生者の行進
めでたしめでたしで物語は終わるのに、人生というのはその続きを強制的に歩ませられる。理不尽だ、横暴だ、不公平だと嘆いても道は続くよどこまでもである。
そうやって歩いているうちに半端に乾いた服は生乾きの匂いを放ち、通りを歩けば指を差される。
「わたる世間は鬼ばかり、真に怖いのは人間でちゅねー」
胸に抱く松陽先生の頬をつついてみるが、ヒソヒソと囁かれる声は酷くなるばかりである。
頬をつついた拍子に、お包みからはみ出した腕を直そうとするがうまく収まらない。
「あれ? えっと、ここがこうで……」
「下手くそだな、貸してみろ、ほれここがこうだからこうだろ」
「それじゃ足がでちゃってるじゃん」
銀さんと二人で直そうと悪戦苦闘するがどうも収まりが悪い。
おかしい、さっきまできちんとしていたはずなのに……。
「ってか、その子大きくなってません?」
「子供は成長が早いっていうだろ。男子三日会わざれば刮目して見よって言葉もあるぐれぇだ」
「それは精神的な例えでしょう!? 眼の前で起きてるのは物理! 物理的に大きくなっちゃってんですよ! それに三日どころか三分も経ってませんからね!?」
新八君が言う通り、さっきまで片腕にすっぽり収まっていたはずなのに、濡れた布の端から髪と小さな足がはみ出している。
「わーお、さすが先生。赤ん坊やってても物覚え早いね!」
「感心してる場合じゃないでしょう!? ただでさえ悪目立ちしてるんですから、早く帰りますよ!」
すくすく成長期とはこのことか。腕の中の重みはどんどん増し、万事屋に着く頃には三歳児ほどの大きさになっていた。
腕からすっかりはみ出した先生は、こちらの喧噪などどこ吹く風で、ぐっすりおねんねしている。
「銀さんの着流しなかったらヤバかったー。百日記念より先に先生の先生が往来でデビューしちゃうところだった」
「新八、ちょっとババアんとこいってなんか着るもの借りてきてくれ。ああいう年寄りってのはなんか物持ちいいんだろ。しらんけど」
「分かりましたー、その間キリさんと神楽ちゃんは風呂入っててください。洗濯物まとめて洗っちゃいたいですから」
どたばたと、帰ってきた余韻につかる暇もなく走り回る羽目になるのは万事屋らしいなと感じてしまう。
「予備の着替え置いてて助かったー。次、誰入る~? って起きたんだ?」
風呂からあがると、ちょこんとといった感じで先生は客間のソファーに座っていた。
お登勢さんのところから借りてきたのだろう、サイズの合わない臙脂色の着物はだぼだぼで、藍色の帯だけが妙にきちんと締まっていた。
「驚きましたよ。目覚めたら銀時がいて、時代も随分変わったみたいで」
つけっぱなしになっていたテレビから、夜のニュースが流れている。
先生は湯呑みを両手で包み、興味深そうに画面を眺めていた。
「新八、先風呂入れー。俺これ片したら入るから」
台所で何かやってたなと思ったら、銀さんはおにぎりを握っていたらしい。
コトンと、机に置かれた大皿の上におにぎりが並ぶ。三角に海苔が巻かれたシンプルなおにぎりだ。
「具はなにー?」
「おかかと、こんぶ。二択だ」
塩と言われないだけましか。
「銀時が握ったんですか?」
「他に誰がいるつーんだよ」
しげしげと眺める先生に、銀さんはぼりぼりと頭をかく。
なんだろう、面映ゆいというのか。食べていいかと問う先生に、あんただけ除け者にする訳にもいかねーだろうと憎まれ口を叩いている。
「なぁなぁ、あの人だれアルか?」
珍しく静かだった神楽ちゃんがそっと聞いてくる。
「松陽先生。銀さんの……育ての親みたいな感じかな?」
「ふーん……」
それだけで納得したのか、特大のおにぎりに口をつける。
さすがに少しは説明をすべきだよなーと反省する。
お腹が満たされたのか、船を漕ぐ神楽ちゃんを見て、銀さんが明日詳しく話して貰うからなと釘を刺す。
新八君は今日は帰るらしい。騒動のせいで、ここのところ万事屋に泊まり込んでいたとのこと。
申し訳ない。
逃げたら承知しませんからね、と少し不安そうな目をしていたので、指切りをした。
「流石に俺も疲れたわ」
珍しく寝床をゆずってくれた銀さんがソファーに寝転ぶ。先生は私と一緒だ。
先生は少し迷う素振りを見せていたが、「あんたは客だろ」と客用の布団を指さす銀さんに何かを察したのか、素直に応じてくれた。
「びっくりさせてしまいましたかね」
ぽつりと豆球の灯った寝室で先生が言った。
「先生こそ急な展開でごめん。よく考えたら、みんな以上になにも分かんないよね」
戦場からアルタナの中にダイブして、気がついたら今だ。お決まりのナレーションが今こそ必要な時だろう。
「いえ、なんとなくは。銀時を見上げる日が来ることは予想できませんでしたけどね」
「私も、先生を抱っこする日がくるとは思わなかった」
おやすみという合図に、眠りに落ちた。
朝日に目が覚める。どこにいるのだろうかと迷ったのは一瞬だった。
見慣れた天井、見慣れた景色。
「ふぁわ」
あくびを一つして、隣を見て――二度見した。
「あー……。成長期ってすごいねぇ。これ、もうどう説明したらいいのか……はぁ」
まだすやすやと寝息を立てているのは間違いなく吉田松陽その人なんだけど年の頃は5~6才といったところか。
他人事であれば、成長期で済ませたいところなのだが、そうではないだろう。
不思議エネルギーアルタナの影響か。原因を知りたいところだけれど、下手につっつくと藪蛇どころかおっかないおばけが出てきそうである。全部ぶん投げた荷物が二倍になって返ってきた気分だ。
そうやって、しげしげと眺めていたら唐突にパチリと目が開く。
「おはようございます」
「お、おはようございます! 随分寝起きがいいんですね」
首を振り体を起こす先生は、なんだか不思議そうに己の体をみていた。
「……大きくなってますね」
「先生もやっぱりそれの原因は分からなかったり?」
「はい。アルタナの影響だとは思いますが……詳しくはさっぱり」
にっこりきっぱり笑顔で言われても困るなぁー。
銀さんと神楽ちゃんは先に起きていたようで、台所から騒がしい声と良い匂いが漂ってくる。
「ごめんくださーい」
ちょうど新八君も来たようだった。
ちなみに、朝食は具無しの味噌汁と、タクワンとご飯。
いつもながらさもしい朝ごはんである。けれど、私にとっては世界で一番美味しい朝ごはんである。
新八君、神楽ちゃん、銀さん、定春、今日は松陽先生も一緒だ。時に一切れのタクワンを奪い、奪われ爽やかな朝に似つかわぬ戦場のような食卓だろうと、一人寂しく――。
「んで、いつまで引き延ばす気なんですかねぇー、キリさんよぉ」
どんなにゆっくり食べたところで、味噌汁一杯、タクワン二切れ、お茶碗一杯だ。限界がある。神楽ちゃんのように底なしの胃袋があれば別だが、
「ごちそうさまアル!」
どんと置かれた炊飯器は空っぽ。底なしの胃袋があっても終わりは同じか。
「あ、私皿洗いに……」
「水にしばらくつけておいた方が汚れが落ちやすいので、僕片付けてきますね」
見渡すが言い訳は見つからない。洗濯は昨日ちゃっちゃと夜干ししちゃったしなぁー。
「で?」
「夏休みの宿題ってさ、なんでか最後の日に全部一気にできる気がするんだよねぇー」
じと目で見下ろす銀さんと、他人事のように見つめる他の面々。少なくとも先生は当事者でしょうがと言いたいところだけど、人さらいよろしく連れて来た自覚はあるのでなんとも言えない。
どこからどう説明をしたらいいのやら。後からやる後からやると、ツケにツケたツケが利子を膨らませて雪だるまだ。
「あー、つまりですね。天人の正体は未来から来た私で、私が私を殺して憂さ晴らしをしようとしてたところで和解。でも、憂さの原因が過去にあったみたいだからちょっと過去に戻って原因取り除いたら、お家に帰宅しちゃって? でも、やり残したことがあって松陽先生さらいに行ったら、皆の記憶からうっかりと消えちゃったみたい? でも皆が思い出してくれたお陰でなんか戻ってこれた! ありがとう! さんきゅー! よかった! めでたし、めでたし!」
一息に説明して、深く息を吸う。我ながらうまくまとめた気がする。自画自賛。
「勢いで誤魔化す癖やめてください」
「どうしたらあんな怪獣大戦争と訳わかんねぇ騒動の原因がこんだけの説明で済むんだよ」
「そうアル。圧縮にも程があるネ。そんなんは万事屋の給料で十分アル」
いや、だってさ。煮凝りをヘドロになるまで煮込んだような話をどう説明したらよいのか。どうしたって――。
三人と一匹に詰め寄られ、頭を抱えていると、静かな声がそっと会話に入ってきた。
「抱える荷を渡すのは、怖いことかもしれません。けれど、どんなに重い荷であろうと一緒に持ちたいと思う人間を人は友と呼ぶんです。もしよければ、私もその中に入れてはくれませんか?」
迷い悩んでいた先をすっと照らすような言葉であった。
背筋が伸び、まっすぐと言葉にする力をくれる言葉であった。
「そうだね、ごめん。ちゃんと話すよ。複雑な話だから綺麗に話せるかはわからないけど、聞いて欲しい。
そう話しはじめた物語は、長い話になった。
銀さんを殺してしまった私は、私を殺すほど憎んでいた。けれど、私に殺されてもよかったのだろうと、説明しているうちに気づく。どちらでも彼女は良かったのだろう。やっぱり
最後まで話し終えると、神楽ちゃんはその大きな目を落としそうになるほど、鼻水を垂らしながら泣いていた。
新八君も歯を食いしばり、ぐっと涙をこらえていた。
「だからといって
「私も……そんな不甲斐ない私なんて……」
そしてようやっと私がなぜこの話をしたくなかったのかに思い至る。違うのだ。同情して欲しい訳じゃない。謝って欲しい訳じゃない。お礼を言って欲しい訳じゃない。貸しを作りたい訳じゃない。私が欲しかったものは――。
「未来の私は皆に笑っていて欲しかったんだと思う。だから、皆の前では手を出さなかった。私も私だから分かる。だからさ、褒めて欲しい。私は、
それを誇らせて欲しい。
にかっと笑うと、顔を歪ませながら新八君、神楽ちゃんは笑ってくれた。
けれど銀さんは――。
「てめぇを犠牲にして誰が笑えるかよ……。だが――頑張ったな」
手を伸ばし、ぐしゃりと頭を撫でてくれた。
「さてと、湿っぽいのは終わりだ。キリ、挨拶がてら顔見せにいくんだろ? 新八も神楽も方々迷惑かけたんだ一緒に回ってやれ」
パチンと手を打ち鳴らすと空気を変えるようにカラリとした声で銀さんが音頭を取る。
「銀ちゃんは?」
動こうとしない銀さんに疑問を覚えた神楽ちゃんが首をかしげる。
「俺はまだ話さなきゃなんねぇーことがあるからな」
そういうと銀さんは松陽先生を視線だけで指した。空気を読んだ新八君が神楽ちゃんの肩をそっと押し、私も続いてその後を追った。
外へ出て階段を降りきった後、どうしても気になってしまい、万事屋を見上げてしまう。
「気になりますか?」
そんな私に気づいた新八君が振り返る。
「そりゃ、まぁ……」
「積もる話もあるんじゃないんですか? 僕らがいては話せるものも話せないですから」
「そういうんじゃないんだけどね……。ま、行こうか。なんだか嫌な予感がするんだよね。さっきからなんだか悪寒が」
銀さんは『方々に迷惑をかけた』と言っていた、何がどう迷惑をかけたのか。きっととんでもない事になっているに違いない。
どうして物語はめでたしめでたしで終わってくれないのだろうか。