ミリタリー✖️東方Project 作:ポーラン
沈黙を破ったのは、やや年長の男――パク大尉だった。厳格な顔立ちと落ち着いた声色は、場の空気を引き締めるようだった。
「私も……話しておこうと思います。あれはもう、10年以上前のことになります」
彼は淡々と語り始めた。
「私は皆さんと同じくらいの歳でした。兵役の義務で配属されたのが、延坪島――韓国と北朝鮮の海上国境線、NLL(北方限界線)に最も近い、まさに最前線の島です」
霊夢たちは知らぬ名前に小さく首を傾げながらも、彼の言葉をじっと聞いていた。
「2010年11月23日――あの日、島は突然、北朝鮮の砲撃を受けました。訓練中だった私たちは何が起きたのかもわからず、とにかく、陣地に駆け込んで応戦の準備をしました」
彼の目には、今も焼き付いているようだった。
「北からは100発を超える砲弾が飛んできた。我々は応戦しましたが、島は火の海になり、民間人も巻き込まれました。私の後輩は直撃を受け、即死でした……民家のひとつが燃え落ちたとき、中から出てきたのは母親と、子どもでした。腕に抱えていた子どもは、すでに息をしていませんでした」
魔理沙が声を失い、アリスが静かに目を伏せた。
「私は、兵士として何ができたのか、今でも考えます。北朝鮮とは、今もあのままです。けれど、あの日を境に、私は心に決めました。兵役を終えても、自分の意思で軍に残ると」
彼はしっかりとした目で霊夢たちを見据える。
「軍人として、国家の命令で動くこともある。しかし、私にとって延坪島での出来事は――ただの命令ではありません。人間として、戦争と平和の境目に立たされた瞬間だった」
早苗がそっと呟いた。
「……それが、あなたの覚悟なんですね」
パク大尉は小さくうなずいた。
「はい。戦争は遠い世界の話ではない。ですが、だからこそ……我々がその火種を消す努力を、誰よりも重く受け止めなければならないと、そう思っています」
その場には、再び静寂が訪れた。
だが、それは重苦しさではなかった。
戦場に立った者たちの“本音”が、幻想郷に静かに、確かに染み込んでいく時間だった――。
一同が言葉を失ったまま沈黙していると、場の隅に座っていた若い兵士が、ぽつりと口を開いた。
「……自分も、話します」
霊夢が振り向くと、彼はまだどこか少年の面影を残す顔で、しかし強い目をしていた。
「自分は、北朝鮮の山村に生まれました。貧しい暮らしで、学校もありましたが、まともに授業を受けた記憶はほとんどありません。小さいころから、勉強より仕事。田畑で、家畜の世話で……それが“生きる”ということでした」
彼の声は、静かに――だが明確に場を打つようだった。
「父は、韓国軍との小規模な衝突で戦死したと聞かされていました。“敵を討って名誉の死を遂げた”と、村では讃えられました。私はそれを誇りに思い、“大人になったら父と同じ軍人になる”と心に決めたんです。母もそれを信じて疑わなかった」
魔理沙が小さく息を飲み、霊夢は視線を逸らさず彼を見つめる。
「軍に入って、最初に配属されたのはDMZ――非武装地帯のすぐそばでした。毎日、双眼鏡越しに南を睨む。それが任務でした。時には、訓練中に同僚が南へ向かって脱走したこともありました」
テハン少尉は一瞬、言葉を止める。
「でも……私は逃げなかった。いいえ、“逃げられなかった”んです。捕まればどうなるか、私はよく知っていました。家族がどうなるかも。だからこそ、自分の居場所で“英雄”になろうと思ったんです。誇りを持って、国のために」
彼の目は、一度も逸らさず、霊夢たちをまっすぐに見ていた。
「でも……いまこうして、南の兵士たちと共に行動し、あなたたちと話している自分が、時々、分からなくなります。何が正しいのか、どちらが間違っていたのか……。ただ一つ言えるのは、“生き残ったからこそ”、今ここで話せている。だから、私はもう、自分に嘘はつきたくありません」
その言葉に、一同は静かに耳を傾けていた。幻想郷の少女たちは、誰も口を挟まなかった。
彼の言葉が、世界の“影”から発せられた、確かな“本音”だったからだ。
場に静寂が戻る。
テハン少尉の語りの余韻が残る中、たばこの煙のようにゆっくりと重く、ニコ中佐が口を開いた。
「……自分は、ジョージアの首都トビリシ近郊の町で生まれました。2008年、あなた方と同じような年齢のころ――南オセチア紛争が起きました」
霊夢が軽く目を見開く。
2008年といえば、彼女たちがまだ子供だった頃のことだ。
「ロシア軍が私たちの国境を越え、我々の家や町を破壊していった。……その日、私は父を失い、兄を失いました。軍人だった彼らは、祖国のために戦って、散りました。私は家族を“ロシア”に殺された」
彼の声は淡々としているが、その裏にある怒りと悲しみが、肌を刺すように伝わってくる。
「その時から、私は軍人になると決めた。父と兄と同じ道を選び、復讐のために銃を取りました。ロシアを、ロシア軍を、そしてプーチンやメドヴェージェフを――心底、憎んだ」
魔理沙が口を閉じる。
彼の語る「憎しみ」は、ただの感情ではない。それは、理性にまで染み渡った“存在の一部”だった。
「クリミア危機のとき、自分は義勇兵としてウクライナに向かった。あれは国家命令ではなく、私の意志だった。復讐のためだった」
だが、彼はふと目を伏せ、言葉の色を変える。
「だが……そこで見たのは、“少年兵”たちだった。16、17歳の若者が銃を持ち、戦場で命を落としていた。捕虜になった少年に話を聞くと――こう言われたんです」
「“祖国の英雄になれる”、“ウクライナ軍がロシア人を迫害している”、“これは訓練の一環だと聞かされた”――」
「彼らは“戦場”を知らない。ただ、“国の言葉”を信じて従っただけ。……私はその時、6年前の自分を見たんです。何も知らず、怒りに任せて銃を取った、あの少年の自分を」
彼の目が、幻想郷の少女たちを見つめる。
「敵とは、ただの“兵士”ではない。“正しさ”を刷り込まれた誰かの息子であり、弟であり、仲間なんです。私は、敵の顔に“かつての自分”を見るようになってしまった」
長い沈黙の後、ニコ中佐は静かに言った。
「復讐は、自分を“喰う”。――私はそれを、戦場で学びました」
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
霊夢も魔理沙も、ただニコ中佐の言葉を飲み込むように聞き、そして「なぜ彼らは戦ってきたのか」を、ようやく少し理解したようだった
ニコ中佐の語りが終わったあと、場には言葉が出なかった。
その沈黙は、どこか祈りにも似ていた。
華扇は、黙って中佐を見つめていた。
彼女の瞳には、うっすらと涙の膜が張られていた。
それを誰にも見られないように、袖でそっと拭う。
「……あなたたち、本当に……戦ってきたんですね」
絞り出すような声だった。
戦いとは、力の衝突ではなく、
心の痛みと喪失を背負っていく行為なのだと。
傍らで立っていた綿月依姫も、深く目を閉じた。
彼女の妹、豊姫は珍しく静かに佇み、視線を落としていた。
「……月の民として、我々は地上の争いを“愚か”と切り捨ててきた。だが……それは、あまりに想像力の欠けた裁きだったのかもしれません」
依姫の声には揺らぎがあった。
月の民が地上を見下していた理由――それは、「争いからの自由」という理念だった。
だが今、彼女の前には“自由の代償”を背負いながらも、なお誇りを持って立つ人間たちがいた。
「私は――“力”の意味を見誤っていたのかもしれない」
依姫の拳が震えていた。
そのとき――さとりが、ゆっくりと歩み出る。
紫も隣に立ち、二人は一瞬目を合わせ、何も言わずに頷いた。
「……私たちは、“見る”ことができます」
さとりは言った。
「あなたたちが歩んだ道、抱えた苦しみ、失ったもの、全てを」
紫が扇を閉じたまま言葉を継いだ。
「少しだけ――その記憶に、触れさせていただけますか」
マクファーソン准将は黙って頷いた。
そして、その場にいた兵士たちもそれぞれ頷く。
さとりがゆっくりと意識を開き、紫の能力がそれに同調する。
幻想郷の空間が淡く揺れ――
瞬間、記憶の海が解き放たれる。
――瓦礫の下で泣き叫ぶ子供。
朝田二尉『…すまない…君の親を助けれなかった…』
――銃撃戦の中、部下の名前を叫びながら駆ける若者。
スターリング准尉(当時)『ワイアット!!!』
――爆発のあと、静かに崩れ落ちる少女の遺体。
ナイジェル少尉(当時)『ど、どうして…』
――「敵」と教えられた少年兵の、震える声。
少年兵『………』不安気な表情を浮かべながらAK-47を
向けるそしてそれを見つめる、互いに銃を向けながら
シュルツ中尉(当時)『やめろぉぉ!』
――生き残った者の、どうしようもない無力感と後悔。亡くなった同僚達の遺体を見るパク上等兵(当時)
『くっクソおおお!!』周囲には立ち込める黒煙と砲撃でできた穴
それらの「現実」を、幻想郷の少女たちは直接、心で感じ取った。
視界が霞む。胸が苦しくなる。何も言えない。
さとりは、嗚咽した。
紫は、初めて見るように顔を歪めた。
あまりに重く、あまりに痛く――
それでも、それは紛れもない「彼らの真実」だった。
しばらくの沈黙。
そして、紫がそっと息をついた。
「……ありがとう。私たちは、忘れない」
幻想郷の少女たちの視線が、変わっていた。
彼らは“異邦の戦士”ではない。
喪失を知り、涙を流し、それでも立ち続けてきた人間たちだった。
そして、霊夢が小さく呟いた。
「……それでも、あなたたちは、前に進んでるんだね……」
――戦う理由。守る意味。
それを「痛み」と共に語った兵士たちと、
それを「痛み」として受け取った幻想郷の住人たちの間に、
確かな“理解”が、芽生えはじめていた。
マクファーソン准将は言葉を選びながら、しかし力強く語った。
「ここにいる皆さんに、言いたいことがある。
我々は確かに“部外者”だ。幻想郷からすれば、突然現れた、得体の知れない“軍”かもしれない。
だが――」
准将は一歩前に出て、制帽を静かに取り、胸に当てる。
「ここにいるのは、過去と向き合い、覚悟を背負い、
それでも立ち上がった兵士たちだ。
どうか、それだけは……忘れないでほしい」
その瞬間、静寂が空気を包んだ。
アレン少佐が背筋を正し、声を張る。
「マクファーソン准将に――敬礼!!」
ピシッ!!
一糸乱れぬ敬礼が、空間に響いた。
アメリカ軍、フランス軍、ドイツ軍、韓国軍、自衛隊――
肌の色も言語も違う兵士たちが、すべての違いを越え、
一人の指揮官に敬意を示していた。
その敬礼は、命令による儀礼ではなかった。
彼らが「信頼する者」へ向けた、真実の敬意だった。
そして――その光景を見つめていた霊夢たち。
霊夢は、拳をぎゅっと握りしめていた。
感情が胸を打ち、言葉にならない。
ただ、自分が「知らなかったこと」が、こんなにも多かったことに、驚いていた。
「軍人ってのは……怖いもんだって、そう思ってた。
でも、あなたたちは――泣いて、苦しんで、それでも人を守るために動いてるんだね」
霊夢の声は、震えていた。
魔理沙は黙って帽子を目深にかぶり直し、
小さく笑って言った。
「へえ、マジメなヤツらじゃんか。ちょっと……見直したぜ」
早苗は目を潤ませ、
「私たちと、何も変わらない……いえ、むしろ……」
そう呟いて、俯いた。
依姫は静かに歩み寄り、帽子を取ったマクファーソンの前で姿勢を正した。
「……幻想郷は、長い間“外”の痛みを知らなかった。
でも今、私たちはあなたたちの“重さ”を知った。
どうかこれからは、“敵”ではなく、“共に歩む者”として、向き合っていただけますか」
准将は黙って頷いた。
幻想郷と“外の世界”――
その間に確かにあった深い溝に、
初めて「橋」がかかりはじめていた。