天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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寓話 かぐや月夜

 半額のシールが貼ってある団子をパックごと並べて。ススキは時期じゃないから、代わりに猫じゃらしを。そもそも十五夜っていつなのだろうか? まぁ、そんな月見もいいんじゃない?

 

「オイラも買ってきたよ!! 吉原で今一番人気の団子屋なんだ!」

「これ、団子つーかア○ルビー「最後までいわさねーよ!」」

 

 銀さんのアダルティな言葉を遮ったのは新八君。隣で晴太君が斬新な形の団子――串の代わりに紐で繋がれている――を取り出し、並べる。

 包には芋虫団子と書いてあるが、粘ついた透明のタレといいどこからどうみても……まぁ、そんな月見もいい……かもしれないなぁ~。

 

 錆びついた機械に手間取りながら、吉原の空は開かれた。

 

「吉原で月が見れる日が来るなんてねぇ」

 

 日輪さんが嬉しそうに目を細めていた。

 

「そうじゃの」

 

 月詠さんも並び立ち、同じように目を細め月を眺めている。

 月詠さんはあの後人知れず地雷亜の墓を作り弔ったそうだ。本来は墓など作らないとは全蔵さんの談だったが、どうやら見逃してもらえたようだった。

 一週間ばかり、気落ちしたようにも見られた月詠さんだったが、徐々に元気を取り戻し、銀さんの怪我が直った快気祝いだと月見をする次第。

 

「いい月ですなぁー」

「いい月アルな」

 

 知ったような顔で私の言葉に相槌を打つ神楽ちゃんは、モサモサと両手に団子を抱えており月なぞ見てはいない。

 

「オイ、何どさくさに紛れて俺の分も食おうとしてんだ」

「成長期ヨ。銀ちゃんと違って多感なお年頃ネ。いろいろ入り用アル」

 

 他人が買った団子の奪い合いとはさもしいものだと、横目にみつつ、すでに確保してあった自身の団子を一口。芋虫団子は、銀さんと神楽ちゃんに譲ろう。そっと、奪い合いの中に混ぜると、ドサクサに紛れ口をつけ、二人して咽ていた。

 

月詠(ツッキー)はどれが好き?」

「そうじゃな、みたらしか……いや、あんこも……」

「オイラよもぎ!」

「コレ晴太そのぐらいにしときなさい」

「っちぇー、じゃあこれラスト」

 

 日輪さんに窘められ、晴太君が舌打ちをする。

 月詠さんはそれを見ながら、結局のところあんこを手に取り口にする。

 

「じゃあ、わたしはみたらしを貰おうかな」

「うまい……なぁ」

「そうだねぇ~」

 

 みたらしのタレが服につかないように上向きに顔を上げていたら「なぁ、キリ」と呼びかけられた。丁度タレが垂れてくるところだったので、私は振り向けず、口をあけたまま、「あぁ?」とブサイクな返事を返した。

 

「団子というのはこんなに美味いもんだったか」

 

 どこか遠い過去を思い出すような視線に、返す言葉を探せず、私はそのまま宙に浮かぶみたらし団子の二つ目を口にした。

 三つ目を口にする前にどうにか言葉を返そうと口を開くが音にならず、結局は噤むしかなかった。

 

「おかしなことを言ってすまなんだ。久しく食べてなかったんでな、とうに味を忘れてしまっていただけでありんす」

 

 かぶりを振る月詠さんに、数日ほど前突然万事屋にやってきた様子を思い出す。涼しい顔で、何事もないかのようにお月見会の設営を依頼しにきた月詠さんは、「頼まれてくれるじゃろ?」と言った。

 万年金欠の万事屋はにべもなく頷き、私も断れずに頷いた。

 何を思っているのか、想っているのか、とんと聞けずじまいだった。

 

「私の母さんさぁ、月にいるんじゃないかって思ってた」

「……?」

「私は月から来たお姫さまでさ、地球のお母さんは本当のお母さんじゃなくて、本当のお母さんは月にいるんじゃないかって」

 

 子供の頃の夢物語だ。弱くて小さい私は、「嘘」の世界に逃げ出すしかなかった。

 唐突に始まった夢物語に当惑したように月詠さんは眉をひそめる。

 

「それは……」

「変なこと言ってごめんね。私は弱くって、今も多分。私はあの頃とそう代わりないかもしれない。だからかな。他人に頼るってことがなかなかできないでいる」

「そんなことは……」

月詠(ツッキー)はさ、強いせいで誰にも頼ることができないでいる。でも本当に強い人はさ、ちゃんと頼り方を知っている人なのかもしれない」

「…………」

 

 押し黙ってしまった月詠さんが何を思っているのか私は知らない。見くびるなと怒っているかもしれない、お前が何を言うんだと呆れているのかもしれない。

 

「ねぇ、月詠(ツッキー)。月はいつだって綺麗だね」

「……そうじゃの」

 

 硬質な返事は、私の預かり知らない感情だった。


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