「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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番外編/大穴の起源

 全てを救うという理想は、ひたすらに甘い夢だった。

 私という人間はただその夢に縋っていただけ。現実という偉大な父母から浮いたままの足で、私は空想を駆け回っているだけの子供でしかなかった。

 より良い幸福を。より大きな繁栄を。より長い命を。

 世界の全てが満ち足りているなら、そこは完全な楽園だから。

 楽園は甘美な虚像。私を狂わせた依存性のある欲望。

 花園を作り出すように私は理想郷を作り上げた。

 当時は、それで良いのだと心から思っていたのだ。

 私の世界は幸福に満ちていて、私の目に映る全ての場所には不幸なんて生まれない。完全で無欠な箱庭。

 その外なんて、知ろうともしなかった。

 現実は夢に侵蝕され、どろどろに溶けて消え去る。

 

 じゃあ、夢の外は?

 

 結局のところ、視野を広げて視点を変えてみれば私の楽園は他所へ負担を押し付けただけでしかなかった。

 愚かしい侵略者の有様。許されざる蛮族の所業。

 私が作り上げた理想郷は罪業に満ちた悪辣な虚栄の代物でしかない。そこには確かに犠牲になる者がいて、搾取され続けるその人たちを透明化し目を逸らしただけの浅ましい産物でしかなかったのだ。

 夢の中では不幸は起こらない。しかし夢を見るために現実が犠牲になるというなら、この夢でさえいつか覚める日が来るのだろう。砕けた現実の代わりに不幸へと向き合うその時こそ、楽園の夢が終わる日だ。

 私は土台たる大地から離れてしまったばっかりに、あらゆる肥沃さを枯らしついには世界の終焉まで招いてしまった。

 この罪深さを裁く者はいない。

 誰も、この罪に気付かないのだから。

 そもそもこの罪に罰を与えたなら、楽園は崩れるだろう。そうなれば楽園での生き方しか分からない者たちが、一斉に死んでしまう。

 全てが都合良く進むはずの夢で、私は行き詰まりの現実にぶつかった。

 成長できないまま歳だけを重ねた私は、他全てを地獄に堕とすことを決意した。他の世界は知ったことじゃない。私は私の目が届く場所だけを護る。たとえそれが三千世界を穢れで満たす愚行だとしても。

 私には愛する者たちがいる。

 お母さんにお父さん。お兄ちゃんに妹たち。使用人や領民のみんな。婚約者に友だち。

 今更裏切るなんてできない。罪を償うためにみんなから幸せを奪うことなんてしたくない。

 だから、違う世界を踏み潰して私はこの世界を護る。誰にも邪魔させない。不都合な全ては私の力で砕き無に帰してやる。全ての罪を抱えて誰にも渡さず闇へ葬るんだ。

 

   ☆

 

 最近、記憶が曖昧になってきた。

 こうしてずっと生きているとなぜ生き続けているのかが分からなくなる。これも全部、見知った人が亡くなったからだ。

 みんなの寿命を延ばしたけれど、あんまり長く生きすぎると廃人のようになってしまう。人々は尊厳死を求めるようになっていた。だから、私は夢の中で人が生きられる上限を100年に固定した。

 そうしたら、色んな人が一斉に亡くなってしまった。

 それから……どれくらい時間が流れたんだろう? 私は生きてこの世界を護らないといけないから、100年なんて端数を意識することはなくなってしまった。

 とにかく、あんまりにも長い時間が過ぎている。一時期は慌ただしかったこの楽園も、今は安定して平穏に日々を繰り返している。

 だけどまだ私にはやるべきことがある。私がこの世界を護る意思が掠れてもこの世界を維持する仕組みを作り上げないといけない。

 記憶の摩耗は決意の薄弱化でもある。なぜその行動をするかを忘れてしまえば、人は容易くやっていた事を辞めてしまう。だから、完全に記憶を失ってしまう前に、私抜きでもこの世界が回るようにしなければ。

 全ては夢の中へ。仄暗い現実を消し飛ばす鮮やかな夢の輝きで全てを覆い尽くすのだ。

 そのためには私の力が必要だ。そして私の力に替えは無い。

 だから、この世界を維持する仕組みには、私を組み込もう。

 私の意思を全て消し去って、ただ機械的に楽園を維持する機構へ自身を作り変える。

 それが、私の決意。この罪を背負い続ける決意。そしてたとえ罪業に全てを奪われようと愛した世界を護る、私の追い求めた夢。

 少し寂しい現実に侵されて、少し大人になった私がそれでも諦められない、どうしようもない欲望。表面だけお綺麗で中身は腐っている目も当てられない羞悪の呪物。

 それでも、捨てられない。間違っているのに訂正したくない。

 どうか永遠に。あるいは全てを洗い流し正しき姿へ戻りますように。

 

   ☆

 

 流れてくるものは目を覆いたくなるような悲劇。手渡されるものは降りかかる不幸の主人への怨嗟。

 私が犯した罪の報いが、そこに満ちる全てだ。

 私は背を向けた現実をようやく知った。

 私が護りたかった人たちと同じ姿をした人たちが残虐に無情に死んでいく様を何もできないまま見続ける。

 その全て、私のせい。

 私が夢に溺れて分不相応な理想に手を伸ばした結果出来上がった。

 もしかしたら、一つ一つは私のせいではないのかもしれない。

 だけれど、ここに流れ込む不幸が集中したのは間違いなく私が原因だった。

 私と同じ姿をした誰が、私の妹と同じ姿をした誰かを泣きながら殺している。直後、後ろ姿を私の兄と同じ姿をした誰ががナイフで突き刺す。

 天涯孤独の兄が知らない誰かに身包みを剥がされ殺された。

 一人ぼっちの妹が孤独に耐えきれず首を吊っている。

 可能性は悪趣味なまでに私が愛していた人たちと同じ姿をした誰かを追い詰めていった。これこそが、世界の心臓なのだと言うように。そしてお前がここまで全てを悪化させたのだと主張するように。

 山ほどの悪意。谷ほどの絶望。海ほどの失意。空ほどの諦観。

 これらに比べたら私の決意のなんと軽いものか。罪は決して許されざることであるからこそ罪であって、どんな事情言い訳を並べたところで被害に遭った者にとっては安らぎにすらならないというのに。

 高尚さなんぞこの地獄を前には何一つ価値は無かった。むしろ私の高潔さは、地獄を生み出したという一点において何より忌み嫌うべき愚行ですらあった。

 目を覆うことすら許されない。耳を塞ぐことすら叶わない。

 既に仕組みと化した私に、悲劇鑑賞から退席することは認められていない。

 私はただ、軽率な過去の妄信により苦しむしかできないのだ。

 

   ☆

 

 考えることも、とっくに止めていた。

 ただ心を無にして、流れる可能性たちを選別する。

 幸福と分類される可能性は「楽園」へ。不幸と分類される可能性は廃棄口へ。ただ作業を続ける。

 あまりに単純で感慨も湧くことはない。

 そういう仕組みで動くから、私もそう動く。

 そこに不満なんて無い。そうあるべきだから、そうある。当然の摂理だ。

 同じものが何度も何度も流れてくる可能性を再び識別し、それぞれに相応しい場所へと送り届ける。

 それだけだ。

 同じことを、同じだけ。

 味気ない日常。

 私はまた、同じ日々を繰り返した。




 長らく期間が空いて申し訳ありません!
 気力が湧かない日々やゲームなどの他趣味で時間を使い続けた結果です……。
 今後このように間が空くと思います。また、勢いで投稿していた作品なので質が低下するだろうと思います。モチベーション低下の理由が設定の整合性が取れなくなってることなので……。
 妄想を作品にするってかなり難しいですね。妄想してない部分まで書かないといけない……。
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