最近、過保護に甘やかされている。誰にって? 坂田銀時にだ。
送り迎えもそうだし、何かにつけて甘い物を分けてくれる。この前なんて何を思ったのか、貰い物だといった花を渡してくる始末!
菊ってのがなんか……あれだったけど、お寺関係の仕事だったらしいのでそーいうものではある。
最初は気の所為だとか、色々あったからだとかそんな事を思っていたんだけれど、もう1ヶ月だ。
そろそろいい加減にして欲しい。周りはとうとう観念したかとか、覚悟を決めたかとか無責任なことを言ってるけれど……。
「はぁ~……」
新八君に稽古をつけて貰っている途中なのに、ため息が出てしまう。
「集中力落ちてますよ」
「ごめん。だけど、それはあの天パに言って欲しい」
視線だけで道場の片隅で寝っ転がる白髪侍を指す。
なんでついてきちゃうのさ。一億歩譲って、竹刀を持つなら分かるが、「なんで必要もないのに汗流さなきゃなんねぇんだよ」とそうそうに寝転んで鼻をほじってる。
「ティッシュの空き箱かなにかだと思っていいんじゃないですか。実際、粗大ゴミみたいなものですし」
「そーいうもんですかね……。よし、気合いれよ。手合わせお願いしていいかな?」
気分を切り替えるために、簡易的な試合形式での手合わせをお願いする。
一本先取。ごくごく、本当にごくまれに一本取れるかどうかというところだけれど、最近は勝率も上がっている気がする。気がする。上がってるといいなぁー。
「いいですよ。負けた方が片付けするってことで」
「気合が入るねそれは」
負ける気なんてさらさらない癖に、こちらに不利な条件を突きつけてくる。
逆境上等。何が何でも一本取ってやる。
気合も入ったところで真っ直ぐに竹刀を構えて一礼。真芯に構える新八君に隙はない。
雑念を捨て集中する。剣先、足の動き、肩、視線。一瞬の隙が勝敗を左右する。動くべきか、動かざるべきか、先を打つべきか打たざるべきか。
待ちでの勝利は今のところ一本もない。ならば攻めるのみ。
小手を狙い、かわされ、剣先を巻き取られるのを引いて避ける。身を引いた動きに合わせ突きが迫ってくるのを体を逸らしてよける。
追撃が来る前に、バランスを立て直しどうにか距離を取る。振り出しだ。そうやって一進一退の攻防をを繰り広げてた合間に、とうとう避けきれず、バシンッと銅に一本貰ってしまう。
それでも残心を解かず、確かめるような新八君の姿に敗北を認めるしかなかった。
「参りました」
「ありがとうございました」
そんな言葉を交わし、私の片付け当番が決定してしまった。
「銀さん起きて。そこどいてくんないと拭けない」
端から端までの雑巾がけ、粗大ごみよろしくねこけていた銀さんをゆすり起こす。
涎まで垂れて爆睡だ。
「んあ? 終わったのか。あれ? 新八は?」
「お妙さんに頼まえれておつかい」
「で、お前一人で片付けか?」
「そう。一本取られちゃったからね。分かったらどいてくれませんか?」
へいへいと、移動してくれたはいいがなんだか小憎たらしい。
どうにか拭き上げ腰をあげると、そばに寄せてあった道具類が片付けてあった。
「片付けてくれたんだ、ごめん。ありがとう」
「やることねぇーからな。着替えて帰るんだろ? 俺、外にでてるから」
「ん、少し待ってて」
勝手に八つ当たりをしたことについては謝罪をしたので許して欲しい。
取り回しのしやすさから、道場に来るときはシャツとズボンを着用している。慣れたとはいえ、着物は小物が多すぎる。
着替えに使わせて貰っている一室で、道着を脱ぎ、シャツを手に取ったところで、スパンっと障子があけられる。
「お妙さあああん、今日こそは僕の気持ちを!!」
不意打ちというものに弱いというのが、最近の自己評価だ。
障子を両手で勢いよく開け仁王立ちしている近藤さんと私が見つめ合ったのは三秒にも満たなかっただろう。
「きゃあああああ??」
どうしたらいいか分からなくとりあえず叫んでみたが、そうしたら反対の障子がスパンと開けられる。
「どうした!?」
そこでは両手で障子をあけた銀さんが固まっていた。
なんだ、ギャク回か? いちご100%果汁的なノリか?
「とりあえず、出てってもらっていい?」
固まる二人に言えたのはそんな台詞だった。
近藤さんは、あの後やってきたお妙さんにボコボコにされてたので、まあ許そう。
問題は銀さんだ。銀さんは近藤さんに紛れて刑を免れていた。運の良い奴め。告げ口するタイミングも逃してしまった。
とりあえずまぁ、
「帰ろうか」
「お、おう」
若干引き気味で頷く銀さんを連れて道場をでる。
「……悪かったって」
「なにが?」
「いや、そりゃ……つーか事故だって事故。見たくて見たわけじゃあねぇし!!」
「へー、ほー、見たくないと。確かに? 貧相なものですが、なにか?」
「そうじゃなくて、謝る、謝るから。それはちゃんと謝る」
申し訳ないという態度と、必要以上にヤブを突っつきたくないという逃げ腰の間で、中途半端な謝罪を銀さんは繰り返していた。
まぁ、怒ってはいないんだけどね。事実、事故みたいなもんだしさぁ?
「しょうがないね、ポカリ一本で手をうとう。喉乾いちゃった、銀さん買ってきてよ」
「はい、喜んで」
自販機を指させばダッシュで向かう。
買ってきてくれたペットボトルの蓋をコキュッと小気味く回し、ごきゅごきゅと音をたてて喉に流し込む。
染み渡るというキャッチコピー通りに、体に水分が行き渡るような気がした。
「くぅ~。生き返る~」
「お前なー」
「なに? 飲む?」
「ちげぇし、もう少しおしとやかに飲めねぇのかよ。それじゃおっさんじゃねぇーか」
「いいんですぅー。どうせ銀さんしかいないんだし」
乙女の体をポカリ一本で手を売ってやろうっていうのに、随分な言い草だ。
けれど、それを突っ込めば私の方こそ藪蛇になりかねないので、心に留める。
「俺が言えた義理じゃねぇーけどさぁ、少しは自分のこと大事にしてやれよ」
「え? 五千兆円で手を打ってくれるって?」
「ちげーし!」
まぁ、分が悪いのは分かっているのにそんな小言を言わざるを得ないのは私が悪いのだろう。
「分かんないんだよね。そーいうの」
「分からないってなぁ」
「しんどくて辛いから雑に扱って。でも、銀さん達がさ、私を大事にしてくれるから、大切なもんなんだろうなって丁寧に扱って。そうやって都合のいいように自分を軽くしたり重くしたりするうちに解んなくなっちゃった。でもま、人間の重さって人間一人分でしかないんだよ結局」
「けど、お前が抱えてるもんってのは、心の重さってのはそーいうもんじゃねぇだろ。それを大事にしてやれよ」
「やっぱ五千兆円?」
「すみませんっした!!」
ケラケラ笑う私に銀さんはため息をつく。分かっているんだ。
そろそろ潮時なのかもしれない。
「ねぇ、銀さん好きだ」
突然の言葉に銀さんは戸惑うように足を止めた。
これはいつかの告白のやり直し。
「銀さん。私、銀さんのことが好きなんだ。好きになっちゃった。ごめんね」
それを銀さんは喜ぶのでもなく、憂いるのでもなくただ黙って聞いていた。
そして言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「俺は……。俺はお前の期待に応えられるような、そんな上等な人間じゃねぇ。俺ができるのは、お前が抱えてるもんを、隣で一緒に背負うことだけだ。そんな俺でいいなら、お前の隣を歩かせてくれ」
きっとそれは坂田銀時の精一杯の答えなのだろう。
欲しいものを右から左へと、精一杯剣を伸ばして、届くものすべてを拾い上げてきた坂田銀時らしい答えだ。
優しくて、正しくて、真っ直ぐな答えだ。
ずるい人間だったら良かったのに。俺もお前が好きだと嘘がつける人間だったら良かったのに。
自分も相手も騙してしまえるほど、器用な人間だったら良かったのに。
不器用で、誠実で、どこまでも正しい答えだった。
だから、私はそれをちゃんと終わらせないといけなかった。
「私、銀さんが好きなの」
「だから……」
「ちがうの。銀さんが好きだから! 銀さんに幸せにして貰いたいんじゃないんだ。私は、銀さんに幸せになって欲しいんだ!!」
見開かれた目に、一ミリも私の想いなんて届いていなかったことが悲しかった。
口をつぐむ銀さんにだから私は告げる。
「銀さんが幸せになんなきゃ私嫌だ。嫌なんだ!」
これが私の精一杯の答えだ。
銀さんと違って、
銀さんの優しさは嬉しかった。銀さんが護ってくれようとする気持ちが、失ったことを受け入れるスペースを作ってくれた。
けれど、シンデレラの鐘は鳴った。時間制限の魔法は終わりだ。これ以上は誰も幸せになれない。
「銀さん、私、ちゃんと私幸せだから。護って貰わなくてもちゃんと幸せだから。ごめんね。ありがとう!!」
鼻水垂れてぐちゃぐちゃぐちゃで、みっともなくってかっこ悪くて、酷い格好だった。
ドレスもなければ、ガラスの靴も、かぼちゃの馬車もない。
けれど、私はちゃんと幸せなんだ。