キリが走り去っていくのを見ながら銀時は立ち尽くしていた。
時間を置いて通行人が一人、二人とそんな銀時を不思議そうに振り返りながら通り過ぎても、まだ動けないでいる。
銀時の頭の中ではキリの台詞がリフレインしていた。
銀時にはキリの言う「好き」という感情が分からなかった。テレビのコメンテーターや町人達がおもしろおかしくしゃべるその感情がどうにも理解できないのだ。頭では理解していたし共感もできたが、自分の身の内からそのような感情が溢れてくるなんてことは到底思えなかった。
けれど、叶えてやりたいと思った。何もかもを失いながら、かつて自身が失ったものを取り返してくれた人間が欲しがったものがソレならば叶えたいと思った。
だから、分からないなりに理解しようとし、キリの側にいてやることがキリの慰めになるだろうと結論づけた。
それに対し、キリは銀時の結論を拒絶した。銀時が、自分自身を勘定に入れていないことを見抜いたのだ。
そこで銀時は、自分がキリの感情なんてものを微塵も理解していないことを気付かされた。
銀時の思考は「なぜ?」「どうして俺なんかを」と空回りし、強い負の感情に支配され指一つ動かせないでいた。
キリは確かに喜んでいた。照れたように笑い、ぎこちなく銀時との距離感を図っていた。望みを完璧に叶えられないでも、それで良いのだと安堵すらしていた。
けれど、キリは自分自身にさえ一切の偽りを許さなかった。それが己の命題だとでもいうように銀時の幸せを願うキリの心情に、銀時は恐怖した。それが恐怖だということに気付くにも時間を要するほどの恐怖だった。
どこまでも純粋な魂の叫びは、銀時の知るどんな願いとも違っていた。
見返りも、執着も、打算もない。ただ、銀時の幸せだけを願うその想いは、あまりにも眩く、銀時の知るどんな理屈にも当てはまらない。
その光が、自分へ向けられていることに銀時は恐怖した。
ようやく、ゆっくりとゼンマイが切れた人形の様に歩きだす。
空は澄み渡り、雲一つなかった。
それから数日、万事屋にキリは現れなかった。どうしたのか? と新八や神楽は不思議がっていたが、銀時はそれに答えられなかった。
あの時のやり取りを誤解なく説明できる気はしなかったし、自体を悪化させキリの居場所を奪ってしまう可能性が怖かったからだ。
「こんにちはー」
そんな気もそぞろに暮らす日々の中、キリは能天気な挨拶を添えてひょっこりと顔をだした。
神楽は喜んでキリを出迎え招き入れ、この数日あったことを嬉しそうに話していた。
銀時はジャンプの端からそっと様子を窺う。だが、キリの表情や態度に憂いは見当たらない。
ほっと溜息をつくのもつかのま、虎の穴に爆竹を突っ込むような発言が耳に飛び込んでくる。
「銀ちゃんと喧嘩したアルか?」
神楽としては至極当たり前の質問だった。
それにキリは少し困ったような顔をする。
「喧嘩という訳じゃないんだけどね、ふられちゃった」
「銀ちゃんをふったんじゃなくて? きーやんがふられたアルか?」
やや混乱したような神楽の視線が向くのを感じながら、いたたまれなさに銀時はこっそりと席から腰を浮かせる。
「まぁ、こうなるのは分かってた話だから。ほらよく言うじゃん? 惚れたが負けって。あー、嘘! 嘘だから! ごめん! そんな顔しないで!!」
焦ったようなキリの声に銀時が振り向くと、目尻に涙をためてきつく睨みつける神楽と目が合う。
「銀ちゃんのぶぁあああか!!」
盛大に罵ると止める間もなく神楽は傘を掴んで外へ飛び出していった。
「ごめん。平気なつもりだったんだけど」
そう言って顔を曇らせて笑うキリは所在なく視線を彷徨わせる。
銀時はそれに何も言えず、頭をかくしかなかった。
「……悪いが、神楽を頼まれてくれるか?」
「うん、もちろん。今日はそのまま帰るから、夕飯いらない。新八君にもそう伝えておいて」
当番表をみながら、キリは拝むように手を合わせる。
そういえば今日の当番は新八だったなと、銀時は思い出す。
「また来るんだろ?」
「うん、なんかごめん」
「あまり謝んな」
「うん」
追いかけ、「神楽ちゃーん」と呼ぶ声を聞きながら、銀時は深い溜息をついた。
きっとそう遠くないうちに、またキリはやってくるだろう。
神楽とくだらない話をして、新八に呆れられ、銀時に文句を言い、銀時の答えが彼女を傷つけた事なんてなかったかのように笑うだろう。
護られなくとも幸せなのだという言葉に嘘はなく、それに続く言葉もまた真実なのだろう。
幸福を願い叫ぶ姿を思い出し、どこか痛むように銀時は眉を寄せる。
しばらくのち、キリから神楽が泊まっていくとの電話があった。
拗ねてるなぁと溜息をまた一つ深くし、銀時はその電話を切った。
陰鬱な気分なままソファに寝転がり天井を見上げる。
どうすればよかったのかと、他人事めいた悩みが頭をもたげるが、出てくる結論は同じで、どうどう巡りに陥った。
そうやってぼーっとしている間に、いつの間にか寝てしまったようで新八に揺り起こされる。
「銀さん、神楽ちゃんは?」
目を覚まし、見上げると新八があたりを見渡しながらそう聞いてきた。
「ふぁああああ、なんだ戻ってきたのか。今何時だ?」
「六時です。そろそろ戻ってきてもいい頃なんだけど」
時計を見上げ心配そうにする新八の様子に、銀時は、「ああ」と頷き伝言を伝える。
「キリんとこ泊まってくって」
「キリさん来てたんですか? ここんとこ見てないから体調でも崩したんじゃないかと思ったんですが」
「んー、まあ、元気そうだったよ」
どうも歯切れの悪い銀時の様子に、新八は眉をひそめる。
「さっきお登勢さんから、昼間、神楽ちゃんが銀さんの悪口を叫びながら出ていったって聞かされたんですが……。何があったんですか?」
「まぁ、大したことじゃねぇよ」
「キリさんのことですか?」
ごまかそうとした隙を見逃さず、新八は答えを言い当てる。
「いっとくがな、俺なんも悪くねぇかんね」
「まだ何もいってないでしょ。ってことは少しは悪いと思ってるんですね?」
反射的に言い訳が口をつくが、後ろめたいことがあると自供するようなものだった。
言葉をつまらせる銀時に、新八は座るように促す。
「とりあえず、話を聞かせてください。面倒くさいとかいうのは、なしですよ、もう十分面倒くさいことに巻き込まれてるんで」
「……他人のことに、なんでお前らは首を突っ込みたがるかねぇ」
「まるでダメな大人を見てると、世話を焼いてあげなきゃいけない義務感にかられるからじゃないですか?」
きっぱりとした口調に、この際だと、銀時は腹の中を洗いざらい吐き出すことにした。
一から全てを話し終えた銀時に、新八はなんとも言えない顔をしていた。
「僕はてっきり、俺なんか辞めとけとでも言ったのかと思いました」
「言えるわけねーだろ、あいつにそんなこと言ったらあっさり全部投げ出すに決まってるじゃねぇか」
「ですよねぇ。結局、キリさんも馬鹿だってことじゃないですか。アンタの幸せなんて願うだけ無駄なのに」
新八の言葉に、銀時は片眉をあげる。
「無駄ってな……」
「だって、そうじゃないですか。アンタはアンタの手であの人の願いを叶えたかったそれだけでしょう? それでなんてアンタが不幸になるって決めつけてるんですか。大体、幸せになって欲しいなんて他力本願を願うぐらいなら、幸せにしてあげるぐらい言ったらどうなんですか? って話しでしょう」
何か間違ってますか? と清々しく言い切る姿に、銀時は憑き物が落ちたような心持ちでまじまじと新八の顔をみつめる。
そして、気持ちを整理するように天を仰ぎ、一つ息を吐いた。
「……さすが、童貞いうことが違うな」
「童貞だから言えることだってあるんです。アンタみたいにこ擦れてないんで僕。あとはアンタの気持ち次第でしょ。そればかりは僕らじゃどうしようもありませんから! さて、夕飯準備しなくちゃですね、男二人、ラーメンでも食べますか。ラーメンの袋まだありましたよね」
立ち上がり、台所に向かう姿に、卵でも茹でようかと銀時も後を追った。
シリアルばかり続いてしまい口直しに古い作品ですが紹介まで。
BL臭とチ◯コ臭は似たようなものです。ギャグテイストです。
刀剣乱『腐』に万事屋がログインしたようです
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