ザ・デッドヒートブレイカーズ ~デッドヒート・ゼロ~ 作:ぐるぐるチャンポンスープ明太子サラダ
周囲の風景は静まりかえり、虫の声すらしない。ただ、わずかに耳元で風の音が鳴る。空はますます濁り、荒野全体に不穏な影を落としていた。
アミマルはドローンの機体を慎重に確認し、端末を接続する。
「識別コード確認……データ、まだ生きてる……よかった」
機体に刻まれたコードとギルドの送付情報が一致していることを確かめる。位置情報と航跡ログを抜き取れば、任務は達成だ。これを持ち帰りさえすれば報酬は確定する。
(……終わった)
少年は、深く息をついた。張り詰めていた筋肉がわずかに弛緩する。だが、その一瞬の隙を見計らったかのように――風が変わった。
カサリ。
耳に届いたその音は、土の下から這い出すような、乾いた擦過音だった。
「……!」
アミマルは反射的に振り返る。視線の先、崩れた砂岩の影がわずかに揺れていた。やがて、その陰から“何か”がゆっくりと身を起こす。
それは鋭い爪を持つ二足の獣。甲殻と石が癒着したような外殻が体を覆い、節ごとにひび割れた岩片をきしませている。体高は低い。だが横幅は異様に広く、筋肉と外殻が重なりあって鈍重な塊を思わせた。細長い顔の上方には青い結晶体が立ち並び、まるでモヒカンのように発光していた。
「……グロックス……?」
呟いた瞬間、通信が割れた。
『退け! アミマル、あれは――モグボーだ!!』
ヴィクターの怒声が届いたと同時に、地面が閃光を放つ。モグボーの足が地雷を踏み抜いたのだ。
轟音。砂煙。大気が灼ける。衝撃波が一帯を揺るがし、アミマルは咄嗟に身を伏せた。鼓膜を打つ爆裂音が脳に響き、視界は一瞬真白に塗り潰される。
「っ……!」
耳鳴りの中、砂煙を押しのけるように――赤い影が迫る。
モグボー。
小型グロックス。多くは単独行動を取り、物音と振動に敏感に反応する。外殻の隙間からは鉛などの人体には猛毒となる鉱物を含んだ黒い霧を吐き出すといわれ、荒野に生きる者たちの間では“死を呼ぶ影”として恐れられている。
「逃げなきゃ……!」
アミマルは体を起こすと同時に、背後のルートを見やる。しかし爆発で地形は崩れ、来た道は瓦礫に埋もれていた。
(別の道を……!)
端末を掴み、荒野へ駆け出す。地雷原を避け、風を裂き、影を縫うように走る。背後からは甲殻を引きずる異様な音が追ってくる。
「ヴィクター、どうすれば――!」
『逃げろ。あれは今、地雷の衝撃で一瞬動きが鈍ってる! 距離を取れ!今そっち行く!!』
振り返る。モグボーは爆発に巻き込まれ、外殻の一部が砕けていた。だが、その奥からはより赤黒い肉片がのぞき、なおも青い結晶が不気味に光を放っている。
「……来る!」
咆哮。
耳をつんざく金属音のような声が荒野に響き渡る。次の瞬間、モグボーは四肢を地に叩きつけるようにして跳躍した。
アミマルは身をひねり、かろうじてその一撃を避ける。地面が裂け、砂利が飛び散る。
(駄目だ、速い……!)
心臓が喉元を叩き続ける。呼吸は荒く、肺に砂を吸い込む。逃げ場はない――そう悟った瞬間、ヴィクターの声が鋭く飛ぶ。
『アミマル、武器を抜け! モグボーは一度獲物を狙ったら追撃をやめん。逃げ切るのは不可能だ!』
「……っ!」
腰のサイドホルスターに手を伸ばす。短銃――練習で何度も扱ったが、実戦で撃つのは初めてだ。指先が震える。だが、握った瞬間、わずかに冷静さが戻った。
「来い……!」
モグボーが再び突進する。外殻が岩盤を擦り、火花を散らす。
アミマルは狙いを定め、引き金を引いた。
轟音。銃口から迸る閃光。弾丸がモグボーの前脚に直撃し、外殻を弾き飛ばした。甲殻の下から粘ついた液体が噴き出す。
だが、それでも止まらない。むしろ痛みによって狂暴さを増したかのように、モグボーは猛然と突っ込んできた。
「う、わああっ!」
アミマルは再び引き金を引く。二発、三発。弾丸は確かに命中する。だが、甲殻に阻まれ、致命傷には至らない。
(効かない……! どうすれば――)
その時、ヴィクターの声が頭を撃った。
『青い結晶だ! あれが中枢。そこを撃ち抜け!』
「……!」
青く光るモヒカン状の結晶体――モグボーの頭頂に並ぶそれが、荒野の夕光を反射している。狙うべきはそこだ。
だが、近すぎる。狙いを定める余裕もなく、獣の爪が振り下ろされる。
アミマルは身を転がし、地面を滑る。頬をかすめる爪先が、砂に深々と溝を刻む。土煙に目を細め、再び銃を構える。
「当たれ……!」
呼吸を止め、狙いを結晶に定める。
引き金を――
――咆哮。
獣の影が迫る。
荒野の夕闇の中、少年の銃口と青い結晶が重なる。
モグボーの口腔が開いた。
次の瞬間、青黒い霧が吐き出される。
「っ――!」
鼻と喉を焼く刺激臭。アミマルは慌てて腕で口を覆う。視界が揺れ、肺が拒絶反応を起こす。
『毒ガスだ! 深く吸うな、短く刻め! 長く吸えば肺が焼ける!』
ヴィクターの声に従い、浅い呼吸に切り替える。だが酸素が足りない。頭がぼんやりと霞み、足元がふらつく。
(駄目だ、意識が……!)
モグボーは霧を纏ったまま迫ってくる。赤い霞が地表を覆い、地雷原をさらに危険な迷路へと変えていた。
「……ここで……死ぬわけには……!」
必死に意識をつなぎ止め、アミマルは再び銃を構える。狙うは頭頂の青い結晶――あれこそが弱点。
しかし霧の中では視界が曇り、標的がぶれる。咳を堪え、涙を流しながら照準を合わせる。
(一発で仕留める……!)
獣の咆哮が耳を裂く。毒の霧を突き破り、モグボーが飛びかかってきた。
その瞬間、青い結晶が陽光に反射した。
「当たれえええっ!」
引き金を絞る。
閃光と銃声が荒野を切り裂いた。