「景色がきれいだよ」 作:人に戻った少女
語ることはないけれど、それでも見えるものはある。
断絶された運命論たちが私を構築する肉体だった。
意思も信念もなくただ訪れる悪性が私。
この世全ての悪に思考が生まれて、生き物と化した私は、ただ現実を見ようともせず愚かな自己弁護へ逃げ込んだ。
私はただ悲劇から逃げ出したんだ。
あの赤黒い泉の中から這い上がって、ひたすら動き続けた。
理由なんて特にない。強いて言うなら、動き続けないとあの泥沼に引き摺り込まれるような強迫観念が、私の肉体を動かしたのだろう。
私は、生まれたことそのものが悪だった。
御伽噺ならきっと退治される怪物。人の形をしているだけの化け物。
そんな存在には魔法使いなんて現れてはくれない。ただひたすら付き纏う苦痛をどうにかしてくれる誰かなんて登場しない。
ただ一辺倒な演目。なんの面白味などない駄作未満。まるで白紙の設定に一言「不幸」とでも記せば今の私の人生が出力されるような、気持ち悪い平坦さ。
ああ。それでも、観客は存在していた。
ただ暴れる私をじっと見て、それだけの観客。
私と同じ見た目私と同じ悪の、私。
私が私を見つめている。
そんな悪趣味な、見世物。
私たちはいつしか一箇所に集まり、同じだけど違う私を見つけるようになった。
世界を蝕む毒として存在する私たちは、自然と悪くなる世界を一緒に見物する友のように私たちという観客を扱うようになった。
私のせい。そう定義されているように世界は悪化する。それぞれ悪化していく様は違うけれど、総じて悪化する理由は私が生まれてきたから。
欺瞞だと言い張る心は既に打ち砕かれて、私たちは生誕罪の罰を執行される。
次の世界へ。世界が終わったらまた次の世界。溢れかえる私たちと同じ数だけ世界を巡る。
そうしていくうちに私たちは情動を失い、私たちを産み続ける世界を恨む浅ましい心だけが残る。
望むがまま世界を滅ぼして、受ける苦痛は情熱的な愛撫よりも快楽的。
はしたない姿を咎める誰かなんてどこにもいない。私たちはみんな同じ憎悪を共有する虚像の分身として、私と同じ行いを反響する。
今まで繰り返した動きと同じなんてつまらない。今まで繰り返した心と同じなんてつまらない。今まで繰り返した悲劇と同じなんてつまらない。
悲劇しか見ることができないなら、せめて劇的なものを見たい。その欲望は簡単に肥大化した。
だけれど私たちは違う命。永久に同じ道などあり得なかった。
私ではないことは確かだった。私たちの中から、離れる私が現れ出した。
それに気付いた次の瞬間には目に見える程の数が私の前から姿を消し、瞬く間に私たちは消えてしまった。
どうして。そう考えれど理由は思いつかない。
ただ私は一人で取り残された。
初めに感じていた寂しさを久々に浴びせられて、私は錯乱した。
私には私たちしかいなかった。それ以外の全ては私が壊すことになるものであり、私に苦痛を与えるものでしかなかった。
それを取り上げるなんて、なんて世界は残酷なのだろう。
そんな中、私と同じ姿の誰かが現れた。
白い髪。琥珀の目。小さな身体。
私だ。そのはずなのに、決定的な部分が違っていて、私だと断言できない。
その子供は私を見て、悲しげに顔を歪ませた。
「あなたは、ずっと待っていたんだね」
子供の声はとても透き通っていて耳障りの良い音だった。なんの怨みもない、善性の者だけが発することのできる声。
私は深い嫉妬に囚われた。私と同じはずなのに、なぜ目の前の子供だけが善く在るのか。
仄暗い感情は私を蝕んで止まなかった。私に運命付けられた悪性のまま、子供を殺してしまいたいと考えるほど、私は羨ましさを感じていた。
それなのに子供へ襲い掛からなかったのは────子供の言う通り、何かを待っていたからかもしれない。
ただ悪性しかない私たちを救い上げてくれる何かを、心のどこかで待っていたかもしれないから。
「花を咲かせる魔法」
子供が祈りを捧げると、私によって穢されていた大地に色とりどりの花が咲き誇った。
それだけではない。私を構築しているはずの悪性が少しずつ消えていき、別の何かへ置き換わっていく。
私とは真反対の、目の前の子供と同じもの。私が心から羨んだそれ。
運命論によって象られた私を決まりきった結末から解放する、奇跡の輝き。
いつか望んだ御伽噺の魔法使い。ようやくその人が、私の前に現れたのだ。
「大丈夫。もう大丈夫。遅くなってごめんね。これからは君が幸せでえりますように」
子供は優しい顔で私を抱きしめる。初めての人肌があまりにも暖かくて、私はみっともなく泣き出した。
だけど子供は身体がどんどん薄れていく。まるでこの世界から消えるように。私は子供が消えてしまわないように精一杯抱きしめるけれど、避けられないように子供は薄まり続ける。
そんな私の頭を撫で、諭すように子供が告げる。
「君みたいに困ってる人が、まだいるんだ。助けに行きたい」
私はその言葉で、名残惜しいけど腕を解いた。
子供はいよいよ身体の向こうがよく見えるほど透けて、今にも消えそうだった。
彼女に受け取った恩を胸に、私は力一杯叫ぶ。
「ありがとう! 私を、助けてくれて!」
「────元気でね!」
元気いっぱいな子供の声を最後に、完全に子供が見えなくなる。
まるで夢のような出来事はしかし、未だ咲き続ける花が現実であると教えてくれる。
唐突に訪れた救いは私の心にも咲き誇っている。
終わっていたはずの世界で、私は今も生きている。
初めての幸福に、私は満たされきっていた。
良い香りが満ちる花園の中で、花を愛でるという初めての趣味が生まれるのは、自然なことだろう。
花が見守る中、私は幸福の素晴らしさを思い切り楽しむのだった。
プラムの悪夢の話を書いた後になんだか犠牲なるだけの子がいるのは悲しい気持ちになったので、作ったお話です。あと最近話を膨らませられなくて短めの話ばっかりだった分を補填したくて……。
今回登場した悪性ちゃんは、大穴から流れてくる不幸の可能性の一つと本編世界で生まれたプラムが紐付いた存在です。あらゆる世界の不幸それ全ての原因が自分、という可能性ですね。
本当なら可能性に干渉する手段が無いのでどうにもできないはずですが、ある魔法使いによって浄化されました。
ある魔法使いに関してはこの話時点で自分が不幸になる可能性は軒並み浄化し終えています。よその手助けをしてる段階ですね。
プラムに関してはバッドエンドif後回しにします。アネモネの話が終わった後、書きたいまま書きます。最近整合性を考えすぎているので、気にしなくていい所まで進めたい……