「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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恩赦

 状況は明確に詰みを示している。

 リリィに迫る命の刻限。それはもはや一分も残されていない。

 そしてリリィを助けようと意識を向けた瞬間に、アナベルの拳は俊敏かつ重厚に飛んでくる。

 意識をアナベルに集中させなくては二手でリリィの殺害を許してしまうために、環境による死を素通りさせるしかない。

 対するアナベルは灼熱が満ちる今も汗すら流さず、私の意識がリリィに向いたその瞬間三発の攻撃を繰り出してくる。

 一発目で防壁を残り一枚まで破壊する右ストレート。二発目で最後の砦を陥落させる裏拳。三発目で首に叩き込む手刀。

 たとえ千分の一秒を軽々しく扱える私でも、その流れに差し込める行動は魔法を一度割り込ませるだけで限界だ。アナベルは私が一度行動する合間に二度行動できる。三発目のトドメを成立させないために精神を研ぎ澄まし続けてるが、それを続けることで私の注意力に限界が近付いていた。

 打開策は何一つない。

 家族の絆は、アナベルにとっては一顧だに値しないような邪魔なものだったのだろうか。

 

「……これで、終わり」

 

 アナベルが昏い目でリリィを見ている。

 それは恨めしい敵を見る目であり、同時に悲痛さを隠し持った目でもあった。

 それは親しき者だった裏切り者へ向ける、やりきれない思いの結晶だった。

 アナベルの中には怒りと見紛うような疑問が詰まっていると思わせるほどの感情が、リリィだけに向けられていた。

 しかしそれを隙と見てリリィを治そうとする私には、正確すぎる暴力を持って牽制をしてくる。

 今、アナベルの中にはリリィしかいないはずだ。

 本当に、私に一瞥もしない。

 それほどまでに死にゆくリリィだけを見つめている。

 

「六国共名で、ただ罪を背負う姉上の言葉が宣戦布告のように受け取られた時、どうして笑うだけで訂正しなかったんだ。リリィならそれに気付いていたはずなのに」

 

……? 宣戦布告? 誤解されるような言葉は出してないはずだけど。

 あくまでそういう発言をしたのはリリィだ────いや、今はその部分は関係ない。

 きっと私の発言がそういう誤解を招くような発言だったのだろう。そして、リリィはそれに気付いていながら何も訂正しなかった、という部分でアナベルはリリィに牙を剥いたという話だった。

 それはアナベルにとってリリィを殺す理由になったのだろう。

 しかし、私はたったそれだけの理由でリリィを殺してほしくない。

 アナベルにはまだ、家族に情を持っている。

 昏い目の奥に潜む悲しみが、それを証明している。

 だけど、私はアナベルに何と言葉をかければ良いのだろうか。

 私が発する言葉は、アナベルの悲しみを深めてしまうだけに終わる予感があった。

 リリィを庇う言動全てが、私の心をすり減らす錯覚をアナベルに与えてしまうような、そんな悪い予測がずっと頭に渦巻いてしまう。

 

「私には分かる────リリィ、戦争を起こしたかったんでしょ。姉上が望まないから軌道修正しただけで、直前まで姉上に人を殺す決心をさせようと考えてたでしょ」

 

 それは……ありえない話ではない。

 私はリリィに眠る心の火を幻視した。

 それはあらゆるものを燃やし尽くしその果てに己に巻き付く鎖を溶かさんとする業火だった。

 その火が弱まらないまま六国共名の場へ辿り着いていれば、リリィは迷いなく妖精と私の殺し合いが起こるよう誘導しただろう。

 アナベルはその影を捉え、リリィを断罪しようとしている。

 しかしその道はもう存在しない。リリィさえ灰へ変えようとしたあの火は既に鎮まっている。

 その罪を持ってアナベルを断罪しようとするのなら、それは紛れもない冤罪だ。

 冤罪……なはずなのだが。

 43回、既にリリィは断罪されている。

 つまり冤罪であることによって発揮されないはずな断罪の力が、なぜかリリィに対して問題なく発動しているのだ。

 つまりは、まだリリィに残る罪が存在する。

 あと数秒で死に至るリリィに、何かしらの罪が。

 

「お前は────その身に余る強欲さで死ぬんだ」

 

 それは違う。

 リリィが望んだのは小さな幸福だ。

 ほんの少しの自由。

 わずかな平穏。

 そして、共感。

 リリィが求めたのはこれだけだ。

 本当はそれらがあればリリィは良き人として存在できたはずなんだ。

 世界がそれを許さなかった。

 世界が、リリィに痛みを迫った。

 だからこそリリィは、際限なく他者へ痛みを迫るようになった。

 その罪はリリィの罪ではない。

 望んで当然の幸福を追うことが、強欲の罪になどなるものか。

 

 だから私は────過去改変(命綱)を手放した。

 

 それをアナベルは見逃さない。

 全てを破壊するアナベルの四肢がリリィへと殺到する。

 防ぎ切らなければリリィは死ぬ。死ねば発狂するような苦痛が発生する。その苦痛の記憶は蘇生をしても人を廃人にするには十分すぎるものだ。

 その未来がもたらす重圧は、私の心にトドメをさすほど重い。

 だが、私がそれに屈することは決してない。

 リリィの罪が強欲であることを否定するため、ここで膝をつくことなどしてたまるものか!

 ただその一心で、私は限界を超える。

 アナベルが生み出す嵐にも似た破壊を防ぎながら、私は魔法を使う。

 

 範囲はリリィ・ガーデンただ一人。

 時間は一瞬。

 効果は絶大。

 属性は治癒。

 形状は未設定。

 役割は生存。

 

────その奇跡は、リリィの命をこの上なく癒してみせた。

 

「────信じてました、プラムお姉様」

 軽やかな、何も恐怖など感じさせない声。

 リリィは一秒より短い刹那で彼岸を渡る状態とは思えないほどに平然としていた。

 その有様を見てアナベルは顔を顰める。

 

「お前はやっぱり、強欲だ。姉上が追い詰められると知っていながらこうしたんだ」

「今更私が強欲と知ったのですか?……お姉様が追い込まれるのは知っていましたとも」

 

 リリィヘ迫る拳を魔法で防ぐ。その爆音は会話を途切れさせるには十分な音量で、それなのにリリィは言葉を紡ぎ続けていた。

 

「アナベルお姉様。私はあなたの中の疑問をどう解こうか悩んでいました。貴方が忌み嫌う罪というものは、人が生まれた瞬間から隣にいて決して離れることがないものです。しかし、貴方はその罪と人間の関係性こそを疑っている。努力次第で、人間は一切の罪を犯さず生きられるのではないか、と」

 

 届くはずがない声を聞いていたのか、アナベルはいつしか手を止めていた。

 昏い目にはいつしか、期待の光が薄く宿っている。

 ただじっとリリィを見つめるアナベルは、さながら道に迷った幼子だった。

 その幼子に道を教えるように、リリィは優しく言葉をかける。

 

「だけれど、全ての罪が消え去った世界は寂しいものですよ。なぜなら、愛もまた罪なのですから」

「────違う! 違う違うちがうちがう!」

 

 リリィの言葉を受けてアナベルは駄々を捏ねるように否定する。

 地団駄の代わりに魔法の障壁に手を叩きつけリリィの言葉を聞かないようにしようとする。しかし、アナベルは激突音の中でも言葉を聞き取ってしまうようで、ずっと頭を横に振りリリィの主張を頭から追い出そうとする。

 

「誰かを愛するがために他の誰かを害する罪を犯し、害された誰かを愛している誰かが報復の罪を犯す。罪の源泉の一つには、確かに愛が存在するのです。それでも人間は愛を嫌えません。なぜか────アナベルお姉様だって知ってるでしょう?」

「知らない! そんなの、これっぽっちも分からない────!」

 

「それが世界を良くするものだと知っているからですよ」

 

 その言葉を前に、アナベルは膝を屈した。

 涙を流して、顔を覆い、叫んでいた。

 

「他者を傷付けること全てが罪なら、人は生まれた瞬間から罪を背負っています。しかしそれを罪だと言う者はいません。なぜならそこには愛があるからです。逆に愛がなければ、赤子は罪人のように嫌われるでしょう。アナベルお姉様。貴方は一度でもお母様に拒絶されたことがありますか?」

 

 それはない。アナベル以上に私がそのことを知っている。

 アナベルが物心つく前から、どれだけ傷つこうとも母がアナベルを拒絶したことはない。むしろ、母はアナベルを心から愛し痛みを受け入れていた。

 私は、子供と接する時に笑顔でなかった母を知らない。

 それは、純粋な愛が成すものだろう。

 そしてこの意見はアナベルも同意するものであるようで、小さな声でアナベルはリリィの問いを否定した。

 

「それなら分かるでしょう。罪は愛によって許され雪がれる。愛は罪を生み出す源泉であると同時に、罪を浄化するための水でもあるのです。罪にはそれに見合った正しい罰が必要で、それは相手が罪を受け入れるための愛がなくてはならないのです」

 

 リリィは座り込むアナベルを抱きしめる。同じように膝をつき同じように汚れながら、そんなことなど気にもせず寄り添う。

 それは正しく愛の姿だった。

 もう私が魔法でアナベルを抑え付けなくともいいだろう。

 だってアナベルは、これから加減を覚えるだろうから。

 アナベルに欠けていた愛の概念はようやく埋め込まれた。

 そうしてようやく、アナベルは罪の論理を構成することができるようになるのだ。

 大丈夫だ。アナベルの力はこれから良き方向へ向かっていくだろう。

 彼女の力は、禊の力なのだから。

 罪を洗い流すようにその力は人に利するものとなるだろう。

 断罪へ歪んだその力は、愛の力によって正された。

 

 穢れは既になく、故に怪物と己を規定するしかなかった者はようやく人へと戻ってくることができたのだ。




 本当に難産でした……。論理ガバガバなのは本当に許して……。
 実はアナベルの力を断罪だと勘違いしたままずっとここまで来てました。ちゃんと設定作ってないとこうなるからちゃんとしないとね……。

 この世界では愛と罪は密接な関係があります。これは大穴にも関係するのであまり細々と解説はできないんですが、文字通り罪の源泉です。リリィ本人は比喩で使ってるんですけどね。
 そういうわけで、アナベルは愛に対してかなり強い嫌悪感を持ってます。しかし矛盾するようですが程度によっては愛はとても好ましいものと考えてます。強すぎる愛に対しては即断罪で、そうでなければ推奨って感じになります。
 ちなみに六国共名で宣戦布告と間違われたのは、妖精が英雄殺した人一族郎党皆殺し状態にも関わらず、堂々と自分が殺しましたと言い切ったからですね
 そう答えた時点で妖精側が要求する罰は決まってたようなものなので、後の展開は武力でぶん殴ってメチャクチャにするくらいしか残ってません。最短でその展開へ行ったので宣戦布告です。
 リリィは下手に話を長引かせたら妖精がさっさと罰を言い出してプラムが人を殺す覚悟をキメてしまうと考え、そのまま喧嘩売って泡食わせる方向へ行きました。実際、プラムは一族郎党皆殺し判決が出たら武力でメチャクチャにしようと考えてたので現在の流れが最適です。

 後は一話二話くらいアナベル視点の話を書きます。これに関しては、本文の出来事を通して本人の思考がどう変化したか描写されない限り、何も分からない状態ですからね。
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