天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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Sパート 地獄の旅の一里塚

 気が乗らないが仕事は仕事だと、あちらこちらに聞き込みを重ねるが、妖刀なんて見たことも聞いたこともないという回答ばかりだった。

 

「銀さん、鉄矢さんなら何か知ってるんじゃないですか?」

 

 方々(ほうぼう)聞きまわって3日目。新八が俺にそう言ってきた。

 他に良い案もなく、提案に通り鍛冶場を兼用した自宅に向かう。モノがなければ話にならないだろうと――どうしても刀を手放さないのでおまけも一緒に引きずっていく。

 ついでに事情を話せば、手がかりがあれば直接聞きたいとミツバも付いてきた。

 神楽が機嫌良く頭を振りながら前を歩いていた。ミツバに飴を貰ったらしい。

 それを見ながら、これから限定品の列に並ぶのだと駄々を捏ねるトッシーの襟首を掴み、引き()り歩く。

 

「そういえば、お仕事どうしたんですか?」

 

 俺の背後、トッシーに向かって新八が問う。

 

「――クビになったでござる」

 

 ミツバから視線を反らし、言いづらそうに言った。

 クビ……。

 

「えっ? えぇええええ!? そんな!?」

 

 新八が騒ぎだす。

 ミツバを見れば、顔色を悪くしていた。どうやら知っていたらしい。

 互いの様子に、それについて一悶着あった後というのが俺の判断だった。商売柄、複雑な人間関係というものを色々見てきはしたものの、知った顔の裏事情なんつーもんは見たくないというのが本音だ。

 そして、他人が口を出す事でもないので放っておく。口を出したいものでもない。

 

「坂田氏! 今日発売のトモエ5000のフィギュアは限定生産版で! 買い逃すと!! 聞いてるでござるか!!」

 

 暗くなった空気を読まずに、ずりずりと引き()る後ろでトッシーが騒ぐ。

 

「誰かこいつを黙らせ――……」

 

 キッーと派手な音を立ててパトカーが目の前に止まる。

 何事かと立ち止まる俺等の目の前で乱暴に扉が開き、どたどたと黒服の男――真選組の隊士等が飛び出してきた。

 

「副長! いましたか!!」

 

 そのうちの一人がトッシーの腕を引く。必然、俺に襟首を捕まえられていた奴の首が締まる。

 

「がはっ……く、苦しっ」

「遊んでる場合じゃないです。山崎が『酢昆布』に殺されました!」

 

 隊士の言葉に緊張が走る。新八と神楽の視線が隊士に集中した。

 

「く、さ、坂田氏……いい加減離すで……」

「おい、どういう事だ?」

 

 襟首を捕まえる手に力が篭もる。『酢昆布』――真選組の連中がキリをそう呼んでいた事をおぼろげながら覚えていた。行方をくらました事といい、不穏な伝言といい、やっぱりアイツ何か噛んでやがる。

 

「そのままの意味だ。副長、隊に戻って下さい!!」

「ごほっ……ごほっ……は、離すでござっ……ぐふっ!!!」

 

 こちらに冷たい一瞥(いちべつ)を寄越したと思うと、なおも隊士等はトッシーの腕を引く。仕方なく手を離したとたん――皮膚が粟立つ様な気配を感じ、咄嗟に野郎を蹴り飛ばす。

 

「あべしっ!」

 

 不細工な悲鳴を上げ、手をついて前のめりに倒れる。――蹴り飛ばす前に奴が立っていた場所。そこには幾本もの刀が突き立っていた。

 何が起こったのか考えるよりも前に、野郎の片足を掴み、隊士がいる方向とは真反対の裏路地へ駆け込む。

 新八と神楽も遅れじとついてくる。ミツバは神楽が抱いていた。

 ベコンバコンと背後から何かと何かがぶつかるような音に悲鳴が混じるが無視する。

 

「あべべべっ、さ、坂田氏、輸送はもっと丁寧……がはっ!」

 

 ひときわ盛大な音を立てたかと思うと声は聞こえなくなった。

 

「銀さん、どういう事だと思いますか!!」

「わからねぇ」

 

 息を乱しながら新八が聞いてくるが、分からないのは俺も一緒だった。山崎とキリそして殺されかけた『真選組副長』。ミツバも当惑した表情を浮かべており、何かを知っているという様子はない。

 真選組内で何かが起きていると見るべきか。

 ポリバケツや、積まれたダンボールをすり抜け、裏路地の出口――明るいそこへ出たとたん。

 

――ギュルルルルッ!

 

 明らかに俺等を()き殺そうと迫るパトカーを、神楽が両手を突っぱねて止める。ボンネットがぐしゃりと潰れ、靴底が長い線を引いた。

 新八が投げ渡されたミツバの下敷きになり、尻もちをつく。

 背後を振り返ると、刀を抜き追いかけてくる隊士連中が見えた。

 ぼやぼやしている暇はねェ――。

 

「ひぃいいいっ! ぎゃぁっ!」

 

 パトカーの運転席を俺が、助手席を神楽がこじ開け、中にいた隊士を殴り飛ばし放り出す。気を失った燃えないゴミは後部座席へ投げ込んだ。

 新八とミツバも慌てて乗り込む。

 アクセルを目一杯踏めば、急発進する車に()かれまいと投げ出された隊士が四足で転がるように避ける。追いかけてきた連中も振り切り、めくらめっぽうに車を飛ばす。

 

「神楽、サイレンつけろ」

「はいヨ~!」

 

 ウーウーと回る赤色灯に、渋滞の列が割れる。そのど真ん中を走りながら考える。何が起こっている?

 

「うっ、あぁあ? ……ここは?」

 

 どうやらもう一方が起きた様で、ルームミラー越しに、鋭く睨みつける目と視線が合った。

 

「なぁ、『酢昆布』がジミー君を殺したとよ。お前、何かしらねーか?」

 

 嫌な予感はしていた――。

 自然、ハンドルを握る手に力が篭もる。

 状況がのみ込めないのか土方の野郎は二度三度頭を振り、考えこむような素振りをした後、重々しく口を開いた。

 

「――もし、それが本当なら、奴がとうとう尻尾を出したって事だろ。奴は――攘夷浪士と繋がっている」

「そんな馬鹿な! どこに証拠があるんですか!」

 

 激高した新八が土方の襟首に手をかける。

 

「そうアル!」

 

 助手席に座っていた神楽も振り向き、座席の背もたれを掴みながら声を荒げる。

 攘夷浪士――キリが? 俺からすれば与太話の類にしか聞こえなかったが、鼻のイカれた犬共はそうは思わなかったようだ。

 

「うっせーな。それを調べる為に山崎を付けてたんだよ」

 

 キリの足が遠のいたのはそれが理由だったのか。

 

『繁忙期でね――でもさぁ割増賃金分がうちの店で酢昆布に変わるってのは……変な永久ループ入ってるよね……』

 

 そう複雑な顔で笑っていた。野郎……随分と作り笑いが上手くなってんじゃねーか。

 

「お前、きーやんを疑って!!」

 

 (まなじり)を上げて神楽が怒り散らす。それを土方はやけに冷めた目で見ていた。

 

「生ぬるい事言ってんじゃねー。白か黒かつけるのが俺等の仕事だ。白なら白、別に困りゃしねーだろ。事実無根ならな。だが、それが殺されたとあっては、そう思うよりしかたあるめェ。山崎の野郎……下手踏みやがって」

「そんな……キリさんがまさかそんな……」

 

 土方の言葉に、力の抜けた新八の腕が振りほどかれる。

 真っ赤な夕日がチラチラと車内を照らす。

 薄っすらと暗く染まり始めた空。その先に向かう道がどこに続くのか分からないまま、車は甲高いサイレン音を立てて走り続ける。

 目を突き刺すような斜陽がビル群に隠れ、影を作った。

 車内に落ちた空白に、らしくねぇじゃねーかと胸の内で呟く。

 

「新八。お前メガネどっかに落としてきたのか? 本体落としてきたらただの新八になっちまうだろーが」

「っな! 新八になっちまうって僕は産まれた時から新八ですけど!?」

「だったらな、目に見えるもんだけじゃなくて、心の目でちゃーんと見ろ。あんな税金泥棒改め、ヤクザ警察の言葉を真に受けてんじゃねえ。お前が見てきたものを信じろ」

 

 前が見えなくとも歩いてきた道なら見えてる筈だろ。なぁ?

 ガガッと無線から雑音と共に声が聞こえてくる。

 

『土方は見つかったか』

「お前何番た……もがっ!」

 

 新八が土方の口を抑え黙らせる。押し殺した声で「静かに!」と注意が飛んだ。

 流石ぱっつぁん。わかってんじゃねーの。

 ハンドルを片手に、左手で無線機を取る。

 

「あーあー、こちら三番隊。さーせん、取り逃がしました」

『……今、土方の声がしなかったか?』

「気のせいでありますアル。どうぞ」

『そうか? ……まあいい。なら、一刻も早く奴を見つけ出して始末しろ。近藤暗殺が成功したとしても、土方がいては伊東さんの計画が狂う。気づかれるなよ? 万が一これが伊東さんの計画だと知られれば、真選組は二つに割れ、組織としての力を失う事になりかねない。それは伊東さんの望む所じゃない』

 

 舌打ちしたくなるのを押し留める。要約すれば一連の流れは全部真選組(コイツラ)の内部抗争じゃねーか。

 俺の持つ無線機に神楽が割り込み、代わりに応答を返した。

 

「了解しましたアル」

『近藤は今頃何も知らずに首を落とされてる頃だろう。愛する武州(故郷)に向かう電車の中でな。後は土方のみだ。気を引き締めて事にあたれ』

 

 ブツッと切れた無線を叩きつけられるように戻す。

 

「これから、どうするアルか銀ちゃん」

 

 不機嫌6割、困惑4割といったところか。神楽が口をへの字に曲げる。

 

「どうするかねぇ」

 

 大体の全容は見えてきたが、いまいち見えないのはキリ。何をどこでやってるのやら。

 フロントガラスから見える景色はいつの間にか青味を強くして、ヘッドライトを付けた車の列が魚群のようにギラギラと光っていた。

 新八も思うところがあったのか、土方を押さえつけている事を忘れ考え込んでいた。

 その手を土方が掴み、強引に外す。

 

「っぷは。いい加減離せ! 万事屋、車をそのまま武州に向けろ」

 

 さも当たり前のように告げられる。

 

「おいおい、これタクシーじゃないんですけど、お客さん」

「うっせー、タクシーもパトカーも行灯(あんどん)つけるかサイレンつけるかの違いで大した差はねーだろ」

「うわっ、この人本当にこの前まで警察官やってたんですか?」

 

 土方の滅茶苦茶な言い分に、新八がツッコミを入れる。

 

「いいから向かえ、時間がねぇ!」

 

 焦り――(すが)るようにすら聞こえる声と命令口調に、既にストレスが最高潮だった俺の何かが切れた。

 ハンドルを手放し振り返る。視界の端で神楽が慌てて運転席に移動する。

 後部座席に座る野郎の襟首を掴み引き寄せる。

 

「テメー等の尻拭いに、人を当たり前のように巻き込んでんじゃねーよ。テメーのケツはテメーで拭け。虫が良すぎんだよ」

 

 何も持たずに幸せだと笑う人間を悪戯に追い回した事を怒っているのか、それを悪びれもなく開き直るこいつに切れてるのか――そもそもこれが怒りなのかすらも分かっちゃいなかったが、とにかく腹が立った。

 あるいは大事なモンを失いかけてるこいつに何かを重ねたのか――。

 

「うっせー時間がねーんだよ」

 

 再び繰り返される土方の言。

 

「あ? ゴリラの首が落とされるかもってか? それこそ知ったこっちゃねぇ。剥製にして飾って貰え」

 

 睨み付ける瞳の力は失っていないものの、何か耐えるように眉を寄せ、顔を歪めているのにそこで気づく。さして高くない室温だったが、額に冷や汗のようなものが浮かんでいた。

 

「違ェ、そうじゃねー……。なぁ万事屋。テメーに頼み事なんざ、それこそ死んでも嫌なんだが、そうも言ってられねーみてェだ」

 

 クソッタレが。

 

『十四郎さんがもう丸一日あの状態なの……私、このままいなくなっちゃうんじゃないかって……』

 

 不安そうにミツバが伝えてきたのは今朝方だった。

 呼吸を乱し、どこか諦めた表情を浮かべる野郎に(はらわた)が煮えくり返り、体の中でモツ鍋パーティーでも開けそうな気分に陥る。

 

「関係ねェよ」

 

 堅く握りしめた拳の指を一本一本引き剥がすようにして、手を離す。ドサリと座席に尻をついた奴は、忌々しそうにこちらを見上げた。そのまま殴らなかった俺の忍耐力を(たた)えろと言いてぇ。

 

「……最後まで嫌な野郎だな。だがお前等しかいねーんだよ。近藤さんを、真選組を護ってくれ」

 

 その言葉を言い終わるか終わらないかの内に、パシンッと乾いた音が車内に響いた。音の発生源は今の今まで沈黙を保っていたミツバだった。

 

「土方十四郎ともあろうものが、情けないこと言わないで下さい! 組を他人に任せるなんて! そんな無責任なこと言わないで下さい!!」

 

 興奮のためか、荒く息をつき、奴の頬をぶった手は真っ赤に染まっていた。震える手を胸の前で抱きながらきつく(にら)みつける。

 美人が怒ると怖いと言うが……。

 首を持っていかれた奴が頬に手を当て、やけにナヨナヨしくこちらを向いた。

 

「……な、殴ったでござるな……親父にも()たれた事がないで……ぐふっ!」

 

 今度は平ではなく拳が飛んだ。

 顔を鼻血で染めながら(うずくま)るトッシーに、怒りと悲しみを湛えた瞳が注がれる。

 あれが奴の遺言かねぇ……。情けなさすぎて反吐が出る。

 

「坂田さん」

 

 揃えられた膝の上で、ギュッと拳が握られる。

 切り込み隊長さん似の顔が、何かを覚悟したかのように視線を真っ直ぐに上げていた。

 美人に真剣に見つめられりゃあ、男は皆馬鹿になるしかあるめぇ。

 

「……送り届けるだけだ。それ以上は面倒見切れねーよ」

 

 妥協案を提示する。――キリの奴も気になった。

 

「構いません。後は捨て置いて下さい。土方十四郎の墓場は戦場(そこ)です」

 

 その姿は凛と――まるで研ぎ澄まされた守り刀のようだった。

 

「へっ? い、いやで……ひっ!」

 

 それでもまだ、うだうだとぬかす野郎をひと睨みで黙らせる。

 白夜叉なんて呼ばれちゃいたが、本物の前ではそんな名、恥ずかしいばかりだ。

 

「銀ちゃん!」

 

 神楽の悲鳴。

 右へ左へと蛇行し、対向車線に飛び出そうとした車のハンドルを腕を伸ばしギュッと回す。

 

「途中下車すんなら今のうちだぜ?」

 

 神楽が退いた席に座り、そう言えば。

 

「私が最後まで付き合わないでどうするというんですか」

 

 迷いのない言葉にやれやれと肩を竦める。流石、武州の女。肝まで()わっていやがる。

 クラッチを踏み、キュルキュルと音を立てタイヤを滑らせる。けたたましいクラクションを鳴らされるが、気にしない。

 そのまま車を反転させ――地獄の三丁目まで死に損ないを運ぶ。

 タクシーになったり霊柩車になったり……元はパトカーだってのを忘れちまうんじゃないだろうか?

 くるくると回る赤色灯がその名残を残していた。

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