例え全てが虚しくとも。
物心着く頃から、私は兵士として育てられていた。
今にも落ちて潰されそうな曇天の下にある粗末な家に住んでいて、雨が降れば家は浸水するし、雪が降ればミシミシと壁が嫌な音を立てる、そんな家だった。
日々の訓練で失敗するとムチで思い切り教官に叩かれることだってあったし、むしろそれが日常で、私たちの『普通』だった。
私の他にも色々な人が叩かれてて、まるで見せしめみたいな、公開処刑のような…そんな『教育』が行われていたから、恐怖を原動力にして日々の訓練を乗り切ろうとした。
そんな学校…学校と言っていいのかはわからないけど、最初はこんなのではなかったみたいで、物資を巡って戦った内戦の末にこうなってしまった…のだと思う。先輩がそんなことを言ってた。
先輩曰く、「お上の人が戦争を終わらせて、効率的に配分するためにこうなった」
と感情を押し殺したような声で言っていたが、これは多分……本心じゃない。「処罰」が嫌だからこう言ったのだと思う。本心としては、
——「上が変わったせいでこんなになってしまった」
そう言いたかったのだと思う。
中学生に上がってからは、もっと訓練が厳しくなって、でも食事の配給は変わらなくて。
「どこが効率的なんだか…」
「おい、今お前なんと言った?」
「何も…言っておりません。」
こんな会話を幾度しただろう?教員の機嫌が悪かったのか、一度…とんでもない目に合わされた。
全身の骨が砕けたようなあの時の感覚は恐ろしくて思い出したくもない。
そんな中学生の頃、私はこの学校からの脱出を試みることにした。
失敗すれば…何をされるかわからない。もしかしたら化学兵器だとか、生物兵器の実験台になるかもしれない。
でも、どのみちこのまま死ぬくらいなら、何かして死んだ方がマシだ。
思い立った日から、こっそりノートをくすねてきて家の中で計画を練った。
ノートが見られたら困るから、あのボロっちい家の床を剥がしてから穴を掘って、いくつかそこらに落ちてた木片をそれにはめ込んで浸水を防ぐ簡易的な仕切りを作ってそこに隠した。
訓練はほぼ毎日違う場所で行われた——行軍演習も含んでいたのだと思う。
だから、自治区の構造を必死に覚えて、その度ノートにメモをしていった。
そうしていると、大体の構造が見えてきた…簡単に言えば迷宮。敵の侵入を防ぐために迷路みたいになっていて、脱出はかなり難しい…いや、それは陸から行った時の話。
私は銃の成績も体術の成績も良好な方だったから、色々な特殊訓練を受けていた。
それを生かして壁を登っていけば、簡単に外に出れるはず。屋根に爆薬をくくりつけて脱出しよう。
しかし問題は…爆薬をどう手に入れるか。ノートはさほど重要じゃないから、簡単にくすねられたけど爆薬はそうも行かない。班のメンバーにバレずに爆薬を取り替えることは不可能。
夜中、こっそり家を抜け出して夜間偵察を行ったところ、弾薬庫の見張りは六人。教員はいなかったから、襲撃すれば…すぐに奪える。何回か偵察を続けて、見張りのローテーションを把握しようかと思ったが、リスクが高すぎるからと今回限りで偵察は終わらせた。
それからは見張りのグループの戦闘方式をよく観察して、弱点になりそうなところを探して行った。狙撃兵の支援が厄介。前衛のショットガン2名はあまり銃の精度が良くないみたいで、乱射していたからやろうと思えばすぐに鎮圧できる。リーダーのライフル兵は…うん、かなり厄介だった。銃の精度も撹乱も上手で、近接格闘に関しては私よりスコアが上だった。
名前は確か…「錠前サオリ」と言ったっけ。あの人と戦ったら…絶対に負ける、とは言わないけど時間を稼がれてしまう。
そこで、私は教員にある提案をした。
「班の編成を入れ替えて、即席チームでの練習を繰り返すことで実戦の時混乱が生まれにくくなるはず」
話す教員には十分に気を使った。なるべく穏健そうな人に話しかけて、持ち込んでみると約束させた——私の提案ということは伏せさせて。
結局この提案は受け入れられて、数週間後の訓練前に「班を変更する。こちらで既に班は決めているから、呼ばれたら返事をして指定の場所に集まれ。後ほど訓練の内容を伝える。」
と教育が行っていた。
私は運良く弾薬庫の見張りに任命された。
他のメンバー…は正直、あまり強くなかった。軽く模擬戦をしたら一瞬でカタがついてしまったから、とても申し訳なくなった。
見張りになって数日が経ったが、私は動かなかった————否、動けなかった。
前任の見張り班が監督員としてずっと訪れていたのだから。
二週間が経っても監督員は毎日来ていて、しかも私達より先についていることもあったから来る前に班員を鎮圧するのも難しい。
そこで私が取った行動は………
演習時に仕掛けておいたC4爆弾を弾薬庫までの道に設置して発破、みんなが気を取られたその隙に煙幕を巻いて持っていたM4A1カービンで班員の頭を撃ち抜いた。
数発撃ち込まれ倒れた班員から装備を奪ってM4A1にサプレッサーをくっつけた。
監督員の狙撃兵の位置は覚えてる。
アイアンサイトに合わせて数発指切り射撃を行うと「ぐっ」という悲鳴と共に葉っぱが揺れた音がした。
風で煙幕が薄くなってきたからか、ショットガン持ち二人が私の方に乱射をして前進をして来た。
思い切り地面を蹴り上げ上空に浮かんでから
「あなた達に罪はないけれど————今は、こうするしかないの」
奪った拳銃…ベレッタM92を撃ち込み気絶させた。
瞬間、後ろから強烈な寒気を感じさせる殺気が皮膚に「刺さった」。
着地する直前に拳銃を撃ち反動で着地狩りを避けると、そこには…
「やはりやるか、永葉シウ。マダムからお前については警戒するように言われていた。逃げれると思うなよ。vanitas vanitatum et omnia vanitas、抗うことはやめて投降しろ」
「全てが虚しくなら、意味を作ってみせる。抵抗の灯は消えることはない!」
閃光弾を頭上に投擲して素早く横に数メートル移動し、射撃を繰り返す。
サオリは閃光弾を撃ち落として素早く私に反撃を行って来たが、それは予想してる!
地面が抉れるような踏み込みと共に近くにあった建物の壁に飛び込んで、立体起動を開始。
拳銃をサオリに撃ち込みながら壁を伝っていくと、この動きは予想外だったのか少しの硬直を彼女は見せた。
「煙幕投擲!」
「ちょこまかと…!」
そう言って私が投げたのは「閃光弾」
サオリは私にサイトを合わせている。今回は撃ち落とせない!
閃光が炸裂する前、地面…壁に煙幕を叩きつけて閃光を直視しないようにすると、サオリは驚いた表情を見せた。
パン、と閃光が空間を支配し、私はサオリを体重をかけて押し倒し、ライフルを彼女に向けた。
「サオリ、あなたは強い。………アリウスから逃れる私を許してとは言わない。みんなを…アリウスをよろしく」
そう言って両手両足を拘束し壁に寝かせるとサオリは
「何故…撃たない?」
「怪我を…させたくなかったから。それ以外に理由はないよ」
「そうか…全くわからんやつだ。生まれるところを間違えたんじゃないか?」
「ふふっ…そうかもね」
私は弾薬庫にかかっている南京錠を拳銃で吹き飛ばして弾薬庫の中に入る。
いくつかの爆薬と弾薬を手に入れて、その場を去った。
そのまま通路を通るわけにはいかなかったから、そこらへんにあったグレーのパーカーを着ていくことにした。フードでも被れば少しはカモフラージュになるだろう。
ダッシュでカタコンベの中を駆け抜けて行って、いくつかの壁を爆弾で破りながら、確かに「アリウス」から離れていくのを感じた。
いくつかの見張りをサプレッサー付きライフルで倒しながら進んで、ようやく外につながる通路を見つけた——はずだった。
確かに外への門は開いていたが、目の前には…「錠前サオリ」…後の「アリウス・スクワッド」と呼ばれる4人がそこにいた。
「サオリ…」
「…………」
重苦しい沈黙を破ったのは、「戒野ミサキ」だった。
「逃げてどうする気。虚しいだけなのに」
「虚しいって考えることも…また虚しさだよ。私は何かしない虚しさより、何かした後の虚しさを選んだ。それだけ」
銃の弾薬は一マガジンあるかどうか。スクワッドを相手する弾薬はない。
「シウ。」サオリが呼びかける。時間稼ぎなら、これに応える必要はないけど…なんだか、答えた方がいいような気がした。
「どうかした?道を開けてくれる気にでもなったの?」
少しの皮肉を添えて言うと、サオリは気にも止めずに
「ああ。好きにしろ。スクワッドの任務は失敗だ。例え全てが虚しくとも、意味を作ってみせる、ならもう好きにしろ。ここで負けたらお前は隠し持っている梱包爆弾で自爆する気だろ」
…何故自爆すると思われたのか心外でならないが、道を開けてくれるなら…それに越したことはない。
トラップがないか気を研ぎ澄ませて確認すると、スクワッドは何も仕掛けていない——つまり、私を本当に通してくれるってこと。
「ごめんね…みんな」
そう言ってアリウスから全力で逃げた。
数時間全力で走ってついた先はブラックマーケット。
近くの廃墟に身を隠して息を整えてから、私は決意した。
「何があっても、私の抵抗の灯は…自由への灯火は消えてはならない。アリウスを解放して、スクワッドのみんなも、班員のみんなも救い出してみせる」
これが、私…永葉シウの物語。
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