天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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馬にも衣装

 それから一週間、念のためと万事屋に寝泊まりしながらバイト先との往復を繰り返す。バイト先には新八君や、銀さん、神楽ちゃんの送迎がついてくる。

 赤焼けに染まった夕暮れの道。社割りで購入した夕飯の食材を両手に持ちながら家路につく。今日の相棒は神楽ちゃんだった。

 どうでもよい話題が尽き、心地よい沈黙のあと意を決したように神楽ちゃんが口を開いた。

 

「こんなときに真面目に仕事なんてしてないで借りぐらしに戻れヨ。大丈夫ネ。きーやんの食い扶持ぐらい私がどんと稼いできて上げるネ」

「思わす受けてしまいそうな提案だけど、それを受けると人としての尊厳がストップ安で地底を這いずりそう」

 

 惚れた腫れたを通り越して身請けされたくなるようなセリフだが真に受ける訳にはいかない。相手は年下の女の子だ。

 

「尊厳なんて命に比べたら鼻くそヨ」

 

 セリフと共に鼻をほじっていた指をぴんっと弾くのはやめていただきたい。絶対、銀さんからの悪影響だ。

 

「いや、でもまあ……なんか腹立つじゃない? いけすかないヤツの所為で自分のやりたいことができないってのはさ。それに私無敵だから、見送りも大丈夫よ?」

「大丈夫じゃないからついてるネ」

「んー……気持ちはありがたいけどね?」

 

 正直にいうと怖い。自分自身の身ならいくらでも守れる自信があるが、周りの人間まで守れる保証はないのだ。私はジャンプのヒーローじゃない。

 私の戸惑いを見透かすように神楽ちゃんは傘をくるりと回す。

 

「わたし達が足手まといってぐらい分かってるアル。悔しいけどネ」

 

 一拍おいて、「なら」と続けようとしたがそれを制される。

 

「勝手に傷ついて勝手に立ち直ってへらへら笑うきーやんをわたしが見たくないだけヨ。てめーの命はてめーの責任で使うネ」

 

 睨みつけるでもなく、悔しさに顔を歪ませるでもなく、ただまっすぐ笑う彼女を止める術を私は持たなかった。

 多分言葉にせずとも、銀さんも新八君もそれぞれの正義で私の側にいてくれるのだと遅まきながら気づいた。

 

 

 何度も送り迎えをもらい二週間、なにごともなく過ぎていく……。

 

「気の所為だったんじゃないかって思ったんだけどね……」

 

 その日はたまたま次のシフトの人が時間を間違えて来ちゃって、どうせだから先上がりなよという言葉に甘えて一人帰る道でのことだった。

 今日の予定は銀さんだったなと思いつつ、帰る道順的にすれ違うこともないだろうとそのまま出てきてしまったのだが。

 

『ようヤく一人にナッタネ』

 

 勿忘草の着物が景色を駆け抜けてくる。

 

「なんっ!?」

 

 とっさに飛び退る横を通り過ぎる。背後でトラックでも突っ込んだかのような衝突音。振り返れば空き家だったそこに突っ込んだやつが壁を抜け柱をへし折り立っていた。

 まずい。ここでは被害が広がる。どこかに、と思う暇もなく、空間が断裂し、頭があった場所が切り裂かれる。

 続けざまにとびこんでくる奴の腕が振り下ろされ地面に叩きつけられる。放射状に広がるクレーター。弾け飛んだ小石が地面に落ちるよりも早く、振り下ろされた腕を軸に回し蹴りが飛んでくる。

 とっさに切り飛ばすが、瞬時に再生し、逆の足が頭上を通り過ぎる。

 

「バケモンか!」

 

 自身を棚上げし距離を取る。

 人通りが少ない場所なのが幸い。犬の散歩をしていたおじさんが唯一の通行人だったが、犬に引きずられるように逃げていった。

 距離を取ろうとして、バランスを崩し、気がつくと腕を切り落とされていた。再生する暇を与えず次の攻撃が飛んでくる。空間を渡ることで避けるが、集中することができず移動距離を稼げない。

 合間合間に攻撃を仕掛けているが、読まれているかのような動きで気がつけば防戦一方。

 腕を犠牲に頭を守ろうとしたが、――そういえばさっき切り落とされていたのだと思い出したのは遅く、眼前に奴の右腕が迫っていた。

 

「キリっ!!」

 

 やつの後ろ、急いで駆けつけたのか息を切らす銀さんが視界の端に映る。ひどい姿をさらしてしまった後悔ばかりが胸を過る――。

 けれど、致命的な一撃は訪れず、腕を振り上げたまま奴は動きを止めていた。

 

『ぎ……?』

 

 何を言った?

 

「そこを……どけっ!」

 

 疑問に思ったのは一瞬で、洞爺湖と書かれた木刀が振り下ろされる。飛び退る奴に横薙ぎ、返し、持ち替え防御の構え。

 だが、奴は動きの精彩をかき、攻撃を受けることはないものの立ち尽くすばかりだった。

 

「ありがとう。助かった」

 

 眼の前に立つ銀さんにお礼を言える余裕すらあった。

 欠落していた腕を再生し、攻撃に備えるがその様子も見られない。なぜ……?

 

『さかタギンと……き? ギん……さ……』

 

 奴は混乱するかのように頭を振り距離をとる。銀さんの名前を呼んでいる? やはり奴は私と似たような存在か?

 理由は分からないが今のうちに逃げようと、銀さんの腕を取り飛ぼうとしたときだった。

 

『会……い……かった』

「っ!?」

 

 一瞬にして距離をゼロに縮められ、銀さんの眼前に奴が迫る。

 本当に刹那の時間。間に合わないとすら思った刹那の時間、ヤツの顔と、銀さんの顔が重なる。

 

「へっ?」

 

 間抜けな声は誰の声だったのか。ドップラー効果も残さず飛んだ先で呆然と立ち尽くす。

 糖分の額縁、青い年季の入った長椅子。緑のジュータンに座卓。咄嗟のことで場所を選べなかった。

 相変わらず追ってくる気配はない。けれども――問題は。

 

「汚物は消毒? 銀さん自身も汚物みたいなもんだから体ごと消し飛ぶかもしれないけど、江戸の平和のために許して欲しい」

「いや、待て、落ち着け。その右手を下ろせ」

 

 人工呼吸? 精神攻撃? 嫌がらせ? 誰への? 私への? なんで? いや、確かに馬と銀さんの接吻なんて絵面、誰が見たいのか? 最低最悪だ。

 

「あれ、いつの間に帰ってきたんですか? って血まみれ!? 怪我は!?」

「おい、新八助けてくれ、殺される」

「消毒しなきゃ。消毒。新八君、熱湯持ってきてくれる? 沸騰したやつ」

「そんなに怪我ひどいんですか!? どういうことです!? 何に突っ込めばいいんですか!?」

「銀さんの口に煮えたぎった湯を」

「やめろ、おい。手を離せ、落ち着け、話せば分かる。事故だ事故」

 

 すったもんだの末え、銀さんを正座で座らせ、新八君に事情を説明する。

 最近新八君には血まみれの姿ばかり見せてしまって申し訳ない。これも全部銀さんのせいだ。

 

「で、結局一人で帰宅中に襲われて死にかけたってことであってます?」

 

 あれ、私も正座で座るべき?

 目を横に細くした新八君から冷気が立ち上るのが見える。

 

「……それにしてもどうして銀さんが来た瞬間様子がおかしくなったんだろう」

 

 銀さんと並んで座らされた私の言葉に、新八君は首をかしげる。

 

「聞いた感じ、銀さんを見たのが原因という感じですね。考えすぎかもしれませんが――僕は尾美兄ぃを思い出します」

「……二重人格ってこと?」

「わかりません。……銀さん過去に会ってたりしませんか?」

「しらねぇよ、あんな馬面。ってか、なんで俺が悪い感じになってんの? 被害者だよ被害者。襲われたの俺!」

「元カノだったり? 手酷く振ったとか? ないか。ごめん勘違いしてたきっと文化の違いだ。お前の口くせぇんだよとかそういう意味の挨拶だったんだね。フレーメン反応的な。疑ってごめん」

「そんなん納得されかたする方が嫌だわ! 思い出した! アレだ、一晩のアバンチュール的な? 覚えてねぇけど」

「はぁ……まあ、いいですけど。夕飯準備があるんで僕は。キリさんは反省しておいてください。銀さんは念の為歯磨いておいてください」

「新八までそんなん!? え、俺口臭い? そんなに?」

 

 ごちゃごちゃ言い出した銀さんを置いて新八君は台所に引っ込む。

 私も色々気になるところはあるけれども、どれも想像の域を出ない。

 熱烈なヤンデレファンが召喚されちゃったとか? でも馬面だしなぁー。

 天人というのがどうしても引っかかる。天人かぁ……銀さんが忘れてるだけで、白夜叉の――攘夷戦争時代の知り合いだったりするのだろうか?

 うっかり敵陣の天人の娘さんでも助けて、腫れた惚れたで私が何か勘違いされて逆恨み? ありえなくも……ない?

 

「何見てんだよ」

「謝った方がいいと思うよ?」

「何にだよ」

「私、銀さんとは何でもないから。ただの知り合いだから」

「もしもーし。またお前変な電波受信しただろ」

「逆恨みで殺されてちゃたまらないよなぁー。でも、話聞いてくれなさそう」

 

 痺れる足をこらえて立ち上がるが、良い考えは生まれてくれない。

 相対してわかったが、相手の方が一枚上手だ。

 次は――本当に死ぬかもしれない。

 それを分かってるのは私だけだろうか? 誤魔化されたのかどうなのか――。

 『いい思い出にしてやらない』と言った銀さん。本当やめて欲しい。

 うっかり死ぬこともできやしない。

 

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