「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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 あなたは自分の過ちを認めずに何度も過ちを繰り返した。
 あなたが成したことはいたずらに世界を歪な形へ作り変えることだけであった。その全てはあなたの矮小さを際立たせ、あなたの心を掻きむしるだろう。
 だからこそあなたはもう一度考え直す必要がある。あなたが歩もうとするその道は決して成功への道ではなく、ただ奈落へと続く穴へ進むための道であることを認めるべきなのだと。
 この世界に道は本来二つしかなく、それは善と悪であり、あなたが進んでいる道はそのどちらでもない虚無の道である。


旅立ちの覚悟を固めて

 先を考えれば考えるほど堂々巡りに思考がから回る。そんな感覚がまとわりついていた。

 婚約相手へのアプローチはもうありのまま突っ走ることで固まってしまったが、そもそもその相手をどうやって見つけるのかという問題が残っている。

 そして、その問題に対してリリィとアネモネが対立してしまっていた。

 

「プラムお姉様は絶対何かしらの社交会で相手を見繕うべきです! 下手に長い時間ができると絶対にお姉様の目は曇ります! なんなら私も出席してお姉様の支援をした方が良いと断言させてもらいます!」

「こういうのはお見合いからじっくりと相手を決めていくべきだよ! 取り繕うのが上手い人だと初見で本性を見抜くのは絶対無理! 長い時間をかけて違和感を見つけられるように、たっぷり時間を使うべきなの!」

「そもそもお姉様は情がわいた相手の欠点なんて『理由があってこの欠点ができただけだから』とか言って受け入れる決まってます! 欠点で相手を拒絶できる段階で是が非かを決めるべきなんですよ!」

「それこそ私たちが手助けすることだよね!? だいたい、プラムお姉ちゃんが相手を信用したとしても相手までそうなってくれるとは限らないじゃん! 信用し合うには時間が一番効果があると思う!」

 

 俺を置いてけぼりで二人は議論し続けている。俺本人よりも熱が入ったその討論は、基本的に俺が情に絆されること前提で話が進みもはや遠回りな悪口のように思えてくる有様だった。

 俺のことを思ってくれるのはありがたい。本当にありがたいが、もう止めてほしい気持ちでいっぱいだった。今鏡を見たら涙目になっているのではないだろうか?

 しかし二人は白熱して俺の様子なんて気にした様子ない。心をグサグサと刺すような二人の言い合いはまだ続いていく。早く終わってほしいという願いは、残念ながら叶いそうにない。

 

「だーかーらー、一発でお姉様に全てを捧げられない人間なら始めっから切り捨てろって言ったるんですよ私は! 血筋だけで世界を貰える女を嫁に迎えながらさらに何かを求めるなんて私よりも強欲、たとえ天が許そうが私が許しません!」

「そんな天下人がいきなり嫁入りしてくる人の気持ちを考えたことあるの!? 不気味だって! 突然転がり込んできた人を一切疑わないのは無理! その嫌疑を晴らすには事前の交流が絶対必要なのー!」

 

 アネモネの相手まで慮った主張を聞き、リリィは相手のミスを前にしたように口角を上げる。アネモネはそんなリリィの様子を訝しむが、自身の過ちに気付く前にリリィは意気揚々とその過ちを指摘した。

 

「ボロを出しましたねアネモネ! 事前の交流をするなら今までの伝統に則り主要な人間国家を第一に選ばなくてはなりません! そして順繰りに人間国家へ娘を嫁がせてきたガーデン家は、今回その順番に回ってくる帝国を最初の交流相手として選ぶことになります! ヴァストプライン帝国では下剋上が認められていて現皇帝はそれにより帝国の頂点に立っていますが、それによる支配は他国家からはあまり良い顔をされていません! 皇帝は必ずお姉様を篭絡しにくるでしょう! 人生の分水嶺と覚悟してたらし込もうとする人間に、お姉様が揺らがないと思ってますか!?」

 

 リリィの言葉にアネモネはハッとした顔になったあと、悔しげにベッドへ倒れ込んだ。ちょうど俺と同じである。

 そのアネモネの様子にリリィは勝ち誇った顔で笑っていた。あまりにも小生意気な顔だったので、アネモネはベッドから飛び起きリリィの頬をつねり出す。

 ヤイヤイと騒がしい部屋の中、皇帝について考える。

 といっても、俺と皇帝の間には何も関係がない。強いていうなら六国共名で同じ場にいた程度。一方的に知っていることは多いのだが、人間的な部分では何も知らないと言ってもいい。

 皇帝ルル。齢18という若さで決闘により前皇帝を下し玉座へと至った武芸者。その力は帝国という場では歓迎されども、他の国家では血統書も存在しない下賤な生まれとして揶揄されることも多い。

 実力主義と謳われる帝国でも、その実生まれは重要だ。下剋上が認められているとはいえ、みすみすそれを許すような者は上になど立てない。必然的に、生まれながら上の立場へ生まれた者たちが上流階級の地位を独占していた。

 有名無実化した帝国を身一つで切り拓いたルルは、一体どれほど仄暗い道を歩んできたのだろうか。そして新しい風を吹き込むその裏で、どれほどの恨みを背負っているのか。

 その人生は嵐に見舞われた船のようなものだろう。過酷であり苛烈であり困難である。その上で生き残らんとするならそこに甘さは残らないだろう。それは、命を失う原因となり得るのだから。

 だけれど、彼が帝国の皇帝となってから私が帝国の人間を助ける頻度は減ったと思う。それはすなわち私の助けが必要ないほどに、帝国の治世が安定しているということだ。

 それは単なる気まぐれかもしれない。しかし、私はより良くしようとする努力だと信じたい。彼が経験した苦痛を民草に背負わさないため、懸命に民に奉仕する優しさが結実した結果なら、それ以上に素晴らしいことはないと思う。

 肩入れするほどではないが、報われてほしい。こういう感想を抱く人間はなかなか多い。彼もまたそんな人間の一人である。

 

「…………」

 

 そんな人間が、俺を嫁に迎え入れることができるかどうかで人生の岐路が変わる。

 それはなんというか、申し訳ない気分になる。

 本来なら彼とプラムの結婚は既定路線だった。なんなら、実力で全てが決められる帝国なら、ガーデン家の存続を無理やり成立させることができるから、皇帝に嫁がない理由がないほどだ。

 なのに、俺という意識があるせいで政略結婚もできそうにない。あの子供の身体を預ける相手はしっかりと選びたいから、政治的な理由で相手を決めることは絶対にしたくないのだ。

 だから本来は存在した、彼がガーデン家の長女と結婚する未来を揺るがしてしまったことは申し訳なく思う。

 とはいえ、実際に言葉を交わさなくては人柄を知ることはできないだろう。気にかけている人間相手の好意を知りながら黙っているのも不誠実だし、婚約するにせよしないにせよ、一度会って話がしたい。

 

「決めた。皇帝とお見合いしてみよう。別の人にするにしても、一度キッパリ拒絶しないと拗れるかもしれない人だし」

 

 そう呟くと、戯れあっていたリリィとアネモネはあんぐりと口を開けてこっちを見た後、わざとらしい大きな溜息をついた。

 精一杯俺のために考えて話し合ってくれたことはありがたいのだが、正直俺からしてみれば愚弄され続けられている感覚だった。だからここはワガママに動かさせてもらう。

 ジト目で見てくる妹たちからわざと意識を逸らしながら、「やっぱり自分の人生は自分で決めるに限るよな」なんて嘯くのであった。

 

 妹たちから大いに呆れられながらも晴れやかな気分になった俺は、別の話をすることにする。

 別に今すぐするべきというわけではないが、今のうちに話しておいた方が良いと思ったことだ。余裕のあるうちに話し合った方がいいだろう。

 今度の話は少し口ごもりながら話す。必要なこととは分かっているのだが、あまり話題に出したくない話なので、いつものようには口を開けなかった。

 

「その……俺の、寿命についてだ」

 

 その質問を聞いた時の反応は二分されて。リリィはどうでも良さそうな顔で眠気に負けそうになっていて、アネモネは予想外の話が出てきたように驚いていた。

 俺としてはアネモネのような反応をされると思っていたのだが、リリィのあまりにあんまりな反応にそちらへ意識が持っていかれる。

 普通寿命の話をされたら嫌な考えとか巡らないか? なんでここまでどうでも良さそうにできるんだ? 下手したら泣くぞ。

 

「お姉様の寿命なんて魔法でいくらでも伸ばせるでしょう。ならお姉様の寿命は『死にたくなった時』です。話す価値がありません。以上」

「もう少し優しくなってほしい」

 

 おずおずとした話し始めとはうって変わって弛緩した空気が漂う。リリィが明らかに俺の扱いを雑にしてきている。このまま行くとペットか何かとしての可愛がられ方に繋がりそうな気がする。

 とはいえリリィが言うことはもっともである。いくらでも寿命を伸ばせる俺は生きようと思えばいつまでも生きられる。裏を返せば、死ぬと決めれば俺はその時確実な方法で自殺することだろう。

 ただ、俺が話したいのはその部分ではない。俺が話したい部分は────

 

「じゃあ、その『死にたくなった時』はいつ来るんだ? いつまでも生き続けるのは苦しいと思うが、だからといって死ぬとは思えなくてな……」

 

────本当に、死ぬような時が来るのかどうか分からないということだ。

 死ぬことは苦しく悲しいことだ。幾度も生き返ろうと自分の意識が勝手に消えるあの感覚は、本能的に怖気が走るほど不快感が強い。それに勝るほどの何かがこの先に存在しているとは思えない。

 もちろん苦難はあるだろう。しかしそれは乗り越えることができるものだ。幾度も悩み迷っても自分が信じる道を進めば必ず打破できると信じている。

 だからこそ、俺の命は永遠なのではないかと怖くなる。

 数々の不幸の裏で糸引くガブリエラのように、その永遠で罪を重ね出すようになってしまうのではないかと危惧してしまう。永劫の時はきっと全てを忘れさせる。その忘却に大切なもの全てを連れ去られたなら、俺は簡単に悪へ戻るだろう。

 

「おねーさまは、ちゃんと死にますよ。大切なひとを失ういたみに、たえられないでしょ?」

 

 リリィは眠たげな瞼を完全に閉じて、俺の不安にまで太々しく返す。最早眠気でまともに呂律が回っていない中の言葉は、だからこそ本心から出てくる言葉なのだと雄弁に俺へと語っていた。

 半分くらい意識が睡魔へ支配されているリリィは、最後の一言を何とか絞り出す。

 

「わたしは、しぬときにしぬから。だから、みちづれに、しないでね……。おかーさまに、あうから……」

 

 リリィはそう言い残すとそのまま寝息を立てて眠ってしまった。

 気が付けばもう日は暮れ方で、夕日の赤が空を染め上げている。

 寝ているリリィをちゃんとベッドに横たわらせ毛布を被せる。いつも表情を意識しているリリィも、寝ている時は力が抜けてあどけない顔だ。

 いつもこうなら可愛い妹なのに、見栄を張ってキリッとしてるからつい頼ってしまう。頼ると嬉しそうにするからつい頼み事をしてしまうが、リリィも守るべき存在だ。本当ならもっと気を配って過ごしやすいようにするべきかもしれない。同時に今の絶妙なバランスを崩すべきではないとも思うのだが。

 

「……死ぬ時に死ぬ、か」

 

 考えなかったわけではない。一人で生き続けることが怖いなら、俺と生き続ける誰かが側にいれば良い。それなら俺は永遠の中でも良き、そして善き生き方ができるのではないか。

 だがそれは人としての在り方を捻じ曲げるものだ。いつかあの子供が母親に言われていたじゃないか。

『そう在るものを、無闇に変えてはいけない』

……まさか俺にまで突き刺さるとは思わなかった。あの言葉は子供だけに向けられていたと思っていたが、もしかしたら子供を通じて俺にも伝わることを考慮した言葉だったのかもしれない。

 その言葉だけで何かが変わるわけではないだろう。しかし世界に存在するものを通してその言葉は重く大切なものへ変わっていく。今しがたリリィが溢した願いのように。

 変えられるとしても変えるべきではないものがある。それは喜ばしいことではないだろうか。

 

「アネモネは、どう思う?」

 

 俺の問いかけにアネモネは、狼狽えながらもゆっくりと口を開く。迷いに満ちたその様子は、今も考えがまとまっていないものだ。

 それでもアネモネは自身なりの答えを出すために、彼女は確かに言葉を紡ぐ。

 

「私は……お姉ちゃんに、人であって欲しいと思う。思う、けど……死ぬ時に幸せなまま逝けないのは、悲しいな」

 

 苦々しく溢れた声には、悔いに染まっていた。自分ではどうすることもできないという諦観が、アネモネの心に満ちて顔を歪ませている。

 アネモネの言うことは間違いじゃないだろう。死にたくなる時なんて嫌なことがあった時がほとんどだ。幸福に包まれている時ふと死にたくなるようなことは、少なくとも俺にはない。

 俺が死ぬなら、それはきっと何かしらのやり切れなさを抱えながら死ぬのだろう。悲しい死に方。アネモネが悲しむことも当たり前だ。

 だけれども、そこには何か残るものがあると期待したい。あの子との思い出が今も俺の中に残り続けているように。あの子供との出会いが俺を今も生かし続けているように。誰かの中に俺という存在が残るなら、それは悲しいだけの終わりではないと思うから。

 だから俺の終わりは……大切な人を追いかけるように、足跡を辿りながら逝くのだろう。この世界で大切な人を見送った後に、ゆっくりと。

 それは思い出話をするような穏やかさかもしれない。少なくとも、そこに悔いだけが存在するとは言えないはずだ。

 

「大丈夫だ、アネモネ。きっと、温かいまま逝くさ」

 

 アネモネは悲しげな目で俺を見つめてくる。それに俺は笑顔で応じる。

 そうするとアネモネは涙目になって、俺に抱きつき頭を押し付けてきた。それはまるで────俺を、繋ぎ止めようとしているかのようだった。




 悪の道の入り口はなだらかでなんとも歩きやすそうな道をしているだろう。翻って善の道はどうか。地面には茨が敷き詰められそこに足を踏み入れたなら苦しむことは想像に難くない有様だ。
 しかし悪の道を歩む者は他者を嫌い蹴落し合い多くの血が流れ、一時たりとも気を許すことができない困難な歩みとなる。対して善の道を歩む者は互いに助け合い励まし合うため、荊棘で血を流せども悪の道よりも遥かに安らかな歩みとなるだろう。
 悪の道とは他者と向き合う道であり、善の道とは己と向き合う道である。己との向き合いはいずれ理解を通じて安息に至るだろう。しかし他者との向き合いは往々にしていがみ合い傷付け合うことになる。己の苦痛を飲み込めない者が、どうして他者の欠点を受け入れることができようか。
 あなたは誰も顧みることは無かった。善でもなく悪でもない道を進むあなたは既に外道へ堕ちている。あなたはあなたが嫌う悪よりも物事と向き合わなかったのだ。少なくとも悪は、他者の欠点に気付けるほどには他者と向き合っているのだから。
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