やりたい放題アーカイブ 作:ブルアカ二次創作@本拠地はpixiv
「先生が『部室でお昼一緒にどう?』だって!」
修羅場の徹夜、その直後。瞳孔かっぴらきのモモイの一言に、皆がテンションを上げた。ちょうど新作のマスターアップが仕上がって、その旨を先生に伝えたところ、わざわざ時間をとって祝いにきてくれるとのことだ。嬉しい。
そんなわけで各々が備えるため散った。アリスちゃんはセミナーへデータを届けに(気密性の観念でUSBの手渡しを義務付けられている)、モモイは購買にピザを買いに、ミドリは……なんだろう。美容院かな。まだ十時だから間に合う!と言って凄い勢いで出て行った。ミドリ、先生大好きだからなあ。モモイも温かい目で見送っていた。
残された私は部室の片付けだ。それはもう無残な有様だったので、先生が誕生日に送ってくれたプライベート用……のメイド服に着替えた。家事用とのことだった。他意はない。うん、たぶん。すごいキラキラした目で渡されたけども。うん。
先生が来てくれるのは久々で、しかも皆一緒。ピザを皆で食べてパーティーゲームもして、他愛の無いことを喋って……考えるだけでうきうきして、顔がにやけそうになる。
先生は不思議な人だ。先生が見守っててくれると、なんでもうまくいく気がしてくるし、実際、どんな過程を辿っても、最後には丸く収まってしまう。
先生と、それからアリスちゃんと出会うまでは、私は私が好きじゃなかった。外が凄く怖くて、モモイとミドリが来てくれて、私に期待してくれて、でも、私は長いこと応えられなかった。ずっとずっとロッカーの中に引きこもっていた。
そんな私が、ちゃんと……人並みにはいかないけれど、アルバイトをしている。メイド喫茶や、遊園地の着ぐるみのバイトをなんとかこなしている。私の世界が一気に広がって、それが少し怖くて、でも、自分が変わっていくのが嬉しくて。
皆も、先生も、誰か一人と出会わなかったら、今の私はないけれど。でも、私の世界が広がるように一番助けてくれたのは、先生だ。
片付けはすいすい進んで、三十分くらいで終わった。……アリスちゃんとモモイ、遅いなあ。よく考えたら、ピザは出来立てのほうがいいし、先生が来るまではアリスちゃんとクエストかな、たぶん。
思いがけず時間が空いた。……仮眠をとろうかな。例によってセミナーの期限ギリギリの修羅場だったから、睡眠時間も詰め詰めだった。不健康と友達なゲーム開発部じゃいつものことではあるけど、それでも今回はキツかった。クマとかできてないかな……ミドリは最近お化粧にお熱だったけど、私も勉強すべきかな。……おめかしとか、ちょっと、憧れるかも。
まあ、とにかく少し寝よっかな。ロッカーで。
がちゃり、とロッカーの戸を閉め、クッションに座り込んだ。眼をつむると、私はすぐに夢に落ちた。
目を覚ます。スマホは十一時を指す。ちょっと早いな。でももう眠くない。体内時計が完全に壊れてるみたいだ。
その時、部室のドアが開く音がした。
「お邪魔しまーす」
「よく来おったな、先生!」
先生とモモイの声。予定より早く来たみたいだ。ロッカーから出よう……と思いかけて気づく。私は寝起きだ。ヨダレとか出てるかも。いけない、いけない……と手鏡を取り出し、スマホのライトをつけようとしたその時、モモイは言った。
「ユズー、ロッカーにいるー?」
返事をしかけて、思わず飲み込む。違和感を感じた。
どうしてそんなこと聞くのだろう?私は部室の片付け担当だ。私が部室に見当たらないなら、ロッカーに当然いる。お手洗いに行っている場合を除けば。
いや、そうではなかった。理屈ではない。もっとこう、動物的直観に基づく違和感だ。
目が覚めていく。そうだ。声のトーンだ。ほんの少し、いつものモモイより低いんだ。うまく言語化はできないけど、こう、まるで…いないほうが助かる、好都合だ、みたいな。それも、モモイは感情をストレートに出す人だけど、それを念頭に置いて、ちょっぴり注意深く聞いてきてる…みたいな。
この時の私は、かなり勘が冴えていた。今思えば。
私は、悪いとは思ったけど、呼びかけに応じなかった。あえて、黙った。
「ユーズー?」
モモイはのそのそ歩いてきて、コンコンとロッカーをノックした。
やっぱり変だ。…なんというか、自然なモモイのすることじゃない。モモイはああ見えてかなり気配りのできる子だ。私がロッカーの中に入っている時は、出てくるように急かすようなことはしない。皆が揃って私待ちになったのならノックぐらいはするだろう。でもまだミドリもアリスちゃんも来ていない。
……静寂がしばらく続いた。
「居ないのかあ。お手洗いかな?」
モモイの次の一言で、私の直感が正しかったと分かった。
「パパ、先にゲームでもしてよっか!」
ノドが鳴りかけて、慌ててそれを飲み下し、お腹の奥に沈ませる。
え?
モモイ?え?
「はは、そうだね」
頭がぐるぐるする。モモイが何か言ってるけど、わからない。
………………いや、気をしっかり持つんだ。深呼吸しないと。
ゲーム機の起動音が聞こえる。二人は何か喋っている。まだ何を話してるのか聞き取れない。吸って、吐いて、…落ち着いてきた。頭の中の熱が徐々に引いていく。
……パパ、これ前に勧めてたの、やったよ…凄い名作だね……
……そうでしょ、私が小さいころの……
心拍が落ち着く。会話が聞き取れるようになる。
……ええと、状況を整理しよう。
モモイは、先生をパパと呼んでいる。私がこの部屋に居ないのを念入りに確認したうえで。そして先生も、パパ呼びに突っ込みを入れない……。
いや、わからない。どうして?二人はその、そういう……?いや、でも、二人とも、ゲームについての話しかしていないみたいだ。パパ呼び以外は、あまりにも普通の会話だ。
おかしい。得体が知れない。
「それでさ、パパ。どの辺まで行ったの?その…なんというか、大いなる計画!」
「大いなる、かな…まあ大がかりではあるね。順調だよ、とうとうあと半分くらいなんだ、まだ私を家族と思っていない生徒は」
「マジでやるんだね」
「これが一番いいと思うから」
「まあ、ユウカとか……は大変そうだけどさ……」
「ユウカもそうだし。特にトリニティとかゲヘナとかね…」
「あー、聞いたことあるよ。身分がどうとか…あと、スランピアで私たちと組んでた生徒会長さんも」
「うん、大変だからさ」
「……パパにも必要じゃない?そういう、ケアが。いつも激務じゃん!あちこちに頼られてさ。レッドウィンターで同人誌のアシスタントしたとか、ゲヘナ行き列車に乗ったら爆破されて横転したとか聞いたよ?」
「ははは、私は大人だからいいんだ。好きでやってるんだよ、色々起きるから楽しいしね」
「ふうーん…あっ、アリスからモモトークだ。……アハハ!ユウカに捕まったってさ!なんか着せ替え人形にされてる」
「助けに行こうか。多分戻るころには二人とも来てるだろうし」
「だね、いこっか」
二人の足音が遠ざかる。ドアの開く音、閉まる音。
ええと。
どうしよう……。
なんとなく、絶対聞いちゃいけない会話を聞いてしまった事だけはわかる。
私の知らないところで、先生とモモイはおかしくなってしまったのか?
……いや、それか、私がいるって本当はわかってて、たちの悪いイタズラを仕掛けてきてるのかも?
いや、モモイと先生はそんなことしなさそう。するにしても私以外をターゲットにするはず。ユウカ先輩とか。
………考えても判らなそうだ。このままじゃ、時間だけが過ぎてしまう。
とりあえず、先生とモモイが戻ってくるとまずい気がする。今のうちに部室を出よう。行くべきは…セミナーかな?それともC&C?それとも特異現象捜査部?
そうだ。ヒマリ先輩だ。あの船に乗った時のヒマリ先輩は、いろんな学校の精鋭を率いていた。平時は何をしてるのかよく知らないし、連絡先もわからないけど。
とにかくセミナーだ。そこから繋いでもらおう。
ロッカーを出るんだ。
ただのドッキリだったらそれが一番いい。でももし、先生もモモイも、本当におかしくなってしまったのなら、今度は私が皆を、先生を助けなきゃ。
もう昔の私とは違うんだから。
ロッカーの戸に手をかけ、押す。
外に出
「ユーーーーズ?」
心臓が大きく跳ねた。
満面の笑みの二人がそこにいた。
「驚いた?」
「あははは!ごめんねユズ。ユズのサンダルあるから、いるの知ってたんだ」
「モ、モモイ?先生?」
二人とも、なんだか目がおかしい。とろんとして、瞳孔が開いている。
「部室のドア開けてさ、外に出ずに閉めて、二人で抜き足差し足したんだよ!私、ステルスゲームのシナリオ書いてみたいかも。どう思う、ユズ?ふふふ」
「う、うん…その、私ちょっと、急用が…」
「ダメ」
揃ってそう言い二人が私を追い詰める。ロッカーを塞いできて、出られない。
目が、怖い。すごく怖い。
「聞いちゃったでしょ?と言っても聞かせたんだけどさ。先生が、『今の』ユズのびっくりした顔を最後に見たいって言うから…」
「モモイ、ごめん!」
私はモモイを突き飛ばした。部室から出ないと!
ドアまでの数メートルを駆け抜け、ドアノブを握って押そうとした瞬間、私ではない力によってドアが開いた。勢い余って転んでしまう。
「ユズ?どうしたんですか?」
「ユズちゃん?」
アリスちゃんとミドリだ。安心しかかって、でもすぐに絶望の淵に落とされる。
この二人も目がおかしかったからだ。
アリスちゃんは私と、尻もちをついたモモイと、先生とを見比べて、ぱっと表情を明るくした。
「なるほど、理解しました父上!ユズを加えて、これでゲーム開発部はみんな家族ですね!アリス、嬉しいです!」
アリスちゃんは私をわけなく捕まえて、くるりと後ろを向かせ、羽交い絞めにした。必死にもがくけど、アリスちゃんの力に敵うわけがなかった。
「お父さん、ユズちゃんが真っ青だよ!?あれ本当にやったの!?」
「あはは、その、家族じゃないユズとはもう話せなくなるからさ…」
「んもう!変なとこで子供なんだから!」
ミドリが、先生に、敬語でなく自然体で話している。信じられない。
モモイは立ち上がって、近寄ってきた。
「ユズ!なにも突き飛ばすことないじゃん!お尻打っちゃったよ!」
「モモイ?嘘だよね?みんな私の事、からかってるだけだよね?」
「ええ?ユズはそういうの好きじゃないじゃん!さっきのはパパがどうしてもって言うからやっただけだよ」
そうじゃない。そうじゃないんだ。
「あっ、気にしないでねユズ。別に突き飛ばされたのを根に持ったりしないよ。ほら、ドッキリ仕掛けたのは私と先生だし。それに、今日からは私がユズのお姉ちゃんになるわけだし?」
「あ、あ、ああああああ」
「ユズ、暴れてもだめですよ!あのゲーム風に言えば、『お前も家族』です!」
「ユズちゃん、そんなに怖がらなくていいんだよ。すぐに良くなるから。ほら、涙拭いてあげる」
ミドリはハンカチで私の目元を拭う。
「パパー、そろそろセッティングOK?」
「うん、できたよ」
先生も近寄ってきた。右手には、いつも持っているタブレット。左手には、ヘルメットみたいな形の変な器具。ヘッドフォンのようにも見える。
それを、頭に着けられた。
「しばらくユズの脳波を読み取るからね。怖いだろうけど、少しの間、ごめんね」
私はますます抵抗する。効果は全くない。
涙がこぼれていく。恐怖と焦燥で心臓が暴れる。過呼吸になりそうだ。
「せんせい」
「なあに、ユズ?」
「どうしてですか」
「え?」
「どうして、こんなこと…」
「あっ、それ私も気になってた!」
「アリスも気になります!」
「……お父さん、前にちょっと言いかけてたよね。私も聞きたいかも」
「……楽しい話じゃないよ?」
「苦難を一緒に乗り越えるための家族って、パパが言ってたじゃん!」
「う、うーん……いいのかな」
「お父さんはなんでも抱え込み過ぎだよ。それぐらい、私たちにこぼしてもいいんじゃないかな」
「そうです、父上と私たちは、家族でパーティーです!」
「そっか。……そうだね、誰にも話したことなかったけれど。ユズも聞いてくれるかな」
もがいて、もがいて、もう体力を使い果たしてしまった。体がぐったりして、半ばアリスちゃんに抱えられる格好になる。
私は先生の問いに、反射的に頷いた。それは先生をまだ信じているからかもしれないし、話の内容によっては、逃げるスキが生まれるかもしれないという考えからか。頭がパニックで、もう自分にもわからない。
「私はね、昔、結婚していたんだ。娘もいた」
話を聞きながら、脳裏に、アリスちゃんが攫われた時の先生の顔が浮かんだ。
「でも、娘が皆ぐらいの年になった頃、交通事故に遭ってね」
病室で眠るモモイを見る、先生の顔。
「即死だった。車に轢かれて即死なんて、キヴォトスじゃ考えられないよね。妻はショックで心を病んでしまって、しばらくして亡くなったよ」
アリスちゃんが帰ってきた時の、先生の顔。
「私ももちろん、辛かったよ。死んだ人は帰ってこないから、いつまでも嘆くだけではいけないんだけどね。頭ではわかってたけど、それでも自分をずいぶん責めたよ」
みんなでゲームをしている時の先生の顔。空が赤くなった時の先生の顔。モモイにゲームをねだられている時の先生の顔。フリーパスを渡したときの先生の顔。メイドカフェに来てくれた時の先生の顔。脱走した私を、店の外まで探しに来てくれた時の先生の顔。
「だから、子供を守る仕事をしたくなってね。家族を守れなかった償いじゃないけど、一番頑張れそうな仕事だと思えたから。ただ、この前のシャーレが爆発した時の事件で、私も色々考え直してさ。それから、このシッテムの箱の機能に気付いた」
私は何をしてたんだ?
先生はいつも苦しんでたんじゃないか。私が経験した痛みなんて比べるべくもない。先生は、死んだ娘と同じ年頃の子供たちを助けるために、傷ついて傷ついて、死にそうになってもまた立ち上がって、ずっと胸の内を誰にも明かさずに苦しみ続けてきたんだ。
その先生に、私は何をしてあげた?
「キヴォトスって、頼れる大人がほとんどいないからね。たまにいるけど、本当に少ないから。家族って概念もほとんどないみたいだし。せめて、皆が私になんでも相談してくれたらいいけど、単純に生徒が大勢いるし、なにより私は『他人』だからね。しかもみんな年頃だからさ、リオとか、その他にも大勢が、一人でずっと抱え込んでしまう。キヴォトスの構造が問題なんだ。だから、もしみんなが家族だったら、もっとうまくいくようになるんじゃないか、ってね。思いついた」
私は昔から、ちっとも変わっていなかったんだ。
私も先生を苦しめていたんだ。
それで、先生は壊れてしまった。
わたしなんて、
なんだろう。ぼんやりする。
知らない記憶たちが見えてきた。
長い黒髪の、小さな女の子。ランドセルを背負ってる。
小学生ぐらいのアリスちゃん。
私の、
いもうと?
体が弾けるように、ひとりでに暴れだした。
「わっ、びっくりしました!」
「始まったね。辛気臭い話はここまで!みんなで、ユズが怖くないように抱き着いて」
「ユズ、大丈夫だよ!深呼吸して!すぐ慣れるから」
「ユズちゃん…あ、これからはユズか。大丈夫だよ、怖くないよ」
「みどり、みど、り…」
唇が引きつって、上手く話せない。
「何、ユズ?」
「みどり、は、…せんせえの、こと、す、すき、だって」
「うん、好きだよ?家族だもの」
わたしも、ミドリみたいになるんだ。
忘れてしまうんだ。この気持ちを、全部。おとうさん
先生がそばにいるのが、当たり前になってしまうんだ。
嫌だ。嫌。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
嫌だ。
嬉しい。
うれしい。うれしい。うれしい。うれしい。
かぞく。
「……………………………………………………………………………………………」
どうしよう。とんでもないものを読んでしまった。
夜八時。ゲーム開発部に差し入れを持ってきてみたら、ユズ以外は珍しく外していて、唯一いるユズはソファで寝ていた。
そして、机の上のPCに映し出された「超極秘シナリオ草案」に目が留まった。事前にモモイから「いいシナリオができたから読みに来てよ!」というモモトークをもらっており。これがそれだろうと早合点し、読んでしまった。「シナリオができたから」と言われて来て実際あったのが草案な時点で察するべきだったかもしれない。しかし、モモイのことなので「いいシナリオ(の草案)ができたから」という、要点だけの文章だったのかと思ってしまい。
まあ、それで。
この空想日記的な文章を、読んでしまった。
「……よし、忘れた!私はなんにも見ていない!」
大人の必殺技を切り、ソファに座ろうとすると、目を覚ましたユズと目が合った。
「……」
「……」
「……な、なにも読んでないよ」
「……」
ユズは顔を真っ青にした。やっぱり彼女が書いたものらしい。
「……」
「……こ」
「こ?」
「こ、殺してくださいいいいいい……」
ユズはクッションで顔を隠してしまった。
このあとめちゃくちゃ慰めて、読んだこと全てを忘れることを指切りげんまんで誓った。
モモイ「ユズは昔から先生の娘じゃん?」 完