ザ・デッドヒートブレイカーズ ~デッドヒート・ゼロ~ 作:ぐるぐるチャンポンスープ明太子サラダ
――カチリ。
それは、ほんのわずかな音だった。だが、アミマルの背筋を一瞬で凍らせるには、十分だった。
足元を見下ろす。灰色の土の中に、他とわずかに違う凹凸。その中心に、丸く削れた金属の板。踏んでしまったのは、紛れもなく――
「(地雷)……!」
足を動かすわけにはいかない。少しでも圧を緩めれば、爆発する。けれど、長くは耐えられない。呼吸が浅くなり、手の先からじわじわと震えが広がっていく。
「……足元。右足が、地雷を、踏みました」
一瞬、通信の向こうが静まった。アミマルの心臓が、どくん、どくんと音を立てている。全身が強張り、喉が張り付くように乾いていく。だが、すぐにヴィクターの声が戻ってきた。わずかに低く、そして確実な抑揚を持って。
「……いいか、アミマル。絶対に焦るな。今から指示を出す。お前は、それを一つずつ、正確にこなせばいい」
「……はい」
声が震えていた。けれど、それでも返事はできた。
「まず、体勢を維持しろ。片足に全重心をかけたまま、できる限り背中の荷物を降ろせ。ゆっくりでいい。爆発物の感圧装置は一定以上の圧力がかかった状態で初めて作動する。だが、急激に荷重が抜けたら即死だ」
アミマルは喉を鳴らし、震える腕で背中の荷物――予備弾薬と通信機材が詰まったパックを外して、そっと横に置いた。指先にまで汗がにじむ。空気が、妙に重たい。
「いいぞ。そのまま、地雷のプレートを見てみろ。どのタイプだ? 中央に×字の溝はあるか? それとも、円形の突起か?」
「……×、です。鉄の、削れた感じの……」
「よし、タイプBの旧式だ。時間はある。……お前のベストの左側、フラップの下に針金と細工ピンが入ってる。あれを使う。思い出せ、解体訓練でやったはずだ」
アミマルは、ゆっくりと左手を伸ばし、ベストの内ポケットに指を滑り込ませた。手のひらほどの金属製のピンセットと、曲げられた針金――地雷解除用の簡易ツール。
訓練では、模擬地雷を使って何度も練習した。だが――これは、実戦。間違えれば、その場で吹き飛ぶ。
「ピンを、中央の溝に……」
「違う。まず、地雷の周囲を、細い棒で慎重に掘り返せ。土の中に補助トリガーがあるかもしれん。焦るな、順番通りにやれ」
ヴィクターの声は、鋼のように落ち着いていた。それがアミマルの鼓動を、ほんのわずかに整えてくれる。
細い探針を使って、少しずつ地雷の周囲を掘る。乾いた土が、ぱらぱらと崩れる音が、やけに大きく感じられた。数分が、永遠のように長い。やがて、地雷の外郭全体が露出した。
「……副機構は、なし。単発のプレッシャー式だ」
「上出来だ。じゃあ次は、針金を×の溝に沿って滑らせて、プレートのロックを固定しろ。反応する前に、圧を逃がす」
「はい……」
震える手で、針金を差し込む。カチ……かすかな手応え。続いて、もう一本のピンを使い、慎重に上蓋を押さえ込む。
ヴィクターの声が、静かに言う。
「よし。今、片足を少しずつ引け。左足だ、右は乗せたまま。針金の固定が成功してれば、爆発しない」
アミマルは深く息を吸い――吐く。そして、ゆっくりと左足を引いた。乾いた地面にかかとが戻る。右足はまだ、地雷の上。
「……次は、右を持ち上げて、一気に横に抜け」
「一気に、って……!」
「迷うな。今が、一番生き残れるタイミングだ。信じろ、自分の手を。そして俺を」
その言葉が、アミマルの背中を押した。
――ドクン。
一歩。右足を跳ねるように横に抜く。飛ぶように、地面に転がる。
……沈黙。
爆発音は――しなかった。
地雷は、作動しなかったのだ。
「…………ふうっ…ふあ…」
地面に這いつくばったまま、アミマルは大きく息を吐いた。肩が、背中が、ぶるぶると震えていた。
「……ヴィクター、地雷……解除、成功……です」
通信の向こうで、数秒の沈黙。やがて、低く短い笑い声が聞こえた。
「……ああ。上出来だ」
アミマルは、少しだけ笑った。全身が痛いほど緊張しているのに、胸の奥には不思議な温かさが灯っていた。
風がまた、荒野をなでていく。
少年の初任務は、こうして終わりを迎えようとしていた。
――だが、観測ドローンの奥。赤茶けた岩影の向こうで、何かが、ゆっくりと地面を割って顔を出す。その小さな振動に、アミマルはまだ気づいていない。
それは、砂の中から生まれた“何か”。
そう。彼の“本当の試練”は、これからだった。