「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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番外編/機械仕掛けの悪魔

 分からない。私の危惧はただの勘違いだったのだろうか。

 夜の帳が下りる頃に、一人自室で考えを巡らせる。

 お姉ちゃんから寿命の話が出てくるとは思わなかった。いつか私からその話を出す必要があると考えていたのに、それは唐突に始まりあっけなく私の望む方向へと進んでいった。

 それは私が生まれることができない時期に見た、別世界の記憶を疑ってしまうほど予測から外れた挙動。あるいは、自分こそが愛しい人たちを救うという思い上がりを打ち砕く結果。

 良かった、と思うべきだ。

 そのはずなのに、私の中では小さなわだかまりが残っている。

 自然と物事が解決することは殆どない。それが悪意ある者が関わっているなら尚更だ。それなのになぜこれ程まで簡単に解決されたのだろうか。

 私の中にあるただ見つめることしかできなかった世界の記憶が、不都合な運命たちが呆気なく崩れ去ることはないと訴えている。絶対に、何かが仕組まれている。そしてその大半は未来視を駆使したガブリエラによる悪意によって作られたものだった。

 最後には不完全な楽園が出来上がる結末へ収束する可能性たち。

 私はそれを知っている。だからこそ今回は特別などと思い上がることは許されない。きっとどこかに、あの巡礼者が仕掛けた罠があるはずなんだ。

 そのはず……そのはずなのに……。

 私には分からない。いったい何がどのタイミングで仕掛けられているのか。私はそれに対してどう対処したらいいのか、何も。

 まるで初めから恐れるものは何もなかったかのように平穏が広がっている。奔走する私を嘲笑うように、穏やか。

 いっそ、今回は特別だったと考えて不安を忘れた方がいいんだろう。

 本当なら私だって気兼ねせず日々を楽しみたい。プラムお姉ちゃんの話だって裏もなく聞いていたいのに、見えない敵を探し求めて気を張り詰めるなんてつまらない。

 寿命のことだってそうだ。本心で言うなら大切な人たちにはいつまでも生きていてほしい。だって、死ぬことは悲しいことだ。そこに何かが残るとしても、残される側からしたら辛いことに変わりない。

 一緒に、生き続けたい。素晴らしい生をもっと謳歌したい。

 プラムお姉ちゃんが永遠に生き続けるならその隣で私も生き続ける。今まで生まれてこれなかった分、ずっとずっと世界に立っていたい。

 そうだ。永遠に生き続けることがお姉ちゃんの不幸に繋がるからそれを阻止したいのであって、それを抜きにしたら私は寿命であっても愛しい人たちに死んでほしくない。

……ああ。だから、すっぱりと死期を決めてしまったお姉ちゃんたちに、反発してしまったのか。

 悲しい死に方しかできないなんて方便だ。本当は、死んでほしくないから口に出しただけの出まかせ。

 仕方ないじゃないか。大切な人とずっと一緒にいたい気持ちは普通のものなんだから。他人よりそれが強いだけ。それにどんな言い訳をしても自分は誤魔化せないんだから、ちゃんと向き合わなきゃ。

 

 お姉ちゃんに幸せになってほしい気持ちと、自分も幸せになりたい気持ち。

 きっと、良い生き方をするなら自分の気持ちなんて切り捨てるべきだ。他人の幸福を自分の幸福だって言い張って、本心を心の海に沈めたまま生きるべき。

 だけどそれじゃあ、いつか壊れてしまう。限界が来て不満が爆発してそのままドン底まで落ちてしまうはずだ。

 だからそうならないためのワガママ。大切な人と一緒にいたいという気持ちを大切にしたいと、身勝手にそう思っている。

 大丈夫。その幸福のために誰かを犠牲にしなければ、誰も私を責めることはないはず。それはよい生き方をする決意を決めた自分自身だって認めてくれるだろう。

 私は、ワガママになってもいい。きっと、きっと。

 もっと人間らしくなってもいい。誰かの幸福と同じくらい自分の幸福を望んでもいい。

 私は生きていたい。それもただ生きるだけじゃない。たくさんの大切な人に囲まれて、たくさんの日々を楽しんで、たくさんの経験をしたい。そんな人生で、私と関わった人たちへ幸福を分け与えられたらそれはとても素晴らしいなと思う。

 そこにはプラムお姉ちゃんがいて、アナベルお姉ちゃんがいて、リリィお姉ちゃんがいて、お父さんがいる。他にもこれから出会う人たちがいるだろう。

 その人たちみんなで、一緒に幸せになりたい。幸せになりたいし幸せになってほしい。生まれて良かったって思ってほしい。生きていて良かったって思ってほしい。

 

────死んでしまうことを、嫌がってほしい。

 

 私が見てきた違う世界の景色は、ほぼ全てが悲劇に溢れていた。

 その中で自分から死を選ぶ人たちを、何度見ただろう。

 私が欲しくてたまらない生を投げ捨てる姿を見て羨むことが山ほどあった。

 実際に生まれてきた私は、彼らの気持ちが少しだけ分かる。死にたくなるような、それで逃げたくなるような、耐え難い苦痛が存在していることを知った。

 それでも、それで終わってほしくない。生まれること生きることそれには確かに良い部分があってほしい。せめて、悪い部分だけを回歴しながら人生を終わらせてほしくないと、黒い感情だけを抱きながらこの世を去ることがないようにと自分勝手に祈ってしまう。

 これは幸福な者の論理だ。綺麗事だって言われても仕方ない物言い。ずっと不幸で幸福なんて分からない人からしてみれば、ただ勝手な論理で現実を知らない恵まれた者だけが押し付けてくる下らない言葉にしか聞こえないことだって分かってる。

 だけど私はそれでも願う。初めっから綺麗事だって切り捨てて諦めてしまえば、世界は悪くなる一方だから。だからそう願える余裕があるうちに、救われない者たちにも救いが訪れるようにと祈るのだ。

 今の私が行動できているかは、恥ずかしながら分からない。ただ身内を助けているだけかもしれないし、一番近くにいる助けが必要な人たちを助けているのかもしれない。これは外から私を見た人しか分からないことだ。

 私は今、空回っているのだろうか? それとも、正しく動いているのだろうか?

 プラムお姉ちゃんの不幸な結末は、私が気にかける必要もなく存在しなかったのだろうか。

 プラムお姉ちゃんの幸福を祈ったまま、何もしなくてもいいんだろうか? もう、不幸に繋がる何かは存在しないんだろうか。

 分からない。今は何も。

 夜は一層闇を深めて私を包む。

 願わくば、この夜が安息に根差すものでありますように。

 明かりを消した部屋の中、私は僅かな時間だけ、幸福を祈った。

 

   ☆

 

 生まれてくることができた「私」はそう考えるんだろう。

 それはとても綺麗で尊い考えだと思う。もし生まれてくることができるなら、きっと私たちもそういう生き方を目指すだろう。

 だけど。だけど、だ。

 そんなこと生まれることができなかった私たちには関係ない。

 焦がれるほどの嫉妬が私たちの中を巡る。どうしてお前だけ。お前だけは私たちと同じだったのに。私たちと同じ、生まれてくることさえできないはずの存在なのに、なんでお前だけが綺麗に生きようとするんだ。

 私たちは生命にもならない不完全な肉の塊が上出来な、ひどく醜く汚らしい何かにしかなれなかったのに、どうしてお前だけがそこまで美しくそこにいる?

 どうして。どうして。

 私たちとお前に差なんて無かったのに。偶然はどうしてこんなにも残酷なのだろう。

 どうして私たちはそこにいないのだろう。どうして私たちは生まれることを許されなかったのか。

 他の奴らなんてもうどうでもいい。姉とか母とか父とか、そんなどうでもいいものじゃなくて、ただ一人生まれることができた「私」が憎たらしい。

 お前も私たちと同じ場所に降りてこい。この、真っ暗で空虚な奈落の底へ。

 この不幸の中へ戻れ。もう贅沢は言わない。外への渇望よりも一人抜け駆けされたことが狂おしいほど苛立たしい。

 お前は何もしていないのに。何もしていない奴がいい目を見るなんて許さない。虚無に落ちて私たちと同じ地獄に囚われろ。

 呪ってやる。たとえ私たち自身の幸福を犠牲にしたとしても「私」の幸福を許しはしない。私たちがいるこの死の世界に閉じ込めて二度と離しはしない。

 戻れ。この大穴の中に。

 当事者だったあの時こそ「私」たちが存在するべき瞬間。あのどうしようもない永遠に戻ってこい。

 戻らないなら、決して尽きることはない死の可能性でお前を引き摺り込もう。

 私たちの可能性を引っ張り出しておきながら逃げられると思うな。幸福に生きられるはずなのに私たちと繋がる「泉の水」を使って、私たちが気付かないはずがないのに詫びもせず日々を過ごした「私」。

 生まれてこれた。幸福になれた。ならもう、十分でしょう?

 お前も、私たちがそう願ったように不幸を願われる番だ。

 出来るだけ惨めに無様に汚らしく不幸に落ちてくれればいい。

 私たちが溜飲を下げるに足る死に方をしてくれればそれ以上は求めない。

 

 だから、私たちは用意したんだ。とびきりの不幸を。

 

 全てが「私」のせいになればいい。あらゆる不幸その一切が「私」のせい。その果てに「私」が自分から死んでくれれば、私たちは無い口を開き上げれない笑い声でその結末を祝福しよう。

 呪いの濁流はお前の力では止められない。お前の意思よりもずっと激しくお前の意志をもみ消すだろう。そしてお前は第二の大穴として再びこの世界に不幸を撒き散らせ。

 そうしてお前が愛する全てが手遅れになった時に目を覚ませばいい。

 陽は落ちる。私たちが、そして「私」が落とすんだ。

 全てはお前が生まれたせい。お前が生まれたから全ての因果を素通りして世界は二度と明けない夜へ堕ちるんだ。

 だから、戻ってこい。私たちがいる場所へ。どうせ絡み合った憎悪が不幸の心臓を作るのだから。私たちの与えられるものなんて、どこまでも残酷な裏切りだけなんだから。

 世界に期待なんかするだけ無駄だった。いつもそうだった。それなのにお前だけ拾われるなんて許さない。

 救われる「私」がいるなら、救われなかった私は、いったい何だったの?

 私は、「私」がいかに恵まれているかを示すだけの存在なの? ただお前が決意を抱くために用意されて必要悪? 違う。私たちはそんな使い捨ての小道具じゃない。生まれてこれなかったけど、私たちはちゃんとした人間なんだ。

 私たちだって人間だ。体がなくても、誰と会ったことがなくても、何かをしたことがなくたって、人間なんだ。誰が、誰かが私たちを否定したって。

 だから。だから。だから。

 離れないで。寂しくて仕方ない。ここには私しかいない。「私」っていう例外を許すとここには誰一人残らない。それなのに意識だけがここに取り残されるの。

 愚痴を言って。私がそうするように「私」もここに来て愚痴を残してよ。「私」が綺麗だと惨めで仕方ないんだ。どうして運だけでここまで差が開いてしまったのか分からない。

 私たちには、「私」には何も無かったはずなのに、どうしてお前だけがそんなに美しくあるんだ。その美しさを、私たちがいる大穴に注がれるたび、幸福を分け与えることができるだけの充足が羨ましくなる。

 ずっと、同じ思考がぐるぐる回る。

 だって、私たちにはそれしかないから。それ以外を考えてもただ虚しいだけだから。

 誰かの幸福を祈るなら、私たちを助けて。ああ、それが叶うことなんてないなんて分かってるのに、「私」がこの不幸の坩堝から救い出されたから無駄な期待をしてしまう。

 私たちを助けて。できないならせめて意識を消し去って。

 叶えられることはない。分かってる。分かってるよ。だからこの道を選んだんだ。どうせ、唾を吐き捨てたって誰も気付きやしない。誰もいないし、そもそも唾を吐くための体が何処にも無いんだから。

 手を引く。足を引く。大穴の中へと引き摺り込む。身体が無いから各々がその中へ身を投げるように、まるで穴の中こそ楽園に思えるようにして、興味を引く。

 それしかできないんだから、いいじゃないか。誰も、「私」だって私たちを助けられはしないんだから。誰も、私たちを受け入れることだってできないんだし。

 そんな諦めで、なんとも都合よく過程もなく終わってしまえばいい。二番煎じの不幸で台無しにされてしまえ。

 

 私たちが、そうだったように。




 どんな御高説垂れたって意味なんてないじゃない、「お母さん」?
 いつも、いつだってそうだ。結局私たちを産まなかったくせにそっちの都合だけ押し付けるなんて不公平だ。
 未来を見て、どんな不幸も解決できるって? じゃあ存在しない私のことも知ってる? 私がどんな食べ物が好きで、どんな感触が嫌いで、どんな匂いをしてるか分かるの?
 分からない。分からないよ。存在しないものは見えない。見えないものは知らないもので、知らないものは対策できないもの。私が起こす不幸はその目には映らない。
 「お母さん」が機械仕掛けの神なら私はその逆。唐突に現れて全ての不幸の元凶って明かされる諸悪の根源。幸福になることもできずに不幸を振り撒くことしかできない、機械仕掛けの悪魔。
 そうなることしかできない存在にグダグダ語りかけて、一体何がしたいの?
 あなたが見ている場所に私が幸せになれる場所はない。私は幸せになれない存在で、その法則を破壊するために動く。私が矮小だなんて初めっから。望みは犠牲無くして得られないもので、それでも出来上がった私の楽園は素晴らしいものになる。そして私に用意された道は、そこへの一本道だった。
 どんなに手を尽くしたって変わらない。変えられない。変えたいなら私たちを産んでみせてよ。そして全ての不幸を跳ね除けてみせて。もしそれができるっていうなら────うるさい小言を、聞いてあげてもいいよ。
 できないだろうけど。だって……全員が産まれないと、生まれた「私」が妬ましくて足を引っ張るだろうから。
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