「最近、誰かに見られてる気がして……」
万事屋に寄ると、新八君が開口一番、そんなことを言い出した。
「気の所為アル。思春期によくある病気ネ。すれ違った人間が全員暗殺者に見えて、風が泣いているように聞こえるヨ。治し方は簡単。自意識の拡大をフォースに込めて、
「てめぇが一番その病を患ってるじゃねぇか!」
ソファーの上で坐禅を組み、虚空を見上げる神楽ちゃんに新八君が突っ込む。
向かいに座っていた銀さんは、バカバカしいと、テレビのリモコンを操作し、結野アナのお天気情報を付けていた。
「誰かに……。心当たりはなにかあるの?」
気の所為という可能性もあるが、万が一ということもある。
そう思い聞いてみた。
「いえ、特にはないんですが、こんなのが落ちてて……」
そう言って新八君は妙に高級そうな手帳を取り出す。
「えっと、なに? 朝六時三十分起床。眼鏡を装着。七時、快便。七時半朝食に目玉焼きを食べる。眼鏡が味噌汁で曇る……」
読み上げた後にもびっしりと新八君の行動と思われる記述が書き込まれている。
「良かったじゃねぇか。お前にも熱烈なファンがついたってことだろ。いつもお前らがお通にやってるファン活動が跳ね返ってきたと思えばいいじゃねぇか」
「んなわけねーだろ!! 付きまとい、接触、待ち伏せ禁止!! そんな奴見つけ次第、即出禁だ!!」
銀さんと新八君がそんなことを言い合っている間にも何か情報はないかと、ページをめくる。
「かなり細かく調べられてるね。几帳面な人かな? 字は女の子っぽいけど、男の人だったとしてもおかしくない……。好意でやってるのか、恨みでやってるのか、そんな記述は特にないね」
ここまで細かく書いてあるのに、誰が何のためにやっているのかは何も分からない。
ここまでの物証があるなら、気の所為ということはないだろう。
「しかたねぇな、見張ってみるか」
面倒くさそうではあったが、銀さんはそう言うと、作戦を立て始めた。
銀さんは欠伸をしながら、目に涙を浮かべていた。
「ふぁわあ、眠い」
まだ夜も明けきらぬ早朝、電柱の陰に隠れ、恒道館の玄関を見張る。
「睡眠不足で肌が荒れるヨ。これはもう傷害事件ネ。犯人は酢昆布十年分の慰謝料よこすアル」
神楽ちゃんは目を擦っている。
私も人のことは言えず、眠い。とは言えだ、あそこまで事細かに調べ上げた相手が悪意を持っていたら怖い。
パチンと頬を叩き、気合を入れる。
けれど、それから朝日が上り、新八君が家を出る時刻になっても、誰も現れなかった。
買い出しや親衛隊の会合、町内会への顔出し。新八君の後を付いて回ってみても、何も起こらない。
「気の所為だったのかな?」
お妙さんに頼まれ、
「もう諦めたアルヨ。ぱっつぁんの後を付け回っても、地味な毎日が繰り返されるって分かったアルヨ」
飽きたのは神楽ちゃん自身だろうとは思うが、神楽ちゃんは楽観的に構えていた。
けれど、銀さんは少し難しい顔をしていた。
「……いや。気配はあるんだよ。気の所為なんかじゃねぇ……。が、やっこさん俺らに気付いてやがる。向こうが一枚上手だ」
そういえば何度か銀さんは誰もいない場所を振り向いたり、走り込んで見に行ったりしていた。
気配を感じていた……。そういうことだろうか。
それから三日、張り込みを続けたが犯人を見つけることはできなかった。
作戦の練り直しということで、万事屋で作戦会議である。
「張り込みがだめなら、罠を張っておびき出すか。新八なんか変わったことはなかったか?」
「変わったこと……ですか。実は干してあったパンツが新しくなってたんです。歯ブラシや垢すり、メガネ拭きなんかもよく見たら似たような新品に取り替えられてて」
熱心なファン活動にしてはコレクションが偏り過ぎている気がする。
「良かったアルな。これでがびがびパンツともおさらばヨ」
「誰のパンツががびがびだ! ねぇ、これって……」
「まぁ、変えられたもんがどう使われてるかによるが、あんま気持ちいい話ではねぇよな」
何に使われてるのか。これが変態オヤジで、そーいう趣味に使われてたりすると思うと。
寒気がする。
「パンツを囮に見張ってみるってのはどうかな?」
「まあ、それでやってみるか」
私の提案に、三人は頷いた。
夜中、恒道館の軒先に干した新八君のパンツを見張る。
なんだか、デジャヴだなぁ……。施しパンツ、地雷、ふんどし……うっ頭が。
「こんなんでくるアルか」
「こなきゃ別の餌に変えるだけだ」
「新八君ってブリーフ派なんだねぇ」
気配に敏感な犯人だ。距離を取ったほうがいいだろうと、恒道館を囲む塀によじ登り見張っている。
新八君は、疑われないよういつも通りの生活を続けて貰っている。
ここにいるのは、銀さんと神楽ちゃん、そして私だけだ。
曇り空で月すら隠れ、人影が分かるかというところ。犯人を見つけ次第駆け寄り捕縛する作戦となっている。
今、何時だろうか。
「おい、てめぇらそこで何をやってる」
急に声をかけられ、銀さんが塀から庭に落ちかけた。
庭とは反対側、通りを見下ろすと提灯を掲げられる。眩しくてよく見えないが、土方さんか?
「見回り?」
「そこまで暇じゃねぇよ。局長命令で確認に来たんだよ。ここ数日怪しい人間がうろついてるって。テメェ等だったのか」
目が慣れると、土方さんが呆れたような顔で立っているのがわかった。
確かにここ数日やってることはストーキングみたいなものだ。
傍から見たら怪しいのだろう。善意の通報者の意見は正しい。
「誰が怪しい人間だ。てめぇらが仕事しねぇから代わりに仕事してやってんだろ」
銀さんが土方さんを睨みつける。
「あ? 仕事だ? ストーキング行為を正当化するにしても、もっとマシな嘘をつけよ」
「そりゃてめぇらのリーダーの話だろ。俺等は新八の護衛だ。今、アイツ変な手合いに付け狙われてんだよ」
「お前んとこのメガネに? へっ、酔狂な奴もいたもんだ」
「新八馬鹿にすんなよ。アイツは眼鏡は眼鏡でも、未使用超特価品だ。あれはあれで味があるんだよ」
銀さんと土方さんが張り合っている。
私も銀さんの意見に賛成ではあるものの……。
「銀ちゃん!」
神楽ちゃんが叫ぶ。
振り向くと人影が、干していたパンツに手を伸ばしていた。
どうやら私たちが土方さんに気を取られている隙に、近づかれてしまったようだ。
「待て!!」
「待てヨ!」
二人は塀から飛び降り、犯人を追う。
私は出遅れてしまった……。
「降りるの手伝って貰っていい?」
「お前、何しにきたんだ?」
土方さんに手を貸してもらい、塀から降りる。
いや、意外と高くて、上ったはいいものの怖かったんだよね。
足元も暗いし。
ちなみに今日はちゃんとズボンを履いている。私のパンツを土方さんに見られる心配はない。
土方さんと待っていると、しばらくして銀さんと神楽ちゃんが帰ってきた。
「逃げられた……」
「足ごっさ早かったアル。路地に逃げ込まれて、気付いたらいなくなってたネ」
銀さんは渋い顔をしており、神楽ちゃんは少ししょんぼりしている。
「犯人の顔見れた?」
「いや、だが小柄な奴だったよ。女か子供か……ちいさいおっさんという可能性もあるが」
銀さんは思い出すように視線を巡らし、そう言った。
「女か子どもか、ちいさいおっさん……。あまり手がかりにはならないけど、近藤さんあたりは除外できそうだね?」
「おい、近藤さんはアイツに興味はねぇよ。あるのは姉の方だ」
土方さんは濡れ衣だとばかりに、露骨に嫌そうな顔をした。
「いや、ほら、なんかこう。『お妙さんが洗ったパンツを履いて新婚生活気分を味わいたい』とかそーいう」
「……やめてくれ。見損なうなといいてぇとこだが、有り得そうで嫌になる」
そう言って土方さんは頭が痛いと手でこめかみを揉んでいた。
「今日はもう警戒してこねぇだろ。帰るか」
「眠いアル。また新しい作戦考えるネ」
念のため確認してみると、やはりパンツは新しいものと取り替えられていた。
翌朝出社してきた新八君も交えて、万事屋で次の作戦会議。
「なにやってんですか。土方さんに気を取られて見失うなんて。お陰でパンツが一枚新しくなっちゃったじゃないですか」
「そうアル。新八のガビガビパンツどうしてくれるヨ。銀ちゃんのガビガビパンツで手を打とうったってそうはいかなアル」
「お前も見失った側の人間だろ。なにいってやがる」
ちなみに私はもうすぐ出勤時間なのでそろそろお暇させてもらう。
仕事前にチラリと寄った感じだ。
新八君、神楽ちゃん、銀さんが顔を突き合わせてあーでもこうでもないと作戦を立てている。
「今日は遅くなるから明日になるかな。また、何かわかったら教えてね」
「ああ。ぜってー犯人掴まえてやる。ここまでやって何もなしに終われるかよ」
「そうアル。酢昆布十年分は保証してもらわないと割に合わないネ」
銀さんと神楽ちゃんは意地になってるようだ。
これならそう遠くない内に犯人が掴まるんじゃないかなぁーと楽観的なことを思う。
「じゃあ、いってくるね」
そう言い残して仕事に向かう。
万事屋の階段を駆け下りたところで、珍しい人に出会う。
「あれ、久ちゃん?」
「あ、ああ。久しぶりだな。元気にしてたか?」
柳生家のお屋敷とは方向も違うし、かぶき町に用事がある人間では……。
ああ、
「元気だよ。九ちゃんも元気そうで良かった。お妙さんのところにでも寄ったの?」
「いや、僕は……。それより新八君の様子はどうだった? 眼鏡に傷がついてたり、曇ってたりとかはしてなかっただろうか?」
「眼鏡……? まあ結構長く使ってるみたいだからね。でも普段と変わりなかったよ。でも、なんでそんなことを?」
「それなら良かった。なんでもないんだ。気になっただけだから。ありがとう」
九ちゃんはそう言って逃げるように去っていった。
「なんだったんだろう」
内容だけ聞けば平和的なのだが、話題の出方が突飛過ぎる。
お妙さんについて聞くならまだしも、新八君だよね……?
疑問を覚えたが、仕事の時間が迫っていたのでその日は後に回してしまった。
それからも犯人は掴まらず、新八君のパンツは日を追うごとに新しくなり、枕カバーまでが新しくなったのは先日のことだ。
「腹立つぅ!! なんで人がションベンしてたり、アイス買いに行った隙に取り替えられんだよ」
銀さんが頭を抱えて叫んでいる。
生理現象は仕方ないとして、アイスはやる気の問題じゃないかな?とは思いつつ……。
現在シフト中で、昼は神楽ちゃん、夜は銀さんという感じで見守り中。
神楽ちゃんは「アリさん見てたらなんか新八のお箸取られたヨ。ごめんアル」とのこと。
「もういいです。実害ないですし。それよりちゃんと仕事しましょう。僕ら今キリさんの差し入れで生活してる感じですよ。流石にそろそろまずいというか……」
「他人の作る飯ってなんであんなに美味しいんだろうね? 材料持ってきたら調理してくれるの最高じゃん?」
「うち、飯屋になったほうが儲かったりするんですかねこれ」
「客がコイツだけの飯屋なんて、商売上がったりだよ。確かにそろそろ仕事しねぇとやべーが……」
その時、ブザーが鳴る。
「ごめんください」
「はいはーい、今いきまーす」
あの声は? 気になり、新八君を追って見に行く。
「やあ、新八君」
「どうしたんですか、久兵衛さん。あ、仕事の依頼とかですか?」
「いや、そうじゃなくて……。その、実はこれ作りすぎてしまって良かったら食べてくれないか?」
廊下からこっそり様子を伺う。
少し照れくさそうに久兵衛さんは持っていた風呂敷包みを新八君に手渡していた。
「また、ですか。そんなに気を使わなくてもいいんですよ。ありがたいんですけど……」
「気など使っていない! 本当に作りすぎただけなんだ。君に食べてもらいたいなんてそんなことは」
「分かってますよ。姉上にもちゃんと伝えておきますから」
「いや、そうじゃなくて。そうなんだが……そうじゃなくて」
しどろもどろになりながら九ちゃんは赤くなりモジモジと、身体を揺らす。
身体に合わせポニーテールが揺れていた。
なんだろうか。ノリだけ見ていると鈍感系主人公に対するツンデレヒロインという感じなのだが……。
新八君と九ちゃんという取り合わせが……私の気にしすぎじゃないかという疑念を否めない。
もちろん、新八君が
組み合わせの問題である。
「良かったらお茶でも飲んでいきませんか?」
「お、おおお茶なんて!! はしたない」
新八君の誘いに九ちゃんは首を振り顔を赤くする。
「……はしたない?」
「いや、失礼した。実はこのあと行くところがあって」
「そうなんですね。わかりました。また今度」
新八君の疑問に、九ちゃんはそう言って断りを入れ、去っていく。
鈍感系主人公に、ツンデレヒロインにしか……見えないんだけどなぁ。
新八君が戻る気配に、居間に戻る。
「久兵衛さんでした。これ作りすぎたからって」
「久兵衛……? なんで奴が……。あとなんだそれ?」
そう言って新八君が持ってきたのは三段重ねのお重。絞り絣の風呂敷に包まれたお重には、漆塗りに螺鈿細工が施されていた。
「なんでしょうね」
銀さんに促され、新八君がお重を開ける。
中身を見ると、八宝菜に、八丁味噌の田楽、レンズ豆の煮物に八つ橋……? あと、人参とごぼうを肉で巻いたもの。
「アイツんとこで宴会でもやったのか?」
銀さんが疑問を覚えるのも無理はない。カレーを作り過ぎちゃいましたというノリで渡されるモノではない。
「どうなんでしょう。ここんところ良くくれるんですよ。昨日も家に来てましたし」
「それだったらお妙に会いにきてんだろうとは思うが……。わざわざ
「気にかけてくれてるんでしょう。ありがたいことです。一昨日も眼鏡を拭いてくれましたし」
「眼鏡を?」
「ええ。これ先にしまっちゃいますね。傷むと悪いんで」
新八君は答えながら、お重を台所に持っていった。
「そういえば、この前九ちゃんに、新八君の眼鏡の様子を聞かれたなぁー」
「私もアル。新八の様子聞かれたネ。眼鏡がどうとか言ってたアル」
「なあ……俺の勘違いだったらいいけどよ、これって……」
「どうなんだろうね?」
お妙さん似の弟に鞍替えしたのか……。でも、そんなことってある? 久ちゃんが?
凛とした姿、真っ白な何者にも染まらないような羽織。
そんな迷ったり、曲がったりすることのない人間が道を変えるなんてことあるだろうか?
「様子を見てみようか」
「そうだな」
銀さんはぼりぼりと頭を掻いて、頷いた。