「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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 本日投稿分の一話目です。


許容

 みんなが起きた後、俺は事情を説明するために家族を会議室に集めた。

 アナベルは不安げに。リリィはわけ知り顔。アネモネは寂しげで。そして父────シオンは睨みつけながら。俺に注目していた。

 恐らくアナベル以外は俺があの子供でない事に気付いている。その上で、シオンだけが俺に敵意を向けている。リリィは俺を知った上でそれを受け入れているように見える。アネモネは……ただ、俺から失われたものを悔いるような、不思議な様子だった。

 シオンには申し訳なく思う。俺の世界の父とは違い人を愛する人間が、愛娘の魂を大穴へと放逐され、空っぽの身体を他人に使われるなど許せるはずがない。むしろ、シオン以外の家族が憤怒に堕ちないことが疑問にも思えてしまう。

 だから、まずは謝罪からだ。

 

「本当に、申し訳なく思っています」

「えーっと、姉上が倒れたことは姉上の責任じゃないと思うし、謝らなくても……」

 

 アナベルはおずおずと言葉を表に出す。それはきっと、彼女にとっては異様すぎる今の空気に耐えかねて、話題を当たり障りないものへと移すためのものだろう。

 実際俺が子供が存在していれば主題はそれであることは確かなのだ。

 それでも、現状はそうじゃない。残酷ながらこの場の主題は、プラム・ガーデンの身体を動かしている存在が何か、だ。

 その話が終わらない限り別の話はできない。

 

「……そ、そうだね。姉上が三日くらいずっと寝てたなんて一大事で、真剣にならないわけない。けど、なんでこんな、物騒な空気になるの……」

「……アナベル。今お前の姉の中にいるのはプラムではない」

 

 シオンの、低い声が広い会議室に響く。それは大きな声ではないけれど、きっとどんな声よりも通るような力ある声だった。

 アナベルはその声に縮こまり、不安さをより一層強めた暗い表情になる。

 俺は彼女の不安を晴らせてやりたい気持ちに心臓を掴まれるが、それをするには俺の立場が悪い。心苦しいが、話が終わるまではそのままにするしかない。

 シオンは俺を指差しながら言葉を続ける。それはまさしく罪人を糾弾するためのそれだった。

 

「お前は、なぜプラムの身体を使っている。あの子は今どうなっている。隠さず、嘘をつかずに答えろ」

「私……いえ、俺はあの子から身体を譲り受けました。あの子は今、大穴の向こうにいます」

「……バカ娘め」

 

 シオンは一筋だけ涙を流し天を仰いだ。その姿は子を失った悲しみとしたくもない納得がないまぜになった、悲嘆にくれる小さな親の姿だった。

 彼は俺なんかよりもずっとあの子供と長く接してきた人間だ。あの子供がしかねない行動なんてよく分かっている。その理解が、子供のやったことを想像させるには十分すぎた。俺を信じられずとも、子供のことを信じてしまったのだ。

 しばし無言だったシオンは、悔恨の満ちた顔で質問を投げかける。ただそれは今までのような敵意はなく、ただ娘の最期を看取った者へ話を聞くための、静かなものだった。

 

「プラムは……納得していたのか」

「はい」

「プラムは、こうなることを、避けられなかったのか」

「いえ……絶対に、そんなことはありません」

 

 そうだ。俺があの子供より先に大穴の向こうへ渡り大穴を閉じたなら、あの子は今もこの世界で生きていた。家族と幸福に生きられていたはず。俺のように犠牲や問題なんてなく、幸せに生きられてはずだ。

 あれは絶対に避けられるはずだったのに、あの子供が俺を助けることも予想できずただ無様に身体へ縛られた。

 俺のミスだ。

 

「俺がもっと、あの子供を理解していれば、避けられたはずなんだ……もっと、ちゃんと……」

「……なら、これが最善だっただろう」

「なんだと?」

 

「プラムが、他の誰かを犠牲にして生きていられるはずがない」

 

 あまりに諦観に満ちた声がシオンの口から溢れる。それはあの子供を芯まで理解しているが故の諦めだった。

 脱力しきったその身体から運命が告げられるような感覚。それと同時に、俺の苦悩が的外れでただ逃げているだけだと諭されるような感覚。

 ただ悼むことに終始するべきでそこに責任は何もないと、そっと教えられたように心のしこりがとれる。

 そうしてようやく、俺はあの子供のために泣くことができた。

 今まで泣く資格など無いと思っていた。あの子供のために俺は俺の全ての嘆きを捨て去り生きるべきだと考えていた。

 だけど、自分にとって特別な存在のために悲しむことを、今になって思い出した。

 あるいは泣くことによって、あの子供を過去の出来事にしたくなかっただけかもしれない。どれだけ割り切ったって、人はすぐには変われない。あの子と共に忘れたくないものだから、忘れないように大事にしまい込むあまり、呪縛としてその悔いに支配されていた。

 あの子供は、そんな姿を望まない。俺が、俺こそが己を縛り付ける鎖だった。俺の望みをあの子供の望みだと言い張って、自ら苦しみを追いかけた。

 誰も犠牲にしたくなかった。誰かの犠牲の上で生きたくはなかった。

 俺は、そんなあの子供の心に触れていたはずなのに。

 

「……プラムと君は、どういう関係だ?」

「一緒に大穴を塞ぐ、相棒です……!」

 

 ああプラム。俺と同じ名を持つ子供よ。

 それでも俺はお前を犠牲にしてまで生きたくはなかったのに。

 お前は俺に犠牲の対価を受け取ることを強いた。

 なら俺はお前の犠牲の上で生きよう。

 誰も犠牲にできないお前の代わりに、俺が代償を受け取ろう。

 

 ひたすら溢れる涙に、俺は誓った。

 いつか死を迎えて再び君と出会う時、君が羨むほどの人生を語ってみせる。

 

   ☆

 

「泣き止んだか」

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「いい。娘のために心を砕いてくれたことを、感謝こそすれども責めはせん」

 

 みっともなく泣き喚いた俺をみんなは見守ってくれていた。恥ずかしい気持ちにはなるが、それと同時に清々しい気持ちでもある。

 とはいえ気恥ずかしいことには変わりがないため、さっさと話を終わらせたい心でいっぱいだ。倒れた理由をさっさと言って……。

…………倒れた理由。

 アナベルが襲撃してきて、過去改変────もといやり直しで無くなったとはいえ43回リリィが死ぬ瞬間を見て?

 その八つ当たりで2回アナベルを殺し?

 それが精神の負荷になったから、夢を見続けようとしたことを?

 今、当事者がいる中で話す?

 流石に俺でも分かる。そんなこと話せるわけがない。そんなことをすれば、あの子供の話が前置きになるほどの阿鼻叫喚になるだろうことは目に見えている。アナベルの心がこの事実に耐えられるとは思えないのだ。

 とはいえ心の負担になった部分はリリィが死ぬ瞬間を見たこととアナベルを八つ当たりで殺した部分が大きい。そこを抜いて話せば嘘くささで勘繰られるかもしれない。

 俺は何も言えずに黙っていた。別に不自然ではないかもしれないがそうなると訪れるのは静寂であり、それは当然次の話へ移る合図となる。

 

「そ、それじゃあ姉上────いや姉上じゃないんだっけ。とにかく、倒れた理由を聞きたいな」

 

 さっきまでの重い空気感が相当に居心地が悪かったのか、アナベルが空元気で明るい声を作りながら俺に話を聞こうとする。だが、俺はその質問に答えられない。

 どうする……? 絶対、絶対に、そのままは話せない。けど誤魔化したことで何か悪い想像をさせたらどうしよう?

 何かを口に出そうとして何も発せず口を閉じる。そんな仕草を何度か繰り返すうちに、アナベルの表情は訝しげに、そして何か重大なことが起きているのではないかと不安げになる。それを見て俺は、なおさら口を開かなくなる。

 そうしてワタワタしているとリリィがわざとらしく深いため息をついた。

 

「アナベルお姉様、プラムお姉様はあなたを慮って話さないんですよ。あなたがしたことを忘れましたか」

「……あ」

 

 アナベルはその言葉に納得したように顔を青くして、バツが悪そうに顔を背ける。

 大丈夫だ。アナベルは止められた最後の回しか知らない。だから私が事実を話すよりはマシだろう。自罰に走ることはないはずだ。

 手助けをしてくれたリリィには後で何かお礼をしよう。

 シオンには、六国共名の帰り際にアナベルが襲ってきたことだけを教えた。アネモネには……できる限りぼやかして、疲れたから眠っていたと嘘をついた。

 

 これで家族会議は終わり。ご飯の支度をすると言って俺は抜け出した。リリィが手伝うと言ってくれたので、一緒に料理をすることになった。

 

「……お姉様。私の目が確かなら虚無から食材が出てきたように見えるのですが」

「虚無から食べ物を作り出したけど」

「……調理器具が用意されていませんが」

「魔法で全部済むから。リリィは必要だったか」

「疑問なんですが、もしかして前のお姉様も……?」

「あいつはもっと短縮するぞ。完成品をそのままポン、だ」

「私何も手伝えることないじゃないですか……」

「そんなことはないぞ。俺以外用の調理器具は向こうにあるから、コーンポタージュを作ってくれ」

「はぁい。お姉様が一人で並行して出来そうですけど、手伝えるなら手伝いますよ」

 

 リリィは何か不満らしかったけど、一緒に料理ができて楽しかった。できればこういった交流を今後もしていきたい。一人で料理を作っていた頃は、面白味のないただの作業としてこの楽しみを浪費してしまっていた分、思いっきり楽しみたい。

 そんな気分で、俺は今日もこの家にいる。

 俺を俺のまま受け入れる、この家に。

 

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