天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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砂糖とスパイスに犬の尻尾を

 恋をするってどういうことだろうか? 世界が綺麗に見えたり、甘酸っぱい気持ちに溢れたり、時よ止まれと感激に打ち震えたり。

 恋をしたらそんなことが起きるのだろうか?

 昼下がりの公園のベンチに座りながらそんなことを考える。

 確かに世界は美しいし、おやつに買った酢イカは甘酸っぱいし、午後の日差しは温かく、いつまでもこうしていたい気分だ。

 

「本当に私のこと好き?」

「もちろん!」

「じゃあ、昨日はなんでみっちゃんと一緒に帰ったのよ!」

「だって、みっちゃんが一緒に帰ろうって……」

「この浮気者!!」

 

 目の前では二人の可愛いカップルが昼ドラを繰り広げていた。

 さっきまで毎朝味噌汁を作ってあげるわと良妻賢母を気取っていた女の子は、男の子の頬をぶち泣かせている。

 女心と秋の空とはよく言ったものだ。きっと理由もわからず男の子は振られてしまったのだろう。理不尽じゃないか? と性別を超えて同情してしまう。

 同情ついでに泣いているその子の口に飴玉を放り込むと、笑いお礼をいうのだから女子と違って男子というのは現金なものだ。

 結局、不条理で、理不尽で、皆目検討がつかない。恋ってのはそんなものだろうと帰着した。

 

 だから、私がどっかの誰かを好きになったとしまってもそんなものだろうという自己補完を完了させる。

 そもそもだ、これは私の感情なのだろうか? どっかの泣きべそかいた情けない面した奴の置き土産なんじゃないのか? というのは何度も考えた。

 心理学的検知からいうと、恋というのはドーパミンとノルアドレナリンの相乗効果による多幸感もしくは興奮状態によるものらしい。効果は二年から三年ほど。

 だから三年目の浮気っていうんだと感心したのは立ち読みで読んだ本からの受け売りで、三年は長いなと思ってしまったのは墓穴だった。

 

 銀さんからの返事は受け取っていないし、追求するものでもないな、という結論は最初に出したものだ。

 なんだか満足してしまったのだ。置き土産にせよ、自分の感情だったにせよ、伝えて満足してしまった。

 けれど、その感情が無くなる訳でもなしに三年は長いよなぁーという話に至るのであった。

 

 公園を抜け通りを歩きながら、そんな愚にもつかないことを考えてたのが悪かったのだろう。

 

「そこをどけっ!!」

 

 そんな声につられ見上げれば土方さんが飛び降りてくるのが見えた。

 とっさのことで、受け止めようと腕を広げてしまい見開かれる目に失敗したと気づいた時には、時既に遅し。

 ぶつかり反転した世界で、長屋の屋根が爆発し、煙に紛れ駆けていく桂さんの後ろ姿を捉える。捕物の最中だったのかと後追いで思考が追いつく。

 息が止まるほどの衝撃と、鈍い音。痛みに身悶えする。

 

「いてて、おい。大丈夫か?」

 

 心配顔で手を差し伸べてくる土方さんを見ながら、痛みをこらえどうにか立ち上がろうとするが力が入らない。

 

「おい!? 誰か手をかせ! 救急車を呼べ!!」

 

 焦り叫ぶ土方さんを見ながら大げさ過ぎるよと思ったところで意識を失った。

 

 

 

 

「見知らぬ天井だ」

 

 どうして病院というものはどこも似たような作りをしているのだろうか?

 

「気がついたか?」

「ん? 銀さん……?」

 

 寝転がったまま横を向くと、銀さんがパイプ椅子から身を起こすところだった。

 こういうとき、急に起き上がると気持ち悪くなって吐いちゃったりするんだよねとは経験則で、腕に繋がれた点滴を見上げる。

 

「今なんじ?」

「九時。医者呼んでくるから待ってろ」

 

 病室を出ていった銀さんを見ながら、失敗したなぁとつぶやく。

 ついうっかりと受け止めようとしてしまった。癖というのは怖い。

 打撲が何箇所かと、痛みに頭に手をあてると包帯が巻かれていた。打ったのか。幸い、骨は折れていないようだった。

 土方さんがとっさに半身避けてくれたおかげか。

 それから銀さんが連れてきてくれたお医者さんに二、三質問をされる。レントゲンやCTにも異常はなく、脳震盪による一時的な機能障害だろうと診断された。

 念のため泊まっていくか、帰るかを聞かれたので帰ると答えた。

 

 がこりと、スクーターのステップを倒し、乗ってくだろ? と言われたので迷った末頷いた。

 ヘルメットを借りて、後ろにまたがる。夜の景色が前から後ろへと流れていく。

 着流しに掴まり、背中に額を押し当てる。

 

「寝んなよ!」

「んー」

「おい、まじで寝んなよ!?」

「大丈夫!」

 

 風に銀さんの声が混じる。何やってんだろ。あと三年。長い話だなぁー。

 

「お前さあ!」

「なに?」

 

 呼びかけに顔をあげると少し間が空いた。

 

「寝てないよ!」

「ちげーよ!」

 

 銀さんは片腕で頭を掻くと、「あんま、心配させんな」と聞こえるか聞こえないかの声で言った。

 ドーパミンとノルアドレナリンの相乗効果による多幸感もしくは興奮状態によるもの。

 バラは赤く、すみれが青いように幻想なんて混じる余地のない科学的な話だ。

 

 万事屋の階段下に止められたスクーターから降り、銀さんの後に続く。神楽ちゃんはもう寝ただろうか?

 てっきり家まで送ってくれるものだと思っていたら、一人で何かあったらどうすんだよと言われてしまった。

 それはそうだ。反論の余地もない正論にただただ従うしかなかった。

 電気の消えた玄関の戸を静かに開ける。予想通り、神楽ちゃんは寝たようだった。

 

「何か食べるか?」

 

 ブーツを脱ぎながら、銀さんはそんなことをいった。

 小腹がすいた気もするので、うなずく。

 

「軽く」

「わかった」

 

 居間の電気をつけ銀さんの席に座ってみる。持ち主である銀さんは台所で何か作ってくれている。至れりつくせりだ。

 体を預けると、椅子がキィと音を立てた。キィキィと椅子を漕いでいると、銀さんが茶碗を二つ持って入ってくる。

 

「茶漬け、こんなもんでいいだろ?」

「うん、いいにおい。梅?」

「ああ」

 

 立ち上がり、銀さんの向かいのソファーに座る。

 熱い茶碗を持ちはふはふと言いながらお互い、茶漬けを啜る。

 

「いつからだ」

「ん?」

 

 梅干しの種吐き出しながら何のことだろうと顔をあげる。

 

「大した怪我じゃなかったが、土方の野郎も負傷してた。ってことは受け止めそこねたか、避けそこねたんだろ。大体その怪我、治せねえんだろ?」

「ああ、その話か。帰ってきてからかな? 完全にってわけじゃないけどほとんど。でも、あまり心配しないで。元に戻っただけだから」

 

 元に戻っただけの話だ。そんな深刻な顔して心配する話ではない。そうだと言うのに銀さんの顔は晴れない。

 まあ、こんな怪我してたらそりゃそうか。

 

「んで、言わなかった」

 

 レンゲをカランと器に投げ捨てるようにし、銀さんは言った。

 あー……。芋づるだ。なんでこうも言いたくないということは、ずるずると引っ張られてしまうのだろうか。

 

「しがらみが多くて。もてすぎる女は辛いんですよ。新八君や神楽ちゃんには……」

「しゃーねぇな。あとで一緒に怒られてやるよ」

「ありがと。ごちそうさまでした」

 

 最後の一口を食べ終え、手を合わせる。

 皿を片付けようと手を伸ばすと、手を重ねられ動きを止められる。

 

「まだ、言ってないことあんだろ」

「えー、なんのこと?」

 

 流石に誤魔化されてはくれないか? ちらり視線を上げると顎をしゃくられる。

 仕方無しに座り直す。

 

「そのしがらみつーのはなんなんだよ」

「春雨に、一橋喜喜に、虚――先生の体を乗っ取った悪いやつ」

 

 指折り数えると銀さんは頭を抱えていた。

 そりゃそーなるわ。だから言わなかったのに。

 

「そうそうたる面々だな」

「まあ……ね。対抗手段がブラフしかないってのが辛いところだけど、積極的に手を出してくる理由も薄いし今のところ大丈夫。巻き込んで悪いけど、内緒でお願い」

「しゃーねぇなぁー」

「ありがと」

「手が必要な時は迷うなよ」

「ありがと」

 

 結局、全部ゲロることになってしまった。

 そして頭を抱えるような相手だというのに、銀さんは手を貸すことを厭わない。むしろ、私がその手を取らないことを杞憂してすらいる。

 かなわないな……。

 寝場所の奪い合いすら、怪我人の一言で譲られる。本当、嫌になってしまう。

 

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