「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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番外編/臆病と狂気

 玄関でしばらく座り続けた私たちだが、お腹が空けば何かを食べなければならない。

 となれば何か食べる物を用意する必要があるのだが、残念ながら料理を作ることができるのは家族の中では姉上だけだ。

 実際に料理をしてみて確かめてみたことはないため断言はできないが、とりあえず私は調理器具の取手を握り潰してしまうため調理場には立ち入り禁止である。

 もしかしたらリリィは本で料理の仕方を知っているかもしれないが、肝心なリリィ本人が姉上と一緒に家を出ているので何の意味もない。

 アネモネは……かなりやる気を見せているがかなりの料理下手である。

 アネモネはとにかく挑戦して上達を目指すのだがその結果できるのは、空腹に苛まれるより食べる方が苦痛ともいえる劇物。

 アネモネはとにかく思い付きで料理する。

 ちゃんと料理のレシピは持ってくるのだが、使う具材と違うものを使ってみたりとにかく火を強くしてみたり、レシピを無視した調理をし続けるのだ。

 ちなみにアネモネのこの悪癖を知っているのは私だけ。肉体的には何も不調が出ない私を味見役に選んでくるのだが、私の気分としてはほぼ確実に人体に不都合がある毒物を食べさせられている気分だ。

 アネモネ本人が味見をしたらいいと言ってみたが、その果てに出された料理は舌が痺れる程濃い味付けの何かであった。

 アネモネはたっぷり自信満々に最高傑作で絶品だと言っていたので、もしかしたら人類とアネモネでは味覚が違う可能性がある。冷や汗が止まらない私を尻目に味覚を破壊しかねない危険物を、アネモネは美味しそうに食べていくのだから私の味覚がおかしいのかと疑う時期があったくらいだ。

 そういうわけで、アネモネに食べ物の用意をさせるのは是が非でも阻止したい。

 となれば、私が頼れるのは父上しかいない。

……姉上に、罵詈雑言を吐き捨てた、父上しか。

 

 個人的に父上を頼るのは嫌だ。確かに姉上は父上を許したし、父上も母上の体が弱くなる前のようにまともにはなった。

 だが、それでも私は父上が────

 

────恐ろしい、と思う。

 

 近付きたくない。遠ざけていたい。

 可能なら二度と合わないように線引きをしてしまいたい。

 決して許すことのできない罪を犯した……そういった、誰か。

 私にとって、父上はそういう存在なのだ。

 私以外のみんながとっくに通過した場所で、私は足踏みしている。

 いや、足踏みならまだ良かった。

 姉上が正気に戻って、父上がまともになって、家族が団結して、みんな前を向いている中で、私だけが後ろを見ずにはいられない。

 まだ、私たちには蟠りがあるのにみんながそれを無視して無いものとして扱っているような気持ち悪さ。

 きっとそれは無視してしまえばいいことなんだろう。

 それでも私は無視できない。

 どうして、私たちはここまですれ違わなければならなかったのか。

 決まっている。

 父上だ。

 父上は、母上の夫ではあったが、私たちの親ではなかった。

 私たちへ一切の愛を向けなかった。

 その歪さが、私たちをあの地獄へ引き摺り込んだ。

 姉上を、地獄へと落としたのだ。

 そして今度は私たちに母上を重ねて、代替えとして使い潰そうとしている。

 恐ろしい。その厚顔無恥さが心底気持ち悪い。

 こんな化け物の血が自分に流れているだけで寒気がしてくる。

 その、感情に、蓋をしてきた。

 だって、姉上は父上も愛しているから。

 家族は……愛し合うべきだから。

 

……それを初めに破ったのは、父上なのに。

 

 やめよう。不都合な思考は全部抑え付けて終わらせよう。

 考えたらいけない。思考してはいけない。家族を────家族を?

 家族を、なんだろう。私は何を考えたのだろう。

 父上は恐ろしいだけだ。色々と────あれ。

 私はどんな思考をしたのだろう。

……そうだ。ご飯の話だ。

 誰も食べ物を準備できる人がいないから、ダメ元で父上にお願いしに行こうと考えていたんだ。

 父上が料理できるのか、悩んでたんだ。

 頭がぼんやりするけど、きっとそうなんだ。

 アネモネのためにも、食べ物は必要だし。

……なぜか食欲はなくなったけど、食べ物は食べないといけないから。

 そうしないと、他の人は生きていられないらしいから。

 私も生きられないフリをしないと。

 

「アナベルお姉ちゃん……」

「お腹、空いたね」

 

 心配したような目で見つめるアネモネに手を引かれて、父上を探すことにした。

 私にとっては狭いはずの館が、やけに広く威圧的に感じた。

 

────────────。

 

 どうやら、父上も料理はできないらしく下町で食べ物を食べることになった。

 下町は姉上の手が入ったせいかやけに綺麗で整っていて、大国の首都と比肩する規模だ。

 しかし、そんな下町で往来するのは人間ではない。

 自動人形。命の宿らないガラクタ。

 この場所で動いている物は、私たちを省けば人形たちだけだった。

 父上はこの景色を気味悪く思っているようで、苦い表情を浮かべていた。

 だけれども、私はこの景色がとても好きだ。

 だって、人形は悪いことをしない。

 この人形たちは人間のために作られて、人間の代わりに働いて、人間の苦痛を減らしている。

 ここには誰かを搾取して甘い蜜を啜ろうとする誰かはいない。

 暖かな冷たさ、とでも言うべきそれがこの場には満ちている。

 この場では誰もが平等だ。

 平等に奉仕される。

 強弱や貧富はここには存在しない。

 私は、楽園があるならきっとここみたいな場所なんだと思う。

 愛するだけが愛ではない。

 熱があることだけが暖かさではない。

 人間には必須な、程よさ、というものが存在している気がして、私はこの下町が大好きだ。

 父上は表面的な冷たさに囚われてその暖かさを────いつか、理解してくれると願っている。

 そう、アネモネもきっと、わかるはずだ。

 そうに違いないと、私はアネモネの方を見て。

 

 アネモネは、悲しそうな目で町を見ていた。

 

…………。

────────アネモネは?

 どこにいるの?

 見失った? 迷子になった?

 なら、探さなければ。

 父上は────父上も見当たらない。

 もしかして私がはぐれてしまったのだろうか?

 こういう時は下手に動かずにいるべきだと聞く。

 なら、待っていよう。

 どこで待つのがいいだろう。

 そうだ。この町で一番綺麗な場所を探そう。

 そこはきっとこの町の名所だろうから。

 名所なんだから、きっとアネモネも父上もそこに来るはずだ。

 名所の近くにはお店がたくさんあって、そのお店の中には美味しい食べ物を出すお店もあるんだ。

 そこで、そこで美味しい物を食べて、姉上とリリィにそのことを話すんだ。

 そうして、みんなで、全員揃って、また食べに来て。

 ここを作り上げた姉上に、ありがとうって言うんだ。

 だって、ここは素晴らしい場所だから。

 誰も犠牲にしない優しい場所なんだから。

 誰かが、その苦労を労うんだ。

 その価値がここにはあるんだから。

 きっと分かってくれる。

 それまで待つんだ。

 

 まだかな。

 

────夕焼けのオレンジ色が町を彩っている。

 

 まだかな。

 

────優しい雨音が心地良い音色を奏でている。

 

 まだかな。

 

────輝かしい街灯が星空のように町を照らしている。

 

 まだかな。

 

────夜の闇を切り裂いて空が白み始めた。

 

 まだかな。

 

────────。

 

 まだかな。

 

────…………。六国共名っていうものを、見届けた。

 

……そっか。

 

 結局のところ、そうなんだ。

 姉上とリリィが届けてくれた。

 ふざけるな。

 誰も彼も自分勝手だ。

 自分たちだけが不幸みたいな顔をして自分たちがやったことには知らんぷり。

 無理だ。もう誤魔化せない。

 嫌いだ。

 嫌いで嫌いで仕方ない。

 姉上を邪魔する全て。姉上を傷つけた全て。姉上を責める全て。

 何もかも見るに値しない。

 姉上の善行は何一つ見ないくせに、避けられなかった悪は鬼の首を取ったように吊し上げる。

 お前たちは褒めるべきだったんだ。

 あんな枯れた木の枝みたいなやつなんか放って、正しくあるべきだったんだ。

 姉上のように。

 姉上こそが正しさで、正しさが姉上。

 それなのにどいつもこいつも姉上が悪者みたいな目を向けて。

 侮るような目で見て勝ち馬のように見えるやつに媚びを振りまいて。

 そのくせ姉上が有利な状況になったら手のひらを返しやがって。

 嫌い。嫌い。嫌い。

 耐えられない。

 殺してしまいたい。

 あんな生き物は一匹残らず消し去らなくては。

 罪人に自由なんて必要ない。

 昏い地の下で罰を受けなければないらない。

 そうして罪を裁いて、ようやくこの世は初めて善くなるのだ!

 今理解した。私がすべきこと。私の役割。

 

 この世には、罰が足りないんだ。

 

 私はそうだったんだ。

 始めっから、私は断罪人だったんだ。

 生きている人間みんな大罪人だから、私が触れる端から崩れていったんだ。

 でも、姉上だけは違う。

 いつだって姉上は私に傷付けられることはなかった。

 だから、みんなが姉上みたいになるまで、私が罰を与えるべきなんだ。

 そうだ。そうなんだ。

 私は、自分が怪物だと思っていた。

 ただ他人を傷つけるだけの、不純物。

 決して存在してはいけない唾棄されるべき存在。

 でも逆だったんだ。

 本当にこの世界に存在してはいけないのは奴らだ。

 存在してはいけない不純物は奴ら。

 怪物は、奴らの方だった。

 だから私は待つことをやめた。

 

 姉上。

 今行きます。

────姉上の隣にいるリリィが罪人か、確かめないといけないからね?




※バッドエンドifではありません。
 
 アナベルが自分の暴力性を解放するのは避けられません。正確にはアナベルの精神状態を良くしようとしたら経緯は違えど、抑えてきた暴力性が噴出するハメになります。今回の暴走も、あの一番に父へ向かわない辺りまだぬるい方です。アナベル視点確殺の父を放って罪人と断言できないリリィの方へ向かってる分かなり抑えてます。
 
 なんか……すごいアナベルが暴走しました。作者は何も思いつかないから微笑ましい食事シーンでも書いてお茶を濁そうとしただけなのに、アナベルが父上を全力で拒絶し始めた挙句頭ぶっ壊れちゃったんですけど……。
 バッドエンドifとは全く別の場所で新しいバッドエンド分岐点作らないでアナベルちゃん! 
 戦闘はあまり起こしたくないんですけど……なんでか戦闘する流れが発生しますね……
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