「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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妄執

 できることは、全てやらなければならない。

 それは俺の心を確実に蝕んでいく。

 俺は、そんな人間じゃない。

 他人なんてどうでもいい。

 ただ、家族が幸せだったら、それで良かったはずなんだ。

 なのに、なんでこんなことをしているのだろう。

 いつから、いつからこうなってしまったのだろう。

 魔法で誤魔化していないと、声が聞こえてくるんだ。

 母親の、声。

 お母さんの、声が。

 母は死んでいる。俺が、何もしなかったから。

 だから死んでいる。

 死んでいるから、聞こえてくるはずなんてないのに。

 気を抜くといつでも母の声が聞こえてくる。

 

 母は、優しい人だった。

 生まれて一年くらいで赤ん坊を卒業する子供なんて気持ち悪いに決まってるのに、俺が生まれてくることを祝福してくれた。

 幼い俺は、母に懐いていた。

 母はよく褒めてくれる人だった。

 今日はこれができるようになった、そう自慢する俺の頭をよく撫でてくれた。

 銀髪が綺麗だって言われたから伸ばしてみたら、素敵って言ってくれた。

 子供たちの話を聞くと、見惚れるくらい素敵に笑ってた。

 どんなに弱っても、私たち姉妹を愛してくれたんだ。

 そういう面がある一方で、難しいことを言う人でもあった。

 女に生まれて、男になれないか四苦八苦している俺に、無理に自分を決めなくても良い、と言ってたっけ。

 誰に急かされることもなく、在るように在るべきだって。

 その時の俺には、この言葉の意味が分からなかった。

 分からなかったけど、何か大切なことだとは、なんとなく分かった。

……問題は、母の体調だった。

 次女を産んだ時点で、母の体は弱くなっていった。

 ガーデン家の血筋は無闇に広めれば争いの種になる。多く子供を作るのは歓迎されないが故に、代わりに子を産む即妃のような者を招き入れることができない。

 対外的にはそうなるが、家の事を考えると男児は必須だ。

 だから、子供は作られ続けた。

 弱る母に、負担をかけながら。

 父が悪いわけではない。

 父は母が弱るようになってから、取り乱すことが増えていた。

 母の名前を呼びながら啜り泣く姿を、覗き見てしまったことがある。

 父は、家族の幸せと世界の大穴への対処で、後者を選んでしまった。それだけなのだ。

……父が狂ったのは、俺が大穴を塞いでしまったからかもしれない。大穴への対処のため、最愛の人へ犠牲を迫ったのにそれが無駄になるなんて、耐えられる者はそういないだろう。

 せめてもう少し、母が亡くなる前に塞げていれば。母が亡くなることはなかったのだろうか。

 

 俺は、男にならなくて良かったのだろうか。

 母が四女を身に宿す前には、俺は男に変われるようになっていた。

 それで男になって、俺がこの家を継げば良かったんじゃないか。

 そう、ずっと思っている。

 けれど、母はそれを否定していた。

 在るように在るべきだ、と。

 そう在るものを、無闇に変えてはいけない、と。

 母は、ずっと言っていた。

 俺は、言いつけを破れずに、母をそのまま見殺しにしてしまった。

 他の、なにより大切だった、家族を。

 

 そこからずっと、母の声が聞こえる。

 俺を責める声が、聞こえる。

 分かってる。母は、俺を責めない。

 だからこの声は、俺の罪悪感が生み出す、幻聴だ。

 だから、魔法で聞こえないようにする。

 ずっと。

 でないと、俺は、一線を超えてしまいそうで。

 生きていた母の言葉を裏切りそうで。

 

 お母さん。お母さん。

 私、うまくやれてる?

 疲れたんだ。

 お母さんが褒めてくれた髪、ぼさぼさになっちゃった。

 妹たちを見る余裕もないよ。

 困ってる人がたくさんいるのに、助けられない人が出ちゃうの。

 みんなと笑い合いたいのに、いつのまにか笑えなくなっちゃった。

 なんでも魔法で解決できると思ってたのに、解決できないことばかり出てくるの。

 お母さん。私、疲れたよ。

 お母さんのところにいきたい。

 また、頭を撫でてほしい。

 また褒めてほしい。

 抱きしめて。

 骨が折れるくらい強く抱きしめて。

 もう、もう、動きたくない。

 何もしたくない。

 お母さん。こんな私でも、うまく、やれてる?

 

 心を冷やして、固める。

 限界だ。だが、それで止まって良い理由にはならない。

 やるべきことがある。

 母を見殺しにした責任が、ある。

 父を狂わせた責任が、ある。

 だから止まってはいけない。

 できることが減ってきたとしても、できることが無くなった訳ではない。

 まだ、俺には、やるべきことが、ある。

 妹たちを守らねば。

 

『それでも貴方は、世界のために家族を切り捨てるのでしょう?』

 

 漏れでた幻聴が、耳の奥でずっと響いていた。

 

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