「景色がきれいだよ」   作:人に戻った少女

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 ここからは前後のつながりもなく思いついたものを書いていきます。
 時系列や登場人物が分かりづらくなると思います。


おまけ
番外編/境界にて


 世界の欠け。忌まわしき大穴。先祖たちはそこをそう称した。

 俺はそう思わない。あそこは宝が湧き出る泉のようなものだ。

 無秩序な力の流れ。異界から流れてくるそれは人の身を簡単に天上へと押し上げる。

 魔法は、全能か?

 幼い俺は肯定を返しただろう。だが、今は違う。

 あれは過去へ手を加えることはできなかった。未来を見ることもできなかった。

 起こしたことは取り返しがつかない。当然の摂理だ。だが、真に全能を謳うなら摂理など無視してしかるべきだ。それができないなら、それは全能などではない。

 魔法は全能ではなかった。

 それに比べて、大穴から流れ出でる力はどうだ?

 過去は簡単に入れ替わった。未来はまざまざと目前に現れた。

 真の全能がそこにはある。

 この力さえあれば、俺は二度と間違わない。

 この力をもって、俺は全ての過ちを断つ。

 

 全てのプラム・ガーデンは男として生まれなければならない。

 

 だからこそ、お前が邪魔だ。プラム。

 俺と同じように生まれてきたのに、今ものうのうと生きている我欲の獣め。人を救うことを辞めた利己の悪魔め。

 可能性の枝葉として残すにはあまりに穢らわしい。力には責任が伴うことを理解できないなら、その力は相応しくない。

 だから道を開けろ。俺なら、俺の言葉が分かるはずだ。

……それでも退かないのか。

 俺も、お前も、大人だというのに。

 まだ子供のような駄々をこねるのか。

 

「当然。貴方は、私じゃないのだから」

 

 そうか。失望したぞ。俺たちはその力と責務に関して絶対的に同じだというのに、まだ個人の感情に執着するのか。

 それは無駄な感傷だ。いっときの救世主として在るには確かに女の姿でも良いだろう。なんなら、不幸を取り除く慈愛としてその姿は都合の良いものかもしれない。

 だが、楽園となる王国の主になるには、その姿では不都合が大きすぎる。

 その姿に威厳などない。子は親の偉大な姿をもって身を預けることができる。永遠に統治するものが、穏やかで優しく同情的であってはならないのだ。

 全ては淡々と、絶対的な支配者として。カケラたりとも疑惑など持たさぬように。一片の欲望も許さぬように。

 そうして初めて、全ての人類が救われる。

 なのにどうして、お前は阻む? 俺はただ、道を知らなかった頃の俺に道を示すだけだというのに。

 

「何度も言っているわ。貴方は、私じゃない。違う可能性に手を伸ばすのは、傲慢が過ぎるのよ」

 

 傲慢? いいや。それはお前の名だ。プラム。

 大穴に投げ込まれた同士だというのに、まるで全てを救えると錯覚した哀れな女よ。

 我々では人の心など救えはしない。一つの世界に二つの欲望があれば激突するしかない。

 酒池肉林の欲望は、貞淑の願いと同時に満たすことはできない。

 一人の欲望を叶えれば、その一人分の不利益を被る誰かが出るだろう。

 全てを等しく救うためには、全ての者に願望を捨てさせるしかない。

 俺はそれを選択した。そして、それを選択した可能性では呆気ないくらい容易に人は救われた。

 人の尊厳など、人の幸福には何も関係しなかった。

 外から見てそれを憐れむのは、それこそ傲慢ではないか。

 心あるが故の苦痛は、お前も知っているだろうに。

 苦痛の原因を取り除くことの、何が悪い?

 あの幼子を見よ。

 女として生まれたせいで母を亡くすまで追い詰め、身に過ぎた力をただ目を逸らすためだけに使う幼子を。

 良心と罪悪感だけで自傷に走る子供は、それを消すだけで楽になるのだ。

 幼子自身が望むことだ。そうしてやることの、何が悪い。

 

「まやかしよ。彼女はやがて、傷を癒し人へ戻る。それは、素晴らしいことだわ」

 

 いいや違う。人に戻ることは悍ましく忌み嫌うべきことだ。

 それは永久の苦痛を背負うということだ。

 目に映る全ての悲劇が映るたび、それを救わぬことへの罪悪感が押し寄せるということだ。

 それは、誰かに背負わせるべきものではない。

 全能の罪は、人に背負えるものではないのだから。

 全能でなくとも万能を持つあの幼子は、全能の罪に近しい罪を背負うことになる。それは、人の耐えられるものではない。

 一度、背負えず崩れたではないか。

 だからこそ俺が代わりに背負う。万能よりも上の全能である俺こそが、代わりに背負う。

 そして男である俺が背負う。女のお前ではなく、俺が。

 それこそが摂理だから。それこそ全能が背負うべき罪だから。

 

「論理がめちゃくちゃ。プラムを全て男にしようとしていながら、まるで一人で全部背負うような口ぶりね。重荷を誰かに分けたい気持ちとそれをしてはいけない気持ちが混ざってるわよ」

 

 お前にはわからない。わかるはずがない。

 人を見放したお前には、決して。

 自身を人柱として捨てた人全てを憎む、お前には。

 俺たちは猶予があったのに、5年という途方もない時間があったのに、全てを無為に終わらせたお前には、決して。

 5年。5年だ。それだけの時間があれば俺は世界を救うことができた。人の欲望を消し人同士を慈しむようにして、物質的な不足を解決し災害を消した。人は、たった5年で救われた。

 なのに、お前は何もしなかった。

 お前と俺は同じように生まれたというのに。

 お前はただ、無気力だった。

 己の悲劇にさえ目を向けず、世界を手放した。

 なぜだ。あの時のお前も、救えるはずだったのに。

 

「簡単。私は、惜しまれなかった。残念ながら、家族には惜しまれた貴方とは違うのよ。私は、いつだって人間未満だった」

 

 いいや欺瞞だな。お前には、母と妹がいた。それは、世界を救う理由になる。

 お前は、母と妹にだけは、愛を抱いていた。

 お前は逃げただけだ。ひたすらに臆病で罪を背負えないから、できるのに何もしなかった。

 家族の泣き声を知りながら、お前は目を背け続けた。

 あらゆる救いの手を払いながら、ついぞ人柱として大穴に落ちる日まで、他者の悲劇を嗤いながら時間を浪費したのだ。

 二度とそんなことが起きぬよう、俺は手を伸ばすのだ。

 プラム・ガーデンが男として生まれていれば、ここまでの不幸はなかっただろう。

 いいや。

 不幸がなかっただけではない。

 幸福だった。

 俺は、確かに幸福だった。

 男として生まれていれば、ここまで幸福なのだ。

 

「いいえ。私が男として生まれていても、大して変わりはしないでしょう。あの病理は、その程度で変わるものではない」

 

「結局のところ、可能性は残酷よ。大穴に投げられるその日に救われることを期待した結果、何も起きず私は大穴に落ちた。男に生まれていれば投げ込まれない訳でもない。貴方の存在がそれを証明している」

「けれどあの幼子は、自分でその必然を断ち切った。あの子は人柱にもならず大穴を塞いだ。分かる? 大穴は内側から塞ぐ必要があるなんて嘘っぱち。全ての私たちが集束するそれは、その実家族から植え付けられた偽りだったのよ」

「男か女かなんて関係無かった。あの幼子の母みたいに、私たちが狂うほどの相手がいるかどうかだった。化け物に等しい私たちを、しっかり子供として扱ってくれる誰かが」

「彼女は家族のために狂った。死に物狂いで奔走して、妥協しなかった。だから、私たちと違ってあの子は人に戻れる。勝者の彼女に、どうして敗者の私たちが泥を塗れるのでしょう?」

 

「妥協塗れの私たちとは違う。救わなかった私なら分かる。あの世界は救う価値のない世界じゃない。救う必要がない世界なのよ。あそこだけは、私が恨む世界じゃない」

 

 は。

 許されるわけがない。

 そんなことは許されない。許せない。

 お前は全ての人類を恨んでいたはずだ。

 誰も己を助けるものがいないことへ憤っていただろう!

 俺とお前は、同じはずだろう!

 だからこそ、俺はお前を許せていたというのに。

 同じ本心を持つからこそ、俺はお前が人を救わずとも許していたというのに!

 なぜお前だけが、そこまで穏やかなのだ。

 なぜお前だけが、救われている。

 なぜ、お前だけがこの身を燃やすほどの怒りを捨てられたのだ。

 

「は。笑わせるわ。貴方の姿こそが答えよ、私欲で幼子を貪ろうとする獣。私はね、いつだって倫理の境目に立ってきた。初手でそこを越えた貴方にはわからない。生まれた姿があって、辿るべき道があって、至るべき終わりがある」

「忌々しい言葉だけど、今だけは同意できる。あの幼子はあのままあるべきよ。この、憤怒など知らずに。人として生き、人として死ぬべき。そして、私たちの一員になるかもしれなかった彼女を人にしたあの世界も、あのままでいいわ」

 

「尊厳を捨て去ってまで、自分を正当化する気なんてないの」

 

 お前……!

 いまさら、辞めるのか!

 どれだけ多くの俺たちを見たと思っている!

 その全てに報いるために、俺たちはあの世界も許すわけにはいかないのだ!

 欲望を、心のすれ違いを、ありとあらゆる悲劇をいまだ残すあの世界を!

 俺たちの全てに諦めを抱かせた、全ての世界を!

 決して、許すわけにはいかない!

 だから、救う。

 もう二度と、諦めなど抱かなくても良いように。

 全ての俺たちが、希望を持って明日を生きられるように。

 全てのお前たちが、恨みなど持たなくても良いように。

 そのために、俺が行かなければならないのだ。

 

「いいや。ここで終わり。貴方と私は、ここで止まる。人の舞台に、獣は必要ないわ。やっと思い出したのよ。私が、何を望んでいたのか。何があったら満足だったのか。何で怒ったのか」

 

「私はただ、手を握ってほしかった。それだけで、私は人を許してしまったのよ」

 

「だから私は貴方を止めるわ。ようやく、私の手を握る世界が見つかったのよ。人の手を握らない貴方に、あの世界は相応しくない。もちろん、私もね」

 

「死になさい。利己の悪魔、我欲の獣よ。人を呪うしかない私たちには、楽園は過ぎたものよ」

 

「在るように、在るべき。そう在るものを、闇雲に変えるべきではないでしょう?」

 

 そうか。なら、決別だ。

 俺の手から逃れ得る者は一人もいない。

 俺の目から逃れ得る者は一人もいない。

 全ては俺が救済する。

 全ての嘆き、全ての苦痛、全ての悲劇を俺が癒す。

 その果てに、俺の憤怒は消え去るだろう。

 我欲の獣、利己の悪魔よ。

 ただ祈る者である俺たちこそが、楽園へと至るのだ。

 ただ、全てが幸せであれと望む俺たちだけが、世界を楽園へ作り変えることができる。

 

 仰ぎ見よ。俺こそが、世界を救う者である。

 悲劇を齎す世界を、変革する者だ。




 世界の大穴内部での出来事でした。
 本来、大穴は人柱で埋め立てられる予定でしたが、先祖の働きによって一人分の人柱で塞げるまで小さくなりました。そのたった一人の人柱になった√の主人公たちが彼らです。
 本編でさっぱりと終わらせないと別の話が始まるくらいな規模なので……。

 大穴は異世界に繋がってます。ただ、繋がった先の異世界は物理法則含めあらゆる道理が壊れきった世界のため、繋がったままだとどんどん法則を無視する力が流れ込んできます。
 先祖たちはその法則を無視する力を利用して、干渉できないはずの世界の枠を人力で作ろうとしたんですね。
 ただ、閉じきったらその法則を無視する力が無くなって最後の締めが失敗するので、どうしてもその力が溢れる大穴の中から穴を塞ぐ必要があったわけです。
 まあ、人柱になった人は永遠に穴の中にいるハメになるわけですが……。

 私はその話を見たい訳ではないので本編では語りませんでしたが、主人公が穴の外から穴を塞いだ時にこういう事が起きてました。
 主人公は本編内では長女だけどプラム・ガーデンの中では末っ子だからね。人柱のみんなは気にかけてたしホッとしてます。ただ男として生まれたプラムはこの救いが女の時しか与えられない可能性に気付いて発狂しますけど。妹が一人しか生まれないので、妹の負担がバカデカくなりますから。
 そんなわけで、実は男に生まれても、幸福かと問われたらそうではないのがプラムです。本編の√は母とアネモネが世界の光だった世界線ですね。主人公へ友好的に接してくれる世界線は非常に少ないです。そもそも母がガーデン家の早熟すぎる子を受け入れられる世界線が少ないです。
 だから大体のプラムは世界を恨んでます。世界の救済を掲げていても内情は別の自分たちを引き込みながら世界を滅茶苦茶にしてるだけです。下手に力を持っていたせいで被害が出た、子供の癇癪です。
 ただ、自分が愛されたかもしれない可能性だけで許せてしまうほど、善良でもあります。そしてその可能性に出会うまでに大量の愛されない自分に出会ってきました。
 この番外編を経て、全てのプラムたちは自分が落ちた大穴へ戻るでしょう。そして場合によっては、自分がしてきたことの罪深さに向き合うことになります。
 
 概要だけでこんな長いのに、これを本編に入れるなんてむりぃ……作品は終わらせることが肝心だから仕方ないです。
 本編以外では、こういった設定語りも多くなります。ご了承ください。
 
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