「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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解呪

 ガーデン家には四人の少女がいる。

 長女のプラム・ガーデン。

 次女のアナベル・ガーデン。

 三女のリリィ・ガーデン。

 四女のアネモネ・ガーデン。

 俺たちは、寄り添って生きている。

 お互いがお互いを愛し合って、尊重しあって生きている。

 それは、お互いが大切だからだ。

 相手のためなら何だってやれる。

 どんな無茶だってやってのける。

 私たちは、深い絆で結ばれている。

 その、はずだった。

 

 母を見殺しにしてしまってから、俺は妹たちとまともに顔を合わせていない。俺が、逃げるように姿を消しているからだ。

 俺の母なら、妹たちの母でもある。なら、俺は妹たちから母を奪ったに等しい。そんな身で、誰が妹に顔を合わせられようか。

 特に四女のアネモネとは、どう接したら良いか分からない。

 母を助けようとしたら、必然的にアネモネが生まれないようにする選択肢が生まれてしまう。だが、アネモネは大切な家族だ。決して生まれることを望んではいけないなんて、そんな悲しいことはない。

 姉妹は、母が亡くなることとアネモネが生まれてくることを区別した。

 決して、アネモネが生まれたから母が死んだのではない、と。

 けれど母の死について、俺と妹たちの認識は違う。

 妹たちは、単に仕方ない事象として、母の死を見ていた。

 だが俺は、助けられるはずなのに、母の死を迎えた。

 その認識の差が、どうしようもなく苦しかった。

 母の死は、仕方なくなどなかったのに。

 だが、こんなことを言って、どうなるというのだろう。

 妹たちが傷ついて終わりだ。

 それなら、この事実は隠し切らなければならないだろう。

 だから、すれ違う。

 俺は妹たちに顔向けできない。

 こんな怨敵のそれが、どうして妹たちに愛されようか。

 だから離れようとする。

 それを、妹たちは必死に止めようとする。

 

「姉上!」

 

 鈴の音は、次女のアナベルの声に似ている。

 凛として響く声、あるいは心配する時の小さく震える声。

 どちらも、俺は鈴のようだと、思ったのだ。

 そして、聞こえてきた声もまた、様子は違えど鈴のそれに似ている。

 それは懇願するかのような声。最近はこの調子でしかアナベルの声を聞いていない。

 

「…‥アナベル」

 

 アナベルがこんなことになるとは思っていなかった。俺はただ、彼女を含め家の事で不便をさせまいと、魔法で全てを解決していた。だから、生活面の不満は出ないはずなのに。

 彼女は、俺を止めようとする。

 俺を、心配しているから。俺と一緒にいたいから。

 ただその一心で、俺に呼びかけてくる。

 

「姉上は、もう限界なはず! なのに、なんで、まだ頑張るの!」

 

 アナベルは、いや、妹たちは俺のことをよく分かってくれている。

 俺が、世界を救うなんて性格じゃないことも。

 俺が、元々怠け者だってことも。

 俺が、限界に近付いていることも。

 必死に隠しているのに、気付かれてしまっている。

 俺なんかのために、自らの不便を覚悟で休んでもらうため、俺を説得しようとしているのだ。

 俺は家族に恵まれた。

 だからこそ、その家族を裏切った俺なんかを、気遣わせるのが心苦しい。

 俺を気にせず、幸せになっていいのに。

 

「アナベル。私には、やるべきことがある」

「ない、そんなの、ない! 一つも、姉上がやらなきゃいけないことなんて、ない!」

「できる者がやる。それが責務。私は、できることが大量にあるから、やるべきことも同じくらいあるのよ」

「違う! できることと、やらなくちゃいけないことは、違う! だから、姉上は休むべきなんだよ!」

 

 アナベルは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、俺にしがみつく。

 もう離さないと言わんばかりに、キツく俺を抱きしめる。

 こうなったら、話も聞かないのだ。

 一緒に眠ってあげるまで、一切離れない。

 俺も、アナベルが離れないからって理由をつけて、休んでいる。

 こんなことをしている場合じゃない。

 そうは、思うけど。

 俺は、やっぱり、家族が大事、な、はず、だから。

 その、はず、なんだ。

 

 こんなことをしている場合ではない。

 

「──────」

 

 だめだ。否定しなければならない。

 これを否定できなければ、俺は砕けてしまう。

 絡んで、そのまま立ち上がれなくなってしまう。

 妹との時間が、何より大切だったはずなのだ。

 だから。

 妹に、邪魔だ、なんて。

 妹に、羨ましい、なんて。

 絶対に、思うはずなんて、ないのに。

 

『あなたは他の誰かに幸福を譲らないといけないのに、妹は幸福になっても良いなんて、不公平ね?』

 

 母の声が聞こえる。

 違う。これは幻聴だ。

 だから、全部まやかしだ。ただの意味のないものだ。

 なのに、どうしてここまで心の中に滑り込んでくるのだろうか。

 違う、はず、なんだ。

 俺は、俺は……。

 

『妹たちはいいわね。誰かに重荷を渡せる。けどあなたはどう? その重荷、誰かに預けられる?』

 

 魔法で、必死に声をかき消す。けれど、その声は何度も復活して俺の脳を揺さぶる。

 

『あなたは一人。誰もあなたを理解する人はいない。あなたは全ての人を救うために、誰かに肩入れせず救済を続けなければならない』

 

 やめてくれ。ずっと目を逸らしてきたのに。こんな、無理やりにだなんて。

 耐えられない。耐えられない。妹たちまで失えば、もう、俺は一線を超えてしまう。

 

『私を捨てたように、家族を捨ててこそあなたの贖罪は果たされる』

 

 その声に、体の力が抜けてしまう。アナベルに気付かれないよう、咄嗟に魔法で体を支える。

 俺は、その言葉に、納得してしまった。

 母を見殺しにした。

 大好きな母を。

 なら、他にも同じことをしなければ、不公平だ。

 情は待つべきでない。誰かを優遇した時、他の誰かは不遇な目にあうのだから。

 情を持ってはいけない。

 情を持てば、意思が生まれる。

 意思を持てば、休んでしまう。

 休めば休むだけ、世界のどこかで不幸が生まれる。

 その全てを消し去らなければ、罪を贖えない。

 できるのだから、やらねばならない。

 やらねば────。

 

「へへ。おねえちゃん。好き。好きだよ。いつまでも、いつまでも」

 

 アナベルが、俺を抱きしめて笑っていた。

 俺の様子に気付いたそぶりはない。

 母が亡くなってから、ろくに笑うことが無かったのに。

 あんなに、泣いていたのに。

 こんなに綺麗に、笑うようになったのか。

 母がいなくとも、笑えるようになったのか。

 

 思えば、アナベルは大きくなった。

 ずっと守ってあげなくちゃいけないと思ってたのに。

 2歳差の妹。たくさん物を壊して、自分が触れたら傷つけちゃうって、人を遠ざけて泣いてた子。

 力の加減を教えて、手を引いて、それでようやく人といられるようになった、可愛い子。

 あんなに手がかかったのに、今では俺を気遣うくらい、強くなって。

 今はもう、8歳なのか。

 もう、母の死から5年が経つのか。

 

 気を改める。

 俺は、妹を選ぶ。

 もう二度と家族を手放す選択はしないと、今決めた。

 ずっと母の死に囚われていた。

 二度と、そこから抜け出すことなどできないと思っていた。

 俺一人なら、そうだっただろう。

 でも、俺は家族に恵まれた。

 妹は成長した。

 もう、何もできない子供じゃない。

 きっと、何もかもを手伝ってしまっていたら、そんな事はなかったはずだ。

 アナベルの言う通りだった。

 できるからといって、それは必ずしもするべきではない。

 成長することこそ人の尊さであれば、手を出すべきでないものも多く存在する。

 人を洗脳して世界を救う事を、俺が躊躇したように。

 

 与えられた幸せに固執すれば、いつかそれを幸せと思えなくなる。

 赤ん坊はいつか青年へ育ち、荷物を持って歩く。

 理解できないものを理解するため、人は寄り添うのだ。

 

 不幸せを取り除くためだからって、そこに手を入れてはいけない。

 子供たちの、成長の機会を奪ってはいけない。

 必要な事は、苦しんでいる時に休む場所になることなんだから。

 今までまともに話もしなかった。

 ようやく、俺も歩き出す時間だ。

 

 ようやく、時間が進む気がする。

 冷やした心が、温まる気がした。

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