ザ・デッドヒートブレイカーズ ~デッドヒート・ゼロ~   作:ぐるぐるチャンポンスープ明太子サラダ

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荒野の遭遇

朝は静かにやってきた。

 

 荒野に差し込む光は赤く、砂塵を橙に染めながら、じわじわと地平線を照らしていた。空はまだくすんだ灰色だったが、それでも夜よりはましだと、アミマルは思った。

 

 ヴィクターは、すでに身支度を終えていた。装甲を確認し、銃器の残弾を数え、カーゴの機関部をいじっている。どれも、戦場に向かう者の動きだった。

 

 そこに、突然カーゴの無線機がノイズ混じりに鳴った。

 

 「……こちら第十二仮設拠点。応答せよ……周囲に生存者がいれば……“低威圧種”の個体確認……避難中の子供を一人、見失った……」

 

 声はかすれ、砂嵐にかき消される寸前だったが、確かに聞こえた。

 

 「低威圧種……ヨワボーか?」

 

 ヴィクターがぼそりと呟き、無線に応答する。

 

 「こちらヴィクター、傭兵登録番号D-73。“失踪地点”の座標を送れ。確認し次第、可能な範囲で支援に向かう」

 

 「ヨワボー……それが、名前なんですね……」

 

 唇を噛みしめる。胸の奥で、冷たいものがざらついた。

 訓練のときに聞いた、“最も遭遇率が高いモンスター”。けれど、名前がつくことで、得体の知れなさが逆に輪郭を持ち始める。

 

 “これが、僕たちが戦う相手……!

送られてきた地図情報を受け取りながら、ヴィクターはカーゴの助手席を指差す。

 

 「乗れ。行き先が変わった。……ヨワボーの個体が出たらしい。念のため周囲の確認をする」

 

 「僕も、行きます」

 

 アミマルは即答した。小さくうなずくヴィクター。その表情に、否定の色はなかった。

 

 こうして、二人は“まだ間に合うかもしれない命”を追い、カーゴを走らせた。

「……準備はできてるか」

 

 アミマルは、こくりとうなずいた。昨夜、眠らなかった目は赤く腫れていたが、彼の背筋は真っすぐに伸びていた。胸に下げた訓練用の小銃には、丁寧に布が巻かれている。

 

 「撃てるかわかりません。でも、逃げません。絶対に」

 

 言葉とは裏腹に、アミマルの手は微かに震えていた。それでも、その手には皮膚の薄い硬さがあった。ここ数日、ヴィクターの指導で簡単な射撃姿勢と移動戦術を教わっていたのだ。

 

 「反動には慣れてきたな。……だがまだ、倒すことは考えるな。逃げ切る。それが“今”のお前の任務だ」

 

 ヴィクターは、それ以上何も言わなかった。うなずく代わりに、カーゴの助手席のドアを開け、親指で合図を送る。ヴィクターは、それ以上何も言わなかった。

うなずく代わりに、カーゴの助手席のドアを開け、親指で合図を送る。

 

 「乗れ。件の村まで、数時間だ。……途中で何が起きてもおかしくねぇ。心しておけ」

 

 カーゴのエンジンが低く唸り、乾いた地面に砂埃を上げて走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荒れ果てた台地に、砂風が吹きつけていた。

 

 失踪信号が発せられた廃村に着いた。岩肌は黒く焼け焦げ、ところどころにモンスターとの戦闘の痕が刻まれている。折れたバリケード、赤く錆びた残骸、そして、マンジューの毛皮。全てが過去に誰かがいたことを物語っていた。

 

 「……こんなとこに、ほんとにヨワボーが?」

 

 アミマルは足元の地面を見下ろしながら、警戒を緩めないヴィクターに訊いた。

 

 「可能性はある。あいつらはマンジューの痕跡を辿って動く。ここは前線の外れだ。残党がいても不思議じゃねぇ」

 

 ヴィクターは傭兵カーゴから小型のスキャナーを取り出して起動した。ビー、という低い探知音が周囲の空間をなぞる。

 

 「……反応、あり。南東、低地の割れ目。1、いや……2体?」

 

 「2体って……!」

 

 アミマルが思わず声を上げる。が、ヴィクターは険しい表情のまま制した。

 

 「落ち着け。行くぞ。まずは距離を取って観察だ」

 

 二人はカーゴを離れ、徒歩で低地へと慎重に降りた。そこは崩れた地層の裂け目で、風が地下から湿った空気を吐き出している。

 

 そして――見えた。

 

 「……いた……!」

 

 そこにいたのは、確かに“モンスター”だった。岩のような体。一頭身で、表面は白いし、脚はぶっとい2本。その胴体?の頭部に、2つの白目が鎮座していた。

 

 「……あれは、ヨワボー……?」

 

 だが、すぐにアミマルは違和感を覚えた。でかい。いや――

 

 「ヴィクターさん、あれって……」

 

 「……チッ、イワボーだ! もう進化してやがったのか! 下がれアミマル、カーゴまで引き返すぞ!」

 

 その瞬間、地面が轟いた。

 

 イワボーが気配に気づいたのだ。巨体を震わせ、地を蹴ってこちらへ向き直る。赤い“目”がぎらりと光る。巨岩のごとき足がゆっくりと一歩、また一歩と迫ってくる。

 

 「……マズいな。あのサイズ……ツヨじゃねぇが、まだ弾薬が足りねぇ」

 

 ヴィクターは即座に銃を構えるが、ちらりと横目でアミマルを見る。その視線に一瞬の判断が込められていた。

 

 今、こいつを守りながら戦うのは無理だ。

 

 「アミマル、いいか、合図で走れ。左手の崖沿いを戻れ! 俺が引きつける!」

 

 「でも……!」

 

 「命令だッ!」

 

 怒鳴り声に、アミマルは息を呑んだ。

 

 次の瞬間、ヴィクターは地面に信号弾を叩きつけた。ドカン、と閃光が爆ぜ、イワボーの目が一瞬そちらに向く。その隙を逃さず、ヴィクターが正面に飛び出す!

 

 「来いよ、化け物ッ!」

 

 イワボーが咆哮し、巨体を揺らして突進する――

 

 「くっ……!」

 

 だが、アミマルは咄嗟に足を止めた。ただ逃げるのではない。咄嗟にスキャナーの地形データを思い出し、視線を走らせる。

 

 崖の途中、わずかな隙間。

 

 ――あそこに、誘導できれば!

 

 アミマルは石を拾い、イワボーの側面へと投げつけた。

 

 ガンッ!

 

 音に反応して、イワボーの頭部が振り向く。

 

 「こっちだ、バケモノ!」

 

 思いきり叫びながら、アミマルは崖沿いの狭い通路へ飛び込んだ。狭すぎてイワボーは中まで入れない。誘い込んだあと、通路の裏から回り込めば、時間は稼げる――!

 

 「……おいおい、やりやがったな……!」

 

 後方からヴィクターが唸るように呟いた。アミマルの動きを見てすぐに意図を察し、側面に回って再び信号弾を叩き込む。

 

 イワボーが怯み、動きを止めた。

 

 「今だ! 戻れアミマル!」

 

 「はい!」

 

 二人は崖上へと一気に駆け上がる。イワボーは咆哮をあげ、岩を砕いて暴れるが、追ってはこられなかった。

 

 その日、初めての実戦は、アミマルの“機転”によって生き延びた形で終わった。

 

 夜、カーゴの中。ヴィクターは無言でアミマルに缶詰を放った。

 

 「……よくやった。驚いたぞ。だが、調子に乗るなよ」

 

 「はい……! ありがとうございます」

 

 アミマルは少しだけ笑った。怖かった。けれど、ただ怯えていた昨日の自分とは違っていた。

 

 ヴィクターが、カップを傾けながらつぶやいたコーヒーの匂いが、カーゴの中にほのかに広がる。

 

 「……あの動き、誰に教わった?」

 

 「……いえ、ヴィクターさんの指導の応用です。あと、地図と地形をちゃんと覚えておけって言われたので……」

 

 アミマルの答えに、ヴィクターは「フン」と鼻を鳴らしただけだった。けれど、その表情から、ほんのわずかに目尻の緊張が緩んでいた。

 

 外では、風が鉄骨を叩く音がする。だが、それすらも遠く感じるほど、カーゴの中は静かだった。

 

 「……初陣にしては、上出来だ。だが忘れるな。今日の“勝ち”は生き残っただけだ」

 

 「……はい」

 

 アミマルは、缶詰のふたを開け、スプーンですくって口に運んだ。甘くも苦くもない、保存食の味。でも、それが今は――少しだけ、美味しく感じた。

 

 「これから先、もっとヤバい奴が出る。イワボーはまだ“人間の範囲”でなんとかなる相手だ」

 

 「……ツヨボーとか、ですか?」

 

 ヴィクターは一瞬、眉を寄せた。

 

 「……見たことは、ない。けど、昔の戦友が言ってた。“奴らの中には、こっちが逃げても追ってくる、意思のある奴がいる”ってな」

 

 「意思……」

 

 「たぶん、運が悪けりゃ、いずれ遭う。」

 

 そう言いながら、ヴィクターは背もたれに体を預け、目を閉じた。話は終わりだ、という無言の合図だった。

「行方不明の子供は明日探す。まだ死体は見つかってねえからな」

 

 

 

  アミマルは火の落ちたランタンを見つめながら、静かに考えた。

 

 “あの赤い目が、こっちを睨んでいた。まるで、何かを……考えていたような、そんな目だった”

 

 不意に、背中に寒気が走った。

 

 「……僕たちは、何と戦ってるんだろう」

 

 小さく、誰にともなく呟く。

 

 その答えは、風の音に紛れて、夜の荒野へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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