔が少し恥ずかしくて、私はアネモネに抱きついて誤魔化す。
それで心が満たされて、また涙が溢れてしまう。
私はただ、縋るようにアネモネと抱き合い、か細い声で「うん」と返したのだった。
アナベルが活躍するのは基本戦闘なので、アナベルの出番は番外編中心になりそうです。
とはいえ……アネモネと主人公メインの話は後半にしたいって考えてるから次からアナベルメインの話を作ることになるんですよね。だいぶ難産になるかも。
リリィのメイン回は自分すら燃やす怒りを鎮めて暴走しないようにする、みたいな感じになったんですけどアナベルは今後どうなるんでしょうか。