ザ・デッドヒートブレイカーズ ~デッドヒート・ゼロ~ 作:ぐるぐるチャンポンスープ明太子サラダ
初投稿なので、温かい目で見て頂ければ幸いです。
――轟音。
赤い光。
そして、声にならない悲鳴。
「……っ母さん……っ、父さん……!」
黒猫の子供は瓦礫の隙間から必死に手を伸ばした。けれど、その指先が届く前に、透明な壁が発動し、彼と家族の間に「
それが、すべての始まりだった。
少し前まで、村は静かだった。
風の音、焚き火の匂い、マンジューの鳴き声。アミマルたちの暮らしは、慎ましくも穏やかだった。
「また今年も来るのかな、モンスター」
「たぶんね。でも4、5体なら、村の大人たちで何とかなるってさ」
いつもの年なら、そうだった。
襲撃が来ても、落ち着いて対処できた。村の男たちが銃を持ち、母たちは子どもを守り、皆で支え合ってきた。
けれど、今年は違った。
異様な数の落下音。地鳴り。
空から落ちてきたのは、ただの隕石ではなかった。白く鈍い岩塊が、地面を穿ち、蠢き、目を持ち、無骨な二本脚を生やして這い出してくる。
それは――モンスター。
「うっ……あれは!」
「数が違う! こ、こんなの……っ!」
叫びと共に、赤い防御壁が村を包む。けれど間に合わなかった。例年の想定を遥かに超える個体数と、未知の強力種の襲来に、防衛網は次々と崩れていく。
通信を受けたギルドは即応を約束したが、「すぐには無理だ、距離がある」と無情な返答。希望が、急速にしぼんでいった。
そして、ついに――村民は決断する。
「せめて子どもたちだけでも……!」
母たちは涙をこらえて子を抱きしめ、村長は最後の気力で一つの作戦を提案する。シェルターを囮に、モンスターの注意を引きつけ、その隙に子どもたちを外に逃がす。それは、生き延びる可能性が限りなく低い賭けだった。
走る、走る。アミマルは必死だった。
後ろで仲間の誰かが転んだ声が聞こえる。何かが潰れる音。叫び。肉が裂ける音。
「やめて……! みんな、逃げて……っ!」
振り返る余裕もなく、ただ前だけを見て走る。けれど、モンスターの脚は速すぎた。
――バンッ!
衝撃。地面が割れる。重たい足音がすぐ後ろまで迫っている。アミマルはバランスを崩し、転びそうになる。
その瞬間だった。
爆風と共に、彼の体が宙に舞った。熱と風、そして誰かの腕が、彼を抱えていた。
「動くな。大人しくしてろ」
低い声。耳元で響いたその言葉に、アミマルの意識は暗転しかける――が、その前に、見てしまった。
自分のすぐ後ろ。仲間たちが、次々と――。
「やだ……やだっ、やだっ……!」
その場で助けられたのはアミマルだけだった。
しばらくして。
荒野に停まった傭兵カーゴの中、アミマルはブランケットにくるまり、声を殺して泣いていた。肩を震わせ、唇を噛み、嗚咽を押し込める。涙が止まらない。
「ベル・・カシム・・・フィオナ・・」
友だちの名前を、心の中で何度も呼んだ。
それでも誰も終えてくれない。もう二度と、応えられない。
「う……う、おえ…」
声が虚空に響く
いい匂いがする。小麦を焼く匂いだろうか。甘い香りだ。
「うん・・。ん?」匂いにつられ、おもむろに目を開ける。
視界はぼやけ、空気は砂っぽく乾いていた。視界の隅に、さっきまで戦火で焼け焦げた村が、現実味を失ったように遠ざかっていく。
ここは――どこだろう?
「起きたか」
低く、重たい声がした。反射的に体を起こそうとして、だが思うように力が入らない。
そこにいたのは、一人の男だった。
暗紅色のバンダナを巻いた狼の傭兵。肩には傷だらけの装甲を纏い、片手に缶のパンを持っている。背後には装甲車カーゴが停まり、野営灯が仄かに二人を照らしていた。
「無理すんな。まだ疲れてるだろ」
男はそう言うと、簡易コンロの上からカップを取り出し、こちらに差し出してきた。
「あ、あの……」
声が、うまく出なかった。喉が焼けたみたいに乾いている。けれど、男は無理に話させようとはせず、ただ一言――
「飲め」
それだけを言って、目をそらした。
その口調に、責めるような響きはない。ただ、まるで「生きてるなら、それでいい」とでも言うかのような、静かな温度だった。
少年はカップを受け取る。中には温かいスープ。口に含むと、どこか懐かしい味がした。塩気と、ほんの少しの香草。体に染み込んでいく。
「小僧、名前は?」男が尋ねた。
「……………」
「まあ、あの惨事さ。すぐに言わなくていい」」
「あ……あ……アミマル。アミマル・シュトラールです」
「アミマル、ね。いい名前だな」
ヴィクターは肩をすくめ、遠くを見た。その眼差しは、暗い荒野の向こう――再びやってくるであろう、あの“
「俺は、ヴィクター。ヴィクター・ヴォルフ。ただのしがない傭兵さ」
「……ただの、傭兵……?」
アミマルは、ぽつりとつぶやいた。
“ただの”と言うには、あまりにも――彼は強かった。あのとき、村の外れで、
「……助けてくれて、ありがとうございました」
小さく頭を下げる。震える声に、ヴィクターは返事をしなかった。だが、一拍の間を置いて、かすかに鼻を鳴らす音が聞こえた。
「礼はいい。命が繋がってるなら、それで充分だ」
それが、この世界で生きる者たちの“掟”なのだと、アミマルは少しずつ理解し始めていた。言葉より先に、手を伸ばすこと。背を預けること。信じること。そうしなければ、生き残れない。
「……僕、戦いたいです」
不意に、アミマルが言った。自分でも、驚くほどはっきりとした声だった。ヴィクターの視線が、ゆっくりと彼に戻る。
「……ほう」
「村を……守れなかった。父さんも、母さんも、誰も……何もできなかった。でも、でも、次は……僕、誰かを守りたいんです。誰かを、ヴィクターさんみたいに」
ヴィクターは無言のまま、しばらくアミマルを見つめていた。その瞳に、炎の赤が映り込んでいた。
「……口だけの勇気は、死を早めるぞ」
「覚悟してます。僕……逃げない」
その返事に、ヴィクターはわずかに目を細めた。そして、無言でカーゴの荷台を開き、中から一本の小ぶりな銃を取り出す。
「訓練用だ。弾は抑えてある。……まずは撃ち方を覚えろ。使えなきゃ、何も守れない」
アミマルはごくりと唾を飲んで、それを受け取った。両手に伝わる、金属の冷たさ――けれど、それは恐ろしいだけのものじゃなかった。誰かの命を、明日を守るための力でもあった。
その夜、アミマルは眠らなかった。
ヴィクターの背中を見ながら、火を囲み、黙々と銃の分解と組み立てを繰り返した。静かに、着実に。
夜明け前、カーゴの影からヴィクターがひとことだけ言った。
「お前にはまだ、生き延びる価値がある。……失うな、今度こそ」
アミマルは、目を見開いた。
その言葉が、まるでかつての自分に言い聞かせるようだったことに、気づいたからだ。
そして、だからこそ守ろうとしている。誰かの代わりに、命を。
アミマルは、強く拳を握った。
震えながらも、未来へ向かって。
荒野の夜はまだ明けない。けれど、それでも希望の灯は、確かに燻っていた。