「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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 私は過去、あなたに忠告をした。

「そう在るものは、個人の都合によって無闇に変えて良いものではない。もしもあなたが無理にそれを変えたなら、あなたはいずれ自身がどれほど矮小であったかを知ることになるだろう」

 あなたは私の忠告を無視し、幸福になれるはずの者たちを苛んだ。
 故にあなたは今全てから遠ざかり、あなたがしてきた全てはただあなたの望みを破壊する行為であったことを思い知らされている。
 しかしあなたはまた同じ行いをしようとした。あなたは私の目から隠れ、闇の中なら私の忠告が無意味であることを期待しながら、ただ闇の中で狼藉を働いている。
 それなら私はもう一度忠告をしよう。

「そう在るものは、個人の都合によって無闇に変えて良いものではない。もしもあなたが無理にそれを変えたなら、あなたはいずれ自身がどれほど矮小であったかを知ることになるだろう」


幸福を望むために

 微妙な状態ながら穏やかな時間が流れていると思う。

 手放しで受け入れるには心残りがあるが、それでも俺はしっかりと幸福になっている。

 いつまでも、こういった穏やかな日々が続けばいいと思う。そしてその日々で心を満たされることを望む。なんて、贅沢だろうか。

 遠くの人を魔法で助けるのは、もう惰性だった。自分自身にはもうそれをする理由はないように思える。ただ、あの子供に影響されたように他者も幸せになってほしいという曖昧な考えが、俺の中に血肉として巡っていた。

 その実、他者を慈しむ価値観の大半はあの子供に影響されて出来上がったものだ。俺が愛しているのは、俺を愛してくれる者たちだけ。俺に、幸福の場へ居座ることを許してくれたあの子供の家族だけだ。

 俺にとっては大事な身内以外放ってもいい存在たちを、いまだに助け続けている。その疑問は俺の心に出来上がった不可思議だった。

 どうして俺は見ず知らずの誰かを慈しむのだろう? なぜ俺は魔法に任せてこの世界を無理やり平穏にしないのだろう。

 俺を愛してくれる、俺の愛する人たちを助けるためなら、さっさと人々を洗脳でもなんでもしてしまえばいい。そうすればこの世界から俺たちの不幸は消え去るだろう。そこに踏み込めない理由は、一体なんだろう。

 まあ考えてみても分からないし、人を助けることに苦痛や疲労を感じるわけでもない。なら考えても仕方ないだろう。余裕がある者特有の道徳心、で終わらせてしまおう。

 そうだ。人を助けるという所から考えるべきことがあることを思い出した。今まではそれどころではなかったから後回しだったが、そろそろ将来のことを考えなくては。

 

「というわけで、色々と意見が聞きたい」

「私としてはお姉様の話をもっと聞きたいのですが……」

「んー……プラムお姉ちゃんがどんな将来を考えてるか気になるかも」

 

 集まったのは俺の話をねだるリリィとアネモネ。あの子供、もとい俺の部屋でベッドに腰掛け寛ぎながら俺は話を切り出した。

 

「いやなぁ、ここでプラムって存在が生まれてからもう10年だ。いい加減貴族社会とか国際情勢とかを考えると、ガーデン家の令嬢として婚約者を決めないと世が荒れるんだよ」

 

 そう、そうなのだ。俺たちはゆくゆくどこかへ嫁入りに行く立場だ。穏当に済ませる心づもりな今はちゃんと考えないといけない事柄である。

 多分俺一人なら出奔して自由に生きただろう。だが自衛手段を持たないリリィやアネモネを考えると、簡単に世を荒らす未来を見過ごすこともできない。いくら立ち回りが上手くても愚者の癇癪で知恵者は殺される。愛らしさだって切り捨てられる者は何人もいるのだし、力がないと安心できないのだ。

 魔法であらかじめ洗脳するのが一番……だけど、その選択は本当に最後まで選びたくない。

 なら政治の話だ。世界的にもっとも高貴な血筋と語られるガーデン家に生まれたからには、政治は避けて通れない。そして、貴族の娘が行う最初の政治が婚約である。

 幼い頃から家同士の交流を持ち、社交会にて家の利益になる人物を見繕い、色恋に惑わされず色香で男を惑わせる。

 少なくとも俺が生まれた世界で放り込まれた場にいる女はそうだった。全てが、刺されば抜けない棘を持つ花。恥をかかせたと言われないように遠ざけるのは本当に面倒だった。もしそう言われたら、恥をかかせた責任を取れと言いがかりを受ける。

 これは立場が高いと男女関係なくこういう被害を受ける。男の時ではそもそもガーデン家を滅ぼすつもりだったから断るだけで良かったが、今回はそんな中から伴侶を見定め、かつ自分を選ばせるようなアプローチをしなければならない。

 

「でもなぁ……立場に目が眩んだ人間に嫁ぐと悪いことになるだろ? なら別の魅力で攻めるべき相手を選ぶことになるんだが、俺にそんな動きができるのか不安でな」

 

 つまりはそういうことだった。

 どれだけ外見が良かろうと中身は俺だ。女らしく振る舞うことはできてもずっとそうするのは苦と感じる。しかし貴族の女に俺のような粗雑さは瑕である。きっと大きな減点となるだろう。

 その減点を抱えたまま擦り寄った時、それを上回る加点がなければ袖にされて終わりだ。ガーデン家の娘ならその地位だけでそんな減点は端数にできるのだが、俺が狙う相手はそういうタイプではない。

 世界を荒らさないような、穏やかな人間。俺を迎え入れ世界の覇権を握ることができる立場にいても、他者を害さず他者を幸福にするために動ける誰か。それこそが俺の望む相手だ。

 きっとそういう人間が望むものは、安寧だ。既に満ち足りていて、その状態を保つために労力を使うだろう。

 

「平穏を望んでくれる人間が、明らかに争いの種なガーデン家に関わろうとするはずがないんだよなぁ……。穏やかなタイプを選びたいが、まず出会えるのか……出会ったとしてどうしたらいいのか」

 

 それに、結婚して終わりではない。その後も人生は続くのだ。今はまだ生理も来ていないから未来の話だが、いずれ子供を産まないといけない。

 そう。子供を作るような行為を、しなければならないのだ。

 男の精神を持つ俺に、女側としてする性交はかなりの精神負担になるはずだ。下手をすると女らしくあることもできずに拒絶しかねない。

 そのままの俺を受け入れてくれる人間ならともかく、そうでない人間相手に身体を預けられるとは思えない。

 何より、この身体はあの子供の身体だ。身体を大切に扱ってくれる人間でないと苛立たしさに任せて跳ね退け、関係を悪化させかねない。

 それは好ましくないと思う。夫婦になれば関係を別つことは許されない。そして俺が拒絶してしまえば俺はガーデン家に泥を塗ることになるだろう。原因が俺なら、俺である「プラム」を教育できなかったガーデン家に責が問われるだろう。その弱みは、どこかで家族を追い詰めるかもしれない。

 だから、しっかり俺が望むタイプの人間と婚約しておきたいのだ。

 

「というわけで、意見をくれ!」

「男になれば全てが解決するのでは?」

「そんな簡単なことじゃないんだ。過去にいた使用人を通じて、ガーデン家は女しか生まれなかったって広まってるんだぞ。そこでいきなり男が出てきてみろ。本当に血が繋がってるか疑問視されるに決まってる」

「男になった後新しく国を興せば良いじゃないですか。そして、ガーデン家が全面的に協力していると言ってしまえば良いんです。誰も手が出せないでしょう?」

「めんどう」

「プラムお姉ちゃん、そういうの隠さなくなったよね」

 

 確かにガーデン家なら新しく出来上がった国でも手が出せない状態にしてしまえる。しかし、だからといって国々が納得するかどうかは別の話である。

 第一に、ガーデン家の領地は王国の中にある。勝手に独立されれば領土問題が発生するため王国には不満が発生するだろう。

 第二に、新しい国を作った際に神の子が支援する国となれば大量に水泉教の信者が流れ込むはずだ。そうすると、国民の大半が水泉教の信徒である教国との関係は悪くなることは想像に難くない。

 第三に、六国共名にてリリィが打ち出した誓いが無意味になる。ガーデン家そのものは危害を与えないことを誓っても、ガーデン家が支援する国はそんなことなど誓っていない。つまる所、戦争の準備をして実際に戦争を起こしてしまったとしてガーデン家は「こんなこと知らなかった」と言い張る余地が生まれるのである。絶対に各国が緊張状態に陥る。

 どうにかしようと思えばできるかもしれないが、一体いつまで働くことになるか分からない。俺は怠け者なんだ。今後何十年も綱渡りを続けるより安定した大地に立ちたい。たとえ絶対に綱から落ちないと分かっていたとしても、足元が揺れ動くのは嫌だ。

 そういうわけで国を興すのは却下。多分、リリィは全部に気がついた上で誰にも手出しできない状態なんだからそれで良いと考えてるのだろう。むしろ暴走して攻めてきた国を迎撃したくてこの提案をした可能性がある。彼女が持つ憤怒の火は未だ消えていないのだ。

 

「アネモネは何かあるか?」

 

 俺の問いかけにアネモネは難しい顔で考え込む。真剣に考えてくれる様が少し可愛くて頭を撫でるが、アネモネは気にした様子もなくそのまま頭を悩ませていた。

 少しの空白の後、アネモネが口を開く。

 

「お姉ちゃんは……今の感じで人と話したほうが良いと思う」

「あー……婚約者を探すなら、確かにお姉様はその方が良いですね」

「嘘だろ? 嫁ぐ身だぞ?」

 

 アネモネの素っ頓狂な意見にリリィも同意してくる。俺とは真反対の意見だ。

 俺は目を白黒させ、どうしてそう思うのかを二人に訊く。

 その質問に二人はお互いを見て、どちらとも呆れたように肩をすくませた。

 

「お姉ちゃん……まずお姉ちゃんは選ばれる側じゃなくて選ぶ側って自覚した方が良いと思うよ。気に入った人がいるなら素直に好きって言えば大丈夫」

「どれだけ高潔な人間でも貴族なら立場を無視することはできません。お姉様が望む人間も、同じです。お姉様との結婚は相手に領地を守る力を与えるのと同じなんですから、どれほどわがままでも受け入れられますよ。むしろ素のお姉様で離れる程度ならお姉様に相応しくないと切り捨てましょう」

「ご、傲慢……」

 

 どうしよう。妹たちがすごいこと言ってる。理屈は分かる。分かるんだけど、なんかこう、違うじゃん?

 男としては無理やり連れ去られるよりも、ちゃんと相手を愛せるようになって夫婦になりたいもんだ。いきなり声をかけられて「貴方は私と結婚。決まりね」とされたら心がついて行かない。そこから愛を育めるかと言われたら……だいぶ、難しい気がする。

 別に愛のない夫婦は貴族だと別に少なくない。ただ俺は愛のある関係性でないと貴族の妻として役割が果たせなさそうだから、愛を壊すかもしれない行いは避けたいのだ。

 

「相手にだけ負担を強いる関係にはしたくないんだよ。俺と結婚したら地位が安泰だとして、家で気苦労とかかけられたら辛いだろ。それじゃあ愛し合えないじゃん」

「いやあ……お姉ちゃん身内に甘いからそのうち絆されて献身的に寄り添い始めて、気苦労とかなくなると思うけど」

「あ、お姉様はあまり政治の場とか社交の場に出ないでくださいね。アネモネより情に絆される人間なので一瞬で喰い物にされますよ」

「そこまで言うか……?」

「六国共名で妖精に同情しておきながら本気でその言葉が出るんですか……?」

 

 俺は、人に絆されやすい人間だったのか……?

 いや嘘だろ。元の世界では他人を信じることなく一人で復讐をやりきったんだ。いちいち感情に振り回されたら復讐どころじゃなくなる。俺はちゃんと情を切り捨てられる人間のはずだ。

 あの妖精に同情したのはあの子供のフリをしていたから────いや怪しいな。あの妖精の在り方はなかなか俺と重なるものがある。自分と重ねて同情は、するかもしれない。

 リリィとアネモネが言う通り、俺は人に入れ込んでしまう人間かもしれない。俺が知らない俺の一面が暴かれてしまった。あまりの衝撃に乾いた笑いが口から漏れ出てくる。

 

「お姉ちゃんわりとポンコツだよね」

「それくらいの可愛げがないと割に合いません。完璧よりもずっと受け入れられますよ」

「ああ……もう、それでいいや」

 

 俺は広いベッドに身体を倒す。妹二人のイタズラな声を耳を閉じて聞こえないフリをする。

 年上としての威厳がグラグラと崩れていく様はなかなか恥ずかしいもので、顔が熱くなっていく自分を自覚するのだった。

 

   ☆

 

 プラムお姉ちゃんから未来の話について相談された時は好都合だと思っていた。将来のことを通じて、寿命の話にまで派生できるかもしれないからだ。

 ゆっくりと時間をかけて取り組むつもりだったとはいえ、早めに心配事が解決するに越したことはない。お姉ちゃんの不幸な結末を取り除くためには、未来への展望を意識させることが必要に思える。

 ただ、結婚には意識が回っていなかった。お姉ちゃんが結婚をしたら自然とお姉ちゃんが暮らす場所は相手の居住地になるだろう。そうなったら私がお姉ちゃんと関わることは難しくなる。

 とはいえ、お姉ちゃんの危惧も真っ当なものである。私はお姉ちゃんに不幸になって欲しくないから永遠の命を途切れさせたいだけで、世界のためにお姉ちゃんを不幸にしたいわけではない。

 それでも現状は切羽詰まっている。時間制限が急にわいて出てきたようなものだ。どうやって未来視から逃れながらお姉ちゃんに寿命を受け入れさせるかは未だ思いつかない。それでも早急に解決策を練り上げる必要性ができてしまった。

 焦りは募っていく。私は今、どうしようもない袋小路に立っているかもしれない。その感情を心の底へ押し込めながらお姉ちゃんの悩みに助言をする。

 どうしたら良いか分からないまま、刻限は近付いてくる。それにお腹を痛めながらも、完璧に表情を取り繕う。

 リリィお姉ちゃんは当然として、プラムお姉ちゃんも意外とそういう感情の機微を察する人間だ。気付かれてしまえば当然私から話を聞き出そうとするだろう。

 しかしそれではいけない。それで解決策が出来上がっても、ガブリエラの未来視に捕捉されてしまえばその解決策を打ち破る何かを仕掛けられてしまう。あの未来視は、実質的に起きたことを過去に戻ってやり直しているのと同義なのだ。

 お姉ちゃんたちに相談すればきっと永遠の命そのものはどうにかできるであろう。だがお姉ちゃんたちの話し合いは未来視を通じて筒抜けで、解決策を利用した別の不幸が作り上げられる。だから、もどかしいがお姉ちゃんたちには何も話せない。

 私の孤独は、まだ終わらない。

 




 しかし悲しいかな。あなたはまたもや私の忠告を無為にし、世界をあなたの独善に塗り替えた。
 あなたは完璧を求め、世界の全てが清らかで一切の瑕疵なきものへと作り替えようとした。あなたは表面的な楽園に喜び祝杯まであげてしまった。
 ああ、愚かなあなたよ。私は確かに忠告したというのに、あなたはそれを二度も破ってしまった。
 あなたが作った楽園は穴だらけである。そこから血と憎悪が流れ、無辜の人々を苦しませている。犠牲ある楽園は決して理想郷ではない。あなたはあなた自身の手であなたが望む楽園を穢したのだ。
 
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