「景色がきれいだよ」 作:人に戻った少女
あらゆる失敗の未来と成功の未来。その差を見つめていけば、自ずと正解と失敗の条件が分かる。
私にはあなたの失敗の理由が分かる。なぜなら私はあなたを苛むものを知り、あなたが望む救いを知り、そしてあなたが蔑ろにするものを知っているが故に。
俺が俺であることを明かしてから数日。
当然のことながら、家の雰囲気はギクシャクしていた。
そもそも俺自体はこの世界のガーデン家ではない、ということは置いておいてリリィ以外は俺との接し方を悩んでいるようだった。家族の一員ではあるが他人でもある人間との関係に悩むのは当然だろう。
むしろすぐに受け入れてくれたリリィがおかしいのだ。元々男の意識があると気付いているのは知っていたが、だからといって別人が入っていることに動揺しないとまでは思わなかった。
あるいはあの子供と一緒にいた時間が短いからこそ、俺の方をよく知る家族として考えているのかもしれない。アネモネも俺そのものより俺を取り巻く家族の雰囲気に戸惑っているから、あの子供をよく知っているかどうかで温度差ができている。
俺も、なかなか複雑な感情だ。受け入れてくれることは確かに嬉しい。リリィが料理を手伝うようになって日々が楽しくなったし、居場所があることに嬉しさを感じる。その一方でこの幸福はあの子供のものであって欲しかったし、簡単に受け入れられるとあの子供が初めからこの世界にいなかったような錯覚を受けて悲しくなってしまう。
我ながら面倒な性格だ。受け入れてほしいのに、躊躇ってもらいたいなんて。
それだけあの子供は素晴らしい人間だった。彼女がいるなら世界を少し許せてしまうような、善い人だった。だからこそその犠牲は心を押し潰すのだ。
シオンとアナベルには事実を受け止めるための時間が必要だ。下手に目の前に現れて感情を揺さぶれば、悪い折り合いの付け方をしてしまうかもしれない。だから俺は、極力その二人と出会わないように行動している。
だから最近はリリィとアネモネと一緒にいることが多い。そして三人で集まった時は決まって、俺とあの子供の話を強請られる。一体どんな関係性だったのか根掘り葉掘り。
俺は適当に誤魔化しながら過去を話す。流石にあの子のために子供の身体を奪おうとした部分は聞かせられない。他にも大穴での出来事は聞くに耐えない、悍ましくて気分が悪くなるものばかりだから口に出さない。だから俺はあの子供との話はただふざけ合っている場面ばかり話す。
例えば、子供が教育から逃げてきた話。を聞いた話。
子供が紅茶を母親に振る舞って褒められた話。を聞いた話。
こっそり家から抜け出して街に忍び込んだ話。を聞いた話。
文字を習ったからと意気揚々と本を開いて撃沈した話。を聞いた話
なんのために勉強するのか講師に聞けば具体例が返ってきて真剣に勉強した話。を聞いた話
他には、俺がどんな姿をしているか聞かれたから、土から体を作って見せた話。
髪を結んでほしいと頼まれたからしてみれば、むしろ髪が乱れて拗ねられた話。
何か特技がないか聞かれて魔法を見せると、目を輝かせてどうやったのかしつこく訊かれた話。
咲かせた花で花冠を作る誘いを受けて、不器用ながら花冠を一つ作り上げた話。
おままごとで出された泥団子を思いっきり放り捨てた結果、泥団子を投げつけ合う喧嘩に発展した話。
考えてみれば話すようなことでも無いありふれた出来事で、なんなら忘れていた話でもあるが話し始めると不思議とすらすらと、声として過去が流れる。
一つ一つ積み上げられていたものを再び確認するかのよう。それはどうでも良いから放置したものではなく、むしろ大切だからこそ奥深くへしまいこんだ宝物たち。それらとの二度目の出会いは、初めての出会いと変わらない温もりを発していた。
そうして子供との思い出を話していると、リリィやアネモネは決まって「本当に好きなんだ」と言ってくる。それへの返答も「当たり前だろ」と毎回同じ言葉だ。
その言葉を聞いてアネモネは少し顔を赤め、リリィは最近よく見せるようになった揶揄うような笑みを見せる。その反応が人の恋愛話を聞いた少女のそれで、俺はため息をつく。
俺の好きは親愛の意味だが、俺とあの子供を知らなければ恋愛だと受け取られても仕方がない。俺たちはあまりに近しくそれなのに対極でもあったために、互いを受け入れ欠けた部分を補完し合っていた。俺以外の誰も知らないだろう。あの子供が、見捨てられる思い込みに苛まれていたことを。
俺は集団の中にいる子供を羨み、子供は一人でも生きていける俺を羨んでいた。
『お兄ちゃんは────なんでそんなに悪い子なの?』
『悪くなってでもやりたいことがあったからさ』
子供と出会ってからかなり早い段階でされた質問を思い出す。強い嫉妬の滲んだ声。そして、苦悩に満ちた顔。まだ俺が幽鬼の心だった頃に答えたそれを。
思えばあの子供は俺になりたかったのかもしれない。自分で何かを決めることができる人間に。あるいは俺と出会ったことで、自分の芯というものを定めたのかもしれない。
子供はその質問以降、確かに変わっていった。
善き人間であっても足元がおぼつかない不確かな夢の住人から、足元を固めてできることから世界を善くしようとする理想家へ。
思い上がりだと思われるかもしれない。だが俺は子供と同じ身体の中にいた時期があり、そこで俺たちは相手の思考感情価値観それらを共有したのだ。ことあの子供において、無視をしない限り子供の思考を読み違えることはない。影響を及ぼしたことを認めたくないが残念ながら、心から残念ながら認めるしかない。
俺としてはそんな気などさらさらなかったのだ。あの子供は初めから高潔で、優しい子だと今でもそう思っている。しかし子供自身は俺を起点に善くある決意をしたのだと譲らない。結果俺が折れるしかないという有様だ。
とかく俺たちの関係は互いへの尊敬を土台とした親愛だった。それを安易な色恋に結びつけられるのは良い気分ではない。それでも距離が近すぎるあまり、異性であることと結びつけて恋愛関係だったと受け取られても仕方ない状態であったことも確かだ。
……妹にこんな弁明をしても仕方がない。苦い顔でため息をもう一度つき、軽く否定するだけにとどまる。
必死に否定するとむしろ図星に見えるものだ。ならもう騒がせるだけ騒がせておいた方が楽だろう。俺は子供ほど根気ある方ではない。解けない誤解も悪影響がないなら放っておく主義だ。
「もっと聞かせてプラムお姉ちゃん!」
「私も気になります。どんどん話してください」
今はただ、リリィとアネモネに思い出を話すことに集中する。
思い出に浸りながら、また語り出す。子供が生きていた証を刻むように。
開けた窓から入り込む風は、子供と共にいたその時と同じ穏やかさだった。
☆
語られる話との差異を私は知っている。
開かれる本にも似たその話はとても魅力的だけれど、語られるべきが語られていない歯抜けの物語だ。
世界で最も恐るべき異能とは何か、考えたことがあるだろうか。
ある人は人脈と言う。ある人は力だと言う。ある人は賢さと言う。
あなたは魔法だと言うだろう。あるいは、認識を操作する力と言うかもしれない。
しかし私は違う。私が考えるに、あらゆる異能の中で最も恐るべきは、変わる未来を見る力だ。
決まった未来を見るでもなく、見たように未来を決めてしまうでもなく、変わる未来をひたすらに見続けられる力。それは情報という一点であまりにも強すぎる力だ。
私たちはその力を持つ者を知っている。あの、全てに精通する永久の巡礼者を。
あなたの語る話にはその人物が抜けている。
世界は既に術中に落ちている。例外は生まれないはずの私だけ。
「泉の水」を、可能性を使う技術を持つ私だけ。
世界の法則を無視する力を持つ、私だけだ。
私は違う世界の結末を知っている。今の状態はそれと極めて酷似している。
今、プラムお姉ちゃんは私と同じ身長だ。私と同じ見た目の幼さ。それがどれだけ歪か分かるだろうか?
私は5歳。対してプラムお姉ちゃんは10歳。その身長が同じなどありえない。人は成長する生き物だ。いくらなんでも2倍の年齢差でそれはおかしい話だ。
だというのにお姉ちゃんは一向に成長しない。そして誰も疑問に思わない。異常であるべきそれは、気にされないことを隠れ蓑に着々と蝕んでいた。
私はこれが齎す結末を知っている。
永遠の命。それによる家族との別離をお姉ちゃんは耐えられない。
鮮やかな幸福全てと別れを告げさせ色褪せた余生をいつまでも続けさせるそれは、いつか世界全てを家族のための墓標にするほどにお姉ちゃんの心を壊していく。
亡き者たちのためだけの、惰性で維持される楽園。人々は幸福を強制され心さえ操られるディストピア。
違う世界でも起きた出来事をあの巡礼者が見通せない筈はない。実際、この結末を迎えた世界ではプラムお姉ちゃんもプラムお兄ちゃんも巡礼者から『自死はすべきでないことである』という認識を固定されている。魔法でいくらでも延命できる二人は、当たり前ともいえるその認識に囚われ永遠に生き続けるのだ。
違う世界での出来事と、これまでの状況はひどく似ている。違うことは私がいること。私という異常が永遠の命に気が付いた。
ずっと生きられることは羨ましく思う。もしも私が同じ立場なら決してその結末にはならないだろう。だから、私はいつまでも素敵な生を謳歌できるお姉ちゃんに狂おしいほどの嫉妬を覚える。
だけど私はそれを振り切って、お姉ちゃんの幸福のために動きたいと願う。この命が尽きるその時まで、私は善くあることを希望する。
それはきっと小さな意地だ。本当なら母親との時間を持てるはずのお姉ちゃんたちへの、小さな意地。母親との時間よりもっと素晴らしい時間を与えて、私の価値をもっと素晴らしいものにするというみっともない想い。
理由なんて、それくらいでいい。他の誰かを理由にしなければそれでいい。私は私の信念のために動く。
生まれ方が悪くても生き方まで悪くする必要はない。
なら私は、自分に胸を張れる生き方をしたい。
ただそれだけだ。それを裏切らない限り、私の生は甘いと言い張ってやる。
だから見てられない結末が待ち受けているプラムお姉ちゃんを、助けるのも当たり前だ。それは結局私のためなのだから。
こっそりと動く。他の人物の動きから見通されないよう、なるべく未来視に引っかからないよう、一人で解決を模索する。
認識操作自体は、「泉の水」でどうとでもなる。だがお姉ちゃん本人の価値観もまた自死はすべきでないという当然の認識を持っているだろう。
お姉ちゃんにいつか来る死を受け入れさせるには、どうしたらいいか。
プラムお姉ちゃんの話を聞きながら、その中にヒントがないかを探し続けていた。
私はあなたを見ることはないだろう。しかしそれはあなたを嫌うからではなくあなたが見られることを望んでいないからである。
歩む者たちにとって私の目は道しるべであり案内板でありあなたを照らす松明である。しかし開拓者にとって私の目はその場所が既に開拓されたつまらない場所であることを知らせる印でしかないであろう。
そのためまだ見ぬ楽園を目指すあなたは私の目を厭い、目の前も見通せぬ闇の中を歩んでいる。
だがあなたは知るべきだった。開拓のための道具は、既に拓れた土地でしか作れないと。