ミリタリー✖️東方Project   作:ポーラン

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第68章:過去を忘れないために

朝田三佐は他の将兵たちの語ったそれぞれの過去に静かに耳を傾けていた。そして、少し躊躇うように口を開いた。

 

「……私も、少しだけ話をさせてください」

 

視線が朝田に集まる。霊夢たちも、彼の言葉に自然と引き寄せられていた。

 

「私は……まだ25歳の若輩ですが、自衛官として一つ、忘れられない経験があります。2021年、ハイチで大地震が発生したときのことです。私は当時、国際緊急援助隊の一員として現地に派遣されました」

 

彼の声音には、若さゆえのまっすぐな想いがこもっていた。

 

「ハイチは建物の耐震性が非常に低く、都市部では多数の建物が倒壊しました。私たちは到着直後から、がれきの中に取り残された人々を助け出すため、必死に行動しました」

 

彼は一呼吸置き、言葉を続ける。

 

「けれど……瓦礫の山の中で、助けを求める声を聞きながら、どうしてもたどり着けない命もあったんです。重機もなく、時間も足りない。現地では、銃声が響く中でギャング同士の抗争が続いていました。災害があってもなお、人の争いは止まらなかった……」

 

朝田の拳が、膝の上でそっと握られている。

 

「私はそのとき、“力があるだけでは人は救えない”という現実を知りました。私たちは戦うためではなく、助けるためにそこにいた。それでも……守りきれなかった命があった。私はその事実を、今でも忘れられません」

 

霊夢がゆっくりと、真剣な眼差しで彼を見つめた。

 

「……あなたもまた、“守れなかった経験”を背負っているんですね」

 

朝田はうなずく。

 

「はい。でも……だからこそ、次は守りたい。ここでも、どんな形であれ。今度こそ、何かを失う前に、止められるように」

 

その言葉には、若き自衛官としての決意と、等身大の苦悩が滲んでいた。

 

 

 

静けさが戻った仮設会議室の中で、次に静かに口を開いたのは陸上自衛隊の山森一佐だった。年若い将校たちとは対照的に、落ち着いた低い声に長年の経験が滲む。

 

「……私も一つ、話をさせてください」

 

霊夢たちがそっと耳を傾ける。

 

「私は2011年、東日本大震災の災害派遣に従事しました。あの時、被災地は——まさに“全てが流された”という表現がそのままの光景でした。瓦礫の中に取り残された人々、壊滅した街並み……その惨状の中で、私たちは一刻も早く救助活動を行わなければならなかった」

 

彼はゆっくりと目を閉じ、あの日の記憶を思い起こすように言葉を続けた。

 

「しかし余震はひどく、原発事故も発生し、行動は制限されていました。現場では、目の前に助けを求める命があるのに、手が届かない、そんなもどかしさに何度も直面しました」

 

言葉に熱がこもっていく。

 

「ある時、私の部隊は、倒壊した民家の下に取り残された小さな子どもを発見しました。瓦礫を手作業で撤去し、ようやくたどり着いたと思った——しかし……一歩遅かったんです。私たちは、ただ小さな命が静かに消えていくのを見守るしかありませんでした」

 

彼の声は決して揺れていないが、その静かな語り口に、誰もが胸を締め付けられるような思いを覚えた。

 

「悔しかった。あの瞬間の無力さは、今でも胸に残っています。けれど、逃げることはできなかった。私はあの経験を経て、“もっと強くならなければ”と誓いました。そしてそれ以来、自衛官として“誰よりも早く、誰よりも確実に人を助けられる存在”になるために、訓練を重ねてきました」

 

彼の言葉は重く、そしてどこか温かかった。

 

「助けるというのは、ただ行動するだけでは足りません。覚悟と、準備と、そして心がなければ、守りきれない。私は今でも、あの時の子どものことを忘れていません。忘れないからこそ、前に進むことができるんです」

 

沈黙が場を包み込む。だがその沈黙は、重さと敬意に満ちたものであり、誰もが山森の言葉を心に刻んでいた。

 

 

 

重苦しくも、澄んだ静寂が仮設会議室を包んでいた。霊夢、魔理沙、早苗、アリスたちは、語られた過去のひとつひとつに、ただ頷き、言葉を失いながらも、しっかりと耳を傾けていた。

 

それはもはや「他人事」ではなかった。

誰かを守るために戦場に立ち、葛藤と後悔を繰り返してきた彼らの言葉は、ただの正義や理想ではなく、「実際にそこに居た者の言葉」だった。

言葉では語り尽くせない現実を生き抜いた者たちが、それでも希望を捨てず、人の命を守ろうとした、その事実に霊夢たちは深く胸を打たれていた。

 

そんな中、ドイツ軍のシュルツ中佐が静かに一歩前へ出た。年の頃は30代半ば、無駄のない動きと冷静なまなざしが印象的な軍人だ。

 

「私も、一つ話をしましょう」

 

中佐の声は穏やかだったが、その語調には重みがあった。

 

「自分はドイツ連邦軍・第56歩兵旅団に所属しており、かつてスーダンの内戦地域に派遣された経験があります。任務は、過激派勢力に対する対テロ作戦、並びに民間人の避難支援でした」

 

霊夢たちは静かに耳を傾ける。魔理沙の目は真剣で、早苗は息を呑んでいた。

 

「当時のスーダンでは、武装勢力が村を襲い、女子供までも容赦なく手にかけるような蛮行が繰り返されていました。我々が現地に入ったときには、既にいくつかの集落が焼かれ、多くの命が奪われていた」

 

シュルツはわずかに眉をひそめ、言葉を続けた。

 

「最も印象に残っているのは、ある夜の出来事です。我々が避難民の護衛をしていた時、武装集団が襲撃をかけてきました。激しい銃撃戦の中、我々は子供たちと女性たちを守るため必死で応戦しました。だが……我が部隊の若い兵士が一人、負傷した子供を庇って撃たれ、命を落としました」

 

一瞬、空気が止まったかのようだった。

 

「その兵士は、まだ19歳でした。彼は、自分よりも小さな子供を守るため、躊躇なく体を張ったのです。私は指揮官として……その死を、背負い続けています」

 

静かな言葉だった。だがそこにこめられた想いは、重く、真っ直ぐだった。

 

「我々軍人の仕事は、ただ敵を排除することではありません。守るべきものを見極め、それを守り抜くために戦うことです。私は今も、あのスーダンの大地に眠る部下のことを忘れたことはない」

 

中佐はふっと息をつき、そして穏やかな目で霊夢たちを見る。

 

「だからこそ、この幻想郷でも無意味な流血は避けたい。それが、彼の死が無駄ではなかったと証明する唯一の方法なのです」

 

その言葉に、誰も反論などできなかった。

霊夢はただ、深く頷きながら言った。

 

「……あなたたちは、本当に現実を生きているんですね」

 

アリスがそっと呟いた。

 

「だから、あなたたちの言葉には、重みがあるのね……」

 

沈黙の中で、兵士たちの過去はただ静かに、しかし確かに、幻想郷の者たちの心に刻まれていった——。

 

 

ひとしきり静寂が流れた後、フランス軍のマルク大尉が口を開いた。

 

「……私も話をさせてください」

 

その声には、わずかに震えが混じっていた。年若く見える彼は、まだ30に届くかどうかという顔立ちだった。霊夢たちが見ても、年の近い誰かのように感じられた。

 

「私は軍に入って間もない頃、あなた方とそう変わらない年でした。パリで起きた、あの同時多発テロの夜……私はその現場の一つに居合わせました」

 

彼の視線は遠くを見つめているようだった。言葉を選ぶように、しかし逃げることなく話し始めた。

 

「友人と街を歩いていたんです。普段通りの賑わい、音楽と笑い声……それが、ほんの数秒で地獄に変わりました。銃声、悲鳴、血の匂い。私はその日、人が倒れていく音を、忘れられないほど近くで聞きました」

 

霊夢たちは息を飲んだ。あの時、フランスの心を引き裂いた事件。その当事者が、目の前にいる。

 

「私はその夜、自分がどれほど無力かを思い知らされたのです。そして、誓ったのです。二度と、自分の国と人々をあんな恐怖に晒さないと」

 

言葉が徐々に重くなる。

 

「その後、私は志願してイスラム国との戦闘地域へ派遣されました。テロの根を断ち切るために。けれど……そこで私が見たのは、銃を構える戦闘員だけではなかった」

 

彼の目が一瞬、細かく震えた。

 

「爆弾を身体に巻き付けられた少女がいました。彼女は泣きながら、何も言えず……そのまま街の中心で、爆発しました。母親らしき女性も一緒でした。彼女たちが『自ら選んだ』ようには、到底見えませんでした」

 

空気が重く沈む。

 

「テロは突然に現れ、日常を破壊します。そして、その実行犯の中に“親子”がいたと知ったとき、私は……どうしようもなく、世界が壊れていると感じました。自分の無力さ、そして人間がここまで追い詰められる現実に、何もできなかった自分がいた」

 

魔理沙は拳を握りしめていた。早苗は唇を噛んでいる。霊夢も、ただ静かに彼を見つめていた。

 

「それでも、私は軍人であることを辞めなかった。誰かがやらなければならない。だから、私は戦うのです……人が人でいられる世界のために」

 

マルクの声が静かに、しかし確かに響いた。

 

アリスが、そっと口を開いた。

 

「……あなたたちの言葉には、痛みと、希望が混ざってる。だから、私たちに届くのね」

 

霊夢はゆっくりと頷いた。

 

「――だから、あなたたちはここでも、人を守ろうとしてるのね」

 

幻想郷にいる者たちにとって、遠い世界だった“戦場”の現実が、彼らの言葉を通じて確かに心へ届いていた。

 

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