天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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同族ハ嫌悪ス

 崩れかけた階段をのぼり、割れた床板を避けながら、最上階を目指す。あの後なんとなく気まずい雰囲気になってしまった銀さんとは口を聞いていない。後悔は先に立たずとは良く行ったものだ。昔の人は凄いなぁと、江戸(むかし)に住まう自身を棚上げする。

 木くずと埃の混じった最後の段を踏みつける。

 上りきった最上階(そこ)から見える街は宝石箱をぶちまけたような輝きを放っていた。

 開け放たれた障子戸を背に、月詠さんは私達を出迎えるように伏せている。まるで、地雷亜に()()()()()に。

 

「やっほー月詠(ツッキー)、遊びにきたよ」

 

 私の声に月詠さんはピクリと反応肩を震わす。が、それだけだ。

 代わりのように傍らに立つ地雷亜が月詠さんに視線を向ける。

 

「月詠」

 

 その言葉に、月詠さんがゆっくりと、顔をあげる。

 視線が合う。覚悟を決めたような目だった。

 そのままスクリと立ち上がると苦無を構えた。

 

「地雷亜、分かってると思うけど、月詠さんじゃあ私の相手にはならないよ」

「……月詠」

 

 私を素通りした地雷亜の言葉に、月詠さんの踵が浮き、前傾姿勢となる。

 殺気に反応して、銀さんが半身をズラしたのが分かった。

 

月詠(ツッキー)やめようよ」

「その名で……呼ぶな!」

 

 ダンッと音が鳴るほど力強く地を蹴り、月詠さんが迫る。

 射線上に飛び出してきた銀さんの木刀と、苦無が交差する。

 

「……どいつもこいつも腐れた縁に囚われやがって」

「知ったような口で……そこを退けっ!!」

 

 声と同時に、ひときわ力強く振るわれた苦無を銀さんが逸らす。

 

「……!?」

「銀さん、上!」

 

 気がそれた一瞬の間に飛び上がり、銀さん視界から逃れた月詠さんは、頭上から無数の苦無を投げ放つ。

 声に反応し、曲芸のように銀さんは崩れた姿勢から無理やり木刀を振るう。計八つの苦無が放たれ、五つが木刀に弾かれた。残り三つ、急所を外れ、だが間違いなく命中すると思われたそれは、見えない壁に阻まれたかのように軌道を変える。

 間髪をいれず、両の手で苦無を握りしめた月詠さんが降ってくる。だがそれは、龍翔閃よろしく、打ち上げられた木刀に阻まれ、打ち返される。

 もんどり打って着地した月詠さんは痛そうに顔をしかめつつも油断なくこちらを見つめていた。

 それに相対する銀さんもまた、護るように私を背にし再び構えを取る。

 

「強襲、追撃……さすが吉原の女、どっから何が飛び出てくるか分かりゃあしねぇ。怖エェなあ、オイ」

「ならばそこを退け。わっちの用があるのはそこの女だけじゃ。退くのなら悪いようにはせん」

 

 どこかすっとぼけた銀さんの口調に、月詠さんが険のある言葉を返す。

 しかし、背後から飛んできた地雷亜の言葉に、月詠さんは顔を歪めた。

 

「生ぬるいことを……。月詠、お前はまだ分かっていないな」

「……申し訳……ありんせん」

「女に戦わせておいて、てめぇは高みの見物ってか? 随分といい身分じゃねぇか」

「…………」

 

 返す銀さんの言葉に、地雷亜は無言を貫き通す。

 再び始まった剣戟。ガギン、ガギンと、苦無と木刀が合わさり、弾け、また合わさる。たまに弾き損なったモノは、私が補う。互いに決定打を打てず、時間の経過と共に体力を消費し――

 

「ハァハァ……」

「……ハァ……ハァ」

 

 息を荒げ、にらみ合う。

 

「地雷亜、こんなの無意味だよ」

「月詠」

 

 地雷亜の言葉に、僅かに下がっていた苦無が、構え直される。

 

月詠(ツッキー)!!」

 

 静止の声を合図に、再び苦無が振るわれる。

 

「止めるか。ならばなぜ、お前は殺さない」

 

 初めて地雷亜がこちらを向いた。容赦のない言葉は続く。

 

「お前の力を持ってすれば殺すなどたやすいだろう。なぜ終わらせない。無意味な戦いを続けさせているのはお前の方ではないのか」

「私はそんなに優しくないんだよ。地雷亜、私があんたに仕えるって話もっかい考えてみない?」

「まだそんな戯言を……」

月詠(ツッキー)よりは腕が立つと思うんだよ?」

 

――ギンッ!

 

 ひときわ高い音をたてて苦無が弾けた。手持ちの苦無が尽きたのか、無手になった月詠さんは体術を駆使して、銀さんへ攻め打つ。

 

「下らん」

 

 肉体と木刀がせめぎ合う音をBGMに、地雷亜は私の提案を一蹴した。

 

「残念、結構似た者同士、相性もいいと思ったんだけどね。でもさぁ、なんでそんなに月詠(ツッキー)に拘るの?」

「アレは俺が手塩にかけて育てた作品だ。作品を愛さぬものなどいないだろう?」

「本当にそう? あんたも見たんじゃないの? どんな闇の中でも決して輝きを失わない綺麗なお月さんを」

「……知ったような」

「それとも、あんたの()()()()を重ねてるの?」

「口を叩くなッ!」

 

 吠えるような答えと共に、鉄鋼に覆われた拳が飛ぶ。寸前に避けた私を続けざまに蹴り上げる。転を打ってそれも避ける。畳み掛けるような応酬を相手にとり、私は地雷亜を責め立てる。

 

「知っているから叩いてるんだよ!」

「お前に何が理解できるっ!!」

 

 鉄線が私を絡め取ろうと宙に舞う。敢えてそれを巻取り引き寄せた。

 羅刹のような形相を浮かべた地雷亜を眼前に、啖呵を切る。

 

「弟が死んだ。母親も死んだ。私が殺した! だから分かるよ! アンタのそれは孤独を乗り越えた強さなんかじゃない! 歪んだ自己愛を他人にぶつけているだけだ!」

「黙れ! 黙れ! 黙れぇえええ!!!」

 

 バチッと鋭い音をたてて鉄線が地雷亜の手から切り離された。地雷亜は三歩距離を取り、飛び上がると、宙に張った鉄線を足場に縦横無尽に駆け巡る。そこから放たれる苦無は、三次元的に飛来し、実際の数の倍の倍にも感じられた。

 それを手にした鉄線で絡め取り防ぐ。

 背後に位置するであろう地雷亜を振り向こうとした瞬間、ビシッと音がして頬が切れた。

 ブラフか。よくよくみると、狙いを外し床に突き刺さった苦無には細い線が繋がれており、私を取り囲むように張り巡らされていた。

 

「だから無駄なんだってば」

 

 ビン、ビンと糸を切る。と、同時にからくりでも施されていたのか――四方から逃げる隙間も無いほどの苦無が部屋中にばら撒かれる。

 

「銀さんっ!!」

 

 罠だった!? 慌てて振り向いたそこには――月詠さんをかばい、銀さんが全身をハリネズミと化していた。

 

「なぜ……」

 

 戦慄くように呟かれた月詠さんの言葉は、銀さんに向けられたものだったのだろうか? あるいは――

 

「……ってぇな、オイ」

 

 ぼとりと、血の塊が落ちた。うめき声と共に、銀さんは肩から苦無を引き抜くと投げ捨てる。カランカランと乾いた音をたてて、地面に転がる苦無(それ)は真っ赤に濡れていた。

 

「血迷ったか……。その腕ではまともに剣も握れまい。時代遅れの武士道精神でも掻き立てられたか」

「違ぇよ」

 

 カンッと再び引き抜かれた苦無が地面を跳ねて転がる。

 身を起こした銀さんは、一つづつ苦無を引き抜くと、びっこを引いた足で、地雷亜に歩み寄る。対して宙に張った糸の上に立つ地雷亜は、目を細め、月詠さんへ視線を向ける。

 

「月詠、何をしている立て、構えろ」

「……違う。こんなのは間違っている!」

「月詠、お前には特別目をかけたつもりだったんだがなァ」

 

 地雷亜と、月詠さんの問答に割り込んだのは地の底を這うような銀さんの声だった。

 

「……じろ」

「その傷でまだやる気か」

「閉じろ」

「……何を」

「その薄汚たねェ口を閉じろつってんだよぉおおお!!」

 

 咆哮と共に地雷亜に木刀が叩き付けられる。死に体とも取れる動きから一転、床板に罅が入る程の踏み込み、跳躍。反応しきれず地雷亜はもんどり打って地に落とされる。

 

「……ぐっ」

「切り捨てた分際で、使えると判断したら拾って、焚き付けて。外道が。テメェなんざが師を名乗ってんじゃねぇ!」

 

 うまく着地もできず、剣を支えに膝をつき息を荒げる姿。だがその双眸は爛々と輝きを失わず、地に落ちた地雷亜を睨みつけていた。

 

「負け犬が……。続きは地獄で吠え続けろ」

 

 身を起こした地雷亜が、トドメを刺そうと獲物を手に振り下ろそうとした瞬間、風切り音が鳴った。

 

「月詠……お前まで裏切るか」

 

 地雷亜の利き手に突き刺さった苦無は、月詠さんが投げ打ったもの。

 

「師が誤った道を行くのならば、止めるのも弟子の役目」

「そうか、なら……死ね」

 

 地雷亜は己の手の平に突き刺さった苦無(それ)を引き抜くと、月詠さんに向ける。

 

――潮時か

 

 だが、放たれる筈の苦無は、力を失った手の平から零れ落ち、足元に転がった。

 

「師匠?」

「………がはっ」

 

 心臓に一突き。拾った苦無を投げたので、それが元は地雷亜のものだったのか、月詠さんのものだったのかは分からなかった。

 倒れ落ちそうな地雷亜に駆け寄った月詠さんはその身を支え、地面に寝かせた。困惑を含んだ表情でこちらを見つめるので、私はコクリと頷く。

 

「恨むなら恨んでもいいよ」

「恨むなど……滅多なことを言うもんではない」

「地雷亜はさ、月詠(ツッキー)が離れていくのが嫌だったんじゃないかなぁ」

「知っておる。キリ……わっち は弱いな。わっちがもっと強ければまた違った結果があったのだろうか」

 

 まだ暖かいであろうその身に触れる月詠さんは苦渋に満ちた顔をしていた。違った結果こそが正しいと知っていながらも、そこに至る道を辿れなかった私は、その問いを曖昧に濁すしかなかった。

 

「どうだろう。私には分かんないや」

「済まぬが、しばらく二人きりにしてもらえぬか」

「うん。銀さん、立てる?」

「……ああ」

 

 フラフラと身を起こす銀さんを支えながら、私は牙城を後にした。

 

「銀さん、月が見えないや」

「……上に戻りゃあ見えるさ」

「そうだね。お月見したいなぁ」


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