「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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合流

 目を覚ました時に、かけた覚えもない毛布がかけられていた。

 リリィがやってくれたのだろう。

 正直、寝たくらいで体調が変わるわけではない。あらゆる体の不調は感じた端から魔法で癒してきた。精神的なものはすぐにぶり返すから、いつしか自身への治癒は常に使い続けるようになった。

 だから、快調である現状に、肉体的な違いは何もない。

 魔法を使わずとも、快調だ。

 つまるところ、精神が原因の不調も消えているということで。

 母の死から始めて、私は清々しい気持ちで起き上がったのだった。

 

 そんな、心に余裕ができたからだろう。

 アネモネ……母の死と入れ替わって生まれた妹が話しかけてきたのは。

 

「あの……お姉ちゃん」

 

 家族の絆といつか頭に浮かべた事があるが、アネモネと私の間にそれがあるかと問われたら首を傾げるハメになるだろう。

 私にとっては、母の死を象徴する子だ。他の妹たちとは交流があり思い出もあるが、アネモネに限って言えばそんなものは一つもない。

 もしも、母の死を受け止められていないまま彼女と向き合えば、私は彼女を恨むしかできなかっただろう。母の死を仕方ないと知った今でも、母はアネモネを選んだと嫉妬する気持ちがわずかながら、だが否定できない強さで心に巣食っている。

 もしも私の救済の旅に意味を与えるなら、彼女へ恨みを向けないでいられたことだと言えるほどだ。

 だからこそ、アネモネは初めて、私に話しかけてきたのだ。

 けれど、私はアネモネに、どう返事をしたら良いのだろう?

 

 彼女は、自分が生まれた瞬間には母が亡くなり父が狂ったことで、まともな保護者がいない状態で育った。

 本来なら私が親代わりになるべきだったのに、私はそれを放り出し無関係の人間を助ける事に終始した。

 彼女にとって家族というのはアナベルとリリィの二人だけだ。他は、その二人から話を伝え聞くだけの他人でしかない。

……いや、他人ならどれほど良かった事か。

 他人として認識してくれるならそれはありがたい事だ。それならアネモネの心は守られる。

 しかし話を聞くうちに彼女は知るはずだ。母がなぜ死んだのか、父がなぜ狂ったのか、そして私がどうして自分と徹底的に距離を置くのか。 

 自分が生まれてきたせいで不幸になった人たちと、アネモネが考えたならそれは悲惨な事だ。

 私は、その重荷を背負わせた事になる。まだ、生まれたばかりの子供に。

 生まれることは罪ではない。だが彼女は、アネモネは、自分が生まれた事を罪と思ってもおかしくない状況だ。

 もしも私も妹たちと一緒に優しく彼女へ接することができたなら、彼女の不幸を分けてもらえたのだろうか?

……今更、都合の良い考えだ。

 彼女が自身のことをどう思っていようと、私ができることは寄り添うことだけだ。今更、恥知らずに。

 

 だけど、いやだからこそと言うべきか。私は、アネモネの呼びかけにちゃんとした返事ができなかった。

 気軽に返事するのも、今までとは相当違うから困惑させるのではないか?

 優しく返事するのも、やっぱり変に思われるかも。

 というか、アネモネに関する事が全て今更すぎて、私が彼女へする全てが見当はずれでおかしいもののように感じる。

 何か返事をしなければならないとは思う。どうにかそれをしようとする。だが、そうしようとする旅に息が止まって苦しくなるし、手足は石になったように動かない。

 向き合うという覚悟が、嘘のようだ。

 悟ったような考えなんて、吹き飛んでしまうくらい。

 そうしてできたのは、絞り出してようやく出した苦い声での返事。

 

「な、に……かな。アネモネ」

 

 それだけの言葉を言い切るまで、どれだけ彼女の前から逃げ出したくなったか。どれだけ、彼女へ謝りたくなったか。

 だけど、今それをするのは自己満足でしかない。

 用事があったから話しかけてきたはずだ。私とアネモネの間には、そんな繋がりしかない。

 いきなり、私の感情をぶつけるわけにはいかない。彼女の用事を、邪魔してはいけない。

……だから、こんな後ろめたさしかない声を聞いて、やっと願いが叶ったみたいな笑顔を、しないでくれ。

 手を握らないで。私には、もうそんなことをしてもらうほど、自分を許せていないんだ。

 抱きしめないで。罪悪感で、死にたくなってしまう。

 まだ私は、君に許してもらえるほどのことを、何もしていない。

 だから、私を救わないで。

 けれど彼女は手を引く。

 救われなければいけないことなど、何もないように。

 私を一直線で救おうとするように。

 喜んでしまった顔を慌てて真剣な顔にして。

 私に、言うのだ。

 

「お墓参りに、いこう」

 

 母の墓は私たちが住んでる館の庭にある。

 正確には、母が死ぬ前の私が初めて使った、花を咲かせる魔法を使った場所の真ん中にある。

 てっきり花はもう枯れているかと思ったが、手入れがされているようで今でも花が咲き乱れていた。

 私は、母の墓へ行ける精神状態じゃなかったから、知らなかった。

 墓参りすらしなかった。

 墓を見たら、生き返らせてしまいそうで。

 いや、それは途中からだろう。母が死ぬ時にはまだ、死者蘇生なんてできなかった。世界中の人々を救うと決める時に死者蘇生の魔法を作ったから、その理由は言い訳だ。

 本当は、母の死を受け入れられなかったからだ。

 墓を見たら、認めなくてはいけない。

 それが、心の底から嫌だった。

 一番、目を背けたい事実だった。

 どこかで、頭は気付いていた。ただ、心が拒絶した。

 だから、一度も、墓を見た事がなかった。

 

「…………」

 

 母の名が、刻まれていた。

 それだけだ。

 思い出が浮かぶ。それだけだ。

 それだけだ。

 声を思い出すだけ。

 姿を思い出すだけ。

 笑顔を思い出すだけ。

 子守唄を思い出すだけ。

 撫でられた感触を思い出すだけ。

 褒められた記憶を思い出すだけ。

 愛された記憶が、思い出されるだけだ。

 

 なのに、なんでこんなに涙が出るんだろう?

 

 ただ、母の名があるだけだ。

 実際に死んだ時の姿を見たわけじゃないのに。

 この墓の下に、母がいるのかも、私は知らないのに。

 そうだ。本当は母は死んだのだろうか?

 だって、そう確信する何かが、私の中には何もないではないか。

 きっとどこかで母は生きていて、私はまだ無駄なことを悩んでいるのだ。

 だから、だから、きっと、何かの間違いだ。

 

「ぁ、ぁあ……」

 

 けれど、涙は、流れる涙はその逃げを許さない。

 今まで母の死を確信していたのに意見を翻し始めた脳とは違って、心はしっかり母の死を抱えて離さない。

 この事実を失わせてなるものかと。母が望んだものを潰してなるものかと。

 母が死を覚悟してでも遺したものを、否定などさせないと。

 俺の折れかけの魂は、妹たちのために鼓動していた。

 

「ああああ────」

 

 そんな俺に寄り添うように、アネモネが私の手を握っていた。

 

 

 ひとしきり泣いた後、俺はアネモネと話をしていた。

 しどろもどろに、けど苦しい声ではない。

 

「お姉ちゃん、スッキリした?」

「それは、その……うん。……ありがと」

「ふふ、うん」

 

 自分で言うのもなんだが、晴れやかな声で返事ができた気がする。

 こんな声、自分でも出せたことを驚くほどだ。

 今の今まで悩み続け迷い続けたけれど、それは正しく晴れた気がする。

 家族への後ろめたさなく。納得した上で。

 今なら、言える。本心から、混じり気なく。

 

「アネモネ、貴女が生まれて良かった。生まれてくれて、ありがとう」

 

 ああ、本当に、もっと早く言ってあげるべきだった。

 こんな、可愛い笑顔が見られるんだから。

 こんな、愛らしい子だって知ることができたはずなんだから。

 こんな、素晴らしい子なんだから。

 この笑顔のためなら、母が命を懸けるのも分かってしまう。

 負けた。でも悔しくない。

 心地いい、納得の味だ。

 母がそうだったように、私も命を懸けてでもこの笑顔を守りたいと思った。

 

「そうだ、お姉ちゃん」

「どう、したの?」

「お母さんに渡す、花冠を作ろ?」

「えっと、花冠?」

「うん。お母さん、好きだったみたいだから」

 

……そっか。生きてる時、贈ったことがあったっけ。

 好きだったんだ。いや、好きになった、なのかな。

 どっちにしても、ここで花冠なんて、なんて、都合が良いのだろう。

 ここには、花が大量に咲いている。

 あの花たちが。私の初めての魔法で、咲いた花が。

 母が褒めてくれた、私の花たちが、大量にある。

 そして、それは妹たちの花たちでもある。

 この場所で墓や花を手入れするのは妹たちしかいない。

 花冠を作るには、相応しい場所だ。

 ここの花で作る花冠は、きっと他の何よりも素晴らしいものになるだろう。

 

 握り合っていた手を引くのは、いつのまにかアネモネではなくなっていた。

 私はアネモネを気遣いながら、それでも待ちきれないと急かすように手を引いていた。

 花冠は、手作りにしよう。

 だって、魔法で作るのは、味気ないから。

 

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