神楽は翌日、万事屋へ帰ってきた。
「ただいま」
そういう声は不機嫌そうであったが、それは現実が理想通りにいかないことへの不満だった。
彼女自身、自分の感情が何に由来するものか分かってはいたので、出迎えた銀時をちらり見るだけで特になにも言わなかった。
銀時も、神楽の気持ちが分からないではなかったので、ただ「帰ったか」とだけ声をかける。
「銀ちゃん出かけるアルか?」
行き違いに、ブーツを手に取った銀時に神楽は首を傾げる。
「少しな。家ん中いても息がつまりそーだし、気分転換だよ。お前もいくか?」
「んー。やめとくネ。銀ちゃん、きーやんのこと諦めるアルか? 早くしないと、手遅れになるよ。きーやん、カモの助と結婚するって言ってたネ」
「あ? どういう意味だ?」
「まんまの意味ヨ! ふぁああ、私寝直すアル。起こしたら許さないからな」
それだけを言うと押し入れの中に潜り込み、ピシャリと襖を締める。
カモの助……カモと言われて、脳裏に浮かぶのは真選組に所属する――
「伊藤つったっけ……」
ブーツを履きながら銀時はその人物を脳裏に思い浮かべていた。
「いいんじゃねぇの? 結構気が合う見てぇだし? 最近の子は切り替えが早すぎてついていけねぇよ。あーあー、この数日間の俺の苦労を返して欲しいぐれぇだ」
そうでも言わねぇとやってられねぇとばかりの盛大な独り言に、通りの人間が振り向くがまったく意に返さず、銀時は歌舞伎町をぶらついていた。
そんな時に限って、愚痴をこぼせる相手一人見つけられず、歌舞伎町を抜けよく神楽やキリが遊んでいる公園にたどり着く。
そこで休憩がてら公園のベンチに座り、深い深い溜息をついた。
己が叶えられない願いを他人が叶えるのが許せない。そんな心の狭い男にいつからなったのか。
そんなことを自答しても胸の内は晴れず、ベンチの背に全身を預け脱力するのだった。
「結婚するならすればいいじゃねぇか。俺よかよっぽどましな相手だろうよ」
諦観を装ってはいたが、後ろ髪を引かれるような思いを銀時は自覚していた。
家庭をつくって、子どもでも作れば、自身のことは笑い話にしかならない過去の話になるはずだ。
それこそアイツの言っていた「いい思い出」って奴だ。「いい思い出にして欲しい」と願った本人が他人を「いい思い出」にするんだから女ってやつはと思ったところで、銀時は頭をかきむしる。
「こんなところで、奇遇ですね」
突然、背後からそう声をかけられ振り向けば、吉田松陽が立っていた。深緑色の風呂敷包みを手に携え、振り向いた銀時ににこやかな笑みを向ける。
「なんだ、あんたか。珍しいな、最近は下にこもりっきりとばかり」
「たまたま、買い出しにね。それより銀時こそ何か悩み事ですか? あなたにしては珍しい」
いつから何をみてたんだという不満は反抗期のガキのようで、口にしかけ閉じる。
どうも松陽を前にすると、いつもの調子が崩される。それは長い別離に由来するものか。それとも、育ての親ともいうべき人間の前では、甘えというものが出てしまうのか。
「少しな……」
「若人の悩みを聞くのも年上の特権。話しだけでも聞いていきましょうかね」
そういい、銀時の横に座ると、見上げ、さあというように促す。
「そのなりで年上と言われてもなぁ。毛も生えてねぇガキにしか見えねぇよ」
「そうかもしれませんが……。まぁ、地蔵にでも喋ると思って話してみませんか。他人に話すことで悩みというものは整理され、自ずと道が開けるものですからね」
座れば銀時の肩より頭は低く、足は地面から浮いている。
にこにこと笑う顔はあどけない子どものようだが、銀時は知っている。その底は深く、到底見渡せないものであることを。
「まぁ、丁度愚痴をいう相手を探してたんだ、相手してくれよ
そう前置きをしたのは銀時のプライドとも言えるものだった。
勝手に好いた惚れたを持ってきた相手が、今度は別の相手と結婚するとか抜かしやがる。面倒見きれねぇよ。そんな話を聞いていた松陽は微笑ましい物をみたというように、笑みを深くする。
「銀時が色恋に悩むなんて、私も年を取ったと感じるわけです」
「若返ってるようにしか俺には見えねぇがね。それに『俺』じゃねぇよ、キリの奴の話しだってさっきから言ってるだろ」
「キリさんと『銀時』の話ですね。簡単に割り切れないでいるあたり、入れ込んでると言ってるようなものでしょう?」
「やっぱ、アンタに話したのは間違いだったわ。愚痴る相手を間違えた」
話していると、年を十も前に引きずられる。そんな思いで銀時は話を打ち切り、ベンチの背に片腕を預け松陽に背を向ける。
けれど、松陽は話を終わらせるつもりはないようで、そっぽを向いた銀時のつむじを見ながら語りかける。
「大体、不満があるならかっさらってしまえばいいじゃないですか。その話も私には銀時、あなたへの当てこすりにしか聞こえないのですがねぇ」
「……俺にそーいう気持ちがありゃあ良かったかもしれねぇが、そうじゃねぇから面倒臭いことになってんだろ」
思わずといった感じでこぼれた言葉に松陽は目を丸くする。
こぼれた言葉の内容もそうだが、この捻くれた弟子が弱気になっているあたり、そうとうだと笑う。
「銀時、あなたはあの子と一緒にいるのがしんどいですか?」
「だったらここまで世話焼いてねぇよ」
「じゃあ、あの子が銀時に告白したときに嫌な気持ちになったりしましたか?」
「……さぁな。覚えてねぇよ」
「あなたはどうしてあげるのがあの子の幸いなのか、それを悩んでいるんじゃないんですか?」
「……どうだかな」
頑な返事に、松陽はゆっくりと言葉を重ねる。
「銀時、どうしてその気持が恋であってはいけないんですか?」
ずかずかと人の心に入り込んで、一枚一枚丁寧に、捻くれて分かりにくい弟子の心を解きほぐしていく。
気がつけば柔らかなところまで入りこまれ、無視できなくなってしまう。
この人の常套手段だと分かっていても、銀時はその手管に巻かれるしかなかった。
「……ちげーからだよ。これはそーいうんじゃねぇんだよ」
「人を慈しみ、その人と共にありたいと願う。その気持が恋ではないというなら、銀時、教えてもらいなさい。共にありたいと願う人に。そうやったっていいんじゃないですか?」
最後の一押しとばかりに言い訳を封じ込めれば、黙り込み何も言えない様子に、大きくなったのは体ばかりだと松陽は笑う。
「さてと、私は行きますね。あなたも、あなたを待っている人のところに行きなさい。それではまた」
銀時は背を向けながら片手を上げ、別れの挨拶とする。
その顔を見ずとも、松陽には拗ねたような顔をしていることが想像できた。
いい天気だと、眩しそうに松陽は空を見上げた。