元花魁で、土方さんの隠し子で銀さんの生き別れの妹で、伝説の海賊ということになっていた私は方々の誤解を解くのにひどい苦労をする羽目になった。
「どんな伝言ミスの結果? みんな耳にタコでも詰めてんじゃないの? 特にあのくそおやじ。店、戻んないの? 贔屓にするよ? とかどの口がほざいてんだ! 放送倫理学んでこい。セクハラどまんなか! ギルティ! ミスコミニケーション!!」
どんなトラブルに巻き込まれたかは想像にお任せするが、決して愉快なことにはならなかったとだけ記載しておく。
「まぁまぁ、あの人は確かにアレですが悪気があったわけじゃないんですから……」
新八君の言う通り、探し人が見つかったことに皆喜んでくれた。わざわざツテを使って探してくれてた人もいるらしい。
その結果、噂の拡散範囲も想像を超えており、収拾を諦めた。
「一部悪意がありそうなのも一人いたけどね」
『土方さんの隠し子』という噂を混ぜ込んだ人間に心当たりがあるのだが、真選組を訪ねたときにはあいにく不在で確証を得ることができなかった。
驚いたのが、あんな電話をした後に起きた騒動で、鴨ちゃんが妙な行動力をみせてしまい。近藤さんや土方さん、総悟がそれに乗っかり……。
結果、汚職高官の一斉捕縛に繋がってしまった……。
その中に田宮も含まれていた。
「天網恢恢疎にして漏らさず」とは鴨ちゃんの言葉で、前から密かに調査していたらしい。
いつか起こった事だとは言っていたが、喜喜やどっかの馬面が暗躍していない可能性は否定できない。もしかしたら桂さんも? 高杉が噛むとは思えないが……変な影響が出てないといいけど。
想像を超えたバタフライ・エフェクトに頭が痛い。
「償うことはできないが、君のような者を生むことは二度とない」
そう鴨ちゃんは約束してくれた。
「そうだ、桂さん!」
「桂さん?」
「ヅラあるか?」
「あー、桂さんにも先生のこと伝えないといけないんだけど」
「そういえば、明確には聞いてないんですが、同門なんですっけ? そうなんですか?」
「うー……銀さんがちゃんと言ってないのを私から言うのもなんだけど、そーなんですよ。あと、高杉も……」
二人とも嫌そうな顔をしている。そりゃそうだ。
騒動がまた改めて勃発するのは必然。頭痛を通り越して、血でも吹き出しそうだ。
先生つれて挨拶にいくのかぁー。攘夷浪士の巣窟に? まじで? 無理でしょ。高杉さんちも宇宙海賊とか名乗っちゃってるし?
グレた弟子達をみて、先生はなんというのか……。あー、自業自得と割り切ろう。
万事屋に戻るとなぜか桂さんがいた。
行動はぇーよオイと心の新八君がツッコミをいれる。あまりの衝撃に玄関の戸を一度閉めてしまった。
木戸の向こうからは、聞き慣れた声と、聞き慣れているのに今は聞きたくなかった声が交互に飛んでくる。商店街のざわめきを背後に、やけにその声が耳につく。
「入らないアルか?」
「諦めた方がいいですよ」
「観測するまでは確定してない」
聞いたのは声だけなのだ。銀さんと何か言い合っていたところまでは分かった。
あれ? 声、観測してる? 確定してる?
「まあ、いいですけど。ただいまー」
「帰ったアルー」
私が動揺している横から、新八君と神楽ちゃんが通り抜けていく。
仕方なく私も後に続くことにした。
靴を脱いで上がるだけの短い時間が、妙に長い。廊下の先、ちらり見えた人影は想像通りの人物で、往生際悪く希望を持っていたのだが確定してしまった。
「銀時! こやつは偽物だ! 先生はあの時死んでいる!」
「だからちげーっていってんだろ」
やいのやいのと言い合う声は応接間から聞こえてきた。
「こんにちは」
「キリ殿、君もいってくれ! 死者が蘇ることなどないと! 例え姿形が似てようとも、この桂小太郎の目はごまかされんぞ!」
「いいところにきたな、キリ。この馬鹿に説明してやってくれ。さっきから騒ぎまくって話が進まねぇー。いや、そもそも呼んでもいねぇのに押しかけてきたのはてめぇの方だったな。帰れ、帰れ」
「お前の目を覚ますまではここを動かん!」
「なんだよもう面倒くせぇな、帰ってくれよ。そこのどらやき持って帰っていいからさぁ」
「どらやき……んぐ、ごときで……もさもさ。帰ると思うな……ん、このどらやき美味いな。どこの店のだ? 駅前の? なるほど、帰りに買っていくか。邪魔したな……」
「おう、もう来るなー」
「って、危うく奸計にのるところだった! そうはいかんぞ!」
銀さんはうぜぇーという顔を隠そうともせず向けている。私もこの時点で帰りたくなった。
当事者である先生は、なんだか微笑ましいものを見るような目で見ていた。あれ、また少し大きくなった?
今朝、成長を見越して大きめの着物に着替えたはずだが、それが丁度よいサイズとなっていた。
「まあまあ、立ってるのもなんだから、とりあえず座ろうよ。新八君、ごめんだけど新しいお茶用意してもらってもいい?」
神楽ちゃん、銀さん、私が並び、対面に桂さんと先生が座る構図だ。
新八君が淹れ直してくれたお茶の湯気だけが、このバカバカしい騒動の真ん中でのんきにふわふわ漂っていた。
桂さんは眉間の皺を深くし、親の仇をみるような目で湯呑みを見ていた。
「先生また大きくなりましたね」
「先生は先生だが、君の先生ではないはずだ!」
疑問を口にした私に顔を上げた桂さんが噛みつく。たしかに
「えーっと、じゃあ松陽さん?」
「無礼者! 先生を名前で呼ぶなど三顧の礼を尽くした後でしか許されまい。しょーよーくんと呼べっし――!」
あ、桂さんが先生にげんこつされた。
「確かに、今の私は先生と呼ばれる立場ではありません。松陽と呼んでくださって結構です」
「あー、いえ、それはそうなんですが、なんか……こう、呼びにくいので、先生でもいいですか?」
「ふむ。まあ、問題ありませんが。話が脱線しましたね。成長の話ですが、確かに今は10才前後といったところでしょうか?」
松陽さんでも結構ギリギリなのだ。素直に先生と呼ばせて欲しい。それが顔に出てたのだろう、先生は素直に納得してくれた。
「まあ、先生がそういうのなら許そう。いや、先生は先生ではないのだったな。ならネオ先生か、先生改か、いっそのこと元帥……総帥」
「小太郎、物事をよく考えるのは君の良いところですが、考え過ぎはよくありませんね。ゴー・バック・ティーチャー・ショウヨウ略してGTSと呼んでください」
「承知した。では、話をもどそう、GTSは10年前に……いや、10年前に死んだのは先生だったな。こほん。先生は10年前に死んでいる、その先生がGTSであろうはずが……いや、GTSが先生で……えええい、ややこしい。そのちみっこが先生であろうはずはないのだ!」
あー、この師して、この弟子なのか。銀さんの魚の眼はこうやって育てられたのか……。
「残念ながら、そのGTSさんは、ニセモンでも、そっくりさんでもなく本物の吉田松陽、その人だ。なあキリ?」
「え、ああ。うん。多分、きっとそうだよ」
「キリもこう言ってんだ、分かったら帰ってくれよ」
気を失いかけてたら急に話を振られてびっくりした。
しっしっと手を振る銀さんに桂さんは首を振る。
「ならば、ちゃんと説明するがいい。なぜ先生だというのか、なぜ先生がこんなちみっこになってしまっているのかを」
後半については私が知りたいが……。銀さんは説明する気はなさそうで鼻を穿っている。
なんなんだろう、先生って割とシリアスな扱いじゃなかったのか? 今朝までのどこかよそよそしい態度を銀さんはどこにやったのだろう?
気持ちに折り合いをつけてくれた事はありがたいが、割り切りが早くないか?
誰も物事を説明してくれる気はないようなので仕方なく口を開く。
「信じられないような話だけど、信じて欲しい。誓って――私が信じる一番大事なものに誓って、本当のことしか言わない」
「武士に二言はないぞ」
「女にもないよ」
私が過去に行った原因について省くわけにはいかなかったので、不必要に長い話になってしまったが、その間、桂さんは口を挟むことなくちゃんと聞いてくれた。
話しているうちに、湯呑みの中の茶はすっかり冷めていた。神楽ちゃんが途中で煎餅を割る音だけがやけに大きく響き、銀さんもいつの間にか鼻を穿る手を止めていた。
「ならば、このちみっこは本当に先生なのか……」
「だから、そう言ってんじゃねぇか」
「そうか……」
銀さんの言葉に目を固くつぶると、数秒何かを反芻するかのように深く深呼吸をする。そして最後に大きく息を吐くと桂さんはこちらをひたと見て、深々と頭を下げた。
「深謝致します」
受け取らないことが許されない、受け取ることを拒否すれば詰め腹を切って死ぬのであろう。そんな気さえした。
だからという訳では無い。無論、偉いことをした訳ではない。
ただ、想いを受け取ることが私にも桂さんにも必要なのだと感じたのだ。
「どういたしまして」
私が応えたあとも、桂さんはしばらく頭をあげなかった。
やがて頭をあげた桂さんは嵐の後の静けさとでもいうような、最初っからその態度だったら楽だったんだけど? という感じで、大人しく帰っていった。
それから一週間後、「邪魔するぜ」と、返答を待つのでもなく高杉が訪ねてきた。
丁度夕食時だったので、「カレー、食べる?」って聞いたら「いらねぇ」って断られた。結構美味しく作れたのに、残念。
香ばしいスパイスが漂う中、テーブルの上には人数分の皿とスプーン、福神漬けの小皿まで並べてあり、神楽ちゃんはすでに一杯目を飲み物のように片づけている。
そんな家庭的な風景の入口に、蝶の羽織を着た男が立っているのだから、食い合わせが悪いことこの上ない。
「また子とやり取りしていたのは知っていたが、なんだこりゃあ」
新八と神楽ちゃんのブーイングをものともせず、ガラケーを開き見せてきた。
それは数日前、松陽先生を斜め45度の角度から上目遣いで撮った一枚である。不思議そうに眺める表情とレンズ効果でなかなか可愛く撮れた自慢の一枚である。
ちなみに先生は10才で成長が止まった。丁度、アルタナの中にいた時間と合致するので、不思議エネルギーアルタナさんの所為だろうということになっている。
私は妙齢の美女になることもなく、なにも変わらなかった。腰回りが成長したんじゃねぇ? とほざいたどっかの馬鹿は神楽ちゃんとの共同戦線で沈めた。
話は戻すが、写メの件である。
「ごめん、
写メを覗き込んだ先生は、ああ、という顔をしている。
高杉はまるでそれが見えていないというように、こちらを睨みつける。
「言うに事欠いて先生か……。生憎と先生に子がいたなんて話は聞かねぇが、姿が似ているからって親と重ねるなんざ、畜生のやることだ。文句の一つでも言ったら帰ろうかと思ったが、こんな環境じゃ真っ当に育ちやしねーぜ。他人をとやかくいうような身分じゃねぇーが、代わりにもっとましな家を用意してやる。坊主、俺と一緒にこい」
あ、なるほど。そういう勘違い? 確かに常識的に考えたらそうだよね……。
メールには「奇跡の一枚!めっちゃ可愛くない??? 高杉にも見せといて」としか書かなかったし。
銀さんは話の内容を早々に理解したのか、カレーにはちみつを追加してる。
その呑気な手つきと対照的に、新八君の手は止まり、神楽ちゃんは皿を抱えたまま頬を膨らませて固まっていた。部屋の中で平常運転なのは、銀さんとはちみつの容器だけである。
「晋助と一緒に行くのも悪くはありませんが、この環境もなかなか気に入ってるんですよ」
誤解をどう解こうか悩んでいたら、先生が先手を打ってやんわりと断りを入れる。
その言葉に、高杉は目を細める。空気が一度下がった気がした。
高杉の指が刀の柄に触れただけで、音がすっと引いた。
「てめぇら、ずいぶん立派な躾をしてやがるな。ガキを何に仕立てるつもりだ」
今にも抜刀しそうな剣呑な雰囲気に、新八君と神楽ちゃんが反射で腰を浮かした。
面白かったが、そろそろネタバラシをしないと本当にまずそうだ。カレーも冷めてしまう。
「すとっぷ、すとっぷ。説明をちゃんとしなかった私も悪かった。先生はちゃんと先生だよ。10年前のあの日、私が拾ってきた正真正銘の吉田松陽だよ。少しちっちゃくなっちゃったけど」
「ああ?」
柄にかけていた手が離れる。目つきが悪いのはデフォルトなので、機嫌が悪いのかどうかまでは分からない。
「ちょっと色々あってね、過去に戻るついでにびゃーといってびゅーって帰ってきて、そしたら先生ちっちゃくなっちゃって。でも、大丈夫。強い子良い子元気の子ですくすく育ってます」
「死ぬか?」
鯉口にまた指がかかる。えー、あの長い説明をまたやるの? 三回目よ? 流石に勘弁して欲しい。
「姿は大きくなっても、中身はちっとも変わりませんね。カレー、習いながら一緒に作ったんですがなかなかに美味しいですよ? 食べていきなさい」
「……いや、俺は」
「腹が減っていては、心もささくれるものです。満ちれば、少しは落ち着くでしょう。そのくらいの時間はあるのでしょう?」
促され、返事をする前に席を立ち台所へ向かう姿に、高杉はどうにも逆らえなかったようで、少し困った表情を浮かべていた。
結局、先生の隣に座らされ、スプーンを渡される。
先生は小さな手で皿を運び、当然のように高杉の前へ置いた。白い湯気が立つ皿を前にして、高杉はしばらくスプーンを握ったまま黙っていたが、やがて観念したように一口すくう。
その瞬間だけ、目つきの悪さがほんの少しだけ迷子になった。美味いと素直に言えず、さりとて、不味いと嘘もつけない捻くれたガキのようだった。
「食事代、払ってもらうぞ。百万円な」
スプーンを立てて、銀さんはそんなことを言う。
「てめぇに貸した千円、十年分の利息つけて百万円。相殺ってことでいいだろ。……あ、お代わりお願いします」
意に介さず、高杉は悪態をつく。皿を差し出す高杉に、にこにこと先生はお代わりを盛る。
「何ちゃっかりお代わりまで要求してやがる。さっきいらねぇっつっただろうが」
「昔っからてめぇは、借りたもんは都合よく忘れるくせに、人のことになると細けぇな。しみったれた根性にも年季ってのは入るらしい」
「そういうてめぇーは口ばっか成長しやがって。もう終わりか? だから身長ものびねぇーんだよ。あ、お代わりください」
銀さんと高杉は、あんだと? あん? と、喧嘩しながらお互い張り合うように皿を重ねていく。
調子にのって大量に作ってよかった。
皿が空くたび、先生は嬉しそうに鍋へ向かう。カレーの匂いと、しょうもない意地と、神楽ちゃんの呆れた視線が混ざり、殺気はどこかへ消えていった。
「神楽ちゃん。先、自分の分は確保しなよ」
「なんか、お腹いっぱいアル。あのアホと馬鹿のせいね」
まあ、そんなこといいながら神楽ちゃんは10杯は食べているのだけれど。
「うぷっ、銀時。てめぇは、あの
「うっ……ぷっ、信じるも信じねぇもねーよ。アイツがそー言うんなら、そーなんだろ。それに……うっぷ。そっくりさんでも、ニセモンでもねぇーことぐらいは、お前にはわかんだろ。ぐふっ」
「お代わり、もういらないです? まだ沢山ありますよ?」
「そーいや、昔っからああだったな……」
「限界だつってんのに、飯食わそうとしてくんだよ。うっぷ……」
わんこそばの要領でカレーを盛るのはやりすぎだと思うんですよ。
たしかに、アレをみていると神楽ちゃんじゃなくともお腹一杯になってしまう。
限界突破した腹を抱えた高杉は、よろめきながら帰って行った。
後日、「礼を言う」と初めて高杉からメールが返ってきた。